第29話 「決意」
結局、さっきの雷鳴はなんだったのだろうか…
まるで不吉な…嫌な予感がする…
「ねぇラズリ…」
胸の中にある不安の感情に、心臓が押し潰されそうになっていく。
この夜の暗闇に紛れてくれないか何度も外へ出ようとしたが、一歩が出なかった。
横たわるラズリを撫で、無気力な自分の足に嫌気が差した。
その時だった。
「あれ…?」
雪の降る闇の中、一つの松明の灯りが見えた。
この大木近くに人が来るということは、イリアンが来たとか…?
ゆっくりと立ち上がり、その灯りの行方を見守る。
「違う…イリアンじゃない…」
灯りは近づいてくることはなく、水平に移動してどんどん遠ざかろうとしていた。
ラズリのいる大木の穴を雪で隠し、その灯りが視界に入るように身を隠しながら様子を伺う。
行ったり来たり、立ち止まったりとどこに行けばいいのか迷っているようにも見える。
しばらくすると、松明の灯りと魔法で作った光源のような光の球が頭上に浮かぶ二人の人影が現れ、近づいていっているのが見えた。
何やら話し合っているのか、一箇所に集まるとその灯りたちはこちらに近づいてきている。
「どうしよう…」
このままではラズリが見つかってしまうかもしれない…
その人影達が近づいてきて、その三人の姿がぼんやりと見えてきた。
そのうちの一人はやけに大きな麻袋を抱えているのが見える。
一体何が入っているのだろうか?
「……港は……」
「…この方角………」
会話も少し聞こえてくるが、全ては聞き取れない。
もしかして村から来た交易商人達が道に迷っているのか…
とにかく気配を悟られないよう、息を潜め、存在を消す。
「お願い…こっちに来ないで…」
願いが叶ったのか、三人は方向を変え、反対の方へと歩いていった。
その後ろ姿。
積み上げた雪から恐る恐る覗いてみると、麻袋の周りに電気を纏った虫が数匹、飛び交うのが見えた。
「あれって、雷電甲虫…?」
どうしてあの麻袋の周りを飛んでいるのかは分からないが、その姿が遠のいていくのを見て、少し胸騒ぎを覚えた。
吹雪が強くなったり、弱まったりと、穴の外の時間はどんどん過ぎていく。
ラズリの傷が癒えた頃、その目を開けて私の姿をはっきりと捉えてきた。
「良かった…」
まだ完全では無さそうだが、もう大丈夫そうだ。
私と同じ瑠璃色の瞳。
見てるだけで吸い込まれそうになるほど美しい瞳が、母を思い出させてきた。
「お母さん…」
涙が溢れるのを抑えられなかった。
手で何度も拭うけれど、意味がないと悟る。
ペロッ…
「ラズリ…?」
身体を起こしたラズリがまるで大丈夫と言ってるかのように涙を拭ってくれた。
「ありがとう…しっかりしないと…」
このまま何もしないわけにはいかない。ただ黙って母を見捨てるなんて出来ない。
私の中で決意が固まった。
ラズリが立ち上がり、その翼をゆっくりと拡げて穴から出ると、朝日の陽光を浴びながら私に視線を向けてきた。
「うん、行こう。お母さんを助けに」
「……これで良かったのだ。」
窓の外に差し掛かる朝日を見つめ、自身の決断は決して間違っていないと言い聞かせていく。
それでもどこか、少しでもこれで良かったのかと疑ってしまいそうになる。
そんな自分を殺して、もう会えないその姿を何度も思い出し目頭が熱くなる。
すると、自宅の扉がノックされる音が聞こえた。
扉を開けると、数十年前に見た記憶が蘇ってくる。
瑠璃色の瞳に胸辺りまで伸びた瑠璃色の髪。
「エレイア……」
噂には聞いていたノアの一族の特徴を持った少女。
「村長…?」
「ん……フェリスか…?」
そこに立っていたのはエレイアの娘だった。
なぜ…つい先程会ったはずなのに、見違えてしまったのだ。
「ドラゴンはもう回復したのか?」
「うん。ラズリはもう大丈夫。」
「なら早くこの大陸を出るのだ。西に飛び続ければセレニス大陸が見えて…」
「お母さんを助けに行く」
その娘の瞳から視線を外すことができなかった。
どこまでも純粋で、決してその決意を曲げるつもりのない目をしている。
「……。」
それはダメだ。
この言葉を言ってしまうことが、この娘には無意味だということは分かる。
ならば…エレイアとの約束を果たすべきだ。
エレイアと同じ、強い意志を掲げるこの娘に。
「フェリス…お前の運命はお前が決めるのだ。」




