第10話 「名前」
あの氷檻の中にいたドラゴンよりも体格は小さい。人間が1人騎乗できるほどの大きさだ。
両足や角、翼にかけて全身が黒い鱗に包まれており、認識していなければこの夜の暗闇に紛れて見失ってしまう程だ。
それに、目の前にいるこのドラゴンはどこから来たのか…
「し、死んでる…?」
まだ距離が離れていて様子が分かりづらい。だがあの高さから墜落しているのだとしたら恐らくもう…
慎重に、雪を踏み締める音ですら鳴らぬよう近づいていく。
横たわるドラゴンの腹部を見てみると、かすかに呼吸による動きがあった。
「生きてる…多分…」
生きているだろうが、出血も酷くすぐ治療をしないと手遅れになる。
私でも一目で分かるほどだ。
「どうするよ…?」
「え、どうするって…」
考えずに来てしまったことを後悔していた。
私が来たところで何も持たず、治療を施してあげる技量もない。
燃え尽きようとしている命をただ、眺めているだけ…
「村の誰か呼んでくるか…?フェリスのおばさんとか…」
いや、恐らく間に合わないだろう。母もすぐに来てくれるかも分からない。
それに、このドラゴンの存在が知られたらきっと連れて行かれてしまう。あのドラゴンのように檻に幽閉されてしまうのなら、そんな姿は見たくない。
「お、おいフェリス何して…!」
私が病気で寝込んでいたとき、辛くて苦しかったとき、母は私に何をしてくれていたんだっけ…
蹲るドラゴンに一歩近づく。そして、この手でその額に触れた。ゴツゴツとした鱗の感触、その黒い体表とは裏腹に体温が温かい。
思い出した。
高熱を出して、苦しくて、一人が怖くて、そんな時にそばにいてくれた母。
不安で仕方なくても、目を開ければ必ずそばにいてくれた。
その時に言ってくれた不安を消してくれるあの言葉。
「大丈夫、ここにいるから」
そう優しく声をかけると、うずくまっていたドラゴンが落ち着きを取り戻し、ゆっくりとその瑠璃色の瞳を開いた。
瞳孔が私を捉えると、ただじっとこちらを見つめてきている。
苦しくて、辛いけどそばにいてくれていた母を見つけた時のように。
あの時の私のように…
「大丈夫だよ…」
そっと目を閉じて、ただ額に触れ続ける。
その時だった。
「フェリス…手が…!」
「え?」
額に触れていた手が淡く青く光り始めたのだ。
「これって…」
光は私の手から腕、腕から肩へまるで血管のように辿っている。
そして、その淡い光は母からもらった耳飾りから流れていた。
「何なんだ…その耳飾り…」
「わかんない…お母さんからもらったんだけど…」
光はドラゴンの身体に広がっていき、負っていた傷を癒していく。何が起きているか分からないが、今この手は絶対に離してはダメだということは分かる。流血が止まり、傷ついた鱗が再生すると、ドラゴンはその場で立ち上がった。
私より少し上背があるが、その黒い翼を広げれば優に私の身長は超えているだろう。
どうやら敵意は無いらしい。
目を見ればそれはすぐに分かった。
「もう、平気?」
ゆっくりと手をその顔に近づけていく。
すると、ドラゴンの方からその手に顔を触れてきたのだ。
優しく傷つける意思はないと感じてもらえるように撫でる。
もう安心しているのだろう。
低く喉を鳴らして愛おしそうに瞳を閉じていた。
「良かった」
「すごい…ドラゴンって人に懐くんだな…」
本で読んだドラゴンは国を壊滅させたり、災いを呼ぶ象徴のように記されていたが、そんなのは嘘だと分かった。
「ちゃんと接することができるなら、そんなことはしない…」
目の前にいるドラゴンがそれを証明してくれた。
「でもよ、なんでドラゴンがこんなところを飛んでいたんだ?」
「確かに…」
ボロボロの状態で、最初はこの霊峰スノーフィーネの山々よりも高い位置で飛んでいたのは見た。
一体どこから来たのだろうか、あの幽閉されているドラゴンと何か関係があるのだろうか。
「あはは、くすぐったい(笑)」
すっかり慣れたのか、顔を近づけてきてすり寄ってきた。
「どうすんだよ、この様子だともう離れないぞ」
「わかった、わかったから(笑)」
「全然聞いてねぇな…」
辺りを見渡すと、一際目立つ大木が見えた。その根元近くにこのドラゴンでも入れそうなほどの大きさの穴が空いている。
「フェリス、ここにいたら寒くてそいつも休むこともできないだろ。とりあえず、あそこの木の穴に連れて行こうぜ」
そう言うと、イリアンは雷電甲虫を使ってその穴まで道を照らし作ってくれた。
「うん、ほらおいでラズリ」
「ラズリ?」
「この子の名前だよ。私の耳飾りがずっと気になってるみたいで、思いついた」
「…瑠璃の耳飾り…瑠璃…ラピスラズリ……それでラズリ…?」
「なによ」
「いや、まぁセンスの問題だなって」
「うるさいな」
木の穴に二人と一頭が丁度収まった。
「近い…もう少しそっちいけって…///」
「しょうがないじゃん…こっちはラズリいるんだから…」
密着しているせいか、イリアンとラズリの体温がとても心地よかった。そしてラズリは私とイリアンを囲むように丸まってくれている。
この心地よさが眠気を誘ってきた。
「おやすみラズリ…あ、イリアンも…」
「ついでみたいに言うな……」
雪が降り寒いはずの外が、今日はとても暖かく感じた。




