悪役令嬢レティシアの贖罪 〜気付いたらヒロインが断罪されてました〜
悪役令嬢の記憶が戻るタイミングが、主人公のバッドエンドの瞬間だったらどうなるんだろうと思って書いてみました。
読んで頂けると嬉しいです。
三つの大陸と一つの異界から成る世界───エステリア。
かつては広大な一つの大陸であったが、異界を創ろうとした十名の魔法使いにより、異界の出現と共に大陸は三つに分断された。
異界を創るに至った十名の魔法使いは、多くの魔法使いを弟子に持つ偉大なる大魔法使いであり、秘匿する魔法及び彼等にしか扱えぬ魔法は多岐に渡った。
そんな彼等であっても異界を創り出すには魔力が足りず、必要となる膨大な魔力を人々から根こそぎ吸い上げた。
そして混乱の渦にのまれる人々を嘲笑うかのように異界へ移り住んだと云われている。
その為、三大陸に遺された魔法は些細なものしかなく、極稀に生まれる魔力持ちは魔族や魔女と呼ばれ迫害されてきた。
そんな中、最も広い土地を有するルジェリア王国の辺境で、一人の女児が産声をあげた。
ふわふわした白銀の髪と躑躅色の瞳を持つこの女児は、奇跡とも呼ぶべき膨大な魔力をその身に宿していた。
彼女の名はルノア。
ルノアが魔力の暴走で生まれ育った町を消してしてしまったのは5歳の時だった。
その凄まじい魔力は異界にまでも伝わり、異界からやってきた魔王の使い魔である黒猫──リジェとの暮らしが始まる。
リジェはルノアに魔力の制御と使い方を教え、異界への道が開く十年に一度の星降る夜まで保護者兼友としてルノアを見守るつもりであった。
異界では魔力の強さが身分を決める。
リジェにとってルノアは敬愛する魔王の花嫁候補であり、魔王の素晴らしさと彼に嫁げるルノアの幸運について語り聞かせていた。
しかし、ルノアは恋をする。
相手はルジェリア王国の第一王子ヴィリオン=ラド=ルジェリア。
ルノアは己の類稀な魔力をヴィリオンとこの国の為に使うと誓う。
やがてヴィリオンがルノアに聖女の呼び名を授けると、ルノアの元に貴族との養子縁組の話が舞い込み、ルノアは侯爵令嬢となった。
そんなルノアの前に立ちはだかったのはルノアを異界へ連れて行こうとする黒猫リジェと、王子の婚約者である公爵令嬢レティシア=ルドゥク。
王子の為、ひいては国の為にルノアは魔力を使い続けた。
しかし、ルノアの功績は全てレティシアのものとなり、レティシアの名声が高まっていく。
救う事が出来たのであれば、それを成したのが誰であっても構わないと突き進むルノアであったが、ある時ルノアは己の関わった事件の多くがリジェによって引き起こされたものであると知ってしまう。
リジェを説得しようとするルノアだが、リジェは己の魂を呪詛に変えヴィリオンを呪う。
ルノアは己の魔力全てを解呪に注ぎヴィリオンの呪いを解いた、のだが。
リジェとルノアの会話は録画されており、全ての元凶がルノアであったと知れ渡る。
人の世界にルノアが居られない様にすれば良いのだとリジェを唆し災害を撒かせ、ルノアとの会話を録画し公開したのは、王子の婚約者であるレティシアであった。
ドゥルク公爵家の令嬢レティシア=ルドゥク。
又の呼び名を悪役令嬢レティシアという。
◆
ヴィリオン王子がルノアを断罪し、私に愛を告げた瞬間、私、レティシアの頭に一つの単語が過ぎった。
─── BAD END ───
ぐらりと揺れた視界の端に、罪人の様に押さえつけられ膝をつく主人公が見えた。
これは主人公が王子ルートを選んだ際のバッドエンドの一つ。
何度も見たスチルが、角度を変え現実のものとして私の目の前で展開されている。
今日は十年に一度の星降る夜。
この後、主人公は異界へ連れ去られ、リジェを喪い哀しみに暮れる魔王の目の前で魔物に喰い殺されるのだ。
疑う事をせず己の意思を貫きながらも清らか過ぎる選択肢を選び続ける事で現れるバッドエンド。
ゲームの中ではルートの一つでしか無かったけれど。
乱れた白銀の柔らかい髪。
傷付き涙する躑躅色の瞳。
これは現実。
ブルリと身体が震えた。
「レティ?」
腰を抱く腕の力が強まり、グッと引き寄せられる。
寄り添い心配そうに見下ろしてくるのは攻略対象のヴィリオン王子。
少し線の細さはあるものの、甘いマスクとそれを裏切らない優しさを持ち合わせた王子様の中の王子様。
バッドエンドでは何の疑いも持たず悪役令嬢を妻に迎え、断罪される主人公も死から救おうとするし、ハッピーエンドでは主人公を信じ抜き悪役令嬢を断罪するもののやはり極刑からは救い終身刑に留置く事から、優しすぎる癒やし系王子、騙されやすい守ってあげたくなるキャラ、主体性の無いもやし王子、薄っぺらい事なかれ主義者なんて言われていた。
ザ・王子様好き以外からは物足りないとされ、魔王の人気の方が圧倒的に高かったくらいだ。
けれど、後日ダウンロード可能となった、全クリ後にプレイ出来る攻略対象者視点での追加ストーリーで、ヴィリオン王子はその腹の中を暴露しプレイヤーに多大な衝撃を与えた。
───そう、この人は全てを知っている。
甘いマスクとは真逆の思考回路を持つヴィリオン王子は、私が全てを仕組みルノアを陥れたのだと知った上で、それでも勝者の手を取る何処までも打算的な結果主義者だ。
ヴィリオン王子にとって過程は意味をなさず、勝者が伴侶として選ばれる。
例え過程が嘘偽りに塗れていても、最終的に貴族を、民衆を味方に付けた私が勝者。
そんなヴィリオン王子の瞳に今の私はどう映っていることか。
前世なんて思い出さなければこのまま幸せになれたのに───!
レティシアとして一度も感じたことの無かった罪悪感が溢れ出す。
けれど、どうすればいいと言うのか。
全てを曝け出したとしても、ルノアの罪は変わらない。
そして私の罪が明らかになれば、私は利用されて死ぬ。
終身刑で待ち受けているのは、魔力を供給し続ける道具としての人生だ。
ヴィリオン王子は私を選んだから公にしていないだけで、ゲーム通りなら公爵令嬢でありながら私が魔力持ちであることを彼は既に知っている。
リジェの信用を得る為に一度だけ解き放った魔力を突き止められたのだ。
どうしてこのタイミングでと思わずにはいられない。
ルノアが連れて行かれるのを、私はただ見ている事しかできなかった。
体調が悪そうだと心配する恋人を演じた王子が用意してくれた部屋にひきあげてからも、考えるのはルノアの事ばかり。
タイムリミットまであと半日しかない。
◆
私は王子の私室を訪れ、淑女の礼をとると、開口一番に言った。
「罪人としてルノアの魔力を搾り取る事は出来ません。今夜、ルノアは異界へ拐われるのですから」
「へぇ?」
ヴィリオン王子が面白そうに微笑う。
ゾクリと背筋に悪寒が走った。
ま、負けちゃ駄目だ。人の命が掛かってるんだから。
「十年に一度の星降る夜に魔力が増すのはご存知でしょう?異界とこの世界に細い道ができるのです。魔王は本来小さな生物しか行き来出来ないその道をこじ開けて、今夜ルノアを異界へ攫います。その際この世界にも少なくない被害が出るでしょう」
「つまり?」
「ルノアを守ってください」
「なるほど」
カツカツと、ヴィリオン王子が扉の前まで歩いてきて私を見下ろした。
無表情で。
思わず、ごくりとつばを飲み込む。
「君は誰だ?」
普段のヴィリオン王子からは考えられない、ゾッとするほど冷たい声。
「見ての通り、公爵令嬢のレティシア=ルドゥクでございます。ヴィリオン様が公衆の面前で愛を誓った存在ですわ」
負けじと目を見て微笑む。
「私の知るレティシアは、恋敵を守って欲しいだなんて口が裂けても言わない女性だよ。例え世界が滅んでもね」
「恋は女を変えると言うではありませんか。貴方を愛し、その想いが報われた今、私は変わったのです」
「こんなに怯えているのに?」
「っ」
面白そうに顔を覗き込まれて、笑顔が引きつる。
「死ぬまで魔力を搾り取られたいなんて奇特な人間になったものだね」
「私の罪を公表なさいますか?女にまんまと騙されたマヌケな王子と思われますわよ」
「告白したばかりの愛する女性を病で亡くした哀れな王子、なんて言うのはどうだろうか」
「っ」
「この程度で降参?君はやっぱりレティシアではないね」
「私はレティシアです!」
「本当に?」
「勿論ですわ」
「私を愛している?」
「ええ」
「じゃあ服を脱いで」
「へ?」
余りにも脈絡の無い会話に思わずぽかんとヴィリオン王子を見上げる。
「愛する男女が同じ部屋に居るんだ。する事なんてわかるだろう?」
不思議そうに首を傾げるこの男こそ誰だ。
「お、お待ち下さい。時間がないのです」
「そうか。初めてはゆっくり解してからが良いというが、その時間は無さそうだな」
「そっ、そう言う意味ではありません!やっやめてっ」
ドレスの上から体を撫で始めたヴィリオン王子の手を振り払う。
「私を愛しているのだろう?」
こっ、この人絶対面白がってる!!
ヴィリオン王子が腹黒でサイテイなのはしっていたけど、こんなに性格悪いなんて!!
「さっき言ったことは本当です!時間がないのです!」
「知っている」
「それなら…!………知ってる?」
きょとんとヴィリオン王子を見上げる。
「皇晃門」
「は?」
「おや。残念。そこまでコアなファンじゃ無かったか」
くすくすと、それはもう愉しそうに笑う目の前の、王子。
「え…?なに?」
頭が混乱して、何が起こっているのか理解出来ない。でも、思えば部屋に入ってからのヴィリオン王子は変だった。
いつものヴィリオン王子なら、異界の話をしても自分の腹黒さを完璧に押し隠して対応した筈だ。
「だ、誰、なの」
目の前の王子が知らない人物に見えた。
空恐ろしさに唇が震える。
「皇晃門だよ。そろそろ君の名前を教えて欲しいな」
この人は何を…。
「君が『二人の魔女と白と黒の王子』をプレイした時の名前だよ」
「なっ」
なに!?
「あ、ぁあああなたも」
転生者!?
「僕はプレイヤーじゃないけど、誰よりもこのゲー厶を知っている。この話を作ったのが僕だからね。皇晃門、シナリオライター」
「……は?え、えええええええ!!!?」
「君面白いね。さっきでしょ?前世の記憶思い出したの。凄いタイミングだよね。このゲームを作った者として最期までヴィリオン王子を演じるつもりだったけど、一応エンディング迎えたし、悪役令嬢が悪役令嬢でなくなるというイレギュラーも発生したことだし、違う楽しみ方をしてみるのも良さそうだ」
き、聞いたことある!!
『二人の魔女と白と黒の王子』のシナリオライターは天才肌の変人だって…!!!
「それと、君が気にしているヒロインの事だけど、今頃死んだはずの黒猫と再会してるはずだよ」
「ぇ」
「本来のシナリオとは違うけれど、僕の知識をヴィリオンが得たらこうするはずだ。恩を売って異界と縁を繋げようってね。ヒロインは異界で白の王子と結ばれるだろう」
驚きで息が止まる。
そして。
「よ、よかっ…」
よかった。
「おっと」
ふにゃりと力が抜けて、座り込みそうになった所をヴィリオン王子に支えられる。
「レティシアのそんな顔を見れる日がくるとはね」
あ、あれ?
なんか寒気が…。
「ヴィリオンはレティシア=ルドゥクを選んだ。皇晃門は君を選ぼう。愛しい僕の奥さん、君の名前を教えてくれませんか?」
「っっっ」
甘い、ヴィリオン王子の甘すぎるマスクを最大限に活かした微笑みに心臓が止まりそうになる。
声もいつもより甘ったるくて、腰に疼く様な痺れが走る。
何より距離が近すぎて、かあっと一瞬で顔に熱が集まった。
手が頬に触れる。
細身だけれど、手はやっぱり男の人の少し筋張った手で、その指が言葉を促すように唇をなぞる。
顔が熱い。
視界が潤む。
ヴィリオン王子に色気が追加されるとかそんなの反則でしょ!?
二次元は二次元だから完璧なのに、三次元になったら更に破壊力が増すとかやめてほしい。
「ん?」
く、首傾げっ…!!!
や、やばい!私こういうの免疫ないのよー!!!
あ、だ、だめだ。
世界がまわ………
「レティ?!」
ぐわぁっと天井がまわって、驚いたようなヴィリオン王子の顔が遠ざかる。
ヴィリオン王子である皇晃門がレティシアである彼女の名前を知るのはまだまだ先の話。
男慣れしていない彼女をからかうつもりが逆に翻弄され、興味が愛へと変わるのは更に先。
一つだけ確かなのは、ヴィリオン王子は愛妻家で知られる王になったということ。
そして、後に城内に時折現れるようになる黒髪と躑躅色の瞳を持つ少女が幼い王子ととても楽しそうに語らっていたとかいないとか─────。
おしまい。
連れ去られるタイムリミットに焦っていたので、前世を思い出した際のてんやわんやな心情は書きませんでしたが、失神から目覚めて落ち着いてきたら色々あわあわしだして面白くなるのかなぁと思ったり。
因みに、白と黒の王子はクリア後のダウンロードプレイでソコ逆だったのかよ!っていうプレイヤーからの総ツッコミが。賛否両論ありつつも(腹)黒の王子はコアな新規ファンを獲得したとか。
何はともあれ有難うございました!