陰キャの杞憂
「ただいまー」
「あっ! おかえりお兄ちゃん!」
それからしばらくして。会話が一区切りしたタイミングで、ちょうど村木先輩が帰ってきた。それに反応して、すぐさま茜ちゃんが玄関のほうへと走っていく。その反応速度は、流石ブラコンといったところだろうか。
「お兄ちゃん、荷物持つよ?」
「おー、サンキュー。台所の上に置いといて」
「はーい」
先輩が買って来たレジ袋を受け取って、茜ちゃんが台所へと持っていく。ああいう子でも、意外としっかりしているところもあるんだなぁと、なんだか感心してしまった。
「お、おかえりなさい、です……」
そうして先輩が、部屋の中へと入ってくる。彼へ告げるそんなさり気ない一言がなんだかもどかしくて、つい小声になってしまった。
「おー、ただいま。……茜が何か、変なこと言ったりしてなかった?」
「えっ? いや、特に何も。普通にお話してただけですよ」
「そっかそっか。まぁ、ちょっと頑固で押しが強い子だけど、悪い子じゃないからさ。仲良くしてやってほしいな」
「は、はい……」
「聞こえてるぞー! 誰が頑固だって?」
「あだっ!? うぉい、殴るこたぁねぇだろ!?」
そんな先輩へ向けて、茜ちゃんが背中にグーパンチをしてみせた。割と鈍い音が聞こてきたので、威力は強めだったと思う。
「お兄ちゃんがそんな余計なこと吹き込もうとするからでしょー?」
「余計って別に、お前が頑固なのはホントのことだろうよ」
「あぁー! 言ったなー!? そういうお兄ちゃんだって、プライド高くて分からずやで――」
いつの間にか、私のことをそっちのけで二人して口論が始まってしまった。
こんな兄弟ゲンカは、日和の姉弟のやり取りを昔からよく見ていたおかげで慣れてはいる。それでもやはり、置いてきぼりにされるこちらとしては気まずい。
――でもいいなぁ、兄妹って。私一人っ子だからなぁ……。
あんな風に、なんでも自分の言いたいことを言い合えるような関係。自分にも妹や弟がいたらよかったなと、先輩や日和のことを見ていると思う。
――……きっとこのくらい仲良くならないと、そんなこと喋ってくれないよなぁ。
目の前で先輩は、妹相手にムキになり自然体で口論を続けている。私にはあまり使わないような言葉遣いで、普段よりもだいぶ荒っぽい。それもきっと、相当な信頼関係が築き上げられているからこそ、できることだろう。
――私が先輩の助けになれるような関係になるためには、どうしたらいいんだろう。よっぽど親密にならなきゃ、相談なんてしてくれないだろうし。となると、私ができるとするならば……っ。
そう考えた途端、なんだか急に恥ずかしくなってきた。そんな思考に至ってしまった自分を、今すぐにでも殴りたい。
――いやいや、無理無理無理。そんなの無理に決まってるから……! なに考えてんの。私が……先輩の“彼女”だなんて……っ!!
思わず恥ずかしくなって、机に突っ伏する。こんなアホみたいな顔を、先輩に見られたくなんかない。
「あ、あれ。本城さん? どうかした?」
「ひゃい!?」
ふと、そんな私に気が付いた先輩が、こちらに声を掛けてくる。どうしてよりによってあなたなんだと、心の中で彼を憎んだ。
「い、いや、なんでもないですよ! ただその、眠いなぁと思ってただけです」
「そう? ならいいんだけど」
「それよりお兄ちゃん! 私お腹空いたから、早くご飯作ってよね!」
「は、お前手伝ってくれねぇのかよ?」
「お兄ちゃんが私の悪口言うから、もう手伝ってあーげない」
「あっそうですかー。じゃあいいですよ、時間掛かってもしらねぇからな」
「ふーんだ」
お互いにそう言い合うと、二人は別々に分かれて動いていった。先輩が台所へと向かう一方で、茜ちゃんはベッドにダイブすると、やっぱり先輩の枕を抱きしめながら、「うー!」と一人で唸っていた。
――うぅ……分かったとは言っちゃったけど、ホントに私大丈夫かな……。
そんな二人の間に挟まれながら、余計な考えをどうにかして振り払おうと頭を悩ませる。しかし、一度生まれてしまった煩悩は簡単に無くなることはなく、しばらく私の頭の中を支配し続けてしまっていたのだった。
これにて、本章は終わりです。ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
次回は久しぶりに、あの超元気な本城さんのお友達が出てきますよ! 日和ちゃんと本城さんの関係が、また一つ分かるかもしれません。
お楽しみに!
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