第26話 「運命」
ラズリの事は知らないはずなのに、村長はその姿を見て動揺しないのだろうか…
いや、それよりも…
「どういうことですか…それにお母さんが王都で捕まっているって…」
「フェリス、お前の母エレイアは今、反逆の罪で囚われておる」
「反逆って…一体どういう…」
「エレイアは、おまえさんを守るために捕まったのだ」
理解が追いつかない。
母は私を守るために捕まった…?
一体、何から守ろうとして…
「フェリスよ、この話をする時がきたようだ。」
雪が降り積もる中、村長は声を震わせながら語り始めた。
今から五年前…
この村に王都より教皇の来訪があった日…
「そなたの娘も齢10となったか…」
白いローブを纏い、窓の外に静かに視線を向けながら教皇は語る。
「そろそろ成熟が始まる頃…良かったのう」
「教皇様、今一度お考えを改めていただくことはできないでしょうか…?」
震える声で、エレイアは懇願していた。
「ならぬ、そなたの娘はこの大陸の民達を守るために必要な命なのだ。」
「ですが…あの子は…フェリスは……」
「未練たらしい女め、やはり呪われた一族の末裔ということか。」
「………」
「あと少しだあと少しで、あの五神獣が一体を…」
「あの娘を『器』として封印することができるのだ……!!!!」
不敵な笑みを浮かべる教皇にわしは腹が立った。
この方は『アラシア大陸』を統べる王都の参謀役…
王の右腕とも言える存在、そんな方が10歳の子どもにそんな運命を…
「来たる時にすぐに差し出せるよう、あの娘は今後王都でその身を監視する。連れて行け。」
命令を受けた近衛兵が部屋から出ようとしている。
「そんな…!どうかお願いします…!あの子を連れて行かないでください!!」
わしはもう見ていられなかった。この村で長年、その成長を見てきた子らの悲壮な姿を…
「お待ち下さい」
近衛兵の前に立ち塞がり、その歩みを強引に止めさせる。
「どうした村長よ、何をしておる?」
「あの娘が器として成熟するには、生活環境の中での幸福度が大事だと聞いております。」
「そうだな、だからあの娘にはその時まで不自由無く城の一部屋で余生を過ごしてもらおうと思っておるが…」
「それでは、成熟することはできないかと。」
「ほう、何故そう申すか?」
「あの娘は、フェリスはこの村で母と、様々な獣と暮らしている事に幸福を感じている様子です。無闇に環境を変えてしまうのはいかがかと…」
「ならその女と獣も一緒に連れてゆけば良いではないか」
「それもなりません。フェリスは他者の気持ちを思いやることのできる優しき心の持ち主。その他者も幸せでなければならない。」
「おまえは、この大陸がどうなっても良いと?」
「そうではありません。その使命を確実に成し遂げるために、時間をいただきたいのです。」
「ふむ…では5年の猶予を設けよう。娘が15になったその時、器として成熟させて差し出すのだ。それが、この大陸存続の限界だと思え。」
「ありがとうございます。必ずやご期待に添え、この大陸の人々を存続させてみせましょう」
教皇は不気味な静けさを残して部屋を後にした。
「どういうことですか?!これじゃあ五年後にフェリスを差し出すと言ってるようなものじゃ…!」
「落ち着くのだ、そんなつもりは微塵もない。」
「ですが…!」
「この村でずっと見守ってきたあの子を…!あの心優しい子を差し出すつもりなど無いと言っておるのだ!」
自らの一族の呪いを背負いながらこの村の使命も背負ってくれたエレイアと、その子を守るためならわしはなんだってやってやろう。
「村長…一緒に来てくれますか?」
「どうしたのだ?」
自宅を後にし、彼女はとある場所へわしを連れ出した。
「エレイア、一体どこへ…」
普段、人の寄り付くことのない森を進んでいく。
ここは危険な魔物も出没する領域だ。村民には近づかぬよう伝えているのだが…
しばらくすると、一本の大木が見えてきた。
「私は、あの子の成長が生き甲斐なんです」
その根元に視線を向けると、瑠璃色の髪をした少女と黒い鱗のドラゴンが見えた。
「フェリス…?!それにあれはまさか…ドラゴンか?!」
「フェリスはあのドラゴンと心を通わせています」
「なんじゃと?!名前を与えたというのか?」
「はい、ですがあの子にはまだ使役化の力は顕現していません」
「なんと…一族の力ではなく、ただ心を通わせたと…」
信じられん…
ドラゴンという存在がそもそもいるかどうか疑われている世界において、まさか生きている内に他のドラゴンも見る機会があるとは…
「ねぇラズリ、もう一度一緒に空を見てみたいな」
「エレイア、あの子は一体何を言って…」
「……。」
その時の彼女の表情は忘れることはない。
信じて、愛する子を見守る母親の顔をしていたのだ。
フェリスはそのドラゴンに跨り、一緒に飛翔していった。
「まさか…ドラゴンに乗って空を飛ぶとは…」
「私の娘ですから」
その姿が見えなくなるまで、その後を追うように空を見上げていた。
「なぜ、これをわしに見せたのだ?」
「私は、フェリスを器にさせるつもりはありません」
エレイアもまた、我が子の成長を噛み締めるようにただ見上げていた。
「あの子の運命は、あの子自身が決めてほしい。あのドラゴンに乗って、この大陸から逃げることができる時が来たら、そう伝えてくれませんか?」
「その時が来たら、私はこの大陸を…」




