celestino -チェレスティーノ-
" ―――――眠れぬ夜にはね。
深い悲しみと痛みを引き連れた堕天使が
枕元に舞い降りてくるんだよ。
その堕天使はね、空の青よりももっと澄んだ青の、
海の青よりももっと深く静かな青い瞳を持っている。
それはね、この世でもっとも貴くて、気高くて、
本当に悲しい色なんだ――――― "
幼い頃に誰かがわたしに教えてくれた、
悲しみの天使の物語を、ふと思い出した。
うつらうつらとしながらも、眠りの底にたどり着けないでいるうちに
わたしは浅い夢を見ていたらしい。
一筋の涙が、頬を伝うのにようやく気付いた。
「泣いてなんか…わたしったら。」
苦笑して窓ガラスに映る疲れた女を眺める。
いつからこんなになってしまったのだろう。
嘘にまみれた現実には係わらないで、
一人で生きていければいいと、そう思っていたのに。
わたしは、すっかり、弱ってしまった。
ここのところ、毎晩のように舞い降りる青に、わたし自身とても疲れていた。
「あなたは、誰?」
窓ガラスの女に訊ねてみる。
" アナタハダレ? "
窓ガラスの女が訊ねてくる。
………そう、ね、わたしは、一体誰なんだろう…
もう片方の頬も、温い涙が伝っていく。
" ―――――堕天使はね、実はとてもまっすぐに優しいんだ。
本当の悲しみを知るからこそ、その優しさはとても、深い。
瞳の色の真実を知りたいのなら、天使に身をあずけてごらんよ――――― "
天使のもたらす結末は覚えていないけれど、その話を教えてくれた人は、
やはり瞳にたくさんの悲しみを讃えていた。
焦げ茶色のその瞳は、吸い込まれそうなほどに澄んで、
わたしを見つめていたのを覚えている。
きっとわたしは、これからも、悲しみを繰り返して生きていくのだろう。
人間であることって、嘘に悲しみを重ねていくことなんだと、そう思う。
なにも終わらないまま、なにも変わらないまま、命が尽きるまで、
悲しみを繰り返していくのだろう。
" モウネタライイヨ "
窓ガラスの女が感情のない虚ろな瞳で囁く。
「そうするわ。…おやすみ。」
諦めと少々の安堵と共に、わたしはシーツに潜りこむ。
冷たいシーツの感触が、何故だか優しく感じられる。
「おいでよ。青い瞳の堕天使さん。」
見えない天井に向かって、手招きをしてみる。
誰かが微笑んだような気がした。
あなたの物語を、今夜は最後まで聞かせてくれないかしら?
そしてその瞳の…悲しみの青の中で、わたしの心を優しく眠らせてくれない?
いつのまにか窓ガラスの女は姿を消していた。
かたん と、まだほの暗い窓が、
小さく音をたてて、わたしの意識はゆっくりと沈んでいった…