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本音と和解(2)

本話は、筆者が出している小説『アンノウンストーカー』とのクロスオーバーとなっています。本作だけでも十分に楽しめますが、先にそちらもお読みいただけると、より内容が分かりやすくなっていると思います。

「その……。ご、ごめんなさい!!」


「……え?」


 目の前の彼女が、私に向かって深々と頭を下げている。一体何が起こっているのか分からなくて、途端に頭の中がパニックになってしまった。


「え、な、何? そんなっ、きゅ、急に謝られても、よく分かんないって……」


 そうして、ゆっくりと彼女が頭を上げる。心做しか涙目にもなっており、初めて見る彼女の表情に、益々理解が追いつかなくなる。


「……確かにさ、今まであんたにしてきたことは、絶対許されないと思う。私も一応自覚はあるし、ちょっとやり過ぎたなってこともいっぱいあった。


 その上で、今度はあんたのことをストーカーだって決めつけて、色々と酷いことを言っちゃった。ストーカーがあんたじゃないって知ったときは、流石にマズいと思った。


 それなのにあんたは、私のことを助けようとしてくれた。アレだけ色んなことをしてきたのにも関わらず、ウチに来るかって言ってくれた。……なのに私、強がっちゃって、突っぱねちゃったから。


 その後すぐに誘拐されて、ずっと後悔してたの。あぁ、自分って本当に昔からバカだなぁって。それだけが本当に辛くて、どうしようもなかった。私を誘拐したあいつからも、確かに色んなことされたけど、それ以上にその後悔が強くて。……だから、今度会ったら謝りたいって思ってた。


 でも、そう思ってたはずなのにさ。さっきあんたが急に来たせいで、また私は恥ずかしくなって、ダメだって分かってても強がっちゃった。なんでなんだろうね。もう昔から自分が情けなくて……大嫌い。


 ……その、言いたいこと全然まとまってないし、今更急にこんなこと言われてもって感じだし、都合のいい女だと自分でも思う。でもその、謝りたいって気持ちは本当だから。だ、だからっ、本当に、ごめんなさい!!」


 そこまで言うと、彼女は再び頭を下げた。下げた頭からは、ポタポタと水滴が流れ落ちている。

 まさかあの彼女が、ここまで言うとは思ってもいなかった。おかげで彼女に、なんて言葉をかければいいのか、分からなくなってしまった。


「え、えっと……。確かに、今まであなたにされてきたことは、許したくないよ。許す義理も無いしね。今更本気で謝られたって、それで許せるわけじゃないから」


「……分かってる」


 頭を下げ泣きじゃくりながら、ポツリと彼女が告げる。


「そこまで本気で謝ってくれるとは、思ってなかったから驚いたけどさ。でもその、あんまり気に病まれても嫌だし。……あ、その、頭を上げてよ? ずっと下げてないでさ」


 私がそう言うと、目をゴシゴシと擦りながら彼女が頭を上げた。その顔はもはや、私をイジメていたときの風貌は一切なく、ただのか弱い一人の女の子となっていた。


「えっと……。じゃあ分かった、一つ約束してよ」


「……約束?」


 鼻を啜りながら、一体なんだと彼女が首を傾げた。


「うん。今度、退院したときでいいからさ。お昼ご飯でも奢ってよ。……取り敢えず、それでチャラでいいから」


「は……そんなんで、いいの?」


 私の言葉に、声を裏返しながら、ポカンとした表情を浮かべてみせる。


「いやだって、他に思い付かないし……。そもそも、あなたの趣味とか何も分からないんだもん。それくらいで十分でしょ」


「なに言ってんの、だったらせめて何回か奢らせてよ。そんなんじゃ私、納得いかない」


 ふと、唐突にいつもの強気な彼女に戻ってみせた。……なんだか約束事をつけるだけでも、面倒なことになりそうだ。


「別に私がいいって言ってるんだからいいでしょ。なんであなたがそれに文句言うの?」


「だって私、たくさん酷いことしたじゃんか。許されることはないだろうけど、せめてその分を償うくらいはさせてよ」


「はー……。なんか変に真面目なんだね、そういうとこ」


「なに、悪い?」


「悪いというか、そんなグシャグシャの顔で言われてもさぁ。……ブサイクだし」


「はぁ!? 別に、あんたのツンケンした顔よりは可愛いし!」


「別に好きでツンケンしてるんじゃないし。元からこんな顔なんだよなぁ……」


「じゃあ元がブサイクってことでしょ」


「あー、そんなこと言うんだー。酷いなー」


「あんたこそ」


 そんな言い合いに、突然彼女が吹き出して笑ってみせた。なんだかおかしく感じてしまって、つられて私も笑ってしまった。


 ――あれ……いま私、この人と一緒に笑ってる? ……そっか。笑えるんだ、私も。この人と一緒に。


 これも数ヶ月前の自分なら、絶対にあり得ないことだったと思う。気が付かない間に、それほど自分の考え方が変わっていたのかと思うと、なんだか不思議だ。


 ――陽キャと陰キャなんて、絶対仲良くなれないと思ってたけど……意外とそんなことはなかったりするのかもね。


 絶対に越えることのできないと思っていた両者の境界線は、いつの間にか自分の目の前にまで迫っていた。恐らく、自分だけの力ではなし得なかったことだろう。

 これもきっと、鳥頭な彼のおかげかと思うと――なんだかまたおかしくなって、フッと笑みをこぼしてしまった。



 ◇ ◇ ◇



 窓際に並んで置かれた、ボックス型の二つの椅子。そこに、彼女と並んで座った。


「というか、まず一つ聞きたいんだけど」


 その途端、私は早速彼女へと問い掛ける。


「何?」


「その、なんであなたはずっと、私のことをイジメてたワケ?」


 長年持ち続けていたそんな疑問を、私は彼女へと投げた。


「あぁ、それ? ……小学三年生の頃にさ、ビヨリがクラスメイトだった青山(あおやま)井坂(いさか)と遊んでたときに、ケガさせたって一時期話題になったでしょ?」


「……誰だっけそれ」


「おい! 男子だよ、どっちとも。運動もできてイケメンだって、女子に人気だったじゃん」


「え、全然覚えてない」


 井坂と青山。似たような名前は聞いたことがある気がするが、顔が思い浮かんでこない。


 ――というか、その話自体初耳なんだけど。あとで日和に聞いてみよ。……多分覚えてないんだろうけど。


「そもそも私、クラスメイトに興味無かったからなぁ」


「嘘でしょ? ウチ学年で二クラスしかなかったのに、覚えてないの?」


「うん、まったく」


「はぁ……。まぁともかく、そのせいでみんなのヘイトを買って、ビヨリを避けるようになったの。それでもあんただけはあいつと一緒にいたから、その流れであんたもイジメるようになったってワケ」


「なにそれ、くだらない。そもそも、イケメンを傷付けただけでヘイトを買うって、よっぽどじゃない?」


「いや、言っても小三だから……。いつの間にか、その話もどっかへいったし」


 確かに、あの日和からその話の愚痴を全く聞かされなかったということは、あまり気にしていなかったことなのかもしれない。

 とはいえ、例えそうだったとしても、以降も彼女が私達のことをイジメ続けていたことは事実だ。


「でもさ、あなたはずっと私達のことをイジメてたのはなんでよ? 他の人は私と話しても、素っ気ないくらいだったけどさ。あなたの周りくらいだよ、私達のことをずっとイジメてたの」


「それはなんか……気が付いたら私、みんなのリーダーみたいになってたし。なんというか、流れ?」


「好きだねぇ、流されるの」


「別に、好きで流されてるわけじゃないし……」


 口を尖らせながら、彼女がそっぽを向いた。


「……こんなこと言ったら、情けないけどさ。私あんまり、良いところないから。みんなに嫌われないようにしようって思ってたら、いつの間にかあんな風になってたんだよね」


「へぇ、意外。てっきり自分のこと大好きで、周りのこと全部下に見てるのかと思ってた」


「逆だよ、真逆。ずっとみんなに置いていかれないように必死で、見え張って生きてきた。だから色んな男の人と関係を持ってそれを自慢してたし、それでお金集めてお金持ちアピールもしてた。とにかくもう、後先考えてなくて必死だったんだよ。


 まぁ、見栄張って生きてるのは今もそうなんだけどさ。……そうじゃないと私、きっと誰にも相手されない思うから」


 両手を膝の上で組みながら、寂しそうに彼女がそれを見つめている。

 これまでずっと彼女のことは、遥か彼方の位置に存在する人物だと思っていた。だがいま目の前にいる彼女は、それとは真逆でまるで自分の足元を這う蟻のように小さく、とてもひ弱な存在に見えた。






「……あなたでも、そんな風に考えるんだね。陽キャって、もっと自分が大好きで、悩みなんて無いもんだと思ってた」


「そりゃあそうでしょ、私だって人間なんだし。色々と考えることはいっぱいあるよ」


「ふぅん……そっか」


 ――人間なんだから、か。



『陽キャだとか、陰キャだとか、友達だとか、家族だとか。確かに本城さんが言う通り、人間にも一定の括りはあるかもしれないよ。けど、それでもみんな、同じように生きてるんだからさ。そこで線引きをしちゃったら、見えるものも見えなくなっちゃうでしょ? そうしたら、いざ大切なものが目の前にあっても、見つけられなくなっちゃうからさ』



 ずっと前、まだ彼のことを信頼していなかったときに、彼が私へ告げた言葉。当時の自分は、彼の言葉を綺麗ごとだと思いながら、半信半疑で受け流していた。「結局はどうせ考え方が違うのだから分かり合えない」と、そんな風に思い込んでは、真摯に受け止めようとしなかった。

 だが今は違う。例え陽キャと陰キャでも、考え方が全く異なったとしても、分かり合えることは必ずある。それはとても小さなことだったとしても、それがきっかけで寄り添うことだってできるのだ。今の自分なら、それがハッキリと分かる。


「……私も、ごめん」


「え?」


 そう告げた途端、彼女が目を丸くさせた。


「私ずっと、あなたのこと勘違いしてた。そんなことを思ってるとも知らなくて、ずっとあなたのことを毛嫌いしてたから」


「いや、そんな……。悪いのは私のほうなんだし、気にしなくていいから。本当に、ごめん」


「ううん。……お互い、色々悩んでたんだね。アレだけ嫌い合ってたのに、なんかおかしい」


「……そうね。そうかも」


 彼女は目を腫れぼったくさせながらも、何かが吹っ切れたかのような綺麗な笑顔を浮かべていた。



 ◇ ◇ ◇



「今日は急に来てごめん。その、泣かせもしちゃったし……」


 扉の前で彼女と向き合う。以前ならこの距離でいがみ合っていたというのに、なんだか不思議な気分だ。


「別にいいよ。勝手に泣いたのは私のほうだし」


 その言葉に、彼女が首を振った。そのまま彼女が言葉を続ける。


「……そのさ、嬉しかったんだよね」


「嬉しかった?」


「うん。実はさ……こっちに帰ってきてから、お見舞いに来てくれたのが、親と彼氏だけでさ。男友達どころか、女友達も誰一人来てくれてなかったんだよね。『あぁ、やっぱり私って、そのくらいにしか思われてない、どうでもいい奴だったんだな』って、そんな風に思ってたから。……だからちょっと、ホッとしてた」


 これはまた、意外な事実だった。彼女のことだからきっと、色んな人がお見舞いに来ているものだと思っていた。もしかすると、部屋へ入ったときに別の誰かもお見舞いに来ていて、修羅場になることも想像していたほどだ。


「……そっか」


「だからさ。ありがとね、来てくれて」


 そう言って、彼女が不器用に笑う。その言葉に、私の心は複雑になった。そんな風に改まって感謝されることなんて、これまでほとんど無かったからだ。


「うん……」


「……あのさ。もしあんたが、よかったらなんだけど……」


「ん、何?」


 何かをもどかしそうに、口をもごもごとさせながら彼女が私のことを見ている。一体、どうしたというのだろうか。


「その、今更こんなこと言うのも、変だと思う……っていうか、明らかに変な話なんだけど。……もう一度、友達としてやり直させてほしい、って思って」


「え?」


 何か、予想もしていなかった言葉が聞こえたような気がする。


「今日二人で話せて、ちょっと楽しかったから。……嫌だったら、いいんだけど……」


 そう言いながら俯く彼女を見て、腹の底からジワジワと感情がこみ上げてくる。それに思わず耐えきれなくて、ドッと吹き出して笑ってしまった。


「ちょ、は? 別に笑わなくてもよくない?」


「だって……ごめん、あなた見てたらおかしくって」


「意味分かんな! ちょっと酷くない!?」


「ごめんって。謝るよ」


「ふん、いいよもう。なんでもないから、聞かなかったことにして」


 そう言い捨てると、彼女は拗ねた様子でベッドへ歩いていってしまった。スリッパを脱ぎ捨てると、そのまま横になって寝てしまう。


 ――……なんか可愛い。


 不覚にも彼女に対して、そんな風に思ってしまった。






「ねぇ、待ってよ」


 目をつむって知らんぷりをしている彼女に向けて告ぐ。特にリアクションは無かったが、無言のままなので恐らく続けろということなのだろう。


 ――大丈夫。この子がここまで言ってくれてるんだもん。私だって、きっと……。


 彼女と友達としてやり直すことで、新たに不安が出てくるかもしれない。また新たに、問題が出てくるかもしれない。けれど――。



『でも友達って、そういうもんなんじゃないのかな? いつの間にか仲良くなってて、いつの間にか掛け替えの無い存在になってる。ケンカばっかりしてたって、いなくなったら寂しくなる。それと似たようなもんだと思うよ』



 そんないつかの彼の言葉を思い浮かべる。

 もし例えそうだったとしても、それでもいい。もし仲が合わなかったとしたら、それはただ()()()()()()()だけ。重く考えることはなく、ただそれだけのことなのだ。


「……そりゃあ今までのことがあるから、ちょっぴり怖いけどさ。でもなんとなくだけど、今日こうして話してみて思った。ケンカは多いかもしれないけれど、なんだかんだ楽しくなりそうだなって」


 そう言いながら、彼女が横になっているベッドへと近付く。同時にトートバックの中からスマホを取り出すと、L◯NEのアプリを開いた。


「……ん」


 自分のアカウントのQRコードを画面に表示させて、それを彼女へ見せる。それを見た彼女は、またも驚いた表情を見せた。


「いいの……?」


「うん。友達になるんだったら、まずは連絡先交換しなくちゃでしょ?」


「ふっ、何それ」


 その一言に、彼女は苦笑いを浮かべてみせた。


「それにさ。友達って、なろうって言ってなるものじゃないから。これからまた付き合っていって、いつの間にかなってるものだと思うからさ。だから、えっと……こ、これからもよろしくね。――秋那」


 彼女の名前を呼ぶ。思えば彼女を下の名前だけで呼んだのは、共に過ごした九年間でも無く、今回が初めてかもしれない。その呼び掛けに、秋那はコクりと頷いた。


「……うん。……綾乃って呼べば、いい?」


「いいよ、それで。……でも、もう酷いことはしないでよね? 次したら、今度こそ縁切るから」


「んー? うーん……どうだろ、ムカついたらイジメちゃうかもね」


「うわ、ひど。ホント最低だね」


「そうならないためにも、仲良くしてくださいよ。ね、綾乃ちゃん」


「えー、その言い方は嫌だなぁ。なんかおじさんみたい。援交し過ぎじゃない?」


「う、うっさい、ほっとけ!」


 そんなくだらない言葉の投げ合いをしながら、気付かぬうちに私達は二人して、一緒に笑い合っていた。

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