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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.14 さそり座娘の解毒法
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宿泊一日目の夜

 ――よくよく考えてみたら、すっげぇ入り辛かった……。


 そんなことを心の中でぼやきながら、俺は風呂上がりの洗面所にて、ぼんやりと髪をドライヤーで乾かしていた。


 その後。長風呂だという彼女の言葉通り、七泉は大体一時間近く風呂に入っていた。確かにそれは以前から知っていたことであるし、特にそれには何も躊躇いは無かった。

 だが一つだけ、誤算だった。どうしてそんな大事なことに気がつかなかったのだろうと、今更ながら自分を恨む。


 ――自分の家の風呂に女の子が先に入ってるって、まず考えてみたらやべぇよな。なんで余裕ぶっこいて普通に入ろうとしてたんだろ……。


 そう。同じ浴槽に、七泉が先に浸かっていたのだと思った途端に、なんだか入るのを躊躇ってしまった。結局一秒も中には入れずに、シャワーだけで済ませてしまったのだ。


 ――なんかこんなこと、夏にもあったよな。ダメだな俺、変に意識しちゃって……。


 あまり深く考えなければいいものを、どうして過大に考えてしまうのか。やはり俺は、自分が思っている以上に、女性に対しての耐性が低いのかもしれない。


 ――……戻ろ。


 髪も乾かし終わりスッキリだ。早いこと気分を変えようと、俺はドライヤーを片付けて足早に洗面所を抜け出した。






「ただいま……」


「あ、お兄ちゃん。おかえりなさい」


 ベッドの上に座っていた七泉が告げた。ちょうど見ていたテレビ番組がCMに入っていたようで、手にはスマホを持っていた。そんな彼女の姿を見て、またも心がざわつき始める。

 七泉はパジャマとして、ピンク色のモコモコした可愛らしい服を着ていた。髪も結ばれておらずに、肩先まで伸びた髪が垂れたままだ。

 こうした七泉のオフの姿を見ることは慣れているはずだが、こんな服を着た姿は初めてだった。おかげで先程初めて見たとき、思わずドキリとしてしまった。


 ――やっぱりなんか今日の七泉、いつもと違う気がする……。


 よくは分からないが、なんとなくそんな気はする。普段家族ぐるみで会うときとは違い、また何か別の感じに見えた。


「テレビ見てたんだ。なに見てたの?」


「んー? 普段あんまりテレビ見ないから、適当だよ。なんか、バス旅行の番組やってる」


「七泉って普段、テレビ見ないの?」


「うん。最近はもう、ずっと絵を描くか小説読んでるかな。おかげで部屋の本棚にもう、本が収まり切らなくてさ……」


 あはは、と苦笑いを七泉が浮かべる。


「そんなに読んでるんだ、凄いな」


「とは言っても、半分はラノベも入ってるけどね。シリーズもの読むのが好きだから、タイトルはそんなに多くはないよ」


「でも本を読むのに変わりはないじゃん。俺もそうだけど、文章読むのが苦手な人最近多いし、凄いことだと思うな」


「そうかな……えへへ。それじゃあ今度、読みやすいラノベでもおすすめしてあげよっか?」


「お、いいよ。七泉のおすすめなら、読んでみたいかも」


「うん、分かった! じゃあ何がいいか、考えておくね」


「おー、待ってるよ」


 嬉しそうに七泉が笑う。先程はあれほど怒っていた様子だったので、気晴らしになってくれたのならこちらも満足だ。






「ふぁ……。うー、なんか眠くなってきちゃった」


 眠たそうに欠伸をしながら、七泉が目を擦っている。時計を見たところ、もう既に針は十一時を回っていた。確かにそろそろ、眠くなってもおかしくはない時間だ。


「眠い? ちょっと早いけど、もう寝る準備するか?」


「うん……。多分お兄ちゃんと話しながら横になってたら、すぐ寝れると思う」


「そっか。じゃあ、七泉の分の布団出すかぁ」


 そうして、テレビ横の押入れを開くと、下段に畳んだ状態で入れていた布団を引っ張り出した。普段は茜が来たときぐらいにしか使わないため、外に出すのは一ヶ月ぶりだ。


「よいしょ。あとこっちのテーブルと椅子をズラせば、布団を敷けるから……」


「あ、私がやるよ。お兄ちゃんは待ってて」


 すると七泉が立ち上がって、椅子を手にした。どうやら、自分の分は自分でと言いたいらしい。


「ん、そう?」


「うん、大丈夫だよ。それよりお兄ちゃん、もう歯磨きとかした?」


「いや、まだだけど……。七泉はもうしたのか?」


「さっきお風呂上がって着替えた後に、ついでにしてきたよ。だからこの間に、お兄ちゃんも行ってきなよ」


「そうだったんだ、早いな。じゃあ俺もしてきちゃうね」


「はーい」


 ニコッと微笑む七泉に甘えて、俺は再び洗面所へと入った。

 今度こそいつも通り何ら変わらずに、歯ブラシを取って歯を磨き始める。数分程で歯を磨き終えると、俺は七泉の元へと戻った。






「……あれ?」


 部屋へと戻ってみると、そこには先程までとほとんど同じ状況が描かれていた。布団は全く敷かれておらず、七泉はベッドの上に座り込んだままだ。


「七泉、どうかした? 何かあったの?」


 ぼんやりと俯いている七泉に問い掛ける。すると七泉は、さっきまでとは違い潤んだ目で、こちらを見てきた。


「……ごめん、実お兄ちゃん。あんなこと言っておいて、面倒な奴だなって思われるかもしれないんだけどさ……」


「ん、なんだよ?」


「その、ね。今日だけでいいから、その……お兄ちゃんと、一緒のベッドで寝たいの」


「え?」


 予想外の言葉に、再びドキリと胸が高鳴る。一体全体、急にどうしたっていうんだ。


「な、なに? 急にどうしたのさ?」


「お願い……。本当に、今日だけでいいから。明日からは、ちゃんと別で寝るからさ。……ダメ、かな?」


 助けを乞うような顔で、こちらを見てくる。そんな顔をされてしまったら、なんだか断り辛いじゃないか。


 ――いやいや……ここは兄貴として断るべきだろう。絶対に。


 一度は内心、そう思った。それを彼女に伝えようと、喉元寸前まで言葉を出そうとした。……だが情けないことに、俺にはその言葉を口にすることはできなかった。


 ――……ずっと溜めこんでたんだろうし、辛かったんだろうな。


 先程のこともあり、彼女を無下にするだなんて、俺にはできなかった。何よりも、彼女の助けを乞うような表情が、決定打となってしまったのだ。


「いや、うんと……。まぁ、今日だけなら、いい……けど……」


「……ありがと、お兄ちゃん」


 その途端、彼女は安心したように相好(そうごう)を崩した。


「あぁ……。で、でも、一人用だから狭いぞ? 大丈夫か?」


「大丈夫だよ。狭かったらくっ付けばいいんだし、そのほうがあったかいでしょ?」


「いや、それはそうなんだけど……。その……なんというか……」


「……私を襲っちゃいそうになるのが怖い?」


 ポツリと、七泉が問うた。


「えっ……えと……」


「ふふっ、実お兄ちゃんらしいや。そういうのも、相変わらずだね」


 すると突然、パッと表情を変えて、七泉が吹き出して笑った。


「は……なんだよそれ」


「あははっ。やっぱり好きだなぁ、お兄ちゃんのそういうところ」


「好きって……からかうなよな。従兄妹(いとこ)同士なんだし……」


「でも、実お兄ちゃんのことを好きなのは本当だよ?」


「そ、そうか。……ありがとうな」


「……うんっ」


 そう言って、彼女がコクりと頷いた。






「それじゃあ、こっちの布団は……」


 ふと、無残な姿でほっぽり出されたままの布団を見て、七泉が告げた。


「あー……まぁ起きてからでもいいでしょ。今から戻すの面倒だし」


「あはっ、そうだね。じゃあ、寝よっか。よいしょっと」


 そう言って、七泉がリモコンでテレビを消しながら、眼鏡を外してベッドの中へと入る。……いつの間にか、俺の枕の横にはもう一つ、枕が既に用意されていた。


 ――いや、最初から用意してたのかよ!


 なんだかんだ言いつつも、こいつは初めから俺と寝る気だったらしい。急にそんなところで、ちゃっかりを晒されても困る。


「はいはい。……電気消すぞ?」


 そのまま電気を消して、豆電球のみにする。薄暗い中、俺は七泉が入るベッドの中へと潜った。


「いや、やっぱりちょっと狭いな……」


「あはは、だねぇ。もうちょっとくっ付こうか?」


「いやいや……本気でくっ付くつもりか? これ以上いったら、その……」


「なぁに、言ってみてよ」


 薄暗い中で茜が告げる。ぼんやりとだが、彼女がにやけているのが分かった。こんなに距離が近いというのに、どうしてそんな余裕なんだ。


「え。……七泉の、その……胸が……うん……」


 恥ずかしさが募る中、なんとか絞り出して口に出した言葉に、またも七泉が吹き出して笑った。


「もうっ、お兄ちゃんってば恥ずかしがりすぎでしょ。可愛いなぁ」


「う、うるせぇ、からかうなっての」


「そっかぁ。お兄ちゃん、私のこと女として見てくれてるんだ」


「いや、そりゃそうじゃん。七泉は普通に女の子でしょ」


「んー、そっか。……嬉しい」


 その言葉通り、七泉が嬉しそうに笑っている。何故そんな当たり前なことを言われて喜んでいるのかは謎だが、まぁ嬉しかったのなら良しとしよう。






「ねぇ、実お兄ちゃん」


 つかの間、七泉が俺に呼び掛ける。


「ん」


「私さ。趣味で絵を描くのが好きっていう話はしたでしょ?」


「あぁ、言ってたな」


「そのきっかけってね、むかし実お兄ちゃんが私の絵を、褒めてくれたことがきっかけなんだよ? 覚えてる?」


「え、そうだったの? それっていつの話?」


「うーんと、小学生の頃かなぁ。夏休みのときに、お兄ちゃんの家族がウチに遊びに来たときだったと思う。その時にね、茜ちゃんと一緒に絵を描いてて、私はインコの絵をお兄ちゃんに見せたんだよ?」


「あー……うーん……薄っすらと覚えてるような気はする……」


 ――……うん、七泉すまん。全然覚えてないや……。


 言葉とは裏腹に、咄嗟に嘘を吐いてしまった。口にしてしまった以上、もう後戻りはできやしない。


「そうしたらお兄ちゃんがね、私の絵を褒めてくれたんだよ。『七泉は将来、絵描きさんになれる才能があると思うよ』って、その時言ってくれたんだ。それまであんまり、自分の絵に自信がなかったからさ。それが私、凄く嬉しかったの」


「へぇ、そうだったんだ」


 全く身に覚えがないが、俺は当時そんなことを言っていたのか。よくもまぁ俺の鳥頭は、こうもすぐに物事を忘れていってしまうのだろう。


「それまでは、学校の図工の時間ぐらいでしか絵を描くことはなかったんだけどね。それがきっかけで、もっと上手くなりたいなと思って、お小遣いで自由帳と色鉛筆を買ったの。そうして色々絵を描いていくうちに、自分の絵が上手くなっていくのがなんだか嬉しくて、どんどん好きになっていったんだ」


「へぇ。なんかいいな、そういうの。俺には絵は描けないけど、きっと楽しいんだろうな」


「楽しいよ。自分の頭で思い描いたものを、自分の手で描けるんだもん。描けば描くほど上達していくし、見てくれる人にも喜んでもらえるの。私は他にあんまり特技はないけど、絵を描くことだけは誰にも譲れないし、大好きなんだ」


「そっか」


「だからね、きっかけをくれたお兄ちゃんには、凄く感謝してるんだ。……ありがとね」


「……おう」


 そんなひょんなことがきっかけで始まったお絵かきが、今では漫画家のアシスタントとしてスカウトされるほどの実力になっているのだから驚きだ。きっと彼女はそれほどまでに、絵を描くことを楽しんでいるのだろう。そのきっかけが俺の一言だというのなら、この上なく喜ばしいものだ。






「……でもさ。この間お父さんに言われてから、ずっと考えてるんだ。私は、絵を描いちゃいけないのかなって」


 ふと、唐突に七泉が告げた。


「え、なんでよ?」


「だって……どうせ私は、実家を継がせられるだろうから……」


「七泉……」


 弱々しく告げる七泉の表情は、ぼんやりと涙ぐんでいるように見えた。


「他に、仕事を継いでくれそうな人はいないの?」


「いないわけじゃないけど……。一緒に仕事してる人達も、ほとんどが四十代とか五十代の人達だし、これから引き継ぎってときにはもう、すぐ引退しちゃう人がほとんどなの」


「ってことは、若い子は七泉だけなんだ?」


「うん……。それにね、ウチの実家って、明治時代からずっと続いてるんだって。それも初代からずっと家族が引き継ぎ続けてるから、お父さんはあんまり他の人に継がせたくないんだって、お母さんからも聞いた」


「え、そうなの? そんなこと、全然ウチの母さんから聞いたことないや」


 ――となるときっと、母さんは継ぎたくないからこっちに逃げてきたのか? ……あの人のことだし、あり得そう。


「きっとお兄ちゃんのお母さんも、私のお父さんと一緒に小さい頃は、織物させられてたと思うよ。今度、聞いてみたらどうかな?」


「そうだな……興味もあるし、そうしてみるよ」


「うん」


 七泉がコクリと頷いた。


「……だからね、もう実家を継ぐ以外の選択肢は諦めてるんだ。きっと何を言っても、お父さんは認めてくれないと思うから」


「えっ、でも七泉はそれでいいの?」


「仕方ないもん。私は一人っ子だから、他に任せられる人もいないし。そういう人生なんだなって、心決めるしかないもの」


「……そう」


 七泉がそう決めているのなら、俺には四の五の言う権利はない。だがそれでもなんだか、そんな七泉の顔を見ると心苦しくなってしまった。


「別にね、織物が嫌いなわけじゃないよ。完成したものを見せて、喜んでくれる人もいるから。それは絵と一緒で、私も嬉しいんだ。……だから心配しなくても、そこは大丈夫」


「そっか。なら、心配要らないな」


「うん、大丈夫だから。ありがと」


「あぁ」


 そう言って、下手な笑顔を浮かべたのもつかの間。七泉は一つ、大きなため息を吐いた。


「……でもやっぱり辛いなぁ」


「何が?」


「仕事を継ぐのはさ、もう決めてるからいいんだけど……。やっぱり好きなことを否定されるのは、嫌だなって」


「あー、それはそうだね……」


 どうやらまだ、ケンカのことを引きずっているらしい。当然と言えば当然だろう。


「これまでずっと、好きで頑張ってきたのにな。やっぱりお父さんの言う通り、やめたほうがいいのかな……」


 七泉がポツリと告げる。その言葉は弱々しく、寂しそうに震えていた。


「いや……そんなことはないと思うけどなぁ」


「……お兄ちゃん?」


「だって、これまでずっと好きでやってきたんだろ? それだけでも凄いことだと思うし、七泉は頑張り屋さんだなって思うよ。そりゃあ、仕事に生かせないのは残念だけどさ。それ以外でも、出来ることはたくさんあるじゃん。まだまだこれからなんだし、チャンスはきっといっぱいあるよ」


「そう、なのかな……」


「あぁ、きっとそうだよ。織物も絵も、俺はどっちも応援してる。どっちもこれまでずっと、七泉が頑張ってきたことだもの。十分七泉は凄いよ。それは俺が保証するからさ」


「っ……実お兄ちゃん……」


 すると途端、七泉は糸が切れたかのように泣き出してしまった。まさか泣かれるとは思っていなかったので、思わずこちらが戸惑ってしまう。


「え、な、七泉? 大丈夫か……?」


「ごめん……ずっと我慢、してたんだけど……。お兄ちゃんが、そんなこと……言うから……」


「す、すまん! そんなつもりはなかったんだけど……」


「もうっ、酷いなぁ……。お兄ちゃんって昔からそうなんだもん、ズルいよ……」


「ズルいって……よく分かんないけど、悪かったよ」


「……じゃあ罰として、ギューってしてよ」


「え……?」


 それは、あまりにも唐突な罰だった。


「……ダメ?」


「あぁいや……」


 恐らくこういった場合は、普通なら断ったほうが無難なことが多いのだろう。このまま余計な関係へと拗れてしまう可能性だって、無くはないのかもしれないのだから。

 だがここで断ってしまったら、なんだか先程までの言葉全てを取り消してしまうことになりそうで申し訳ない。ここは彼女の従兄(いとこ)として、そして男として、もう腹を決めたほうがいい。


「仕方ないな……いいよ。ほら」


「うん……」


 すぐに七泉が近寄ってきて、俺は彼女を抱き寄せる。……案の定彼女の至る所が当たっていたが、いかんせん今はそれどころではなかった。


 ――まぁ……きっと色々溜め込んでたんだろうな。真面目な七泉が、内緒で家出してくるぐらいだし。


 どちらかと言えば、普段はネガティブ思考がちな彼女のことだ。自分から行動することはあまりないし、いつも茜といるときは、決まって茜の気まぐれに振り回されている側だ。そんな七泉がここまで自ら動いているのだから、相当なことなのだと思う。


 ――なんかすげぇ罪悪感あるけど……今日ぐらいは、いいか。


「……えへへ、お兄ちゃんとくっ付いてると安心する」


 鼻を啜りながら、七泉が呟く。


「そ、そうか?」


「うん、嬉しい。……このまま寝ちゃいそう」


「え。……まぁ、今日だけだぞ」


「わーい、やったぁ」


 無邪気な様子で喜んでいたのもつかの間。それから五分もしないうちに、抱き寄せる彼女からすぅすぅと寝息が聞こえてきた。無理もない。精神的にも肉体的にも、だいぶ疲れていたのだろう。

 なんだか、とてつもなく悪いことをしている感は否めないが……このまま離れるわけにもいかなかったので、仕方なく俺もそのまま、その日は静かに眠りについた。――この後、彼女が訪れてきたことによって、全く誰も予想もしていなかったような展開へとなることも知らずに。

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