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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.14 さそり座娘の解毒法
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意外な助け舟

「あぁー、もおぉ……。なんであんなこと言ったんだろ、バカバカバカ……」


 大学から家に帰ると、私は真っ先にベッドへダイブし、今日一番の後悔を嘆いていた。


 ――何が『好きなんですか、あの子のこと』だよ。陽キャのクソビッチかよ私はああぁ……。


 自分が言ったセリフを、思い返すだけで吐き気がする。あんな恋愛乙女が吐くようなセリフは、根暗な陰キャの私なんかには程遠い言葉なのだ。あんなことを言う資格など、今の私にあるはずがない。


「……なんであんなこと聞いちゃったんだろ」


 結局質問の答えは、昼休みが終わってしまったせいで、先延ばしになってしまった。今日は金曜日なので、その答えを聞けるのは月曜日か、最悪来週の水曜日だ。それまではずっと、このモヤモヤを抱え続けなければならない。


 ――もう最悪。あれ以来ずっとモヤモヤしてるのに、余計に気持ち悪くなっちゃったじゃん。自業自得もいいとこだよ。


 この間、茜ちゃんに頼まれた一件以来、私の中の何かが変わってしまったような気がする。これまで興味すらなかったはずなのに、何が原因でこんなことになってしまったんだ。


「もう……やだ。何かしてないと気が晴れない。……ゲームでもしよ」


 大きなため息を一つ吐くと、すぐさま起き上がってパソコンの電源を入れた。お気に入りのゲーミングチェアに背中を任せて、起動するまでの暇な時間をボーっと待つ。


 ――まだ三時半だし、誰も来られるわけないよなぁ。一人じゃつまんないけど、何もしないよりはマシか。


 金曜日はいつも、私は三限目で授業は終わりだ。それから家へ帰ってきても、大体三時半ぐらいになる。この時間はなかなか、いつも一緒にゲームをしている仲間が来られない。私とは違い、既に社会人の仲間もいるので、誰かと遊べるようになるのはいつも夕方以降だ。


 ――取り敢えず、次の動画撮影までにネタの準備でもしておくか。……よりにもよってこのタイミングか。一人だと素材集めに時間掛かりそうだなぁ。


 いつもなら、誰かしらと数人で一緒に雑談をしながら、動画のための準備をしている。だが今日は一人ぼっちである上に、普段よりもなかなか集めにくい素材を、一定数集めなければならなかった。


「……やるか」


 デスク下の冷蔵庫の中から、愛してやまないカフェオレを一本取り出す。キャップを開けて一口含むと、気持ちを切り替えてゲーム起動した。――が。


「……ダメだぁ、集中できない」


 コントローラーを机の上に投げ捨てて、背もたれに寄りかかる。結局、集中力は十五分と持たずに切れてしまった。天井を見上げて、また一つため息を吐く。


 ――なんだよもう。女好きの陽キャがなんだよ、お友達がいっぱいな村木先輩がどうしたってんだ。例えそうだったとしても、私が友達なのは変わらないじゃんか。


 そう。彼が例えそうだったとしても、私達のこれまでの関係は変わらない。これまで通り、彼の気が変わらない限りは、ずっと私達は友達なのだ。ならそれでいいじゃないか。


 ――何がいけないっていうの? ……もしかして私、村木先輩に好きになってもらいたいって思ってる? はっ、そんなまさか。


 そんなことはあり得ない。私は陰キャで、彼は陽キャだ。根暗で弱っちぃ私よりも、良い女なんてたくさんいるのだ。……昨日彼が一緒にいた女の子だって、私なんかより何倍も良い女に決まっている。


「……小腹空いたな。なんかあったっけ」


 デスクから立ち上がり、部屋を出て台所へと向かう。ちょうど以前買っておいたチョコクッキーを一袋見つけると、それを手に再び寝室へと舞い戻った。






「ん……」


 部屋に入ると、何やらスマホが音を立てて、私のことを呼んでいた。この音は滅多に聴くことのない、L◯NEの着信音だ。


 ――誰からだろ。この時間じゃあ、日和じゃないよね。


 金曜日のこの時間なら、彼女はちょうど仕事中のはずだ。お昼の時間ならまだ分かるが、仕事の最中に雑談の電話をかけてくるほど、彼女もバカではない。

 デスクの上に置いておいたスマホを手に取る。その画面を見た途端、先程までとはまた違った、異質な緊張が私のことを包み込んだ。


「……も、もしもし」


「あ、出たでた。ごめんね急に電話かけてー」


 スマホのスピーカーから、聴き慣れない声が流れてくる。この間とは違い、普段の彼女らしいハキハキした陽キャの話口調だった。


「一瞬綾乃って、先に連絡入れてから電話かけたほうがいいタイプなのか迷ったけど、やっぱ先に電話かけちゃった。……まずかった?」


「ううん。特にどっちでも構わないよ。……秋那に、任せる」


 言い慣れない。自分の口からその名前が出ること自体が、未だに違和感だった。一方で彼女は既に、まんざらでもない様子なのが羨ましい。


「そっか、オッケー。じゃあ今度から、暇電もかけるからよろしくー」


「え、暇電? あー、えっと……そうなってくると、急にかかってくるのは、その……」


「んー、何々、どしたの」


「いや……」


 しくじった。彼女と友達になるということは、私がしている活動についても、説明しなくてはいけないということだ。もし万が一、生放送中に何回もかけてこられてしまったら、それこそ問題になってしまう。


「あの、ごめん。やっぱり電話するなら、先に一言欲しいなって思って……」


「ちょいちょい、さっきと言ってること違うじゃん。優柔不断かー?」


「優柔不断というか、えーっと……」


 諦めよう。また今度、その気分になったときにでも説明しなければ、面倒なことになりそうだ。……今日に限っては、早いところ現実から逃れていたかった。


「わ、分かったよ。また今度、その話もするから。でも今はその、あんまり気が乗らないから……取り敢えずそれで、納得してくれたら嬉しい、というか……」


「ふぅん。よく分かんねーけど、じゃあ約束な」


「うん……」


 嫌な約束をしてしまったと思う。今回に限っては、どう説明すればいいのやら。

 村木先輩にこの話をしたときは、早く嫌われてもらうために、敢えて嫌味ったらしくベラベラと喋ったに過ぎない。だが彼女とこれから付き合っていく以上は、友達として理解してもらわなければならないのだ。これまた、難題が一つ積み重なってしまった。






「……そ、それで! 急に電話してきたけど、秋那は何か用事でもあったの?」


 一先ず話の区切りもよかったので、私は抱いていた疑問をぶつけることで、走っていた話の路線から逃げた。


「あぁ、そうそう。来週の月曜日から、また大学行くことになったからさ」


「え、ホントに? もう大丈夫なの?」


「平気平気。実際もう、先週の金曜日には退院してたし。ちゃんと食べて寝れば大丈夫だって、お医者さんも言ってたから」


「そっか……良かった」


 なんだかんだと色々あったものの、彼女のことは心配だった。先日彼女が入院していた病院へお見舞いに行ったきり、連絡は取り合ってなかったので、その言葉を聞けてホッとした。


「なんだよー、その声。もしかして、めっちゃ心配してくれてる?」


「そりゃあ、あんなことがあったんだし……心配は、するでしょ」


「ふふっ、ありがと。……でも、その話はもう終わり。もう過ぎたことだし、私も早く忘れたいからさ。なるべく話には出さないでほしいなって」


「そっか……うん、分かった」


 そんな彼女の心強い返事に安心すると同時に、私の心はまたもざわついていた。


 ――凄く辛かったはずなのに……強いんだな、秋那って。


 同い年であるはずなのに、こんなにも精神力に差があるものなのか。それとも、私の心がそれほどまでに弱いだけなのだろうか。いずれにせよ、私は彼女のそんな心強さが、何よりもいま羨ましくてたまらなかった。






「それでまぁ、約束してたしさ。一緒に昼ご飯食いたいなと思って」


 気を取り直してから、秋那が告げた。


「あー、お昼。お昼ね……」


「……え、いや何? めっちゃ面倒くさそうじゃんか」


 私の口から出た返事が気に食わなかったのか、ふて腐れた様子で彼女がぼやく。


「違う違う、そうじゃなくてさ。私、月曜日って午後からなんだよね」


「あれ、そうなん。じゃあ火曜日?」


「いや、火曜日は私全休でさ……」


「はぁ? なんだよもう、ダメじゃん。だったら水曜まで待つのもめんどくせぇし、月曜の昼来てよー」


「あー……やっぱりそうなります?」


「なに、そうなりますって」


 再び私の返事が気に食わなかったようで、ワントーン低い声で彼女が告げた。


 ――あ……これダメなやつだ。


 即座に私は察した。この手のタイプは、拒むととことん説得しようとしてくるだろう。ここは腹をくくって、彼女の要求を呑むしかない。


「いや、えっと……。わ、分かったよ! 頑張ってお昼に行くよ!」


「なんだよー、最初からそう言えよなー」


「う、ごめん……」


「ったく。そのときに悩みでも聞いてやるからさ、覚悟しとけよ?」


「うん……ん、悩み?」


 悩み、というのはなんだろうか。確かに今は絶賛お悩み中ではあるが、そんなことは一言も彼女に言っていないはずだ。


「だってさっき、綾乃が自分で『今は気が乗らないから』って言ってたじゃん。だから、なんかあったんかなぁって思って」


「あ……」


 確かに言ったが、そこに目をつけてくるとは思ってもいなかった。そんなことを言ったところで、詳しく聞き出された経験が過去に一度もなかったからだ。

 もし私達が逆の立場だとしたら、私なら気になってもわざわざ聞き出そうとはしないだろう。きっと「気が向いたら話して」とだけ言ったりだとか、最悪気付かなかったフリをして、スルーして終わりだ。そこが、私と彼女の()なのかもしれない。


「その様子だと、やっぱりなんかあった?」


「あった、というか、なんというか……」


「……分かった、前のあの男の人となんかあったろ?」


「うっ……」


 そうだった。彼女には一度、私が村木先輩と一緒にいる場面を見られてしまっていたんだった。ここで今更否定をしたところで、後々バレて同じだろう。


「なんだなんだ、どしたー? 男相手の相談なら、ここにスペシャリストがいるじゃんかー」


「……それって、ただの援交女じゃ……」


「なんか言った?」


 被せ気味に秋那がポツリと呟いた。


「あ、いえ。なんでもないです」


「ふん。……でも、男経験なら私多いし、相談なら聞けると思うけど」


「ん、そっか……」


 内容はどうあれ、確かに彼女なら私よりも、男心が分かるのかもしれない。それは紛れも無い事実だ。


「因みにだけど、何があったん?」


「何があったというよりも……ただの自業自得、というか……」


「なんだそれ。……まぁいいや。その相談って、急ぎのほうがいいの?」


「ううん、全然。それにちょっと、私一人でも考えたいというか」


「なるほどね。じゃあ今はまだ考えがまとまらないときだろうし、上手く話せないだろうからさ。今度そのときにでも聞かせてよ」


「……いいの?」


「いいのって……なに今更なこと言ってんの?」


「え?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。


「だって私達、友達としてやり直したいって言ったろ?」


「それは、うん」


「だったら、友達の悩みを聞くのが友達だし、辛いときはお互い様だって。迷惑だとか考えなくていいからさ、言いたいことは遠慮せずハッキリ言ってよね」


「秋那……」


「あ、もちろん私も何かあったら、綾乃にも相談するからさ。……っていうか、強引に押し掛けるから! そこはよろしくー」


「強引って……もう、分かったよ」


 現時点でも割と強引な気はするが、それはまぁ良しとしよう。最初こそ押しが強いと思っていたが、まさか彼女は私のために、そんなことを考えてくれていたのか。


 ――村木先輩もそうだったけど、陽キャの人ってそういうところの行動力が凄いな。色んな人とネットで関わってきたけど、なんか新鮮。


 これまで私が培ってきた人間関係の多くは、これほど他人の深いところにまで、関わろうとすることはなかった。良い意味で距離感が保たれていて、ほどよい関係が続けられる。それを悪く言えば、頼りたくても頼り難くて、一線以上の干渉が怖いという関係の相手が、非常に多かった。

 例えどんなものだったとしても、それはある意味では“良い関係”と言えるのかもしれない。だが結局、それ自体を本人が納得して適合できなければ、それはただ“その程度の関係”でしかないのだ。


「……秋那」


「んー、どした?」


「……その、ありがとう」


「えっ。なに突然、キモいなぁ」


「いいでしょ。私が今、そう思ったから言ったの。……ハッキリ言っただけだよ」


「あっそ、変なの。……じゃあ、どういたしまして?」


「……うん」


 不意に出た笑みに、電話越しで秋那も微笑む。さっきまであれほどモヤモヤしていたはずなのに、なんだか今は少しだけ、気分が晴れたような気がした。






「じゃまぁ、そういうことだから。寝坊すんなよな?」


「分かったよ。ちゃんと早く寝て起きて行くよ」


「はいよ。それじゃまた。辛いときはしっかり休めよー?」


「うん、ありがとう。またね」


「あーい、またね」


 そうして、秋那との電話は切れた。ふぅっと一息を吐くと、そのままスマホを机の上に置く。両手を挙げて大きく伸びをすると、自分を鼓舞するために「よしっ」と呟いた。


 ――今はどうしたらいいか、全然分かんないけど……。大丈夫、私には頼れる子がいるんだ。秋那みたいに、もっと前向きになれるよう頑張らなきゃ。


 初めはどうなることかと思ったが、思わぬところで助け舟がやってきてくれた。彼女に相談することで、今後どうなっていくかは分からない。たとえそうだとしても、少なくとも今よりは良い状況になれるように、今はただ信じよう。


「……やるかぁ」


 気持ちを切り替えて、改めてディスプレイと向き合う。投げ出していたコントローラーを再び手に取ると、チョコクッキーを摘みながら作業を再開し始めた。

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