193 縁のある数字
こんにちは。
もう7月なんだなぁ……とあたらめて実感。
今年も知らない間に半分が終っていたんですね……。ナンテコッタ。
友達に誕生日の話をされて、あぁ、今月は誕生日月だったなぁと、やっと、7月という月が心に落ちたようなそんな気分になったんです。頭では知識として分かっているのに、空間や時間の流れ的に体に馴染んでいない事ってありませんか?
自分の年齢でも、なかなか体に馴染まない年齢の年があったりする。いや、馴染む年の方が珍しい。
そういう数字は、データとして、いつも自分の周りをフヨフヨと浮かんでいるだけの感じがする。そのデータを取り込むタイミングは、データに見合った実感が有っときだというか。実感は、その数字に関連するバックヤードというか、歴史というか、そこに至るまでの経緯や今の状況を偽りなく把握できたときに、取り込めるような、そんな気がしています。
なんか、量子力学と仏教の話で、この世が仮想現実だ、みたいな話になりそうな勢いですが。
最近、動画で、親族や大切な人の命日が、自分の誕生日だと言う話を見たのです。
前にも叔母さんの命日は自分の誕生日だとか、友達がそうだという話も聞いたことがあって。
365日ある中で……ってまぁ、365分の1ですからね。1年間に亡くなる人の人数を思うと確率が高いとは言えないのかもしれないけど、それでもやっぱり、何か縁というか、意思かそこに働いている気がしてならない。
それは数字だから。なんか、自分に縁があったり、意味がある数字が集まって来る気がするんですよ。
だって、未だに私は4ばかり見ている。毎晩のように4:44を見るし、まぁそれが、日常のリズムだと言われたらどうしようもないけれど、充電池の残量やら、リツイート数やら、今日もたまたまテレビに目をやった瞬間に、444の文字。
偶然だけではちょっと片付かないよなぁと思うので、数字の力ってあるんだろうなぁとか思ってしまう。
前にも書きましたが、私の誕生日は妹の命日。そして、大好きなアニメーターさんも命日なんですよねぇ……
幼少期に、私の考え方の基礎を作ってくれた作品を担当されていた方で、サイン会にも行ったことがある。
今さら、龍神さまっているんだなぁと思ったり、虹の色を何もない空間に見たりして色んな事を思う基盤は、あのアニメから始まっていた気がする。そのアニメの世界観やコンセプトが、今の私と重なっている気がして。
忘れてはいけない事が、その日に詰まっている気がする。その数字というか、日にちというか。
あまりにも、数字のメッセージに無頓着だから、少しでも早く数字を取り込ませたくて、実感がこもるように操作されているというか……
って、そこまで行くと、ラノベ脳ですね(笑)
今年も17日ごろに梅雨が明けるんだろう。そうしたら、本当の夏がやって来る。
今年もあと半年、頑張って丁寧な生活をしよう。




