陽キャとのコミュニケーション
――こういうときに限って、凄く土日が長かった気がする。普段は時間過ぎるのが、メチャクチャ早いのに……。
月曜日。恐らく一番と言っても過言ではないくらい、多くの人々から嫌われている曜日だろう。無論私も、七種ある曜日の中では、一番好みではない曜日だ。
普段なら月曜日になるたびに、早く金曜日にならないものかと願っては止まない。本当は今日だって、そんなことを考えながら大学へと来るはずだった。だが――。
――メッチャ眠いし、でも早く秋那と話したいし……。はぁ、人付き合いってこういうことなんだろうけど、慣れてないから疲れるなぁ。
今日は秋那との約束通り、普段よりも一時間早いバスに乗って大学へとやってきた。おかげで睡眠時間も短く、ずっと眠気に襲われっぱなしだ。もしかするとこの後の授業は、耐えられずに眠ってしまうかもしれない。
また一つ、眠気を吐き出しながら校門を通る。時間的にも、恐らく早めに二限目の授業が終わったであろう人々が、まばらに構内を歩き始めていた。
――二限目が終わる十分前か。まだ秋那は来てないんだろうなぁ。
先程まで彼女とやり取りしていたメッセージを確認して、待ち合わせ場所へと向かう。遠目から見てみても、まだ彼女の姿は無いようだった。
――取り敢えず待つか……。
退屈だが、彼女が来ないと何も始まらない。「待ち合わせ場所に着いた」と一言だけメッセージを添えると、建物の壁に背を任せながら、私はボーっとスマホを眺めていた。
――……月曜日のこの時間って、先輩はどこで授業なんだっけ。
ポツリ、とある疑問が頭に浮かんだ。
――そういえば知らないや。先輩が何の授業受けてるのかも。……いや、そんなの当たり前なのか。学年も学科も違うんだし。なに言ってるんだろ、私。
そんな疑問はすぐに、もう一人の私によって制される。いちいち彼がどの時間に、どんな場所でどんなことをしているのかなど、過度に知る必要は一切ない。そこまで知ろうとするだなんて、まるでストーカーみたいじゃないか。
――ダメだ。やっぱりボーっとしてると、村木先輩のことばっかり考えちゃう。いくら悩んでるからって、そこまでいくと気持ち悪いよね。もっと楽しいこととか、考えられたらいいんだけど。
もっと楽しいことを考えよう。そう思って考えを巡らせるほど、頭はパンクし気疲れしてしまう。無理に気分を変えようとすると、それに反比例するかのように彼のことが頭に浮かぶのだ。こんなことは今まで無かったはずなのに、ここ最近の私はやはりどうかしている。
――元はといえば、茜ちゃんがあんなことを言わなければ、こんな風に悩まなかったのに。……なんて考えちゃうのは、責任転嫁だよね。
すぐ人のせいにして逃れようとするのは、昔からの悪い癖だ。いま自分がこんな風になってしまったのはあくまで結果論であり、茜ちゃんは単なるきっかけに過ぎない。彼女の言葉から、あんなことを考えるようになってしまった、自分に全て責任がある。
とはいえ、初対面の私に向かってあんなことを頼んでくるのは、少しズルい話ではないか? あんな頼まれ方をされてしまったら、私じゃなくても断れない人は多い気がする。もう少し時間を掛けて仲良くなってから頼まれたほうが、こちらとしても心の持ちようが違ったのではないだろうか。いや、例えそうだったとしても……。
――あぁもう! 考えたって今の状況は変わらないでしょ。こんなことを考えるよりも、違うことを考えろって言ってんの!
いい加減、飽き飽きしてくる。いくら頑張って自制しようとしたところで、気が緩むとすぐにこれだ。その度自分に腹が立って、イライラしてしまうのだ。これではいつまで経っても、状況は何も変わらない。
――はぁ、一旦落ち着こう。取り敢えずカフェオレでも飲んで気分を変えて……。
トートバッグの中から、毎日一本は必ず持ち歩いているカフェオレのペットボトルを取り出す。カフェオレ愛好家としては、これ無しでは絶対に外へ出歩けない。もはや、一心同体の存在である。
――まったく……。こんなんだから私は、いつまで経っても変われないんだよだなぁ。もっと秋那みたいにドーンと構えて、余裕を持てるようになれば、私だってきっと……。
「あれ、本城さん?」
「……ふぇっ!?」
突然の呼び声に、危うくペットボトルを落としそうになる。同時に体中の血の気が、サァーっと引いていくのがすぐに分かった。
最悪だ。いま私が、一番会いたくない人物と遭遇してしまった。どうしてこんな望んでもいないところで、偶然を発揮してしまうのだろう。この学内で私のことを見つけて、こんな風に声を掛けてくるような人物なんて、この世で一人しか存在しない。
「む、村木先輩!? どうしたんですか、こんなところで!」
「お、おう。そんなに驚くのか、ごめん。……っていうかそれ、俺のセリフでもあるんだけど」
あまりにも取り乱しすぎている私を見て、彼は苦笑いを浮かべている。途端私は、大声を出した自分が恥ずかしくなり、思わず顔を伏せてしまった。
「あ、す、すみません……。つい、ビックリして」
「まぁいいけど。月曜日って本城さんは、三限からじゃなかったっけ。まだ昼休みになったばかりだけど、何か用事?」
「あいや、えっと、その……」
急な出来事に、全く頭が働いてくれない。こんなにも慣れ親しんでいるはずの村木先輩を相手に、思わずコミュ障を発揮してしまう。
――落ち着け。単に秋那と会うためだって言えばいいだけでしょ。たったそれだけじゃん。……あれ私、村木先輩に秋那のこと話したっけ? 言ってない気がする……じゃあそこから説明しなきゃダメ? となると、先輩に勧められて病院に行った話からしなくちゃダメだよね。でもそれだと、話が長くなりそうだし……。
「え、えと……あ、秋那! じゃなくて、前に病院へお見舞いにいった子と、その、待ち合わせ、といいますか……」
言いたいことがまとまらないまま、焦りで咄嗟に喋り出してしまった。結果、あまりにも雑な説明となってしまい、言った途端ジワジワと後悔の念に駆られ始める。
「秋那……? 病院にお見舞いって、何の話だっけ」
しかし彼は、どうやら病院のくだりから理解に追いついていない様子で、「はて?」と首を傾げていた。
――あぁもう! なんでこの人はそこから忘れてんの!?
相変わらずの鳥頭に、今度は思わずイラッとする。そこを忘れられてしまったら、もっと前の話から説明が必要じゃないか。
「だからアレですよ! 前に、同級生だった子に拉致された知り合いがいたって話、あったじゃないですか。その子です!」
「……あぁ! そんな話あったね。ごめん、すっかり忘れてた。……え、その子と待ち合わせしてるってこと?」
「そうです。まぁなんか色々あってそうなったんですけど、取り敢えずまぁそういうことです」
思い出してくれた様子に、ホッとしたのもつかの間。未だにコミュ障が抜けずに早口になってしまった上に、雑な説明で片してしまった。こんな態度を彼の前で取ったことはなかったはずなのに、自分はどうして焦っているのだろう。
「そっかぁ。なんかよく分かんないけど、話が進んでるみたいで安心だな。……ごめんね、そんな大事なこと忘れてて。怒らせちゃった?」
「えっ……い、いや、そんなことはないですよ。全然、怒ってませんから!」
そんな私の態度を、彼はどうやら怒っていると捉えてしまったようだ。そんな勘違いをされてしまうと、今度はこちらも申し訳なくなる。
「そう? なら良かった。……でもなんか、ちょっと新鮮だな」
「? 何がですか?」
私がそう言うと、彼は嬉しそうにニッと笑ってみせた。
「本城さんって、普段はあんまり気持ちを表に出さないから。演技が上手なこともあるし、なんとかしてそのキャラを貫こうと頑張っちゃうところがあるからさ。感情的になるような本城さんは、珍しいなと思って。だからちょっと、嬉しかった」
「な、なんですか急に。そんな恥ずかしくなるようなことをベラベラと。しかも嬉しいって……意味分かんない」
「分かんない? ……でもきっと、俺より本城さんのほうが、分かりやすいんじゃないかな」
「どういうことですか?」
「よく言うだろ? 興味がない人間相手に、わざわざ怒りたいとは思わない。怒るって行為は、一番人間関係を崩しかねないし、一番勇気がいるからさ。友達に向かって怒れるようになったってことは、それなりに信頼関係ができてきてるってことなんじゃないかな……なんて」
「っ……!」
信頼関係。つまり私と先輩は、それくらい親密になってきている、ということだ。……にわかには信じ難いが。
「べ、別に……さっきのは怒ったわけじゃないですし、私はそのぐらい仲良くなったとは思ってませんから。……先輩には私なんかよりも、良い友達はいっぱいいるじゃないですか」
「おいおい、そんなこと言うなよ。確かに友達はそれなりにいるけど、誰のほうが良い友達だとか、そんなのは全然ないから。本城さんは本城さんだし、友達に優劣をつけるほうが間違ってると思うよ」
「……そうやってまた、お説教ですか」
「あぁ、お説教だ。俺は本城さんの友達だからね」
「っ……」
もう既に飽きるほどされてきた、彼からのお説教。その度に、自分のプライドが傷付けられたかのようにイラッともするし、自分が思いもしなかった考え方に関心もしてきた。彼のお説教に、多少なりとも救われてきたことは事実だ。
だがそれでも、それ以上のことを意識したことはこれまでなかった。ただその程度のことだと思い込み、彼の根本的な意図については、考えすらしなかったのだ。それを今、彼の言葉によって思い知らされた。
――この人は……ホントに……。
「そんなに私のことが大切ですか。やっぱり物好きですよね、先輩って」
「あぁ、その通りだ。何度も言ってるけど、そう思うならそれでも構わない。でも、友達や身近な人を大切にしない奴は……ただのクズだよ」
クズ――彼が放ったその言葉が、耳の奥で反響する。珍しい、彼がそんな言葉を使うだなんて。妙に含みのあるような口調で、彼は私のことをジッと見つめていた。
「本城さんだって、それは同じだろ?」
「同じ……なのかな」
「俺にはそう見えるよ。本城さんと日和ちゃんの関係を見てたりするとね。君は普段から演技ばっかりで、自分のことに気付けてないのかも。ホントの君はもっと素敵で、優しい女性だと思うよ」
「……やめてください、こんな人の多いところで」
「ははっ、ごめんごめん」
そう言って彼が微笑む。こんな風に笑う彼の表情は、もはや飽きるほど見慣れている。この笑顔だって、普段と何ら変わらない見飽きた笑顔のはずだ。――そのはずなのに。
――なんで……こんなに私、ドキドキしてるんだろ。まだコミュ障発揮してるのかな。
こんなときにまでコミュ障だなんて。いい加減、克服したいものだ。こんな性格を持っているおかげで、友達に気を遣わせてしまうのだから。早く直せるように、先輩や秋那のように人と話せるよう、私も頑張らなければ。
「……まぁ、その。なんて言えばいいんだろ。……怒ってくれて、ありがとうございます……?」
「ぷっ、なんだよそれ。初めて聞いたぞ?」
「だって、それ以外言いようが無くないですか?」
「まぁ……そうかもしれんが」
「……難しいですね、人間関係って」
「そんなもんだよ。自分の思い通りに人が動いたら、それもつまんないだろ?」
「どうなんだろ。分かんないです」
「……ま、それもそうか」
そんな彼の言葉を最後に、とうとう話題が尽きてしまった。次に何を言えばいいのか分からなくなった私は、頭を真っ白にしたまま彼の様子を窺っていた。
「よっ、綾乃」
「うわぁ!?」
突然後ろから肩を叩かれて、またも変な声を出してしまった。同時に恥ずかしくなって、思わず彼から顔を逸らす。私相手にこんなことをしてくる人間は、この世に一人しか存在しない。
「秋那……後ろからはやめてよ……」
「えー、だってぇ。なんか良いムードで話してるし、全然こっちに気付いてないみたいだったから。つい出来心で」
ニコニコ笑顔でそう告げる彼女は、どうやらあまり反省はしていないようだ。
「出来心って……もう……」
「まーまー、それより。この人って、綾乃の彼氏?」
「え、か、かれっ……!?」
どうして君はそんなことを、当たり前のようにサラッと言ってしまうんだ。ちょうどそのことで悩んでいるというのに、陽キャの常識で考えないでほしい。
「あぁ、違うよ。俺は本城さんの先輩……っていうのもおかしいのか。まぁとにかく、俺達はただの友達だよ」
訂正するように、彼が自己紹介をする。……ものの、確かに私達の関係を改めて問われると、なんて答えればいいのだろうか。
「あ、先輩だったんだ! へー、年上男子を狙うなんて、意外と綾乃ってばやるじゃん?」
「別に、そんなのじゃないし……」
「またまたぁ。……あ、私は篠崎秋那って言います! 一応綾乃とは元同級生で……うーん、なんて言えばいいんだろ」
続いて秋那も自己紹介をするが、こちらも自分達の関係性の説明に手こずっているようだった。
――あれ……私ってもしかして、変な関係の友達多い?
今更感。私自身が歪な交流ばかりしているせいもあるが、ちゃんとした出会いからなった友達なんて、日和ぐらいだろうか。
「えっと確か、元々はそんなに仲良くなかったんだっけ?」
「あ、はい、そうです! でもまぁ色々あって、今は友達です。まだまだこれからなんですけどね」
「ははっ、そっか。……そうそう、俺は二年の村木実だよ。本城さんの友達ってことは、これからちょくちょく会うことになるだろうから。よろしくね」
「こちらこそ! よろしくお願いしますね!」
二人がお互いに笑顔で自己紹介をし合っている。よくもまぁそんな風に、気軽な感じで自己紹介ができるものだ。陽キャの人達はみんな、こんな感じなのだろうか。
「というわけでまぁ、挨拶はそこそこに。私達はこれから一緒に、お昼食べようってなってるんで。綾乃ちゃんは、貰っていきますね!」
「お、そっかそっか。分かったよ」
てっきりどのタイミングで切り出そうかと考えていたのだが、ありがたいことに秋那のほうから言い出してくれた。様子を窺ってばかりの陰キャな私とは違い、こういうときにも陽キャという存在は頼もしい。
「じゃあ行こっか、綾乃。……ごめんねぇ、二人のラブラブトーク邪魔しちゃってー」
「なっ……!?」
わざわざ私だけでなく、村木先輩にも聞こえるように秋那は言ってみせた。流石にそこまでされてしまうと、例えからかわれていようが腹が立つ。
「いやぁ、驚いちゃったぁ。あの綾乃が意外と積極的だったなんてなぁ。他の女に取られないように、頑張りなよ?」
「秋那!!」
腹の底からこみ上げてきた怒りを、大声に変えて叫ぶ。唐突な叫び声に、一気に周囲の人々からの視線が集まったのが分かった。
こんなにも恥ずかしいところを見せられて、彼は一体どう思っているのだろう。怒りを抱える中、チラッと彼の表情を窺ってみると――彼も秋那と同じように、楽しそうにニコニコと笑っていた。
――あの野郎……!
このとき、初めて私は村木先輩に向かって、本気で怒りを覚えたのだった。




