37 限界を越えた先
こんにちは。
一昨日のスタジオでの練習から、ずっと歌いたくて仕方がない。
もうあの日の帰り道で、すでに歌いたかった。夜には、悶絶するくらい歌いたかったのだけれど、喉への負担を考えると、丸一日は出来るだけ声帯を震わせない方がいいだろうと思って、昨日までは大人しくしていました。
声帯って、とても繊細なので、酷使しすぎると、硬くなって柔らかい音が出せなくなるんです。
老化により声が低くなるのもその変化の1つ。柔らかく軽やかな動きをするから、細かく震え、高い音が出る。でも固くなってくると、振動が大きくなり低い音しか出なくなる。
その変化だけだとまだマシだけれど、酷使しすぎてポリープが出来たら元も子もない。
咳をするだけで、喉の粘膜が剥がれて傷んでしまうように、瞬発的な息の力って、すごい破壊力を持っているんですよ。その上、声を出すために声帯を震わせるのですから、喉の疲労は大変なものです。
喉を労わる方法は、睡眠と健康にいい食べ物と、湿度。そして無駄な声を使わない事と、なにより体全体を休める事。結局は体の細部は体全体と一緒なのです。
なのでとにかく昨日は大人なしくしていて、今日、カラオケに声を出しに行きましたよね。我慢しきれなくて。
というか、確認したいことがあったのです。
あのスタジオの練習後、私は殻を破った感がすごかったんです。上手く歌えたという話では無くて、声が戻って来たという予感。
いくら歌っても声が枯れない感じがすごくて。でもあの日はまだ、半信半疑でした。それでも確信に近い感覚を持っていました。
で今日、確かめて来たんです。
結果は、予測通りでした。体力と喉の強度ともに戻ってきた感じです。いや違うな、それは歌うのに
必要な条件の30%くらいの割合で、あとの70%の精神力が戻って来た。
今までだって、いい加減に練習してたわけでは無く、すごく真面目に練習をしていたつもりだったのですが、自分で限界を決めて諦めていたんでしょう。無意識が決めた限界の壁が、大きく立ちはだかっていたようです。
それを四時間叫び声を上げ続けるという、前向きな苦行を行って、聞いてくれている人もいてくれて、手抜きが出来ない状態で。だからこそ、限界を越えることが出来たんだと思います。
今日のカラオケでの個人練は、いつもは一時間もすれば喉も顎も疲れて、それ以上歌っても練習にならない状態だったのに、今日は二時間歌っても歌い足りなくて、まだまだ歌えるくらいになっていました。
まぁ、喉の酷使しすぎるのもいけないし、二時間で終えて帰って来ましたが。
何でもそうだけけれど、自分で思っている限界を越えた向こう側に行かないと、次のステージは用意されていないものなんだなぁと、再認識しました。
頭が分かっているのと、その状況に身を置くのとでは天と地の差がある。限界は越えないと……というか、自分で感じている限界なんて無い事を知らないといけないのだ。進化する事にブレーキをかけてはいけない。
声を出し続けることが出来るという状態に「ある」という事を、信じ続けることが出来る精神力。これが私には欠けていました。
もっと出来る、もっと声が出せる、もっと歌える。それを信じていなかったと言うとです。
自分の事を一番自分が分かっているつもりが、分かっていなかったという事ですね。
この感覚は、成功体験を継続していかないと、すぐに消えてしまうんですよ。厄介な事ですが。
だから、日々練習ってことですね。
私はそれが、歌だったけれど、きっと何でもそうです。限界を越えるまでやってみる、そうすると、やっと違う世界が見えるのかもしれません。




