第3話 罪悪感
「ねぇ、やっぱりやめようよ…」
「大丈夫だって!午後までに戻るしさ!」
私とイリアンは今、普段立ち入りを禁じられているある場所へ向かっていた。
その場所とは私の母が担当している厩舎。でも私達の担当する厩舎とは違い、村長に認められた者しか立ち入りを許可されておらず、かつ村から離れた峡谷の洞窟にある。
「もし見回りの人に見つかったら怒られちゃうって…!」
まさに今この歩いている雪道はその洞窟に向かう為だけの道。こんなところ、許可されていない私達が歩いている事がすでにおかしい。
「だから堂々と真ん中歩いていくわけ無いじゃんか、ほらこっち。」
そう言うとイリアンは道を外れ、茂みに入っていった。
「ね、ねぇイリアンってば!」
確かにお母さんの仕事には興味あった。
だからここまで来てしまったけど、今になって罪悪感が胸を締め付けてきている。
まだ今なら引き返せる。
ただ、毎回疲れきって帰ってくる母の顔を見ていくのもツラい。もしできることがあるのなら、少しでも母の助けになりたい。ここを進めばその方法を見つけることができるかもしれない。
私は罪悪感を押し殺し、茂みの中へ入っていった。
「フェリス、あれ見ろよ」
茂みに隠れながら這って進んでいると、イリアンが声をかけてきた。
そこには、松明で照らされた洞窟の入口。
つまりあそこが母の担当する厩舎だ。
入口前には見張りの男が四人、槍を持って立っていた。厩舎の防衛とはいえ、随分と厳重な守りに感じる。
ケガワウシも特産であるが、あそこまでの厳重さはないのに。
母は一体何を担当しているのだろうか…
「あんなに厳重なら、中に入れないね。」
「おかしいな、前来たときは一人しかいなかったんだけどなぁ」
前も来たんだ…
というかこの茂み、何度か這いずった跡があったし、多分彼は常習犯なのだろう。
「一人だけだったら俺の魔法で注意を引いて中に入れたのに…」
「もう良いよ、やっぱり諦めて帰ろう…」
キュアアアアアアアァッ!!
突然、あの甲高い声が辺りに鳴り響いた。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
あまりの音の大きさに反射的に耳を塞いだ。
間違いない、あの洞窟の中から聞こえてきている。
「またか!急ぐぞ!」
まだ鳴り響く中、見張りが急いで洞窟へ入っていくのが見えた。
「俺達も行こう!」
好機だとばかりにイリアンは私の返事も待たず茂みを飛び出していった。
「あ、イリアン待って!!」
甲高い声にかき消されてしまい、制止する声は彼に届かなかった。
少し躊躇したが、彼の背を追うように私も飛び出した。
洞窟に入ると、並んでいる松明を辿るようにイリアンが前を走っていく。
息が苦しい。
かなり走ったのに、先を見ればまだ松明の道が続いている。
「はぁ…はぁ…!待ってイリアン…!」
息が切れ、胸が苦しい。それでも前を走る彼の速度は落ちず、どんどん離されていく。
ついに限界を迎え、その場で膝に手を付いてしまった。
「はぁ……はぁ…」
前も後ろも薄暗く、見えるのはまだ続いている松明の道。
どこか見覚えがある。大衆浴場の帰り道、一人で家まで帰るときの夜道にそっくりだ。
なんか、嫌だ。
この夜道を帰っても、一人でいないといけないと分かっているから嫌悪感を覚えてしまった。
いつの間にかあの甲高い声も聞こえなくなっていて、辺りは不気味な静寂に包まれ火が小さく弾ける音だけが耳に入ってくる。
息を整え、一人恐る恐る歩み始めた。
しばらくすると、道の先に光が見えてきた。すこしずつ道も明るくなり、松明も少なくなってきている。
暗闇に慣れていた視界に少し痛みを感じた次の瞬間、目の前の光景に立ち尽くしてしまった。
「なにこれ…」
開けた洞窟の広場に、そこには分厚くて頑丈そうな氷の檻があった。自分の背丈の何倍あるのだろうか、暗くて天井が見えない。
「大きい…」
これだけの大きさの檻、何を閉じ込めるのだろう。
ケガワウシが100頭入ってもまだ充分余裕のある広さだ。
まるで引き寄せられるかのように、檻にゆっくりと近づいていく。
「あれ…」
檻の中に何かが動くのが見えた。
なんだろう…
暗くてよく見えないが、細長くて大きな尻尾のような…
「………やっぱりあの噂は本当なのかもしれない。」
来た道から誰かの声が聞こえてきた。
イリアンじゃない。きっと見張りの人が入ってきたんだ。
「ど、どうしよう…」




