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「なあ、みてみて」

 満面の笑みでミモリが黒石になにかを差し向ける。

 そこには手のひら大の白く丸い石のようなものがあった。

「なんだそれは」

「これがおまんじゅうや。どや、おっちゃんそっくりやろ」

「どこがだ」

「色がちゃうもんな」

「そういうことじゃない」

「最近めちゃくちゃがんばったからて、ご褒美でおばちゃんがくれたんや。めっちゃおいしいんやって」

「ほう」

 ガブリとかぶりつくミモリ。

 途端にその顔は幸福で満たされた。

「んまい」興奮のあまり、じたばたと手足をばたつかせる。「こんなうまいもん食べたことない」

「そんなにうまいのか」

「めっちゃうまいっちゅうねん。ふっわふわやで」

 ミモリが黒石を睨みつけた。

「絶品や」

「そうか、よかったな……」

「うますぎてもう死んでしまいそうや」

「そんなもので死ぬくらいなら俺に命をくれ」

「いやや。この世にはもっともっとうまいもんがあるはずや。うちはもっとぎょうさんうまいもん食うたる。それまでは絶対に死なん。がぜん生きがいがでてきたで」

「……」

 一人はしゃいでいたミモリだったが、それを静かに見守る黒石のことが気になった。

「おっちゃん、食われへんのか」

「知るか」

「残念やな、こんなうまいもん食われへんなんて。ぜったいおっちゃんも気にいるとおもうねんけどなあ。……あ、ともぐいになってまうんか。どないしよ」

「……」

 別に欲していたわけでもなかったが、自分を気遣うミモリの様子が気になり、黒石が口を開いた。

「ここに乗せてみてくれ」

「ここって」

「石のてっぺんにちょっとだけへこんだところがあるはずだ。そこからしずくの水が入ったことがある。久しぶりに水を飲んだような気がした。何百年かぶりにな」

「よみがえったりせえへん」

「するか」

「ほな」

 まんじゅうを半分に割り、おそるおそるミモリが石の上に乗せる。

 すると音もなくまんじゅうは中へと吸い込まれていった。

「ほんとに入ったで!」

「む、これは」

「な、うまいやろ。どや。絶品やろ」

「たしかに絶品だ」

「なんや、そうすればよかったんやな。おそなえもん直接置くのはあかんおもてやめてたけど、今度からそうするわ」

 何事かに気づく。

「そっからうちの命吸い取れるんちゃう」

「おまえが今のまんじゅうくらいの大きさになってくれればな」

「そら無理や」

「あたりまえだ」

 ミモリがおもしろそうに笑った。

「またもってきたるわ」

「そんなことしたらおまえの分が減るぞ」

「ええねん。おいしいもんはみんなで食べた方がもっとおいしいねんから」


 半分に割った茶色いまんじゅうを両手で持ち、ミモリが黒石の横に座る。

「最近変な感じになってきたんやって」

「変な感じ」

 黒石の上の半割れまんじゅうがしゅっと消えてなくなった。

「これもまた絶品」

「な」

「なにかあったのか」

「うん、うちもな、ようわかっとらんのやけど、おばちゃん達がゆってたことやしまだわからんけど、西の方に大きな国があるの知ってるか」

「西の方。さあ知らんな」

「もともと普通の国やったらしいんやけど、魔物と取引して軍隊がえらいことになっとるんやって。それまでいくつかの国同士で戦争しとったのがあっちゅう間に一個にまとまって、それが中央の方まで攻めてきてるんやて。けっこう距離あるからうちとこの方にくるかどうかはまだわからんけど、気をつけた方がええかもておばちゃんらもゆってた。ひどい奴らなんやて。国大きくするのだけが目的やから、そこにおる人達みな殺しにして土地だけとってくて。ほんとしょーもないわ」

「人間のくせに魔物の力を利用してよその国を侵略しようなどとはふとどき千万だな。おこがましすぎる」

「……」

「どうした」

「うちもおっちゃんの力を利用しようとしたからそのせんばんかもしれん。そんな力ないやろけど」

「話のレベルが違うだろ」

「でもおんなじやん」

「どこがだ」

「もしそいつらがここまで攻めてきて、自分が助かるためにおっちゃんにそいつらやっつけててうちが頼んだら、そのためにおっちゃんがそいつら殺したら、うちもそいつらとおんなじやん。そんな力ないやろけど」

「ううむ……」

「?」

「殺さなければいいのではないのか」

「はあ」

「姑息な人間と手を組むような魔物だけ退治して、人間は殺さなければいい」

「姑息なうちと手を組むようなおっちゃんはどうなるん。退治せなならんの。誰が退治するん。うち」

「なぜそうなる……」

「うちいやや。そんなんならんほうがいい。ここにはいっぱいいい人おるし、あのボンクラどもだって死なないかんようなことまではしとらん。ここが好きなんや。おっちゃんもおるし。しょぼいけどな」

「……」

「そや」

 ミモリが思い出したように膝を叩いた。

「うち、おっちゃんにいわないかんことがある。ええことや」

「なんだ」

「おばちゃん達がうちらを娘にしてくれるって」

「……」

「いっしょにおる子も二人まとめてや。ふとっぱらやろ。もともとその気やったんやけど、ようやくふんぎりついたってゆってたわ」

「よかったな」

「ほんまによかった。ほんまはどっちどっちでいらんほうになったらどうしようかおもてたけど、すっごく嬉しい。もう死んでしまいそうや。どうせおっちゃんもひそかにうちではあかんおもてたやろ。ところがどっこいや」

「……」

「あ~、いらんこといわんといてほんまによかったわ。えらいことになるとこだったちゅうねん」

「もうここにはくるなよ」

「え……」

 静かに告げた黒石の声にミモリが言葉を失う。ほうけたように黒石を見つめ、信じられないといったふうに声を押し出した。

「なにいってんの」

「家族ができたのだろう。ならこんなところにきては駄目だ」

「なんで」

「なんでっておまえ、今だって誰にも言わずにここにきているのだろう。知られれば周囲のみなが嫌がるのがわかっているから」

「そんなん関係ない。おっちゃんとは友達や。うちはこれからもここにくるで」

「今までとは違う。ここにきていることが他の誰かに知れたら、おまえの家族になってくれた人達まで迷惑する。そうなってもいいのか」

「そうはならん。うちがバレんようにすればええ」

「駄目だ。そんなことがいつまでも続くと思っているのか」

「思っとる」

「そんなことを言っているのも今のうちだけだ。新しい家族ができればそっちの生活を優先するようになってどうせこなくなるに決まっている」

「そうはならん」

「なる」

「ならん」

「なるんだ」

「ならんて」

「なれ」

「なれてなんや」

「そのほうがおまえのためだ」

「なんでや。いいかげんにし。しまいには怒るで」

「……」

「だいたいな、うちがおらんようになったら、おっちゃんまた一人ぽっちになってまうやんか。ええんか、それで。さびしいんちゃうんか。泣くで。さびしんぼのくせにかっこつけたらあかん」

「おい、忘れたのか」

「なにがや」

「俺は魔物だぞ」

「それがどないしたちゅうねん」

「実のところ、ずっとおまえの命をとろうと様子をうかがっていた。今の今までだ」

「はあ、なに寝たぼけたことゆうてんねんな」

「本当だ。ずっとその機会をうかがっていた。親しいふりをしていたのもすべてそのためだ。おまえを油断させ取り込むためにな。それもこれも、おまえに身寄りがなかったからだ。身寄りがないものならばいなくなってもたいした騒ぎにはならんからな。でなければおまえのようなものを相手にするはずがないだろう。だが家族ができたのならば話は別だ。そんな人間に手をだせば俺はまた……」

「うちのこと嫌いになったんか。それでうそついておっぱらう気か」

「いや、そうではなくてだな……」

「うちに家族ができるんがいやなんやな。それでいやがらせしとるんやろ」

「いや、だからそうじゃなくて……」

「だったらええわ、おばちゃんちの子供になるのやめたる」

「はあ!」

「そしたらまたここにきたってええんやろ。ほなそうする。うちやめる」

「おまえは自分が何を言っているのかわかっているのか!」

「わかっとるわい。おばちゃんちの子になるのやめてもおばちゃん達とは今までどおりにやってけばええ。そしたらおっちゃんとも今までどおりに……」

「いい加減にしろ!」

 突然響きわたる怒号にミモリのからだがビクリとすくむ。

「おまえを受け入れようとしてくれている人間達がどんな気持ちで決断したのかくらいわかっているだろう。その人達の気持ちを踏みにじっては駄目だ。悲しませてはいけない。おまえはそんなことができる人間ではないはずだ」

「そんなん、そんなん……」

 ミモリが目に涙をためる。結んだ口もとをふるわせ、涙を拭いながら走り出した。

「もう知らんわ、おっちゃんのアホ!」




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