こんなことがありましてね…
でも、ある日、私に別の幸せが訪れましてね。
きっかけは、まぁ、ありふれてはいますが、廊下の曲がり角で人にぶつかったことです。ドラマみたいでしょう? その時、私の眼鏡が落ちちゃって、拾ってくれたのが彼でした。
お礼を言って眼鏡を掛けると何か違和感があって、よく見たらレンズにひびが入っていたんですよ。余計な出費がかかるなぁって思っていると、彼がお詫びに眼鏡を弁償すると言うんです。
でも、こっちもよく見てなかったからお互い様でしょう? だから丁寧にお断りしてその場は済みました。今まで勿体ないからと予備の眼鏡を買わずにいたんですが、いざという時は困りますね。
…コンタクトにすればよかったのにって? いや~値段が高すぎてちょっと手が出せなくて。でも今は必要ないから楽でいいですよ。
以来、その人から度々声が掛かるようになりましてね、『眼鏡のお詫びに食事でも…』とか、色んな所に誘ってくださいましたよ。
もう気にしないでくださいって丁重にお断りしましたけどね。でも断るばかりでは申し訳ないので、代わりに昼の休憩時間にお弁当を食べながら話をするようになりました。
それから少し経った頃、彼からお付き合いを申し込まれたんです。こんな地味な私に声をかける男性がいることにビックリしました。人生で初でしたね。
私は思わず『はい』と答えてしまいました。
思えばこの頃が人生で一番いい時期だったですね~(しみじみ)。
彼が言うには、私は『眼鏡を外したら美人』だったらしいです。人それぞれ好みの問題でしょうけどね。一緒にいる間は出来れば外してほしいと言われましたが、相手の顔が見えないのが嫌なので、一部を除いて外すことはありませんでした。
…え? 一部は何かって? フフ、内緒です。
何もかもが初めてで楽しくて、出かけるときは私らしくもなく頑張ってお洒落をしたんですよ。貯金を湯水のように使うことはありませんでしたが、出来るだけ安くていいものを選んで工夫しました。本当に楽しかった…。
でもね、私達が付き合っていると誰かに聞いたのか、彼のご両親が私の所に訪ねて来たんです。そして息子と別れてほしいと仰いまして、やっぱりなって思いましたよ。
彼、良家のお坊ちゃんだったんですよね。私もそれが分かっていて付き合ったんです。少しだけ夢を見たくってね。長続きしないのは薄々分かっていたんですよ。
私、母子家庭で育った私生児なんです。
実はうちの両親は親に反対されて駆け落ちしましてね。その後、父は母と入籍する前に亡くなってしまったんです。父の新しい職場で婚姻届に証人の欄を記入してもらって、それを持って家に帰る途中で事故に遭ったようです。
身元引受人になるはずだった母は、婚姻前なので家族扱いしてもらえなくて、結局、父の両親に連絡がいって、遺体は向こうに引き取られたそうです。母から聞いたのはそれだけです。
多分、父の両親と母との間に辛いことがいっぱいあって、私に教えるのは酷だと思ったんでしょうね。だから父のお墓も知らないんですよ。
写真一枚残ってないから顔すらわからなくてね。カメラなんて高級品だから写真なんてホイホイ撮れるものじゃなかったし、私の写真も学校で撮ったものか、近所の方の余ったフィルムで撮ってもらったのしかありませんよ。
…え?! 今は違うんですか?!
…そんな簡単に? すまほ? でじたる?
…よく分かりませんが、そんな良い物があるんですね。