第5話 「エレイア」
後悔している。
あんなに怒った母の顔は見たことがなかった。
他の大人たちに必死に頭を下げていたが、間違いなく私のせい。こんなにも母に迷惑をかけてしまったことを、私はどうしたらいいかわからず、前を歩く母の背中を黙って追いかけることしかできなかった。
空にはどんよりとした雪雲が覆いかぶさっており、歩く足下の雪は重く足に纏わりついてくる。
まだ叩かれた頬が痛い。
でもそれは罪に対する罰だ。
だからこそ、心が締め付けられるような痛みがずっと続いている。
その痛みの傍ら、あの時見たドラゴンの事が頭の片隅から離れなかった。
この世界においてドラゴンという存在は、本の中でしか聞いたことがない。伝説の生き物という認識で、まだ見間違いだったのかもと疑っているくらいだ。
だが、とてもじゃないが今は聞くべきではないと雰囲気で分かる。
「フェリス」
足を止め、母は振り返らず静かな口調で名前を呼んできた。
「村長には何も言わずにここまで来たの?」
「それは…その…」
「ケガワウシの世話は?」
「…。」
何も言えなかった。
任された大切な仕事をサボり、立ち入りを禁じられていた厩舎への侵入。
罪の意識がより一層強まっていく。
「今から謝りに行くわよ」
「え…?」
「貴方は人との約束を破った。だからちゃんと誤りなさい。」
「はい…」
当然だ。
今の私は謝ろうという考えすら出てこなかった。
どこか言い訳を考えていて、当たり前のことを考える思考に至らなかった。
足取りが重い。
雪のせいではなく、自分のせいで。
担当している厩舎に入ると、村長が貨幣の入った小袋を持っているのが見えた。
「あ…」
その隣にはいつも顔を舐めてきていたウシがいた空っぽの寝床。
「…最後まで、お前のことを探しておったぞ」
涙が溢れて止まらなくなった。
「…ごめんなさい……」
あの子の最後を見届けてあげられなかった。
「ごめ…んなさい…ごめん…」
人間の都合でその命の行方を決められたのに。
だからその時が来る最後まで愛情を注ごうと決めたはずなのに。
無責任なのは私だった。
泣きじゃくる私の隣で母も深々と頭を下げていた。
それは責任ある親としての行動だ。
…何が母を助けたいだ。
母の助けになりたいと意気込んでいながら、私は…
その夜、いつもの夕食は会話もなく静かに終わった。
一緒に浴場へと向かうが、聞こえるのは道を照らす松明の音だけ。身体を洗い、髪を結んで静かに湯船に浸かる。
私が出ようとしたタイミングで母も一緒に出て帰り支度を進める。
寝床につくも眠気は無く、うっすらと天井を眺めていると母が語りかけてきた。
「…お母さんの仕事はね、傷ついた生物を治すお医者さんよ」
「え…?」
初めて聞いた母の話だった。
「フェリスが生まれる前から、ここで色々な生物を診てきた。最初に担当したのは村長の厩舎だったし。」
「そうなの?」
「えぇ、ケガワウシの糞集めもたくさんやってきたわ。聞きたい?」
「聞きたい…!」
それから母は隣で一緒に横になりながら話を聞かせてくれた。
もう15年も前になるかな…
お母さんはね、家族と放浪を続けながらこの「アラシア大陸」を旅していたわ。
ある日、「霊峰スノーフィーネ」で''あるもの''を探していて、雪崩に巻き込まれてお母さんは家族とはぐれて遭難してしまった。
大雪に飲まれ、もうダメかと思った時、ある人が私を雪の中から見つけ出してくれた。
貴方のお父さんよ。
凍傷に低体温症、ボロボロになった私を抱きかかえてこの「プロト村」まで運んで治療を施してくれた。
意識が朦朧としていた中、必死に助けようとしてくれているお父さんは今でも覚えている。一目惚れだったわ。
会話ができるようになるまで回復したら、私はお父さんに毎日質問攻めしたの。
この人のことが知りたくてしょうがなかったから。
一方的に喋り続けている私をお父さんは嫌な顔一つせずいつも話を聞いてくれていた。多分、生きてきて一番人と話したかもしれない。
歩けるようになった頃、お父さんの担当でもあった村長の厩舎へ一緒に行ってケガワウシのお世話を良く手伝っていたの。
その時お父さんはもう獣医師だったからウシの体調管理や治療等をして、糞集めとかの仕事は私がやっていた。
その時のお父さんを見て、私は獣医師を志した。
月日が流れて、吹雪が収まる季節の頃、この村にはぐれた私の家族が訪れてきた。無事に再会することはできたけれど、その時の私はもう村の獣医師になることを心に決めていた。
お父さんのような人になって、沢山の命を助けたい。
そう想いを告げると、家族は私と約束を交わして村を出発した。
その後、お父さんと結婚して獣医師になって、フェリスがお腹の中にいた頃だった。
王都から伝令が届いて、お父さんはその医術の実力を買われて王都所有のある生物を治療するため、村を離れることになってしまった。
「エレイア、この子の名前は’’’フェリス’’’にしよう。僕達二人の幸せの象徴だからね。」
「’’フェリス’’’…良い名前。」
「すぐ戻るよ。だから家族三人で、泣いて、笑って、幸せに暮らしていこう。」
その言葉を残してお父さんは王都へ向かった。
臨月になって、貴方が産まれる数日前のことだった。
お父さんの訃報を知らせる手紙が村に届いた。
信じられなかった。
もうすぐ家族三人で暮らしていけると思っていた。
お父さんを慕っていた村の人々の一部から、お父さんが亡くなったのは私のせいだと罵声を浴びせられた。
私が村の外から来た’’’呪われた女’’’だからと。
何を言われても、その時の私は抜け殻のようになっていた。
でも、お腹の中で必死に生きようとしている貴方がいたから。
お父さんと約束したから。
貴方が無事に産まれてこの腕で抱きしめた時、私は守り抜くと決心した。約束を果たそうと心に誓ったわ。
貴方と、幸せに暮らしていこうと。




