100 ナンチャッテ神さま
こんにちは。
今年も100日目がやって来ましたね。ほんと早いもんです。
そんな100日目の今日は、めちゃくちゃ寒い。
一昨日までの初夏を思わせる暖かさの影もない。昨日は昼過ぎまでは少しむしっとした空気はあったものの、雨で冷やされたようです。
あの暖かさは、入学式に桜を咲かせるための暖かさだったのでしょう。
明後日からはまた少し寒さも緩むようですが、週間予報を見ていても、今のところ、飛び抜けて気温が高くなることはないようです。季節の変わり目は緩やかでいいんです。
去年の夏から、頭のおかしな私は、地球の平均気温が5度下がると決めたんです。ほんと、頭のおかしな話ですよ。間に受けないでくださいね。
でも人の思いって、そう言うものです。決めるか決めないか。
そして行動も、やるかやらないか。でも2択ではないんです。
決めたけど出来ない。やらないけど、そうなってしまう。そういう曖昧な選択肢も存在している。
自分の思いとは違うところで動いている大きな流れは必ずあるもの。そういう自分の……というより、人の力でどうしようもない得体の知れない何かを味方につけるのが、祈りと徳です。
人生経験が増えてくると、自分ではどうしようもないことばかりなのだと、いやでも知ってしまう。そうなったら、神頼み、ご先祖様頼みしかないんですよ。
もちろん、努力も工夫も、やるべき事を全部やった後での話ですよ。
そんな大きな存在に頼らないと、どうしようもない時に、思いを通りやすくするには、日頃の行いと思いの純度と……強化度合いなんだと思います。
それって宗教?と思うかもしれませんが、そんな執着を求められるようなことは、大きな存在は望んでない。
いつも言っているように、ただ、今ある全てに感謝して、丁寧に生活をするだけです。感謝と生活が純粋な祈りなんです。どれだけ、感謝をして丁寧に生活をして来たかが強化度合いです。
なんか電波な事を言ってますが。まぁ自覚はあるですよ。
でも、電車に乗っていても、みんな神様なんだなぁ、尊いなぁって心底感じるくらいには頭がアレなんで、そこまで行くと、それが真実だと信じてしまうんですよ。
日本の神様は、個性豊かで聖人君子ばかりではない。秀でている事もあれば出来ないことあるし、無くし物をしたり失敗もする事もある。腹を立てたりもする。
とても人間味のある神様たち。
一度、ナンチャッテごっこでいいので、すれ違う街ゆく人々がみんな神様だと思ってみてください。
本気じゃなくていいですよ。ナンチャッテです。
神さまはこの地表に降りて来て、なんともうまく行かない人生を飲み込んで、頑張って生きているんです。神である事を忘れている人が大半だけど、それでも、みんなそのうち思い出すんですよ。あぁ、そうだったって。それまでの不自由で愛おしい生活。生活が尊いなぁと思う。
そのナンチャッテごっこで違う世界が見えたら、ちょっとこの先の人生が変わるかもしれないですよ。




