第40話 「フード」
王の間を後にしようと、立ち上がろうとしたところで少し考えた。
「…」
「どうしたマテリア。下がってよいぞ」
「……一つ、お耳に入れていただきたい事が…」
「申せ」
「グリフォン襲撃の騒動後、負傷した兵士達の治療にあたった民間人が一人おりまして…」
「ふむ…」
「本来であれば我が救護兵団による治癒魔法で数日かけて治療をしていくはずでしたが…その…」
思い出す数時間程前の光景。
グリフォン襲撃の騒動後、迎撃した兵達の状態を確認している時。
「負傷者は城内の治癒室へ運ぶのだ!怪我の酷い者から順に運び出していけ!」
負傷した兵の腕に着色した布を巻き付け負傷度合いに応じて色分けしていく。
負傷兵の多さに、やはりグリフォンともなると甚大な被害が出ていた事が分かった。
「明日からのフォルテさんの遠征に影響が出てしまいそうね…」
恐らく、私の兵団の人員を確保するために他の兵団から補充されるだろう。
フォルテさんなら、何も言ってくる事はないだろうけど、他の所からは不満が出てくるかもしれない。
アライア・ヘウンの軍隊規律では常に兵数が平等になるよう負傷して少なくなった場合は応援として他兵団から補充される事になってはいるけれど、フォルテさんのような人望に惹かれてその隊に加入を決めた兵士も多い。
それを違う隊に移籍、少しの間の移動であっても兵士達の士気を下げてしまう可能性もある。
「負傷した兵は組分け出来たか?」
「マテリア隊長!」
今後の事も考えながら兵士達に指示を出していると、一人の兵士が駆け付けてきた。
「報告。治癒に時間のかかる兵を治癒室へ運び出そうとしていたのですが…その…」
どう伝えれば良いか、まだその報告すべき内容の理解が追いついていないように見える。
「どうしたの?」
「本来、数日はかかるであろう負傷兵達を数秒で治療した民間人がいまして…」
「え?」
「既に最優先で運ぶべき負傷者達は完治して…おります」
「ちょっと待って、そんな治癒魔法を扱う民間人なんて聞いた事…その民間人に会わせて」
「それが…治療を終えるとすぐに姿を消してしまったそうで…」
「その者の姿の特徴は?」
「はい、ローブを身に纏い、フードで顔を隠していたようでその容姿を見た兵はおらず、声色で女性ということだけが分かっております。」
「女性…捜索隊を設けましょう。数人率いてその民間人の情報を集め探しだして。」
「ただちに。」
フードを被ったローブの女性…
そういえばさっき…
その記憶を思い出しながら、躊躇いと煩わしさを醸し出してしまったが、王は少しも表情を歪める事も無く返答を待ってくれていた。
「その者の治癒魔法を受けた兵士に聞くと、一瞬で負傷箇所が治った…とのことです。」
「ほぅ……治癒魔法は対象の身体の大きさに応じて治癒時間が決まる。負傷度合いにもよるが、成人した人間程の大きさであれば数日かけて治療していくことがほとんど…であったな。」
「はい。ですがものの数秒で完治しているため、兵士の中では気味悪く思う者もいるようで士気の低下も見られるのですが、その者のおかげで兵団の人員補充は必要なくなっており、他兵団への影響は無さそうです。」
「して、その民間人は見つかったのか?」
「まだ捜索中です。見つかり次第ご報告させていただきます。」
「そうか、頼んだぞマテリア。」
「はっ。」
「そうか、無事で何よりだ」
私は夕食を食べながら、グリフォンの事をフォルテさんへ話していた。
「あの…連れていかれた獣達は一生飼われてしまうのですか…?」
「ん?あぁ、そうだ」
「そうですか…」
もうあの子達はどこまでも広がる大地を歩く事も、大空を飛ぶことも出来なくなってしまったということ…
この王都で一生を終えてしまう…
あまりにも哀れで…
そんなことをしているのが同じ人間だということがとても恥ずかしく思う…
「だが、おかしな事がある時もあるんだ」
「え?」
「いやな、過去に檻から消えた獣が何体も報告されているんだ。転移魔法の形跡も見当たらないから捜査も難航していて…」
「消えた…?」
「上層部からはもう痕跡も無ければ捜査は中止しろと言われているから、そこまで深くは調べてないのだが…城下町にはある噂が広まっていてな」
「何ですかその噂って…」
「なんでも、その消えた獣を載せた…」
ドンドンドンドンッ!!
その時、けたたましく扉を叩く音が鳴り響いた。
「なんだなんだこんな夜中に…」
この静寂を描き消すこの騒音にフォルテは悪態を付きながら扉に向かっていった。
私はフードを深く被り、少し俯いて存在を消す。
扉を開けると、そこには白いローブを着た中年くらいの男性がいた。
「アンタは確か教皇の使いの…」
「第一軍隊隊長フォルテ・ハーデリアンよ。教皇様より貴殿に書物を預かっている。」
「書物?」
ローブの男は手に持っていた古い巻物を渡すと、暗闇に消えていった。
「ったく…毎回毎回すぐ消えやがって…」
「なんだい騒々しいね」
「えぇっと……"明日のアヴァロン大陸遠征時に荷馬車を同行し運搬せよ。詳細は教会のエヴァンスに問え"…また勝手に仕事増やしやがって…」
文句を言いながら身支度を始めている。
どうやら今から教会に向かうらしい。
「おふくろ、悪いがこのまま遠征でアヴァロンへ向かう。」
「え?」
「そうかい、ならこれを持っていき」
おばさんは慣れているかのように淡々とフォルテさんに荷物を渡している。
「え、…1年は帰ってこれないって言ってたのに、そんなあっさり...」
「もう慣れっこさ。また無事に顔を見せてくれよ」
「あぁ、分かってる」
「あの…フォルテさん…」
「ん?」
「昨夜は助けていだたいて、ありがとうございました…」
「当然のことをしただけだ、気の済むまでここにいるといい。」
そう言われて思わず頭を下げたが、視界の中で床に向かって垂れている自身の瑠璃色の髪を見て、慌てて髪を掻きあげながら頭を上げた。
「瑠璃色の髪……」
「…」
何かを勘づいたような表情をしているが、フォルテさんはそれ以上追求はしてこなかった。
「綺麗な髪をしているんだな。じゃあ、またな」
静かに扉が閉まると、沈黙が広がった。
「さて、フェリスちゃんも食べたら片付けて寝る準備だよ」
「あ、はい…!」
そういえば、フォルテさんは何を言おうとしていたのだろうか…
皿を洗いながら考えていると、また扉を叩く音が聞こえた。
「今日は来客の多い日だこと。」
おばさんが手を拭きながら、扉を開けに向かっている。
私は出来るだけ顔が見られないよう扉に背を向けておく。
「あれ、どうしたんだい。フォルテなら今さっき遠征に出向いたところだよ」
どうやらおばさんの知り合いのようだ。
「え…入れ違いですか…」
声からして女性であろう。とても残念そうな雰囲気に聞こえる。
「こんな時間にすみません。少し宜しいですか?」
「入りな。」
「お邪魔します。」
家に入ってきたのだろう、カツカツと甲冑による足音が聞こえてくる。
「で、用はなんだい。マテリア」
思わず振り返ってしまった。
そこにいたのは昼間見た黒い甲冑のあの人だった。
「そこのフードを被った者に会いに来ました。」




