76 箱屋のご先祖さま
こんにちは。
今日は暖かな日でした。晴れていて、とても過ごしやすい気持ちのいい日でした。
法事です。
どうあっても、冷える本堂でのお経が終り、外に出ると、細胞が暖かさで緩むのが分かりました。本堂は、敷地の小さなお寺にもかかわらず、すごく立派なつくり。瓦屋根もすごく立派なんです。
そんな外観を眺めながら母親と話していた時、その立派なお寺を建てる費用をものすごく援助したのが私のご先祖さまだったそうで。私のお爺ちゃんのお爺ちゃんか、お父さんか……くらいの話らしくて。時期的に考えて、私の曽祖父だろうか。
その頃、一等地に店を構える箱屋をしていたそうです。ぼんやりと昔にも聞いた気がしますが、ちゃんと認識したのは今日が初めてかも。桐の箱などを作って販売している家だったみたいです。使用人もたくさんいて、その財力でお寺に寄付をし、そのおかげで、お墓の土地が、お寺の方々の横に並ぶと言う一等地なのだとか。確かに本堂に一番近い位置にうちのお墓が並んでいるのです。
詳しい事は分かりませんが、その曽祖父が早くに亡くなり家が没落したのだとか。
曽祖父の時代とか……そんなに離れていないのになぁ。そんな時代のご先祖の事もあんまり知らないのだなぁと、残念に思う。
歴代の将軍とか天皇とか神さまとか、授業なんかで習っておぼてる時って三代前ってそんなに遠い様に思わないんですよねぇ。でも、激動の時代でもあるし、本当に遠い過去になってしまっているんだなぁと。
桐箱が飛ぶように売れた時代から、なんでも何でもスマホで出来る時代に移り変わったんですよねぇ……。その頃の人たちには絶対想像できない未来に私たちは生きている。
時間の距離以上に遠い場所にお互いが居る気がします。
そして私が箱好きなのは、血だったのかぁと納得した。
箱が捨てられないのは日本人だからだと思っていたのだけれど、それ以上の何かがあるのかもしれない。
日本人って、箱が好きなんですよねぇ。なんでも大切な物は箱に入れて保管する。正倉院の宝物だって、ひとつひとつが誂られた箱に入っているから、温度や湿度の変化から守られて残っている。
箱自体にも技術や装飾を凝らして、大切にする。けっこうそれが世界的には珍しい文化みたいなのだけれど、だから私も箱が好きなんだとおもっていたのだけれど……血でしたね。
確かに桐箱、特に好きなんですよねぇ……使わないのに(笑)
どんなお店で、どんなご先祖様だったんだろう。その頃の街は、日本はどんなだったんだろう。
母親の学生時代からでも、街の様子は変ってしまっていて、通学に使っていた路面電車が無くなり、私が子供の頃からでも、川の土手の桜並木を走っていた電車が地下に潜った。
全部知らない人からは、知ろうと努力しないと分からないような遠い過去になってしまっている。
時間の流れって、自分が思っているよりも遠い場所になってしまうんだなぁ。どうあっても行けない遠い距離。
なんだかとても不思議な気分になります。
まだ箱屋さんが続いていたら、どんな生活をしていたんだろう。私も職人になっただろうか。今の時代に必要にされるような商品を開発して、ネット販売とかしてたんだろうか。
タラレバは意味が無いけれど、そういう、もしもを思うのも楽しいものです。
ご先祖さま、遠いなぁ。もっと色々私に教えて欲しいなぁ。そんな事を思った一日でした。




