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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.14 さそり座娘の解毒法
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とある女子大生達のお昼休み

 村木先輩と別れてから、私達は学食へと向かった。学食といっても、普段私が先輩と会う場所ではなく、今まで毛嫌いしていた一番人の多い学食だ。

 秋那のほうから「ここでいいよね?」と聞かれ、渋々首を縦に振ってしまったのだ。これから奢ってもらう立場なのに、わざわざ変えてもらうのは申し訳ないと思ったからである。……そう思ってしまうのは、私が陰キャだからなのだろうか。


 案の定中に人は多く、既に多くの席は座られてしまっていた。しばらく二人で席を探す中、カウンターからだいぶ遠い場所にある席が偶々空いているのを見つけ、ようやく席に着くことができた。……そんな矢先、早速秋那が私に一言。


「綾乃さぁ、まだふて腐れてんの?」


 苦笑いを浮かべながら、彼女が告げた。


「え。私そんな顔してる?」


「してたしてた。ずっとむーって顔してる」


「だって私、ああいうの慣れてないし……。ほんっとやめてよね」


「なんだよー、楽しそうに綾乃が喋ってたからじゃん。確かに邪魔しちゃったのは、悪いと思ったけどさー」


「そうじゃなくて! 別に私と村木先輩は、そういう関係じゃないから。ただの友達だからね」


「ふぅん……そうなんだ」


 私と村木先輩との関係性を、改めて彼女に伝える。しかし、それでも彼女は変わらずに、ニヤニヤしながら私の言葉を聞いていた。


「じゃあさ、綾乃にとって村木先輩って、どんな人なの?」


「えっ? 私にとっての村木先輩……?」


 そう言われてみると、どうなのだろう。今までそんなことは深く考えてこなかったせいで、パッとすぐには答えられない。


「うーん。面倒くさい陽キャ……?」


「えー、何それ。他にも絶対何かあるでしょ。言われて嬉しかったこととかさぁ」


「言われて嬉しかったこと……。まぁ、無くはないけど……」


「そう、それそれ。そういうことの積み重ねがあった結果、綾乃が彼をどう思ってるのかって話よ」


「どう……ねぇ」


 分からない。私は彼のことを、どう思っているのだろう。

 そもそも今回悩んでいることも、その話と似たようなものなのだ。それが分かれば、もう少し話も進展するのだが……。






「……まぁまぁ。その前に昼ご飯買ってきなよ。お金渡すからさ」


 そういうと秋那は、財布を取り出して千円札を一枚取り出した。それを私に手渡してくる。


「はい、お駄賃。お釣りは返してねー」


「……おばちゃんか」


「ひひっ、秋那おばちゃんに感謝せい」


「はいはい、おばちゃんありがとうね。……あれ、秋那おばちゃんは買わないの?」


「あーうん。私いつも、自分で作った弁当なんだよね。一人暮らしだからさ、あんまりお金使いたくないし」


「あっ……。へぇ、そうなんだ……」


 それはまた衝撃の事実だ。これまで私のことを散々イジメていた彼女からは、そんな姿は全く想像できない。

 彼女はもっと私よりもガサツで、料理なんてものは苦手なものだと勝手に思ってしまっていた。もしかすると、私なんかよりよっぽど女子力が高いのかもしれない。……が、そんなことよりもだ。


 ――と、いうことは……。私一人で買ってこい、ってことだよね?


 つまり、そういうことである。この初見の地を私は、一人で攻略してこなければならないのだ。


 ――マジか……てっきり二人で行くもんだと思ってたから、何にも考えてなかった……。


 勝手にそう思い込んでは、すっかり安心しきってしまっていた。それが分かった途端、体中に凍るような冷たい感覚が走る。


「そ。だから、待ってるから買ってきちゃいなよ。人並んでるし、早くしないと無くなっちゃうよ?」


 しかし、そんなことを知らない秋那は、笑顔で私にそう言ってくる。もちろん彼女にそんな意は全くないはずなのだが、今の私にはそれが、イジメを楽しんでいるときの彼女の笑顔に見えてしまった。


「あー……うん。分かった、買ってくる……」


 そんな彼女に促されて、渋々席を立ち重い足を動かし始める。一人心細いまま、カウンターへと向かった。






 ――はぁ……ここ初めてだから、緊張凄いんだけど。大丈夫かなぁ。


 たかがカウンターでお昼ご飯を注文するだけなのに、何故これほど私は緊張してしまうのだろう。この癖は相変わらず、直る見込みが一切ない。

 こんなことだから、私はいつまで経っても陰キャのままだというのに。どうにかしたいものだ。


 さて、カウンターから遠い席を陣取ったおかげで、少しばかり時間が掛かってしまった。ようやくカウンターに並ぶ人々が見えてきたのだが……その光景に私は思わず、絶句してしまった。

 カウンターの前には、ざっと数えるだけで二十人ほどが並んでおり、いつも通っている学食では考えられない光景であった。流石は学内一番人気の学食とも言えるだろう。――だが、私が驚いた理由はそれだけではない。


 ――え……なんかカウンターが三窓ぐらいあるんだけど。これどこに並べばいいの?


 そう。そんな人が多く並ぶカウンターの窓口が、計三つもあったのだ。それぞれに長蛇の列ができており、一体どこに並べばいいのかが分からない。


 ――全部同じものが注文できるのかな。それとも、それぞれ別のものなのかな。うぅ、分かんないよ……。


 当然のように列に並ぶ人々に奇異な視線を送られながらも、未だに考えがまとまらずに立ち止まって、辺りをキョロキョロしてしまっている。友達を待たせているのだし、あまりこんなところで長い時間は使えないのだ。どうにかしなければ。


 ――え、えぇい。取り敢えず並ばなきゃ。分かんないけど、秋那を待たせてるんだし、急ごう!


 こうなりゃ自棄だとムチを打ち、適当に一番近くの列へと並んでしまった。この選択が果たして吉と出るのか、凶と出るのかは分からない。だが待ち人がいる以上、仕方のないことなのだ。ここはどう出ようと、結果を認めるしかない。

 そうして、状況もイマイチよく分からないまま並んだ列は、予想以上にどんどん前へと進んでいった。もしかすると、私が立ち往生していた時間よりも、短かったかもしれない。やがて私の前の人がお盆を持って立ち去ると、とうとう私が注文する番へとなってしまった。


「はい、次ー。どうぞー」


 カウンターの中で、調理服を着たおじちゃんが忙しなく作業をしながら、私に問うてくる。そんな彼の質問に、私の頭はすぐさま真っ白になってしまった。


 ――あれ、え? そういえば私、なに頼もうとしてたんだっけ。いや、そもそもここのメニューって、何があるんだっけ。いやそれ以前に、ここのメニュー表って見たっけ?


 そんなくだらない思考が、一瞬で脳内を駆け巡る。一体この状況でどうすればいいのか分からなくなり、しどろもどろになってしまった。


「あぇ、えっと……」


 ふとそのとき、隣のカウンターに貼られていた、からあげ定食の写真が咄嗟に目に入った。本当は今、からあげを食べたい気分では全くないが、これ以上時間を食うわけにもいかない。


「か、あの、からあげ定食を……お願いします……」


「はーい、からあげ定食ね!」


 そうおじちゃんが叫ぶと同時に、奥で作業をしていたお兄さんが数個からあげを乗せた皿をおじちゃんに手渡す。その他にも厨房の中は、若そうな方から年配の方まで様々だった。

 意外と中の厨房には、人がいっぱいいるんだなぁと、そんなことをぼんやりと思ってしまっていた。


「お姉ちゃん、八百五十円でーす!」


「……はっ! あ、は、はい!」


 注文をし終えたことにホッとしてしまい、そんな作業をボーっと見つめてしまったおかげで、全然おじちゃんの声を聞いていなかった。危ない危ない、危うくお金を払い忘れてしまうところであった。

 すぐに秋那から貰った千円札をおじちゃんに渡して、お釣りの百五十円を貰う。それに続けて、唐揚げにご飯、味噌汁と漬物が乗ったお盆を隣の小窓から出される。おじちゃんに一言お礼を告げると、私はお盆を持って逃げるようにその場を後にした。






「おっかえりー、遅かったね」


 席に座ってスマホを触っていた秋那が、こちらに気付き声を掛けてきた。


「ただいま……。あれ、お弁当食べてなかったんだ」


 真っ先に目に入ったのは、未だ蓋を開けられていない彼女のお弁当だった。だいぶ時間が掛かってしまったので、てっきり先に食べているものだと思っていたが違うらしい。


「あぁ。だって、ご飯は一緒に食いたいじゃん? 私だけ先に食ってんのもなんか違うし」


「そんな、そこまで気にしなくてもいいのに」


「いいのいいの! 私がそうしたかっただけだよ」


「……そっか」


 そんな言葉と一緒に、秋那へ先程のお釣りを返す。彼女はそれを財布に仕舞うと、改めて自分のお弁当と向き合った。


「さ、一緒に食おう?」


 彼女が自分の箸ケースの中から、マイ箸を取り出す。さり気ないそんな彼女の優しさに、喜びと驚きが同時に募る。


 ――そんなところまで気を遣ってくれなくてもいいのに……。この子が私にこんなにも優しくしてくれてるなんて、なんだか不思議。


 ついこの間までは、お互いに面と向かって悪口を言い合う仲だったというのに。それがここまで距離が縮まるだなんて、当時の私はまさか思うまい。神様の悪戯とは、実に奇妙なものだ。

 お互い箸を持って、一緒にいただきますの挨拶をする。私はまず初めに、一番大きなからあげを掴んでひとかじりした。


「ん、美味しい」


「マジ? よかったー」


 そんな私の一言に、彼女が嬉しそうに微笑む。


「いいなぁ、私ここのからあげ食べたことないんだよね。今度食べようかな」


「ホント? 美味しいよ、一個食べる?」


「お、いいの? じゃあ……こっちのミートボール二個と交換ね!」


「いいよー、はい」


「っへへー、シェアハピだー」


「シェアハピって……JKじゃないんだから。秋那は若いなぁ」


「む、なんだよ若いってー。さては、綾乃はおばあちゃんかー?」


「ちょっと、やめてよその言い方。それだと私、秋那おばちゃんより歳食ってるみたいじゃん?」


「老人会に入ってたら、もう十歳ぐらい年の差あったって変わんないっしょ」


「いや、そういう問題じゃないでしょ」


 そんな私のツッコミに、秋那が吹き出して笑う。彼女の反応に、言い出しっぺの私もついおかしくなってしまって、つられて笑ってしまった。


 ――なんか……新鮮だな、この感じ。初めてじゃないけど、初めてみたいな……不思議な感覚。


 ネットの女友達とは、ちょくちょく会う度にこんな感じの会話はしたりする。だがリア友がほとんどいない私にとって、自分の通う大学で女友達とお昼を共にする日が来ようとは、思ってもいなかった。おかげさまで、本当にこれが現実なのかどうなのか、未だに不思議な感じだ。


「……ねぇさ、なにさっきからニヤニヤしてんの?」


「えっ?」


 ふと、突然秋那が私の顔を見て、可笑しそうに笑いだした。自覚はなかったが、まさか顔に出てしまっていたのだろうか。


「ううん、なんでもないよ。……秋那おばちゃんは面白いなぁって思ってただけ」


「なんだよそれー。綾乃おばあちゃんは変な人だなぁ」


「最近ちょっと、頭が焦げた肉みたいに硬くなっちまってねぇ。すぐボーっとしちまうのさ」


「なんだそれ、意味分かんな」


 そんなくだらないことを言い合っては、再びお互いに笑い合う。


 ――まだまだ秋那のことは、分からないことが多いけど……今後も仲良くできたらいいな。


 彼女との関係は、不幸中の幸いとも言える偶然によってできたものだ。せっかく生まれたこの関係が、これからも長く続けられるように。今よりも私はもっと、彼女の友達だと胸を張って言える人間にならなければならないと思っている。

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