やっぱ神様ってやらかしてんな。
フロムソフトウェアから二月に発売されたエルデンリングの自己満足考察文です。
もしよかったらあなたの考察も教えてください!
エルデンリングとはフロムソフトウェアから発売されたRPGゲーム。
所謂、「死にゲー」と言われたりもする。
というのも、今まで発売されたフロムソフトウェアの名だたるタイトルを挙げれば納得される人も多いと思う。
例えば、デモンズソウル。
外せない、ダークソウル。
狩人の悪夢、ブラッドボーン。
そして、不可思議な世界観の葦名の地を巡るSEKIRO。
大体が、アクションRPGとなっているのだが特筆すべきが初っ端から高レベル相当のエネミーが出現するところにある。
挙句に雑魚キャラに囲まれてフルボッコなんてのもよくある話。
タイマンさせてくれるだけボスの方がましだなんてセリフはフロム紳士淑女諸君なら一度は思ったに違いない。
そんなフロムソフトウェアが満を持して今年の二月に発売したのがエルデンリングである。
無論、狩人の悪夢から辺境の悪夢と渡り歩いた私もやらないわけにはいかぬと発売当日にDLした。
そして、その日のうちに冒険が始まることはなかった…。
どういうことだ?!
普通に進めていけばいいだけだろうと思われるだろう。
そこが死にゲーたる所以でもあり、ちょっと脳がフロムを患っているとでもいおうか。
啓蒙高きフロム脳を持っている諸氏ならもうおわかりだろう。
チュートリアルステージが終わり、フロム初のオープンワールドと聞いて胸の高鳴りとともに広い世界へと放り出された瞬間、目にするのは美しい世界だ。
オープニングで語られる黄金樹がこれでもかとばかりに聳え、美しいグラフィックが彩る鮮やかな異世界をプレイヤーの視覚へ叩きつけてくる。
と、同時にだ。
ネームドエネミーも叩きつけてくる。
それも、次の目的地らしい建物へ続く道をのっしのっしと歩いていやがるわけだ。
倒さねば、挑まねば。
ソウルシリーズ、そして悪夢のブラッドボーン、ちょっと異色なSEKIROというフロム世界を潜り抜けてきた猛者たちは思うはずだ。
倒さねば進めぬ、と。
それは始めの関門にして旅を始められない最大の理由でもあった。
黄金樹を守護する騎兵。
ツリーガード。
ん?無視して進めないのか?と?
無論、無視できる。
だが、逃げてレベリングしてから戦うという思考にならない。
何故か、初っ端に配置されている、それはここから先はコイツ以上のボスを用意しているとフロムは暗示しているに決まっているからだ。
厄介なことに、知らぬ方の為に少々ゲーム性を説明させていただくとだ。
大概フロムゲームと呼ばれているフロムソフトウェア開発の死にゲーには金銭と言う概念がSEKIRO以外ない。
経験値と金銭が同一なのである。
その為、装備の売買、強化とレベリングの狭間でいつも揺れる心をもって強敵に挑むことになる。
かつ、死亡した際にその経験値であり金銭でもある今作では「ルーン」だが落っことす。
そう、ボッシュートされるのだ。
一度目の死に際しては失われるというより死んだ場所に落っことすが正しい。
しかし、回収することが出来ずにもう一度死んだ場合。
問答無用でゼロから始めることになる。
経験値も金銭もゼロ、これぞフロム。
それでも強いと目されるネームドがいたら倒さずにはいられないのがフロム紳士淑女諸君である。
諸氏は一体何時間後に旅立ったのだろうか。
恥ずかしながら私は翌日漸くの旅立ちと相成った。
そんなエルデンリングだが、今作も例に漏れることなく語られぬ物語が多くある。
啓蒙高き諸氏はわかっていることであろう。
そう、なんと、RPGではあるのだが全ての伏線を回収することはない。
プレイヤーの視点、つまり私たち観測者がどのように観測し、記録し、そして紐解くのかに委ねている部分が多く、未だに明かされぬ謎も多い。
そんな中、多くの有志が智慧を集めそして己の多くの時間を費やして考察に励むのだ。
なんといってもコレクト要素も多いフロム作品。
何故コレクトするのか?
全てのアイテムにフレーバーテキストとしてそのアイテムが今作においてどのような立ち位置にあるのかを語っているのである。
そら伏線回収したかったら集めねばなるまい!
さて、ここまでは前置きである。(なっげーな)
フロム脳というにはまだまだにわかである私も多少の知識を絞りに絞って今作エルデンリングについて考察をしてみたいと思ったのである。
今回は世界観について、そしてその歴史についてと言ったところである。
◆エルデンリングのオープニングで語られている事
エルデンリングの世界は唯一神を信仰する世界である。
その神の名は永遠の女王マリカ。
彼女の敷いた黄金律に沿って世界は治められていた。
しかし、陰謀の夜。
封じられていた筈の死のルーンが盗み出され、本来死ぬことがない筈のデミゴッドたる黄金のゴッドウィンが弑される。
これに悲しみ、乱心されたとされる女王マリカは、世界の律たるエルデンリングを砕いた。
砕け散ったエルデンリングはそれぞれ女王マリカの神の血を色濃く継いだデミゴッドと呼ばれる者たちへと宿り、再びその破片を集め、一つとし王たらんとすべく戦が起きた。
それを破砕戦争と後の世では呼ばれている。
だが、王無き戦に勝者はなく。
エルデンリングが再び掲げられることは無かった。
やがて、時とともに大いなる意思にデミゴッドは見放された。
そして、彼らは祝福を失った。
大いなる意思は、一度は祝福を失い死に逝く運命にありながらも強い遺志により死に切れぬ褪せ人を見出し、再び祝福を与えることでエルデンリングの修復をなさんとしていた。
◎この褪せ人がプレイヤー、そして多くの敵対しないNPCになる。
さて、ここからはかなりのネタバレと妄想が含まれるのでまだ未プレイの方は戻られることをお勧めする。
※あくまでも個人の感想とそして偏見であることを念頭において欲しい。
◆エルデンリングの神も実際にある神話の神並みにやらかしてやがります。
まず、狭間の地はマリカという女王を唯一神としているって話でしたけど。
そもそも、そのマリカについて調べてみたらとんでもねえことやってます。
女王:マリカ
彼女は稀人であり、もともとは狭間の地の外から来訪した存在とされるテキストがアイテムから発見されています。
この時点でもともと狭間の地にあった信仰や神々を侵略戦争で追い負かして自身の時代を築いたことは明白ですね。
しかも、その侵略戦争と自身が唯一神になること自体が彼女自身の意思だったのかと問われれば複数の理由から首を傾げざるを得ないんですよね。
そもそもマリカはもともと狭間の地の存在ではなかった。
かつ、狭間の地における大いなる意思を伝え導くとされる存在「二本指」という存在。
また、宵目の女王という存在と狭間の地にあったもともとの信仰や死生観を鑑みるに、案外マリカは傀儡として選ばれた可能性も思考を飛躍させればできなくもないんですよねえ。
エルデンリングとはもともとエルデの獣とともに大いなる意思によって狭間の地に送り込まれたものであるというテキストが確認できます。
さて、そうなるとマリカって最初からエルデンリング持ってた訳でもなければ狭間の地に根差した存在ですらないんですよねえ。
暗躍してそうじゃないです?二本指君。
大いなる意思って作中意外と影薄いんですよ。
いかにも導きますよって感じに登場する割に最終的にはプレイヤーに丸投げです。
おい、どうなってんだよ?!次どこ行くの?と思った私は悪くはあるまい。
つまり、マリカはエルデンリングの入れ物として最適な存在であったと考えてもいいでしょう。
大いなる意思の傀儡として大いなる意思が思い描く世界を作るために女王にされた、かもしれません。
とくにとある方の考察動画を拝見してから宵目の女王について調べてみたところ、その方と同様の解釈に行き着きました。
マリカはもともと、宵目の女王と呼ばれる存在だったのではないのか。
なぜなら、エルデンリングという大きな力の入れ物として耐え得る存在が何も力を持っていないとは考えにくいからです。
宵目の女王は黒き剣のマリケスによって敗北し、その力を奪われた、というテキストもあります。
それはエルデンリングを受け入れる為だったのでは?
何らかの理由で渡来したマリカは女王だった。
ならば信仰対象または、彼女が治めていた民がいるはずです。
その民の今後のことを条件にエルデンリングを受け入れる決断をしたのかもしれない、そう考えるとマリカが実は黄金律に対して不満、それどころかその時代に終止符を打ちたがっていたことにも一定の納得感があると思ったわけです。
ただし、宵目の女王については未だに謎が多くあくまで可能性の域を出ません。
ここからはさらに飛躍した推論になります。
ここまできたからにはネタバレも何もあったもんじゃないのであしからず。
とある場所でとある祈祷を行うとラダゴン像がマリカ像へと姿を変えます。
そしてこれ見よがしにとあるメッセージが浮かび上がります。
そのメッセージとは、「ラダゴンとはマリカである」というもの。
実はマリカには男性としての意識であるラダゴンが同一の身体に存在しています。
マリカが表に出ている際は女性の身体。
ラダゴンが表に出ている際は男性の身体。
二重人格などと言う生易しいものではなく、単一生殖が出来うるほどに別個の存在です。
実際、ラダゴンはとある女性と婚姻関係を結び、三人の子を授かっています。
そこにマリカの意思があったとは思えません。
また、とある場所でマリカは激しくラダゴンに対しての苦言を吐き捨てるように言霊として残しています。
「おお、ラダゴン、黄金律の狗よ。お前はまだ私ではない、神ではない」
この言霊からどうやらマリカはラダゴンと黄金律についてよくは思ってはいない印象を受けます。
そこで、こんな可能性もあるのでは、と。
大いなる意思との交渉または導きという欺きによってマリカはエルデンリングを受け入れた。
その際に万一の時に備えてラダゴンと言う安全装置を埋め込まれたのではないか、と。
ラダゴンはどこまでも黄金律原理主義を貫き通します。
それは黄金律こそが全てであり、それ以外の信仰は異端とさえするものでした。
マリカが黄金律に対して不満または疑念を持った時の為に。
狗とまで称されるほどの傾倒はそもそも別の地からやってきたマリカが元来持っていたとは考えにくいのではないでしょうか。
さて、話は少し戻ります。
神となったマリカの侵略戦争についてです。
そこで登場するのが初代エルデの王、ゴッドフレイです。
彼は歴戦の勇者で在り、勇猛な戦士でした。
その力こそを見初め、初めの王としてマリカはゴッドフレイと婚姻を結びます。
これもフレーバーテキストで確認できますが、その頃黄金樹の周囲は敵だらけであったとあります。
つまり、それらの強敵と渡り合うために結んだ婚姻ともいえるでしょう。
実際、マリカは言霊にてゴッドフレイの戦いを称える一文も確認できます。
しかし、これはマリカの意思かそれとも大いなる意思かは定かではありませんが、黄金樹に仇名す敵を屠り切った時、マリカはゴッドフレイから祝福を奪います。
この祝福失くして王たることは出来ず、また、永遠を生きる神に侍ることは出来ません。
黄金樹、つまるところ黄金律の恩恵がなければ永遠を生きることは出来ないのです。
その恩恵、祝福が奪われたことは彼の目が褪せたというテキストから確認ができます。
つまるところ、初代王はなんと褪せ人として狭間の地を追放されていたのです。
う~ん、やってますね。
役目が終わればほなさいならですか?!
と、最初は思ってました。
しかし。巨人の山嶺にある第一マリカ教会にて聞けるマリカの言霊から、ただ利用したという考察には違和感が出ます。
それはまた後述するとして。
ともあれ、ゴッドフレイ率いる黄金樹の軍勢は侵略戦争を勝ち抜き、遂に黄金律の時代の幕を開けます。
ここで黄金律の時代について少しだけ記述します。
黄金律とはエルデンリングという大いなるルーンから死を司る、死のルーンを取り除いた状態で始まりました。
つまり、死のない世界と考えます。
黄金樹の恩恵を受ける黄金律を信仰する民たちは死の恐怖のない世界で安穏と生きられる時代だったのでしょう。
実際にその時代に生まれたものも要る為、不老ではなかったのだと思います。
神であるマリカのみが不老不死だったのではないでしょうか。
また、マリカの子である半神半人、デミゴッドもまた不死性が高いため、他のものと違い成長もゆっくりだったのではないかと推察します。
死と言う未知の恐怖から解放された。
ですが、逆に人々は死ねないという呪いに苛まれることになりましたね。
どれほど年老いても、体が老いに負け動けなくなっても、尚、恩恵がある限り死ねないのです。
自死以外での死がなかったのではないかと思います。
不老不死であればまだ良かったかもしれません。
ですが、子を持ち、子育てをしていたということは、不老ではなかったと考えます。
もしも、マリカがもともと宵目の女王であり、死を司る存在であったのであればそんな循環のない停滞した世界を許せるでしょうか?
だんだんと希望の光が褪せていく民を見て嘆かずにいられるでしょうか?
死とは循環であり、次代へと繋ぐ大切な意味を持っていたはずです。
黄金律時代が来る前までは狭間の地では死と言う概念があり、きちんと埋葬されていたと思われます。
しかし、死が取り除かれてしまった世界では「死」という概念そのものが異端なのです。
そして、その異端を許さない存在こそがラダゴン。
そのまま黄金律原理主義を王道とする時代が続いていくことに耐えられなくなった者たちはどれほどいたのでしょうか。
ちなみに私は無理ですね。
生まれた瞬間から終わりなきマラソンが確定とかやる気ないです。
だからこそ、私はマリカ自身がエルデンリングを砕いたのではないかと思っています。
全てが停滞し、終わりのない世界を変える為に。
しかし、その判断をするに至りこれまたとんでもねえことを計画する辺り、やっぱり神々って人間の思考の斜め上を飛び越えるなあと思うのであります。
さて、長くなりましたので今回はマリカについての考察にとどめておこうと思います。
気が向きましたらまた次回お会いしましょう!
肩こり小僧
まだまだ、語りたいことがありすぎる。
長くなるので分割です。