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非日常の終幕

 四日後。きっとまた、イヨとカヨからの栗のプレゼントがしばらく続くのだろうと思っていた。どうやって二匹からのプレゼントを止めさせるべきか。この四日間、ずっと打開策を考えていた。

 だが……二匹からのプレゼントは、金曜日を最後に音沙汰が無くなってしまったのだ。昨日も今日も部屋の前に栗が置かれていることは無く、これまで通りの日常へとすっかり戻ってしまった。もちろんそれを望んでいたことは事実だが、何の解決もせずに音沙汰が無くなってしまうのは、これまた心配になるのも事実。一体あの二匹はどうなってしまったのか、行方は謎のままだ。






 水曜日の、三限終わり。今日はこの時間で受けている講義は終わりなので、あとはこのまま家へ帰るのみだ。


 ――あー、そうだ。そろそろこの間まで見てたドラマのディスク返しに行かなくちゃなぁ……。まぁポストに入れるだけだからそんなに手間は無いけど、行くのがなぁ……面倒なんだよなぁ……。


 そんなことをぼんやりと思い浮かべながら、大学の駐輪場へと向かう。自転車に鍵をさし込んでからサドルに跨ると、そのまま自転車を走らせようとした。……そのときだった。


「んあ?」


 ふと、ポケットに入れておいたスマホが震えたような気がする。あまりのタイミングの悪さに嫌気が差しながらも、一度自転車を止めてからスマホを取り出した。


 ――あれ、本城さんからだ。珍しい。


 珍しく彼女から、一件のメッセージが届いていた。その内容は「今日ってもう講義終わりですか?」というものだった。その言葉の意図を不思議に思いながらも、メッセージに返信する。


「うん、今から帰るところ。どうしたの?」


「いやほら、お昼にあのワンちゃん達が来なくなったって言ってたじゃないですか。私も今日は帰りなので、せっかくだからまた先輩の家に行こうかなと思って。大丈夫ですか?」


 ――あぁ……ホントはすぐ返しに行ってから寝たかったんだけど。まいっか、その後返しに行けば。


「大丈夫だけど……そこまで付き合ってもらっていいの?」


「だって、乗り掛かった船ですもん。ここまで付き合ったんですから、最後まで付き合いますよ」


「マジで?」


 まさか、あの本城さんが。ここまで言ってくれるようになるとは、一昔前から見れば夢のようだ。そんな彼女を断る理由は無いし、ここはありがたく付き合ってもらおう。


「ありがとう。じゃあ、俺ん家で合流しようか。俺もなるべく急ぐから」


「分かりました、じゃあまた後で」


 そこで一旦、二人の会話は途切れた。


 ――まぁ、来てくれるのはありがたいんだけど……。何か手掛かりでも見つかればいいんだけどなぁ。


 スマホを再びポケットへ仕舞い、自転車のペダルに足を置く。あまり気乗りしないぼんやりとした気持ちを乗せて、俺は自転車を漕ぎ出した。



 ◇ ◇ ◇



 大学から自転車を走らせて約四十分。ようやくアパートの近くまでやってきた。毎度のことながら、自転車一本で四十分も漕ぎ続けるのは、いくらマラソンで上位を取り続けていたとしてもなかなかに辛い。


 ――あー帰ってきた。本城さんいるかな……。


 家の前にいるのか、はたまたまだ着いていないのか。一度家の前を確認してから、連絡してみたほうがいいだろう。


 ――まぁ、つったって多分自転車のほうが早いだろうし、いないとは思うんだけど……。


 自転車に乗りながら、いつもの曲がり角を右に曲がる。ようやく住宅地の中へと入り、自分が住むアパートが見えてきた。駐輪場に自転車を止めるべく、自転車から降りてハンドルを握りながら引いて歩く。


 ――さて、じゃあ取り敢えず自転車止めて……って。


「え?」


 アパート前の駐輪場へとたどり着いたとき、目の前の光景に思わず声が漏れてしまった。途端に手の力が緩んだせいで、駐輪場の柱に自転車のペダルを思いっきりぶつけてしまう。その場から、ゴーンという鈍い音が響き渡った。


「あっ……むっ、村木先輩!」


 俺の予想とは裏腹に、早くも俺の部屋の前にいた本城さんが、その音に気付いて声をかけてくる。……しかし、その様子は少し焦っていた。


「あ、うん……。えっと……その方は?」


 彼女に向けて、最高最大の疑問を投げつける。

 彼女の隣には、俺の知らない一人のおばあちゃんが立っていたのだ。そしてその隣には、あのワンちゃん達――イヨとカヨの二匹が、舌を出しながら立っていた。


「あー、えっとー……。と、とにかく、この人です! この人! ね!?」


「……え、なに?」


「おぉ、そうかい。なかなかカッコいい彼氏じゃないかい」


「か、彼氏なんかじゃないです! ただの友達です!」


 見知らぬおばあちゃんは俺を見るなり、突然そんなことを言ってみせる。すかさず本城さんが、おばあちゃんに向けて思いっきり否定してみせた。


「ひっへへ。いいねぇ、若いねぇ。羨ましいこった」


 しかし、そんな叫びももろともせずにおばあちゃんは、楽しそうに肩を揺らして笑ってみせた。


 ――うわぁ……なんかこれ、デジャブ……?


 少し前にも、なんだか似たようなことがあったような気がする。こうも運命の悪戯とは、偶然に偶然を作ってしまうものなのだろうか。

 それでは、今回も言わせていただこう。……あの、これってどういう状況?






「それで、おばあちゃんがこの二匹のことを預かってくれたんですか」


 おばあちゃんの隣で寝転ぶ二匹を見つめながら、俺は彼女へ告げた。

 どうやら彼女は五日前、この辺りを散歩している最中に、この二匹のことを見つけたらしい。


「そうだい。なんかこいつら、揃って栗咥えてるもんだからさ。珍しい犬っころもいるもんだと思って、撫でてやったのさ。そしたらなかなかに人懐っこくてねぇ。首輪も付けてねぇし、結局家まで付いてきちまったから、家族で相談してしばらくウチで預かることにしたのさ」


「そうだったんですね……どうりで最近見ないと思ってたので、安心しました」


 もしかしたら……と最悪の事態も考えていたところだったので、二匹とも無事で安心した。特に弱っている様子もなく、ちゃんとご飯も貰っているみたいだ。


「なんだい、こいつらあんたらの犬っころか?」


「あ、いえ。そうではないんですけど……。うーん、話せば長くなるといいますか……」


「んだぁ、よぐわがんねぇなぁ。まぁいいわ、取り敢えずこいつらはあんたらに返せばいいんだべ?」


「それは……えっと……」


 はて、どうしたものか。ちゃんと話したほうがいいのだろうが、この様子じゃ恐らく、長話を全部聞いてくれるようなタイプではないようだ。

 かと言って、ここで引き取ればまたこの子達は野良犬生活となる。それをまたおばあちゃんが見つければ、色々と面倒くさいことになりそうだ。


 ――さっきこのおばあちゃん、数日間家で預かってたって言ってたよな。一番いいのは、そのまま引き取ってもらえればありがたいんだけど……。


 おばあちゃんの家庭が、一体どんな環境なのかは分からない。だが、数日間預かるということは、飼うことも可能だということだろう。ここは一か八か、お願いしてみるか……。






「あの、おばあ……」


「あ、あの! 一つ、お願いしたいんですけど」


 ふと、俺が声を出すのとほぼ同時で、本城さんが口を挟んだ。突然の出来事に驚いたが、ここは一旦本城さんに任せてみよう。


「もしよかったら……も、もし大丈夫だったらなんですけど、このワンちゃん二匹のこと、引き取ってはくれませんか?」


「あぁ? ウチでか?」


 まさかそんなことを言われるとは思っていなかったようで、おばあちゃんが少し顔をしかめた。


「は、はい。無理なお願いなのは分かってます。でもその、この子達は野良犬で、ずっと何年もこの辺で暮らしてて、人と仲良くなろうとしながらも色々あってそれが出来なくて。だから、えっと……」


 本城さんはそこまで言うと、言葉を詰まらせてしまった。どうやらそこで、頭が真っ白になってしまったようだ。仕方ない、ここは助け舟を出してやろう。


「おばあちゃん、よければ俺からもお願いします。預かっていたということは、不可能ではないということなんですよね? この子達、ずっと飼い主を探しているんです。突然で申し訳ないですが、お願いできませんか?」


「うーん、飼い主をねぇ」


 彼女に続いて、俺からもおばあちゃんにお願いする。半ば納得のいっていない様子だが、すぐに否定する気もないようで、おばあちゃんは少しの間考え込んでいた。


「そうだねぇ。この子達が来てから、ウチの孫娘が『飼いたい飼いたい』ってうるさくてねぇ。息子の嫁がダメだって言っても聞かなくて、困ってたところなんだよ。こいつらも人懐っこいだろ? すぐ孫に懐いちゃって、今日もやっと離して散歩に出してきたところなんだよ」


「あー、そうだったんですか……」


「ま、家が賑やかになるからいいんだけどな。あんたらの事情はよくわがんねぇけど、一先ず息子の嫁と相談してみっぺさ」


「っ! ホントですか!? ありがとうございます!!」


 どうやら本気で嬉しかったようで、おばあちゃんが告げた途端、本城さんは頭を下げた。それに続けて、俺も頭を下げる。


「……ところで、こいつら名前はあんのけ? わがんねぇから、一先ずウチではチビって呼んでたんだけどよ」


「あぁ、名前ですか。えっと、こっちの子がオスのイヨで、こっちがメスのカヨっていいます。一見見分けづらいんですけど、少し大きいほうが……」


 よほどおばあちゃんの言葉が嬉しかったのか、俺に代わって本城さんが二匹の説明をし始める。

 ……ふと、そんな本城さんの横顔はなんだか――いつも俺と話すときよりも、なんだか嬉しそうに見えた。






「あの二匹の飼い主になってくれたらいいですね、あのおばあちゃん」


 おばあちゃんと二匹の背中を見送ってから、俺の部屋の中に二人で入った。机に向かい合って座りながら、本城さんが告げる。


「そうだね……。もし飼ってくれるってなったら、河辺さんにも教えてあげないといけないね。きっと愛佳ちゃんも会いたいだろうから」


「えぇ、そうですね」


「……ところでさ、本城さん。俺一つ思ったことがあったんだけど、いいかな」


「? なんですか?」


 そう言って、彼女が首を傾げた。


「いやあの、あんな風にお願いするんだったらさ。本城さんが飼ってもよかったんじゃないかなって。確か本城さんのところって、ペットOKだったよね?」


「あー……それですか」


 痛いところをつかれたと言わんばかりに、彼女が苦い顔をする。言いづらそうにしながらも、渋々その口を開く。


「その……この間の夏休みに、野良犬に襲われたことがあったじゃないですか。恥ずかしい話なんですけど……あれ以来、犬を見ると怖くなっちゃって近付けないんです」


「え、そうだったの!?」


 意外だ。本城さんがまさかあの出来事がきっかけで、犬が怖くなるだなんて。彼女はてっきり、動物は大好きなものだと思っていた。


「外で散歩中の犬を見るだけでも、怖くなっちゃうんですよ。なので、飼ってあげたい気持ちはありましたけど、多分無理だろうなと思って……」


「言われてみれば確かに、あの二匹のことを撫でるとか全然そんなことしてなかったよね。そっか、そうだったんだ……。それなのにわざわざ、今回付き合ってくれてたの?」


「まぁ……。確かにあの子達に近付くのは怖かったですけど、何も悪くはないですからね。そんなのは私の勝手な事情ですし、最後まで付き合わないと気持ち悪かったので、ここまで付き合ってあげただけですよ」


「そっか……ごめんね、わざわざ」


「いいって言ってるじゃないですか。気にしないでくださいよ」


「うん……」


 そうは言われても、気にするものは気にしてしまう。どうしてそんなことを気付いてあげられなかったのだろうとか、ここまで付き合わせてしまって申し訳ないだとか、色々と考えてしまうのだから仕方がない。






「……先輩?」


 彼女が俺の顔を見て、不思議そうに突然呟く。


「どうしたんですか、その顔。なんだからしくないです」


「え、なにその顔って。俺なんか、変な顔してた?」


「変な顔というか……その……」


 そう言って、しばらく何かを考え込んだのちに一言「いえ、やっぱりなんでもないです。気にしないでください」と告げてみせる。一体何を言いたかったのか、俺には全く分からない。


「なんだよそれ、気になるじゃん」


「いいんですよ、別に。あ、それよりそうだ。先輩に、聞いてみたいことがあったんです。一つ、聞いてみてもいいですか?」


 両手をポンとさせて、適当に誤魔化そうとしてみせた。


「えー……。まぁいいけどさ」


 彼女が何を思ったのかが気になるが、どうせ追及しても教えてくれないだろう。ここは大人しく、彼女の聞きたいことについて話をさせてあげよう。


「じゃあ聞きますね。……河辺さんの、ご両親のことです」


「うん? それがどうしたの?」


「……先輩はあの話を聞いて、どう思いましたか? 自分ならどうするだとか、そういう率直な意見を聞いてみたいです」


「率直な意見ねぇ。うーん、そうだな……」


 彼女に問われて、改めて河辺さんの話を思い返す。

 正直なところ、もう既に四日前の出来事なのであやふやな部分も多少ある。それでもあの時、ハッキリと感じていたことが一つだけあった。


「……引かない?」


「引かないって、今更なに言ってるんですか。これまで何回ドン引かれてきたと思ってるんです?」


「えぇ、そんなに引いてた……?」


「当たり前じゃないですか。だから、なんでもいいから早く言ってください」


「うぅ……。分かった、言うよ。……俺だったらさ……」


 半ば気恥ずかしさも感じながら、俺の本音を彼女に告げる。そんな俺の言葉を、彼女は先程言った通り全くドン引く様子も無く聞いていた。

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