せっかく出来た居場所ですからね
見た目は港にいた職員さんと同じような格好(制服?)でしたが、彼のは多少華美な仕様になっているようでした。七三分けに整えた黒い髪と端正な顔に冷たい視線。眼鏡似合いそうだし何だか偉そうな感じ。
ほぇ? と見上げていると、その人は私の手を掴んで、縁側から引っ張り起こして言ったんですよ。
「やっと見つけた! 今まで時間がかかってすみませんでしたね。さあ、戻りましょう!」
戻る? いえいえ、嫌です。
私は即座に彼に掴まれた手を離しました。
「いえ、私ここでいいです。ここに住みます。だからほっといてください」
「何言ってるんですか? こんな所にいたら気が狂いますよ? 誰もいないし暇だし寂しいでしょう? あなたは違う所で生まれ変わるんです。きっと楽しいですよ。さぁ行きましょう!」
その人がまた手を掴もうとするので、私は掴まれないよう手を引っ込めました。
「そんな保証はどこにもないじゃないですか! 私はここから動きません。帰ってください!」
「…………………ここを変えてしまったのは貴女か」
私がこの場所を創ったと思われているようでした。当時は否定していましたが、結局、その通りだったんですよね。
「寝て起きたらこうなっていただけです。でもどっちでもいいです。私はここから動きません」
絶対動かないぞ! と踏ん張った。二人でしばらく睨みあっていましたが、彼は仕方ないと言うように溜息を吐いて、この場所の説明を始めました。
「ここは永くいるような場所じゃないんです。ただの隙間で何もない歪んだ空間、他のように安定した場所じゃなんです。それをこんな風に変えてしまうなんて。全く、なんてことを…」
と彼は頭を抱えてまた溜息を吐いた。
「おまけに動きたくないって宣言されたら連れて行けないじゃないですか。何故なんです?」
「居心地がいいからに決ってるじゃないですか」
まるで私のためにあるような空間だもん。
「………私、あなたが落ちた港の管理責任者なんです。だから乗客に対する義務があるんですよ。頼むから面倒起こさないで、一緒に帰りましょう?」
迷惑かけるのは嫌だけど、これは譲りたくない。でも何が迷惑になるのか、気になるので聞きました。
「私が帰らなかったらどうなるんです?」
「また仕事の合間に説得に来るだけです。ここに何度も来るのは嫌ですけどね」
責任者は体を震わせて心底嫌そうな顔をする。こんな居心地のいい場所の何が嫌なのか不思議だわ。でも話を聞いて実害は無さそうだと思ったので、
「何度来ても戻りませんから無駄ですよ。どうぞお帰り下さい」
とニッコリ笑って彼にお返事しました。またしばらく睨みあっていましたが、私の意志が固いので彼の方が根負けしたようです。
「…仕方ありません。気が変わるまで待ちましょう。その代わりコレを置いていきます」
そう言って彼は懐から鈴を出しました。
「これを一振りすれば私に聞こえますので、戻る気になったら鳴らしてください。では私も忙しいのでこれで失礼しますが……本当に戻りませんか?」
彼は再度確認しましたが、我に二言無し。
「ご苦労様でした」
それを聞いて彼は肩を竦め、空に向って飛び去っていきました。穴は彼が入った途端にパチッと閉じて、また元の空に戻ったのです。今のようにね。
――で、その呼び鈴が今日の落下者救助に繋がっているというわけです。
現在(時間は無いけど)に戻りますが、落下者を乗せる小舟なんて元々なかったんですよ。何度も救助を見ているうち、小舟でもあれば乗せて移動できるのにって思ったら、もう砂浜に在ったんですね~。やっぱり私が創ったんだって実感しましたよ。
ただ、何でも叶うわけじゃないんです。
全て、私が見た物だけのようです。
熱帯植物は遠足で行った植物公園で本物を見たことがあるんです。大きな温室の中に見たこともない綺麗な植物がたくさんあって産地がバラバラでしたから。あとはテレビの影響でしょうね。
まあ、仕組みなんか考えても仕方がないので私は寝ます。
オヤスミなさい。