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俺にしかできないこと

「……あっ、やば! せんぱーい、そろそろ私時間みたいです! もう出ましょうか!」


 しばらく本城さんについての会話をしたのち、再び日和ちゃんが自分のスマホを見て、時刻を確認する。早いことに、もうそんなに時間が経ってしまったようだ。


「ホント? 分かった、じゃあ行こうか」


「はーい!」


 そうして荷物をまとめると、二人でレジへと向かう。ここはカッコよく全額奢ってあげたいところだが、生憎俺のお財布の中身がすっからかんなので、仕方なくお互い自分の分を支払った。

 やっぱり先導する日和ちゃんに続いて、店の外へと出る。暖かかった店内とは打って変わって、急激に襲ってくる冷たい空気に思わず「さむっ」と口ずさんでしまった。






「えっとー、因みに私、向こうのバス停なんですよー。ミノルン先輩は、帰る方向どっちですかぁ?」


 そう言いながら、日和ちゃんが俺の家の方向とは真逆のほうを指差した。


「あー、じゃあ俺逆だ。俺向こうだからさ」


「そっかぁ……。それじゃあ、ここでバイバイですねぇ」


「そうだね。でもせっかくだし、バス停まで一緒に行こうか?」


「あ、いえいえ大丈夫です! バス停くらい、一人でいけますから!」


 俺の言葉に、“一人でできるもん!”と言わんばかりの表情で日和ちゃんが答えた。


「そっか、分かったよ」


「いえ、ありがとうございます! ……ミノルン先輩」


 すると突然日和ちゃんが、改まって俺のことを呼んだ。


「ん?」


「その……綾乃のこと、これからもどうかお願いします」


「お、おぉ? 急だな」


 急にそんなよそよそしい態度を取られると、こちらとしてもなんだか困るじゃないか。どうしたっていうんだ。


「急にごめんなさい。でも、あぁ見えて綾乃って、小さい頃から色々と辛いことばっかりな子なので、どうしても一人で生きようとしちゃう癖があるんです。


 だから今、先輩と友達になれたこと、凄く喜んでるんだと思います。デリケートな部分も多かったりしますけど、そこら辺は私も言ってくれれば助けるんで。どうかこれからも、綾乃と一緒にいてあげてください」


 そう言うと日和ちゃんが、軽く頭を下げてみせた。あまりにも急な出来事に、一体どう返事をすればいいのか迷ってしまった。


「そうは言うけど、俺なんかで大丈夫なもんかな。陽キャだ陽キャだって言われて、初めは敵視されてたみたいだけど……」


 いくらそんなことを言われても、俺は彼女とは違って陽キャの人間だ。彼女とは本当の意味で理解し合えるかは分からないし、もっと自分に近い人間のほうが、彼女も気が楽なのではないだろうか。

 しかし、そんな弱気な発言をした俺に対して、日和ちゃんは珍しく表情をしかめてみせた。


「いいんですよ! ミノルン先輩だから、私だってこうしてお願いしてるんです! ……私が綾乃を助けられるのも、やっぱり限界があるんです。綾乃って、結構相手と自分に線引きするタイプじゃないですか。私だって力になってあげたいけど、綾乃ってあんまり自分のこと話さないから……」


「日和ちゃん……」


「……ミノルン先輩と出会ってから、目に見えて綾乃は明るくなりました。私じゃできなかったことを、先輩はやってみせたんです。その理由が何なのか、私には分かりません。でもきっと、優しいミノルン先輩だからこそ綾乃も、少しずつ明るくなってるんだと思うんです。……ミノルン先輩じゃなきゃ、ダメなんですよ」


 いつになく真剣な眼差しで、日和ちゃんが俺のことを見ている。普段はマイペースでおバカキャラの雰囲気な彼女が、こんな顔をするとは思ってもいなかった。それほど彼女が本城さんのことを、親友として想っているということなのだろう。


 ――俺だから、か……。


 その言葉を聞いたのは、人生で何度目だろうか。昔から問題事へ首を突っ込む度に、似たようなことを言われてきたような気がする。


 ――やっぱり俺って、いつもこうなるんだよな。下手に関わりすぎたせいで、余計なことまでやるハメになったこともあったし……。


 その言葉の半分以上が、その場しのぎの上っ面だ。結局は面倒事を誰かに押し付けたいだけで、濡れ衣を着させる奴を探しているに過ぎない。本当に心の底からそんなことを言われるなんて、滅多にあり得ないことだ。

 だが日和ちゃんの言葉は、そんな上っ面だけとは思えない。彼女なりに考えた結果、こうして俺にお願いしているのだろう。こんな風に本気でお願いをされたのは、()()に続いて人生で二度目だ。


 ――まぁ断る理由も無いし、いいんだけどさ。俺だって個人的に、本城さんを助けてあげたいって思うし。……もう、あんなことになるのは御免だ。


 当時のあの子のセリフが、鮮明に脳裏へと蘇ってくる。当時は限りなく些細なものであったはずなのに、今となってはこうして自分を動かす原動力にまでなってしまっているのだから、言葉とは不思議なものだ。


 ――“もう、演技なんてしたくない”。……あいつ、あの時どう思ってたんだろうな。


 当時の心境が一体どんなものだったのか、今ではもう聞くことすら叶わない。だったらせめて、自分なりにその答えを出せばいい。そう思って俺は、大学では黒澤の誘いもあり演劇サークルに入った。

 そうして本城さんと出会い、彼女と話していけばいくほど、徐々に二人の影が重なっていった。顔も態度も性格も、何一つとして似ていないはずなのに、不思議と二人がそっくりに見えた。恐らくそれは、どちらも同じ悩みを持っていたからなのだろう。

 そうしていつの間にか俺は、()()ではない彼女を助けようと必死になってしまっていた。今度こそそんな事態にはならないように、もう二度と同じ失敗は繰り返さないように。……そしてそれは、今でも変わらず続いてしまっている。


 ――本城さんがそれをどう思ってるのか分からないし、単に俺の自己満足だと思う。けど一人で悩んでるのなら、俺も一緒に悩んで助けてあげたい。ただ黙って見ているだけなのは……やっぱり()()から。


「……分かった。どこまでできるか分からないけど、出来る限りやってみるよ。俺も、本城さんのことは心配だからさ」


「っ、ありがとうございます! 何かあったら、私にも連絡くださいね! 何か力になれるかもしれませんから!」


「ありがとう、分かったよ」


「はい! じゃあ先輩。綾乃のこと、よろしくお願いしますね!」


「お?」


 そう言うと日和ちゃんは、咄嗟に右手を挙げながら立ち去ろうとする。


「それじゃあ私、もうバスが来ちゃうので失礼します! ミノルン先輩、今日はありがとうございましたぁ! おやすみなさぁい、またご飯行きましょうねー!」


「おおー、またね。おやすみー!」


 相変わらず、忙しい子だと思う。手を振り返しながら呼び掛ける俺にニコッと微笑むと、すぐにバス停がある方向へと走って行ってしまった。まるで小さい子供を見ているかのように、途中で転ばないかヒヤヒヤしてしまう後ろ姿だが、どうやら大丈夫だったようだ。






 ――なんかまた、色んなこと頼まれちゃったなぁ。これから変な方向に話が拗れなきゃいいけど。


 ファミレスの駐輪場に停めてあった自転車を取り出して、サドルに跨る。ポケットからスマホを取り出し、何件か来ていた通知を軽く確認すると、そのままペダルを漕ぎ始めた。


 ――でもあの本城さんが、俺のことを好きだって言われてもねぇ。まぁ、恋の“好き”ではないんだろうけど、なんかいざ聞くとなぁ。


 いざそう言われてしまうと、なんだか複雑な気持ちだ。この気持ちをどう表現すればいいのか、語彙力の無い俺にはなかなかに形容し難い。


 ――……待てよ。日和ちゃんからは、好きだと言われただけで恋の好きなのかどうなのかは聞いてねぇよな。もし本城さんが、恋のほうで俺のことを“好き”だったら……?


 ポツリと、そんな考えが浮かび上がる。そんなことはあり得ないと否定したいところだが、そう思った根拠はいくつかある。


 ――俺があまりにも鈍感過ぎるせいで、日和ちゃんが匂わせてるとか? そもそも今回一緒にご飯食べたのも、本城さんが日和ちゃんにそう伝えてと頼んでたりとか? ……なんか、考えてみるとどれもあり得なくねぇんだよな。


 そんなことを考えていくうちに、なんだか徐々に恥ずかしくなってきた。一人でなに想像に耽っているんだと、隣に本城さんがいたら怒られそうだ。


 ――やめよ。こんなこと考えたって、どうしようもねぇんだから。


 そう。いくら彼女が俺のことを好きだったとしても、いま俺は彼女に特別な感情を抱いているわけでは無い。万が一の場合は、そのときまた考えればいい。ただそれだけだ。……そのはずなのに。


 ――う……明日本城さんと会うとき、気まずくならないようにしよう。俺すぐ顔に出るからなぁ……気を付けないと。


 また彼女の前で変な顔をして、指摘されたら堪ったもんじゃない。なるべく平常心を保ちながら、早いうちに余計な考えは忘れよう。肌寒い夜道を自転車で走りながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。






 もうすぐ秋も終わりを迎え、徐々に冬が顔を見せ始めている。今日から十一月に入り、いよいよ今年も残り少なくなってきた。

 そんな俺達を次に待ち受けていたのは――十一月の陰に隠れた、強力な毒を併せ持つあの生き物だった。

これにて、本章は終わりです。ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


本章と前章は、この物語の大きなターニングポイントとなります。ここから一気に展開が変わっていくので、ぜひ楽しみにしていてくださいね。

そして次章は、新キャラ登場・今までで一番長い重要な話になる予定です……!


お楽しみに!


もしよろしければ、ブックマーク・感想・評価もしていただければ幸いです。執筆のモチベーションになります!


【筆者のTwitterはこちら→@sho168ssdd】

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