〇〇するまで出られない部屋
短い読み切りです。
楽しんでいただければ嬉しいです。
皆さんは、〇〇するまで出られない部屋というものをご存知だろうか。
そう、それは男たちの欲望が詰まった、あまりにアレな部屋である。
例を上げればキリが無いのでここでは割愛させていただくが、実は俺は現在その部屋に閉じ込められている。
いや、この表現は少し違うか。
俺は今、〇〇するまで出られない『家』に閉じ込められている。
トイレは普通に行けるし、飯もある。
ただ外に出ることができないだけだ。
ここでまずは俺のプロフィールを紹介しておこう。
俺の名前は帯川保。
高校3年で、今日から始まる夏休みを前に、浮かれすぎて朝の5時に目が覚めた脳内ハッピー野郎だ。
そして現在俺は一人暮らしをしている。
高校1年の時に父の転勤が決まり、話し合いの末俺の一人暮らしが決まった。
両親は子どもの俺が砂糖を吐くくらいラブラブで、単身赴任などは選択肢の中には入っていなかったらしい。
まだ小6だった妹は両親について行き、中学から向こうの学校に入るらしい。
かくして俺は、成績を落とさないことと、馬鹿な真似をしないことを条件に1人という自由を手に入れた。
まぁ浮かれたのは最初だけで、当たり前だが家事も何もかも自分でしなきゃならない現状に、(ついていけばよかったかな?)なんて思うこともあるいる今日このごろである。
だけどそれも昨日までのこと。
今日からの俺は自由が確約されているのだ。
朝早く起きなくてもいいし、夜更かししても大丈夫。
撮りためたアニメや、買っても読む暇がなかった本達が俺を待っている。
俺は顔でも洗おうと部屋のドアを開けようとしたが、
(あかない?)
ドアが開かなかった。
(向こう側からなにか倒れた?)
いや、あり得ない。
家具が倒れるほどの地震が来たら、さすがに呑気な俺でも起きる。
それに夜中にそんな大きな音はしなかった。
(建付けが悪くなった?)
それも考えにくい。
今いる俺のアパートは、周囲のお店が少し遠いことで築年数が新しい割に安い。
俺は静かなところと少し広めの間取りが気に入ったから決めたのだ。
しばらくドアをガチャガチャしていたら、
「起きた?」
と、声をかけられた。
心臓がケツから飛び出すくらい驚いたが、この声は聞き覚えがある、というか昨日も聞いたな、学校で。
「その声、澪…か?」
「うん、正解、チャッチャラー」
秋月澪、同級生にして幼馴染。
クラスは違うが、俺のクラスでもアイツよく見たら可愛いんじゃね?なんて噂を聞くくらいには有名。
昔から知っている俺からすれば、無表情で何考えているかわからないし、感情が乏しいと言うか、よく言えばクール、悪く言えば大人しすぎるというキャラが立ってるのかどうかわからない存在だ。
恋愛感情?昔はあったけど今は薄いかな。
さて、そんな澪がなぜ俺の家にいるのだろう。
もちろん鍵なんて渡していないし、そもそも澪の家は俺が前住んでた家の近所、つまりここから少し離れたところだ。
「……なんで、おまえが家に?」
「なんで部屋にって、頼まれたから?」
「頼まれた?誰に?」
「オバサンに」
シッツ!犯人はヤスだったとは!(母親の名前は恭子)
だがここで逃げるわけにはいかん。
母親への苦情も今はあとまわしだ。
そもそも母親は寝起きが死ぬほど悪い。
こんな時間に電話で苦情なんて入れた時には、おそらく俺の貴重な小遣いを振り込み忘れることだろう。
夏休み初日にそんな悪手を打つわけにはいかない。
「えーーーっと、事情はわかったけど、とりあえず開けてもらえない?
ほら、トイレにも行きたいしさ?」
「……オムツいる?」
さすがにこの年でそれは無理です。
プレイとしても受け入れられません。
「ふふ、冗談」
なんか少しだけ笑いながらドアの前でゴソゴソしているようだ。
日本人形みたいな顔が少し笑ってる所を想像すると、我慢しているモノが少しでてしまいそうになる。
服を着て出すものを出したら、澪は朝ご飯を作ってくれていた。
朝も早いのに悪いなぁ…。
というか冷蔵庫には飲み物とお菓子くらいしか入ってなかったのに不思議だなぁ…。
The Washoku!って感じの料理が並び、とりあえず二人でそれを食べる。
昨日は夕食が軽かったこともあって、空きっ腹にこの味は染みる。
飯を食い終わった俺はようやく本題に入ることにする。
「それで、澪さんや?どうしてこんな朝っぱらからここに?」
「おばさんに頼まれて?」
「いや、それはさっき聞いた。
俺が言ってるのは、何しに来たのって話」
「おばさんから言われた。
保は夏休みになったらバカなことしそうだから見張っておいてって」
さすが我が母、俺のことを理解してやがる。
たしかにさっきの俺は、テンション上がりすぎて、このまま近所の小学生に紛れてラジオ体操でもしようかと考えたくらいだ。
敵もさるもの、俺も気を引き締めよう。
「わかった、自重する。
じゃあまた休み明けに学校で。
飯ありがとう、美味かった」
そう言って帰宅を促すのだが、一向に帰る気配はない。
その代わりにスタスタと俺の部屋に行き、鞄を持ってきた。
「はい、これ」
「……これは?」
「わからないの?」
「いや、見ればわかるけど……」
俺の目の前に出されたのは現国の課題、通称夏休みの敵。
それを机の上に置かれ、
「やって?」
「えぇと……今から?」
「そう、今から」
「買い物とか行きたいんだけど……」
「大丈夫、昨日のうちに済ませてきた」
どうやら母親は俺ではなく、澪の母親経由で夏休み期間の生活費を渡したようだ。
それを預かった澪が、食料の買い出しをして来たということらしい。
さすがは我が母。
どうやら俺が安いインスタントばっかり食べて、余った分で新しいゲームを買うことまで予測されていたようだ。
「澪、遊びに行かないか?」
「終わってからね」
何度このやり取りを行ったことか…。
梃子でも動きそうもないこの幼馴染は、私分かってると言わんばかりに絶妙のタイミングで食事やコーヒーを準備してくれる。
そしてマジで俺は外に出られない。
もちろん本気になれば外出なんて可能だが、玄関前を陣取るこいつの顔を見てしまうと、罪悪感みたいなのがビシビシ湧いてくる。
結局3日かけて現国を終わらせ、さぁ遊びに出ようとした俺の前に出てきたのは、次なる数学という課題だった。
そいつをヒィヒィ言いながらやっつけても、その次は英語、科学、社会と出てこられ、すべての課題が終わったのは夏休みも半分過ぎたお盆の頃だった。
ちなみにこいつは日曜にしか家に帰っていない。
家のリビングに居住スペースを(家主の同意なく)作り、寝起きしている。
俺が課題をやっているときも、自分の課題をするか、ご飯の準備を淡々としている。
念の為に確認はしたが、どうやらおばさんの許可は取っているらしい。
だけど、単身赴任で県外に出ているおじさんの許可は出ていないだろう。
そもそもあの厳格なおじさんがこんなことを許すはずもないが……。
そして、俺から過ちを起こせるはずもない。
澪の後ろには仁王か鬼と表現したくなるような、母親とおじさんの顔が見えるので、手を出すなら命がけになる。
すべての課題が終わり、さぁ残り少ない休みを満喫!と思った俺を嘲笑うかのように、優しい幼馴染は大学入試の過去問を出してきやがった。
チクショウ、嬉しすぎて涙が出てくるぜ……。
一応日曜日だけは外出が許されていたが、それも1週間分の食料品の買い出しなどで潰されていく。
澪からのラブレターならぬ食料品の買い物リストのお陰で食べることには困らないので、黙って従うことしか俺にはできない。
最終的に俺が完全なる休みとなったのは夏休みの5日前からだった。
俺の夏休みを返せとも言いたいが、学力は間違いなく上がっていることから文句も言い難い。
それにこれでとりあえずは一人暮らしを継続できるだろう。
感謝も込めて、帰る準備をしている澪に声を掛ける。
「なぁ、せっかくだし、これからどっか遊びに行かないか?」
「…………行く」
わずか二言だけど、これはだいぶ喜んでいるようだ。
夏に遊ぶつもりで小遣いは貯めていたので、使えなかった分懐にはかなり余裕はある。
それに俺の休みが潰れたということは、澪の休みも潰れたってことで、このままサヨナラするわけにもいかないしな。
というわけで普段はめったに行かない隣町のモールまで足を伸ばし、遊ぶことにした。
ゲーセンでぬいぐるみを取ったり、本屋で漫画を買い漁ったり。
それと感謝の気持を込めてジグソーパズルをプレゼントした。
澪の数少ない趣味の一つで、もう数十種類は完成させたらしい。
ここは思い切って2000ピースくらいのにしてみるか。
本人的にはかなり気に入ってくれたようで、大事そうに胸に抱えている姿は可愛かった。
俺としても思ったより楽しい時間を過ごすことが出来て、さぁ帰ろうというところで、
「あれ?どこ行くんだ?
澪の家ならあっちのバス停だろ?」
澪の家に帰るならバス乗り場が違う。
何故かトコトコと俺の後ろをついてくる。
「……帰るのやめた、コレ作る」
……どうやら俺の出られない部屋は終わり、澪の出られない部屋シリーズが始まるようだ。
とりあえず澪のために今夜何を作るか考えながら帰るとしよう。
お読みいただきありがとうございました。
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