いやぁ、うっかり海に落ちちゃったんですよ
ここは海に囲まれた小さな島。
島の大きさは徒歩で一周しても二十分もかからないくらい。周辺にはこの島以外に影も形も見当たらない。島には熱帯の植物ばかりが生えていて常夏の南国のようだが、何故か植物の原産地がチグハグだ。
その島の中心には床の高い風通しの良い縁側付きの平屋があり、その縁側には女性二人が座ってお喋りしていた。
一人はセミロングの黒髪を一つに結び、Tシャツ・半ズボン・サンダルという簡素な姿。もう一人の方はこの暑そうな環境の中で、一流の仕立屋で誂えたような長袖のフォーマルなスーツを着ていた。温和な表情をしており、グレイヘアーはキレイにまとめてある。
簡素な服を着た娘が、上品な年配の女性に話しかける。
「ここって楽園ですよね。
なんせ煩わしいものが一切ないんですよ。
縁側でゴロゴロ寝ながらボーっと海を眺めていつも変わらない景色を見てますけど、全~然飽きないんですよ。最高の贅沢だと思いません?
…そうでもない? まあ人それぞれですよね。
でも最近メンドクサイことになりましてねぇ、私をここから連れ出そうとする人が毎回来るんですよ。その人、あそこの全てを管理する責任者だから連れ戻す義務があるんですって。でも、私がその気にならなきゃここから出られないらしいから、彼が諦めるまで頑張ろうと思ってます。
ところで、この場所のことをまだ説明してないですよね?
ここはどこにも属さない隙間の空間だそうですよ。責任者からそう聞いたんです。どうりでね~って思いましたよ。今はこんなですけど最初は真っ暗で、なぁんにも無かったんですよ。
…信じられない? まあ私も最初はそうでしたけどね。
時間もないから自分がどれだけここにいるかわからないし。だからさっき最近っていいましたけど何となくそう思うくらいで、とても長い時間が経ったような、数時間しか経ってないような、そんな感覚です。
昔は、…まあ私の来る前のことですけど、殆どの方はここに来ると気が狂ってしまっていたらしいんですよ。真っ暗なだけなのに不思議ですよね。
…え? わかる気がする?
…はぁ、そうですか。
まあ、今見ているこの景色は変わらないので大丈夫ですよ。不安でしょうが、彼が来るまであと少し我慢してくださいね。
…え? それまで私の話が聞きたい? 退屈ですよ?
…それでもいい? じゃあ暇つぶしに少しだけ。
私はここに来る前に交通事故に遭って死んじゃったんですよ。旅行に行く直前のことでした。
旅行は…別に行きたかったわけじゃないんですが、私に遠くへ行ってほしい方からの贈り物でしてね。寒いのは嫌いなので、国内の温かい場所へとお願いしたら、遠い南国の島を選んでくれて。
まあ結局行かなかったんだからどこでもよかったんでしょうけどね。
運が無いですよね。
それまで会社の寮に住んでたんです。
高校卒業して事務員として入社して三年働きました。
当時は厚みが瓶底くらいある銀縁眼鏡をかけて、お洒落なんかせずに今より長い髪を一つに括って、制服を着て寮と会社を往復するだけでした。それでも十分幸せだと思っていたんです。