本音と和解(1)
本話は、筆者が出している小説『アンノウンストーカー』とのクロスオーバーとなっています。本作だけでも十分に楽しめますが、先にそちらもお読みいただけると、より内容が分かりやすくなっていると思います。
その話を聞いたとき、私は一体どうするべきかを考えた。もちろん見捨てることだってできるし、なんならせっかく出してやった助け舟を跳ね除けられたことを、恨むことだってできた。それに、これまで彼女から受けてきた数々のイジメは、どれも許せないものばかりだ。
本当なら、こんなことで悩む必要すらないほどに、私は彼女からズタズタにされてきたのだ。それをわざわざ、無かったことにする義理は無い。だが――。
『ま、待てよ! だから、その……』
あの時の表情は、明らかに私のことを求めていた。言葉にすらしていなかったが、きっと助けてほしかったのだと思う。それでも結局ハッキリとは言われなかったので、私は無視して帰ってしまった。
そしてその後、彼女は姿を消した。消息も不明となり、約一ヶ月間誰も連絡を取れない状況となっていた。行方不明として、警察も捜査を続けていたらしい。あまり気にしないようにしていたので詳しくは知らないが、彼女の彼氏もずっと独自で追い続けていたようだ。
月日は流れて、十月も終わりを迎えようとしている頃。ある日突然村木先輩から、私はその話を聞いた。
数日前――。
「そういえば本城さん、聞いた? 事件の話」
「事件? なんのことですか?」
「一ヶ月くらい前にあったじゃない。ウチの大学の一年生の女の子が、行方不明になったって話。本城さんが知り合いだって言ってた子だよ」
それを聞いた途端、私の思考が一瞬停止した。その話にはもう、あまり関与したくなかったからだ。だが話題になったということは、何かしら進展があったのだろう。
「……あの子、見つかったんですか?」
「うん。三日前に、千葉県で見つかったらしいんだよね。なんか中学の頃の同級生に、ずっと監禁されてたらしいよ」
「監禁……。あの子無事だったんですか?」
「無事っちゃ無事らしいね。そんなに衰弱してるわけじゃなくて、単に閉じ込められてただけみたいだから。昨日水戸の病院に戻ってきて、しばらくそこに入院するらしいよ」
「そうですか……」
一先ず安心した。ずっとあの日の出来事が気がかりで、自分はどうするべきだったかをずっと悔やんでいたのだ。
もしかすると、自分のせいで彼女が命を落としてしまったのではないか。そう思う度に、自分に嫌気が差すようになり、なるべく考えないようになっていた。
「……一応、ウチのサークルの後輩が、その子の彼氏と友達らしいからさ。病院の場所は聞けると思うけど、どうする?」
突然彼が、私にそんなことを問う。
「どうするって、どういうことですか?」
「だって、心配なんでしょ? ……顔に出てるよ」
「えっ……」
そう言われた途端、彼から視線を逸らしてしまった。
「……なんで、分かったんですか」
「分かるよ、本城さんだもん。本城さん優しいから、きっと自分のせいでーとか思ってるんじゃないかなって」
「……そんなこと言わないでください」
私が突っぱねるなり、彼がニッと笑ってみせる。その笑顔に、益々私の感情は複雑になった。
「まぁそうだなぁ。確か、あんまり仲は良くなかったんだっけ? だから、会いに行ってもなぁって思ってるんでしょ?」
そんな彼の問いに、無言で頷く。
「俺が言える義理じゃないけどさ。会わずに後悔しそうなら、行ったほうがいいよ。案外人って、そういうときこそ本音で言い合えると思うからさ」
「……先輩だったら、もし自分がそうなったとき、どう思いますか?」
「俺? 俺かぁ……。でも、あんまり仲がよくなかったとしてもさ。お見舞いに来てくれるっていうだけでも、嬉しいんじゃないかな。それまでずっと辛い思いしてたんだろうし、ちょっとでも見知った顔を見られたら、安心すると思うな」
「そう、ですか……」
「取り敢えず、その気になったら言ってよ。俺もあとで後輩に聞いてみて、連絡するからさ」
「……分かりました、そうします」
そんな、何とも言えないモヤモヤを抱えながら飲む大好きなカフェオレは、なんだかいつもよりもマズく感じた。
◇ ◇ ◇
日曜日。普段は乗らない路線のバスに揺られながら、私はとある場所に向かっていた。
村木先輩とのトーク画面を眺めながら、何度も目的地の場所を確認する。一つ一つバス停に到着する度に、私の心臓はバクバクと激しさを増していった。
――ホントに向かっちゃってるけど、大丈夫なのかな。
不安。ただその二文字だけが、思考の中をグルグルと掻き回す。あまりにも緊張し過ぎて、なんだか吐いてしまいそうだ。
――篠崎秋那。小学生の頃からずっと、私のことをイジメてた奴だけど……。あいつのあんな顔を見るの、なんだか意外だったな。
小、中学と九年間、ずっと同じ学校に通っていて、何度か同じクラスにもなったことがある。一体いつから彼女のイジメが始まったのかは定かではないが、それが過激化していったのは小学五年生の頃だ。
――運動会の何日か前に、体操服の腕の部分を少しだけどハサミで切られたこともあったっけ。お母さんには怖くて、木の枝で切ったって言っちゃったけど、ホントのこと言ってたらどうなってたんだろうなぁ。
それ以外にも、彼女からされてきたイジメは数多い。だがいずれも面倒ごとにはしたくなかったため、母親にもジジイにも言っていなかった。
――どうせああいう奴らって、いくら大人が叱っても理解しないんだよね。自分の気に食わない奴を、本能で攻撃してるのかも。
大人というのは、無闇に怒らず常に飄々としているもの。当時の自分は、そう思っていた。
だったらいっそのこと、こちらが我慢してしまえばいい。どちらが先にやめるかの我慢比べだと、ずっと何もアクションをせずに我慢し続けていた。
――まぁそれでも、中学卒業までずっとやめなかったんだし……。私のことがよっぽど嫌いだったのか、それほど能がなかったのかだよね。なに考えてるのか知らないけど、陽キャってホントくだらないことしかしないんだよな。
そう。陽キャは陰キャにとって、実にくだらない生き物。一体なにが楽しいのか分からない団結力を発揮し、無駄に騒ぎ、無駄に仕切り、勝手に盛り上がっている。こちらはただ平穏に暮らしたいだけなのに、その団結を強要してくるから堪ったものじゃない。
団結できないものは邪魔者扱いされ、罵倒され、貶され追放される。向こうが勝手か決めたルールに則って動かされ、気に食わなかったら即刻排除。最終的には気の合う人間だけで盛り上がり、他は「ノリが悪い」と淘汰する。一体そんな集団に、なんの魅力があるというのだろうか。
――あー、なんか考えたら嫌になってきた。やっぱり帰ろうかな。
考えれば考えるほど、やはり陽キャは嫌になる。どうせ行ってもロクなことにならないのだと、心のどこかで悪態をついた。
――……陽キャか。
以前の私なら、ここでもう既に帰っていることだろう。だが今の私は、そんな陽キャの裏の顔を知っていた。
――村木先輩は陽キャだけど、こんな私を友達だって言ってくれた。表向きは面倒くさいけど、鳥頭でおっちょこちょいで鈍感で、放っておけなくて。偶に陽キャらしいとこ見せるけど、やっぱり情けないとこばっかりで……全部が全部嫌いってわけじゃ、ない。
もちろん嫌いな部分はたくさんある。それでも確かに、そんな陽キャの彼の嫌いになれない部分も――好きなところも少しだけ、ある。
――それに、この間河辺さんも言ってたな。なんとなくで始まって、合わなかったら“仕方がないや”でいいって。
少し前なら、この言葉の意味が分からなかったかもしれない。だが今なら、それが分かる。
――一度ちゃんと会って話してみて、ダメだったらホントに大嫌いな奴として縁を切ればいいんだよね。もしかしたら、何かあるかもしれないんだし。……無駄じゃ、ないんだから。
アレだけ私のことをイジメていた彼女が、あの瞬間私のことを求めていた。それは紛れもない事実だ。
やっぱり一度会いに行ってみよう。改めてそう決心した私は、そっとスマホの画面を閉じた。
◇ ◇ ◇
――うぅ……一週間分のコミュ力使った……。
まだ心臓がバクバクといっている。このまま破裂してしまうんじゃないかと錯覚するほど、受付で話すだけなのに気が張ってしまっていた。
お見舞いなんて初めてなもので、どうすればいいか分からずに、勇気を出して受付へと向かった。なんとか説明を受けて病室の場所は分かったが、自分にしては本当によくやったと思う。今夜はご馳走にでもしようか。
――ここか……。
エレベーターで七階まで上ったのち、受付で案内された一つの病室の前に立つ。扉の横にあるプレートには、篠崎秋那という名前が一つだけ。どうやらここは、個室のようだ。
扉をノックしようと、ゆっくり右手を挙げる。ゴクリと大きな生唾を一度飲み込むと、意を決して私は扉をノックした。
「はい、どうぞー」
部屋の中から、聞き覚えのある声が聞こえた。どうやら中にいるのは、本当に彼女らしい。
何を今更そんなことを。当たり前のことに驚いている自分を嘲笑すると、無言のまま扉を開いた。
「……え?」
扉を半分ほど開けたときに、部屋の中にいた患者服の彼女と目が合った。どうやらベッドではなく、窓際に置かれた椅子に座っていたようで、膝下には雑誌が一冊置かれていた。
以前よりも多少痩せ細ってはいたが、特段動くことに問題は無いようだ。ただ一つ、なんとなく表情が暗くなっていることを除いては、ほとんど変わっていなかった。
無言のまま扉を背にして、そっと閉じる。お互いに何を話せば分からないようで、少しの間部屋の中を静寂が包み込んだ。
「……で、何しに来たの?」
先に口を開いたのは、彼女のほうだった。それはいつもの強気な口調で、如何にも喧嘩腰だ。
「いや、その……。無事に戻ってきたっていうから」
「……何、わざわざ嘲笑いにでも来たの? 自分を昔からイジメてた奴が、一ヶ月も監禁されるなんて滑稽だ、なんて思ってる?」
口元をへの字にして、苦笑いを浮かべている。どうやらやはり、歓迎ムードではないようだ。
「そうじゃないけど……」
「あ、それとも『せっかく助けようとしてあげたのに、突っぱねる私が悪いんだよー』って、わざわざ言いに来てくれたんだ? はー、そうですよ、どうせ私が悪いんですよーだ」
声色を変えて、彼女が自虐をしながら私のことをバカにする。相変わらず、お喋りな人だと思う。
「違う、だから……」
「じゃあ何よ、どうせざまぁみろって思ってるんでしょ? 今までのこと全部謝れとか、この期に及んで言おうと思ってたんでしょ? ねぇ、そうなんでしょ!?」
膝元の雑誌を両拳でバンと叩きながら彼女が叫ぶ。その瞬間、病院だということを思い出したのか、何かを言いたげにしながらそっぽを向いてしまった。
「いやだから、そうじゃなくてさ」
「じゃあ何よ、言ってみなよ」
「だからその……心配だったから、来てみた……だけ」
「……は?」
途端に目を丸くさせて、彼女が口を開けたままになる。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったようで、こちらのことをまじまじと見つめていた。
「まぁ、えっと……大丈夫そうでよかった。もしかしたら、私のせいで何かあったのかと思ってたから」
未だに無言のまま、彼女がぼんやりと私を見ている。本音を言ってしまった気恥ずかしさもあり、なんだか居心地が悪く感じてしまった。
「と、取り敢えず、その、それだけだから。迷惑だろうから、もう帰るよ。……じゃ、じゃあね」
すぐさま引き返そうと、扉を開いて一歩廊下へ足を踏み入れる。――そのとき背後から、彼女の声が聞こえてきた。
「ま、待って!」
扉に手を掛けたまま振り返る。そこには雑誌を床に落として、その場に立ち上がっていた彼女がいた。
「……いやその、なんだろ、えっと……」
どうやら呼び止めたはいいものの、何を言いたいのかまとまっていなかったらしい。なんだかデジャブだ。
「……何? 何かあるの?」
流石に今回は、その呼び掛けを無視して去るつもりはない。彼女がその口を開くまで、私はその場で彼女の言葉を待った。
「その……。ご、ごめんなさい!!」
「……え?」
あまりにも突然の出来事に、今度はこちらが呆気に取られてしまう。
突如私の前に現れたのは、私に向かって深々と頭を下げた、いじめっ子の篠崎秋那本人だった。




