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幼馴染から見た彼女

 それから大体、四、五十分が過ぎた頃。ようやく日和ちゃんから、仕事が終わったとの連絡が入った。

 スーパーの近くに偶々あった本屋で俺は暇を潰していたのだが、日和ちゃん曰く歩いて来られる距離だという。そんなお言葉に甘えて、その本屋で待ち合わせをすることになった。

 そうして再び十分後。ようやく先程の、スーツ姿の日和ちゃんが見えた。


「すみませーん! 遅くなっちゃいました!」


 俺を見つけるなり、こちらに小走りで向かってきた日和ちゃんが、少し息を切らせながら告げる。


「大丈夫だよ。お仕事お疲れ様」


「えへっ、ありがとうございます! それじゃあ行きましょっか!」


 仕事終わりだと言うのに、やっぱり元気な日和ちゃんが先導する形で歩く。自転車を引いて歩きながら、俺は彼女の後ろを付いていった。






「ねぇねぇ、ミノルン先輩。最近、綾乃はどうですか?」


 こちらを覗きながら、早速日和ちゃんが俺に問うた。


「んー? 相変わらずだよ。でもちょうど昨日さ、俺の妹と本城さんと三人で会う機会があったんだけど、割と二人で仲良くなってたみたいだよ」


「へー、あの綾乃がですか! やっぱりミノルン先輩効果は、バツグンってことですね!」


「何その効果……?」


「そのまんまですよぉ。ミノルン先輩と出会ってから、昔より綾乃も変わってきたなーって」


「そうかなぁ。そう言われても、俺には出会った頃と大きく変わったとは、あんまり思えないんだけど」


 出会った頃からこの間まで、俺の前ではキャラ作りをしていた本城さん。今となっては、多少なりとも笑顔を見せるようになったが、やはり俺を皮肉るのは楽しんでいるようにみえる。


「そんなことないですよぉー! ミノルン先輩と出会う前じゃ、そんなことあり得なかったと思いますよ」


「そうなの?」


「……あー、そっかぁ。昔の綾乃のこと、先輩あんまり知らないんですもんねぇ。せっかくの機会ですし、幼馴染であるこの私が、色々と教えてあげましょうかね!」


 人差し指を立てて、それを艶かしく口元に寄せる。

 そう言われてみると、確かに今後も本城さんと付き合っていく上で、彼女の過去のことは知っておきたいところだ。


「確かに昔の本城さんのこと、俺も聞いてみたいかも」


「でしょでしょ? 分っかりましたぁ! じゃあミノルン先輩には特別に、色々お話してあげちゃいます!」


「……でもさ、それって本城さんに怒られない?」


「あー、大丈夫ですよぉ。きっと怒られますけど、私から聞いたってそのときは言っといてください。それなら多分綾乃も、何も言わなくなると思いますから!」


「はぁ、そうなのね……。了解」


 ――まぁ、やっぱり怒られはするんだな。


「……でもでもぉ、その前にー」


「ん?」


 そう言うと日和ちゃんが突然、こちらを振り向いて立ち止まった。そんな些細な動きに、不思議とドキリとする。


「ミノルン先輩! 夜ご飯、ここでもいいですか? 私、ハンバーグ食べたくなっちゃいました!」


 右手を指しながら、日和ちゃんがニコニコしてこちらに問うてくる。その指の先には、ちょうど夜ご飯にはもってこいのファミリーレストランがあった。



 ◇ ◇ ◇



「こちら、包み焼きハンバーグになります。鉄板お熱いので、火傷にお気を付けください」


「はーい、ありがとうございますー!」


 日和ちゃんが頼んだハンバーグが届けられて、ようやく彼女もディナータイムとなる。対して俺は、急な外食のためにあまり持ち合わせがなく、多少お財布に優しいナポリタンを頼んでいた。


「えへへー、肉じゃ肉じゃー。いただきまーす!」


 嬉しそうにナイフとフォークを手に取って、早速ハンバーグを切り分ける。一切れをフォークに刺して口に運ぶと、手を頬に当てて「んんーっ!」と幸せそうに唸った。


「なんか、随分と嬉しそうに食べるね」


「そうですかぁ? 美味しいですよー、このハンバーグ」


「あはは、そっか」


 そう言いながら、彼女が二口目を口にする。幸せそうに口へと運ぶ様子は、なんだか本城さんにそっくりである。


 ――こんな子が、みんなからの嫌われ者なんだもんなぁ……。どんなもんなのかは知らないけど、なんだか不思議だな。


 幼馴染の本城さんや、何より日和ちゃん自身が“嫌われ者”だと公言している。

 どうして彼女がみんなからの嫌われ者になってしまっているのか、所詮友達の友達である自分には分からない。けれども、きっとそれは日和ちゃんの良いところを、みんなが知らないだけなのではないかと俺は思う。


「……それでさ。さっきの話の続きなんだけど、いいかな」


「あー、そうでふね! じゃあおひゃなひしまほうか(あー、そうですね! じゃあお話しましょうか)」


「……急がなくても、まず飲み込んでから話していいぞ」


「ん、はーひ!」


 口の中のものを飲み込まずに、そのまま彼女が楽しそうに喋る。


 ――変なところが似てるなぁ……。性格は全然違うのに。


 まるでどこかの誰かさんと同じく、飲み込む前から話し出す癖は同じようだ。






「えっとー……。それじゃあ、何から話しましょうか。ミノルン先輩は、何が聞きたいですかぁ?」


 ゴクンと飲み込んでから、一旦ナイフとフォークを鉄板の上に置く。どうやら、俺が聞きたいことを教えてくれるらしい。


「そうだなぁ。じゃあさ、本城さんの中学時代とか、高校時代の話を聞いてみたいな。なんか昔は、イジメられてたって聞いたことがあるからさ」


「あー、なるほどぉ。いいですよー」


 そう言って、ドリンクバーでコップに注がれたピーチソーダを、ストローで一口含む。一息を吐くと、日和ちゃんが昔の本城さんに付いて語り始めた。


「えっとですねー。私、綾乃とは中学まで一緒だったけど、高校は別々なんですよぉ。なので、高校時代の詳しい話はあんまりできないんですよねぇ。それでもいいですか?」


「あれ、そうだったんだ。てっきりずっと一緒なものかと思ってた」


「そうですよぉ。綾乃から、聞いたことなかったです?」


「どうだろ、俺が覚えてないだけかもしれないけど……。でも本城さんって、あんまり自分のこと話したがらないからさ。そこらへん、ハッキリと分かってないんだよね」


「あーやっぱり。綾乃ってば、そういうところは全然変わってないなぁ」


 コップに入ったストローで中身をグルグルとかき混ぜながら、日和ちゃんが呆れ気味に告げる。昔の彼女はよく分からないが、本城さんらしいといったところなのだろう。


「じゃーあー。綾乃が中学のとき、どのくらい嫌われてたのかっていう話からするとですねぇ。……ウチの学校では、生徒専用の鍵が付いたツ○ッターアカウントがあって。そこで毎年、学年ごとに嫌いな人間ランキングみたいなものがあったんです。中の人が誰なのかは分かりませんけど、話によると陽キャの人達が、勝手に作ってるだけのものみたいですけどねぇ」


「そんなのがあったの?」


 あり得ない。真っ先に抱いた印象はそれだ。いくら思春期だからって、そんなものを作って学校中で話題になるだなんて、そんなの明らかにバカげている。


「そうなんですよぉ。因みに私は、そのランキングで五位になったことがあります!」


 自慢気に日和ちゃんが、笑顔で言ってのけた。ニコニコ顔でそんなことを言われても、全く羨ましいとは思えない。


「そ、そうなんだ……。それで、本城さんは?」


「それがですねー。一年生のときに三位で、二、三年のときはずっと一位だったんですよねー」


「えぇ……。あの本城さんが?」


 あり得ない。またもそんな印象を抱いてしまった。あんなに優しくて可愛げがある本城さんが、まさか嫌われものランキングで一位を取るだなんて。おかげでその話を聞いてから、段々とぶつけどころのない感情が湧いて出てくる。


「まぁ仕方ない部分もあったんですけどねぇ。綾乃も昔は今以上にツンツンしてたし、口はパリピに負けないくらい悪かったし、体育祭とかの行事はいつもサボるしで、印象最悪でしたからー」


「えっ、そんな感じだったの?」


「そうですよー。特にお母さんが亡くなっちゃって、おじいちゃんと二人暮らしになってからは本当にヤバかったです。もしかしたら私も、もうすぐ縁切られちゃうんじゃないかなって、いつもヒヤヒヤしてたんですからぁ」


「そうだったんだ……」


 俺が思っていた本城さんの過去からは、まるで百八十度違った事実に驚きを隠せなかった。確かにいざ聞いてみると、あの本城さんならやりかねないことばかりな気もするが、まさかそれが全て事実だとはなかなか信じ難い。


「だからさっきも言いましたけど、あの綾乃が易々と初対面の誰かに会ったりするだなんて、昔じゃあり得ない話だったんですよ。『は、なんで? わざわざ私が会う必要ある?』みたいに言われて、終わりだったと思いますよー」


「そっか……」


 そこまで話すと日和ちゃんは、再びハンバーグとライスを一緒に口へと運んだ。

 思っていた以上に重たい話をしているはずなのに、やっぱりマイペースな日和ちゃんは嬉しそうに食事をしている。まったく、その元気を少し分けてほしいくらいだ。






「その……日和ちゃんは、本城さんと幼稚園の頃からの幼馴染なんだよね? だったら、本城さんがそんな風になったきっかけみたいなものは、分かってたりするの?」


 そんな疑問が頭に浮かんだ俺は、すぐにまた日和ちゃんへと投げた。


「あー、まぁ。なんとなーく分かりはしますよぉ」


「ホントに? じゃあ、ぜひ聞いてみたいかも」


「いいですけど、あんまり良い話じゃないですよー。それでもいいですか?」


「え、まぁ構わないけど……」


 いざそう言われると、ちょっと身構えてしまう。一体どんな話をされるのだろうと、生唾を一つ飲み込んだ。


「じゃあ話しますねー。えっとぉ、小学三年生くらいだったかなぁ。そのとき、私と綾乃は同じクラスだったんですけどねー。同じクラスに、女の子から人気者だった男の子二人がいたんですよぉ。私はいうほど仲良くなかったんですけどー」


「あー、小学生あるあるの“足が早いからカッコいい”みたいなやつ?」


「ですですー、なんであの子達が人気だったのか、今でも私には分かりませんけどねぇ」


「あはは……」


「そんな二人にある日、急に『放課後一緒に遊ぼう』って誘われて、一緒に遊びに行ったんですよぉ。途中までそれなりに楽しく三人で遊んでたんですけどねぇ。夕方になってから、もうすぐ夏になる時期だったんで、学校の近くにある海に行こうって話になって、三人で海へ行ったんです。


 そこの砂浜で、その男の子二人がじゃれ合い始めたんですよぉ。楽しそうだったんで、私も混ざろうと中に入ったんですよね。そしたら急に、一人の男の子が『いてっ!』って言い出して、腕に切り傷みたいなケガしちゃってたんですよ。私はそのとき、倒されて砂浜の上に横になってたので、明らかに私のせいじゃなかったんですけどぉ……なんか急にその男の子たちに『撫子のせいだ』って言われちゃってー」


「えっ……というと」


「多分ですけど、ハメられたんじゃないですかねぇ。そもそも仲良くもないのに、遊びに誘われることも不自然でしたしぃ。それから学校では、“その男の子に私がケガさせた、それなのに謝らない酷い奴だ”っていう風にされちゃってー。いつの間にか、みんなから避けられるようになっちゃったんですよねぇ」


「何それ……酷いな」


 これまた酷い話だ。どうしてそうやって、自分の気に食わない人間をわざわざハメようとするのだろう。大人にしろ子供にしろ、そうやって他人を蔑ろ(ないがしろ)にする奴は最低だ。


「それでも綾乃だけは、変わらず一緒にいてくれてたんです。結構な噂になってたので、綾乃もその話を知ってたはずなんですよー。その時に私、勇気を出して綾乃に聞いたんです。『なんで私と一緒にいるの?』って」


「それ、きっとだいぶ勇気出したよね」


「ですねぇ。そしたら『友達と一緒にいちゃダメなの?』って言ってくれて、私凄く嬉しかったんです。その時に私も、綾乃とだけはずっと友達でいようって決めました。だから今でもなんだかんだ、仲良くできてるのかもしれませんー」


「そっか……。だから今でも二人は、親友同士なんだね」


「えへへー。こうしていざ話してみると、ちょっと照れますけどねぇ」


 肩をすくめながら、日和ちゃんが微笑んでみせる。そんな微笑ましい二人のエピソードに、ちょっぴり羨ましいと思ってしまった自分がいた。


「……でも、綾乃が他の人を寄り付かせなくなったのは、それがきっかけだと思うんですよね」


 ふと、咄嗟に彼女の顔からは笑顔が消えて、不安げな表情になってしまった。一体それは、どういうことだろうか。


「ん。というと?」


「私がみんなに避けられるようになってから、綾乃が私のことを庇うようになったんです。気が付いたときにはもう、綾乃は私以外の人をみんな毛嫌いするようになってて。私の前ではそんな素振りをみせたことなかったんですけど、イジメっ子の男の子や女の子達を相手に、一人で口喧嘩してるところも見たことあります。


 中学生になってからはもう、だいぶ綾乃に対するイジメもエスカレートしてたんで、私の目の前で口喧嘩が始まるなんてことは日常茶飯事でしたけど……。でも初めの頃は、私に隠れてずっとそんなことばかりしてたみたいですね」


「そうなんだ……」


 ようやく知ることができた、彼女の過去。それは俺が思っていた何倍も辛く苦しく、想像を絶するものだった。以前から俺は彼女に対して、色々と無責任なことばかり言ってしまっていたが、それら全てが申し訳なく思えてしまった。


 ――でも……やっぱり本城さんって、優しいんだな。


 しかし、そんな状況になったとしても、友達である日和ちゃんを見捨てようとはせずに庇い続ける彼女は、本当に優しい女の子だと思う。今でこそまだ、自分に自信がなくて自己を確立できてはいないが、それを克服すればきっと、これまでのことが全て報われることだろう。






「綾乃って、いつも強がってなかなか弱みを見せようとしないじゃないですか。でも本当は、寂しがり屋で甘えん坊さんなんです。でも甘え方が分からないから、他人を突っぱねちゃうだけなんですよねぇ。だからミノルン先輩も、これからもずっと綾乃の大事な存在でいてあげてくださいね!」


 そう言って、日和ちゃんがニッと笑った。


「そりゃあもちろんだよ。何かあったら俺も本城さんを助けるし、これからも友達でいるつもりだよ」


「えへっ、それならよかったです! ……あ、もちろん私とだって、これからも仲良くしてくださいよー? 先輩に子供ができたら、一番に見てみたいですぅ!」


「こ、子供? だいぶ先の話をするなぁ……」


「いいじゃないですかー。これからもよろしくですよぉー、ミノルン先輩!」


「あ、あぁ……。こちらこそだよ、日和ちゃん」


 やっぱりあざとく笑ってみせる日和ちゃんに、なんだか不思議な感情になる。これがもし俺が気になっている人だったら、すぐ恋に落ちてしまっていたかもしれない。

 もちろん彼女本人にその気は全く無いのだろうが、接し方を間違えさえなければ、それほど魅力的な女性なのだろう。彼女が例え陰キャだったとしても、素敵なところはきっともっとたくさんあるのだ。


 ――にしても……なんか引っ掛かるのはなんでだろう。


 先程の日和ちゃんの言葉。特に深い意味は無いと思うのだが、なんだか妙に引っ掛かる。それが一体何なのかは、俺には分からなかった。


 ――まぁいっか別に。気にしないでおこう。


 あまり深追いし過ぎると、こういうものは良くない。ここは何も無かったことにして、気にしないようにしておこう。

 ふと、話に夢中ですっかりナポリタンの存在を忘れてしまっていた。ようやくフォークに麺を絡めると、俺はナポリタンの二口目を口へと運んだ。

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