108 清々しい
こんにちは。
観光のお供二日目です。
今日は、観光らしい観光と言えば、二か所の神社へ行ったのです。下賀茂神社と伏見稲荷大社。
どうしてだか、自らが行こうと予定を立てなくても、この二社には行く用事が良くできるんですよねぇ。縁があるという事なのでしょうか。観光としても、丁度いい距離ですからね。交通の流れ的にも行きやすい場所にあり、京都観光を考えている方には、オススメの流れです。
天気も良くて、暑いくらい。でも風が吹いていたのでなんとか汗はかかずに過ごせているような、丁度いい観光日和でした。
なので、どこに行っても気持ちがいい。二社とも境内に入ると清らかな空気が流れていて、いい感じなのです。でも少し思う所があるのです。とっても不思議な事。
実は昨日は、友達が宿を取った周辺という事で八坂神社へお参りをしたのです。というか、地元の友達に三年坂で瓢箪を買ってきてほしいと言われたそうで、瓢箪を買いに行く流れで、八坂神社→円山公園→ねねの道→二年坂→八坂の塔→庚申堂→三年坂と回ればいいと思って。夕方から用事のある友達の時間の都合で清水寺までは行かなかったのですが。
その八坂神社へ行った時の事、友達が何の前触れも無く「清々しいなぁ」と言ったのです。私はびっくりしてしまって。なぜかと言うと、ご祭神であるスサノオさまは「清々しい場所」を好んでいらっしゃるから。
そう思うと、本当に境内が清々しいんです。文句なく清々しい空気が充満している。私は速攻、友達にその話をしました。そして、嬉しくて。本当にスサノオさまがいらっしゃる場所なんだなぁ~と思って。
そして今日です。下賀茂も伏見稲荷、神宝神社も、清らかで気持ちがいい場所なのですが、清々しいかと言われたら、ピッタリな言葉では無い。聖域である事は感じるけれど、清々しいとは少し違う。
その事を友達とも話しながら散策をして、明らかに感じる、その感覚の違いに驚きました。
夜にもう一人、仕事終わりの友達と合流して「清々しい話」をしたのですが、その友達も興奮気味に「わかる~!」と言いだして(笑)
彼女は出雲大社へ行った時に、奥にあるスサノオさまが祭られているお社まで行った時に「清々しい!」と思ったそうで、その感覚がまだ残っているのだとか。
ほんと、何なのでしょうね。日本人特有のアンテナなんでしょぅか?それとも生き物に標準搭載されているかな?どちらにしても、その特別な「清々しさ」を感じるアンテナがまだ死んでいない私たちに感動しました。
とか、こんな話をしていたら、かなりスピってる集団なのか?と思われそうですが、そんな事も無いんですよ(笑)私たちはもともと、とある女性アーティストのファンで20年以上前に知り合った繋がりなんです。現実世界に生きる地に足がついた人たちなのでご安心ください。
そんな現代人でも、死んでいない感覚があるって、ステキじゃないですか?
他のスサノオさまが祭られている場所にも、行ってみたいなぁ。逆に知らないで行って、清々しいセンサーで探知してみたいです(笑)
神社やお寺や、その他の自然の中の聖地と言われる場所の、不思議な空気を感じる事も、丁寧に生きる事も一つだと思います。
すごくいい気づきのある観光でした。




