第一章12『副、副副、副副副、副副副副』
「知らない天井…、いや、知ってるわこの天井」
俺は体の痛みで宿の自室で目を覚ました。自室と言ってもベッドの上ではなく部屋の床、廊下から引きずられて部屋に押し込まれたのだろう。ベッドに乗せてもらうことはできなかったが、廊下で放置よりマシだろう。そう思ってないとかなり辛い。精神的苦痛と変なところで寝た身体的苦痛が俺のメンタルを殺しにかかってる。
俺は服装を整えみんなと合流して朝食をとりにいった。
朝食は騎士団本部でみんなで一緒に食べることになった。副団長から副副副副団長までの初対面でもあった。といっても、副副副団長、副副副副団長はまだ到着していない。大丈夫なのだろうか。
フラッドとヒューは寝ぼけているのかぼーっとしていて沈黙が続いている。その静けさに居心地の悪さを覚えた俺は無理やり口を開いた。
「えっと、なんでここにバイションが?」
俺はわかっていながら聞いてみる。日本人よくやるよね、これ。
「副団長だからです!」
「へーん」
桃色髪の幼女はパンを持った右手を力強く挙げて理由を述べた。酔っていないと目が開いていて普通にかわいい。
ちなみに、朝食のメニューはパンとサラダとスープ。健康的な食事。俺はがっつり肉が食べたかったのだが。俺は朝からカレーいけるタイプ。
「聞いといてその返事はなんなんです?」
「悪い悪い、バイションちっちゃいのに副団長なんてすごいな。驚いたわ」
「わちきはお前より年上です!覚えてろです!」
バイションは機嫌を悪くしてしまったらしい。年頃の女の子は難しいのだ。
「がっはっは!仲が良くて何よりだ!」
勢いよく口を開けて笑う副副団長のレオナルド。the大男。メイソンと初めて会った時と同じような印象を受ける。メイソンと大きく異なるのは身だしなみだ。服を着ているのはもちろんのこと、髪型などもしっかりとしている。今から戦いに行くとは思えないきっちりとした黒の紳士服。浅葱色の双眼がかからない程度に伸ばされた金髪はしっかりときめられている。その格式ある見た目とは対照的に彼の態度は荒くれ者のそれだ。最初にメイソンを思い出させたのもこれが原因だろう。
「仲よくないです!むしろ敵です!この男は昨日シャーロットを強姦しようとしていたです!へんたいまるです!」
「おい、へんたいまるってなんだよ。てかあんな強い酒もってフラフラしながら来た二人が悪い」
「――――ふんっ」
「ふんって…。わかった、謝るよ。ごめんなさい」
「別にいいんです。というかこちらの過失でした。ごめんなさい、ランマルくん」
じゃあ「ふんっ」はなんだったんだよ。まぁかわいいからいいか。
「そういや『紫電』にあってんだよな?」
レオナルドがサラダを頬張りながら聞く。
「あ、はい。二回会いましたね」
「がっはっは!よく生きてんな。オレは両腕飛ばされたぜ!」
しかし、俺の答えに笑いながら物騒なことを言うレオナルドの両腕は健在だった。生えてきたんかな。異世界だし。
「大変でしたね」
「ああ、ウェストリーとアイグレーがいなきゃ確実に死んでたわな」
ウェストリーは存じ上げないがアイグレーなら知っている。
アイグレーはイグニスの診療所にいる美人ナース。じゃなくて凄腕の治癒術師。だった気がする。たしかにあの人ならどんな怪我でもなんとかできそうな気がする。
そのアイグレーを呼び捨てにするとはレオナルド、さては匂わせか?やめてよそういうの。
「ウェストリーと知り合いなのか?」
食いついたのは先ほどまで眠そうにパンをモニュモニュしていたヒュー。
「『翡翠の騎士』ウェストリー。ウェント公国最強の騎士。王国で騎士やってりゃ誰だって顔を合わせる機会ぐらいある。オレが三十五歳のとき八歳のウェストリーに命を救われた」
「――すごい…」
シャーロットも感嘆の息を漏らしている。
異世界にも飛び抜けたやつっているもんなんだな。我が祖国ジャポンにもO谷とか藤Eとかいたしね。イグニスにもすごいやつはゾロゾロいるのだろう。すでにアイグレーとか見てきてるし。
フラッドはアクア王国での立場をあまり話さない。彼もかなりの腕前のように思われるがどうなのだろうか。魔法も使えるようで本当に羨ましい。
魔法のことは考えても仕方がない。ないものはないのだ。
俺は少し硬いパンを口に口の中に押し込み、スープで流し込む。食事を終えぼーっとしているとドアの方からヒールの足音がした。
「遅刻しました」
「――遅刻しました」
エコーがかかったように綺麗な声が二度響いたあと、木製のドアが小さく開き二人のドレスを着た女性が入ってくる。俺の意識は一瞬で異様な二人に持っていかれた。
目に飛び込んできたのは豊満な胸、これはしょうがない。俺は意識的に目を動かし別の特徴を捉える。身長は俺より高いだろう。長く綺麗な金髪、そしてその上に被さった羽がついた大きなシルクハット。そして――――、
「――目隠し?」
彼女らが作る異様な雰囲気はその目隠しにあるだろう。黒のレースの目隠しが彼女らの目を隠しているのだ。
二人ともほとんど外見は等しい、というか等しい。まるで鏡のようだ。
異なるのはドレスの色が赤か、青かと言う点だけだ。ひとまず、赤ドレス、青ドレスと名付けておこう。
「遅いなのです!」
「はい、だから『遅刻しました』と言ったのよ」
ルカーの声に応えたのは赤ドレス。第一印象はちょっとやばいお嬢様、といった感じ。遅刻しておいてこの態度はなんなんだ。別に誰も困ったないからいいんだけど。
流れ的にこの二人の女性が副副副団長と副副副副団長なのだろう。ほんとややこしいなこれ。
「まぁいいわ。そこの君、名前は?」
なにが『まぁいいわ』なのかわからないがまたしても赤ドレスが口を開いた。彼女の態度から推測すると、相当身分が高い気がする。よって俺は礼儀正しく自己紹介をした。
「森蘭丸です。どうぞよろしくお願いします」
「マル…。変な名前ね。それと変な顔」
「な…」
「それと、そこの白髪の方と、水色の方は?」
俺の言葉にならない感情をガン無視しシャーロットとフラッドに声をかける赤ドレス。俺を散々ディスっておいてすぐに興味を無くしたようだ。
一方青ドレスはというと先ほどから微動だにしない。本当に気味が悪い二人だ。
「シャーロットです。記憶がなくなってしまい迷惑をかけるかもしれませんが何卒よろしくお願いします。彼はフラッドでわたしも彼も旅をしていました」
シャーロットがまとめて話す。なんか『彼も』って少し照れながら言うのやめろ。匂わせみたいだからやめろ。
「いえいえ、気にしなくていいわ。私もあなたの記憶が早く戻ることを望んでいます。フラッドさんもどうぞイグニスでゆっくりしていってください」
なんだこの態度の変え用は。なんかしたか俺?どこかで会ったことがあるのかと記憶を探るがこんな摩訶不思議な二人を忘れるわけがない。おそらくただの八つ当たりだ。ひどい。
「それで、ナントカマルくんはなぜここにいるの?」
赤ドレスはよく喋る。口が悪かったり礼儀正しかったり忙しい人なのだが青ドレスは全く喋らない、どころか一切表情を変えない。それが気味悪いのだ。
なぜここにいると聞かれてもなんと応えたら良いのか…。間があるとなんか言われるかもだしテキトーに返答しよう。
「――国に貢献したいなと思いまして。それとお名前を伺ってもよろしいですか?」
「ヘル。それが私の名前。そしてこちらはケルよ。あとその中途半端に畏まる話し方が不快なのでやめていただける?」
「わかった。ごめんなさい、ヘルさん」
「ふふふ、私、謝られるのは嫌いじゃないわ」
完全に遊ばれてますねこれは。あと一番聞きたい青ドレス、ケルとの関係性は教えてくれなかった。
初対面の俺を一通り貶し満足したのかハルとケルは朝食を食べるのに集中しだした。食べ方はふらりとも上品でそこからも育ちの良さが滲み出ていた。気になることは一つ、ヘルとケルはスープとパンを交換していた。つまりヘルはパンを二つ食べ、ケルはスープを二杯飲んでいた。食の好みに差はあるようだ。なんだか少し安心できる、気がする。まぁ不気味だけど。
「てか、なんの話だったけか…」
「ウェストリーの話ですね」
「ああ、そうだったそうだった」
食事を終えたレオナルドが沈黙を破った。それに応えたのはヒュー。
「あら、ウェストリー様の話をしていたのね」
「ヘルさんもウェストリーさんを知っているんですね」
様付けで読んでいるとは、ヘルもウェストリーに助けられてたりするのかな?とか思って俺は聞いてみる。
「もちろんよ、えっと、マル…、マルナントカくん。ウェストリー様を知らないなんて一体どこで監禁されていたの?まさかイグニス大牢獄?気の毒だわ」
「おい、俺に前科はねぇよ。あと名前覚えてくれよ。蘭丸だ」
「名前の呼び間違いなんて些細な問題でしょ。私とマル…、マルナントカの仲じゃない」
「――もういいよ」
俺が少し不貞腐れてそう言うとヘルは「話を戻すと」と前置きして続ける。
「私はウェストリー様に命を救われたのよ。銀の『天馬』に跨って私を助けてくれたウェストリー様は本当に容姿端麗で、眉目秀麗だったわ。思わず私も彼に跨りたくなってしまったもの。つまりナントカマルくんとは対極にいる存在、それがウェストリー様。マルナントカくんも少しは見習ってほしいものね」
「何からツッコんだらいいかわかんないや」
「ナニを突っ込まれるかと思うと悍ましいわ。辱めを受ける前に帰宅したい」
「――――」
ツッコミを入れる箇所とすれば、第一に命救われた時に見た目しか褒めていないこと、そして第二に唐突の下ネタ、そして俺の名前覚えてない+俺へのダメ出し。つまり話変わってない。
「わちき、二人の会話見てて楽しいです!ランマルが凹んでるのみるの好きです!」
「バイション、酷いなのです」
「がっはっは!本当におもろいやつだな!」
桃髪兄妹と金髪大男がわちゃわちゃしだしたので場は賑やかになった。ムードメーカーになるのなんて小学生の時ぶりだ。悪い気はしな…、いや、めっちゃ悪い気する。だって初対面のグラマラスミステリアス美女にボロクソ言われてるし、いや逆にご褒美か?ああもう頭がおかしくなる。
「ランマルくん、しっかりしてくださいね。もうすぐ時間ですよ」
俺が頭を抱えて悩んでいると隣に座っていた白髪の少女、シャーロットが肩を叩いて話しかけてきた。かなり至近距離でかけられた声に俺はビクッとしてしまった。やだこの娘、急に耳元で…。飛んだ男たらしだ。
冗談はさておき、もうすぐ出発だ。命懸けの遠征である。相手はメイソン含むイリス極彩国。勝算とかマジでわかんないけどノリと勢いでなんとかなることを願いたい。周りのメンツは強そうだしいける、と思い込むことにする。何もなく終わればいいが…。死亡フラグっぽいけどしょうがない。大体今ここで『俺は行かない!』なんて言ったらそれこそ死亡フラグだ。
「時間なのです!最終準備よろしくなのです!」
ルカーの声がかかり朝食を終えた俺たちは黙々と支度を始めた。
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