マロンハラスメント
――栗? なんで俺の部屋の前にわざとらしく置かれてるんだ?
俺の部屋の前にポツリと置かれた、茶色い二つの栗。それらはバラバラではなく、綺麗に二つ揃えて並べられていた。
――こんなこと、自然に起こったとは考えづらいよなぁ……。
まさかとは思うが、何かの拍子で偶々イガが取れた栗が風で転がってきては、偶々俺の部屋の前に二つ揃って止まった、なんてスーパーミラクルが起きたとは考えづらい。というか、もしそうだとしたら今すぐ宝くじを買いに行きたいところだ。
――となると、やっぱり誰かの仕業だよな……。
周囲を見渡してみても他に栗が落ちているわけでもなく、ここに一つではなく二つの栗が揃って並べられていることが最大の理由である。要するに、誰かが意図的に俺の部屋の前へこの二つの栗を置いた可能性が高い。
――つったって、誰が? それに、なんで栗?
分からない。どうしてわざわざ俺の家の前に、栗を置く必要があったのだろう。昨日こそ部屋の前に変なものが置かれていたせいで、余計に意図が見えてこない。
――いや待て、そもそもどっちかが偶々で、どっちかが人為的な可能性だってあるのか。もしくは、両方が別々の人からされた可能性も……って、それだとどんだけ俺って人に恨み買われてるんだって話になるけど。
特段誰かに忌み嫌われたり、仲違いをした覚えはない。俺自身にそんな覚えは無いが、可能性としては捨て切れないだろう。
万が一のことを考えると、一応は警戒しておいたほうがいいのかもしれない。しばらくは様子を見ながら、生活するようにしたほうがいい。
――とにかく、安易に一つの話と考えるのは危ないよな。全部偶々かもしれないんだし、今はあんまり深く考えるのはやめとこ。
ひとまず、このことは一旦置いておこう。この栗も一見害は無さそうだが、何かが仕込まれていても不思議ではない。何らかの証拠にもなるだろうし、これは回収しておくのがベストだろう。
もうこれ以上、謎の出来事が起こらないことを期待して、俺は自分の部屋へと入った。
◇ ◇ ◇
「……で。今日の朝も家の前に栗が置いてあったと?」
目の前に座る本城さんが、意味が分からないという顔で呟く。
「そうなんだよ。もうワケ分かんなくてさ。おまけに昨日は二個だったのに、今朝は三個も置かれてて」
そう告げ終わると同時に、はぁっと大きなため息を吐く。
今朝家を出ようとしたとき、またも部屋の前には綺麗に揃えられた栗が置かれていた。しかも今回は、二つではなく三つだ。一旦誰がこんなことをしているのか、もはや答えの出しようがない。
「何かのフンに続いて、今度は栗が二連続ですか。益々現実味が無くなってきましたね」
「ホントだよ。明らかに人為的だったし、誰かがわざと俺の部屋の前に置いてるとしか思えないよね」
「かと言って、どうして栗なんでしょうか。最初のフンなら確実に嫌がらせとして置いたんでしょうが、そこでわざわざ栗をチョイスした意味が分かりませんね」
「そこなんだよなぁ……」
そう、そこが今回一番の悩みどころだ。嫌がらせにしては、一番最初のモノからランクダウンしているし、人によっては喜んでしまう人もいるだろう。そんな中途半端な栗というチョイスの意図が、全く以って見えてこない。
「食べるとしても調理しなきゃいけないし、もし何かを仕込んでるなら、よっぽどじゃなきゃ中身がバレる気がするんだけど」
「もしそうだとしたら、まさに先輩と類友って感じですかね」
「類友? ……まさか『類は友を呼ぶ』って言いたいの?」
「おー、よく分りましたね。花丸をあげましょう」
「やかましいわ。バカにすんなっての」
俺が言うと彼女は、悪戯が見事成功した子供のようにくしゃっと笑ってみせた。そんな楽しそうな彼女の笑顔に、なんとも言えずにただただため息を吐く。
「でもそうじゃなくてもさ。昨日は二個だったのに、今日は三個っていうのも気掛かりだよね」
このままだと話が脱線しそうなので、話題を変えて路線を戻す。
「ですね。どうしてその必要があったのかっていうのも、よく分からないです」
「……もしかしたらこれって、何かのカウントダウンだったりして」
「カウントダウンなのに、数増やしてどうするんですか。それに一じゃなくて、二からスタートするカウントなんて見たことないです」
「だよなぁ……」
流石に二から三に増えただけでカウントダウンだと考えるのは安直過ぎたか。だとすると、どう考えるべきだろう。
「例えば、先輩にたくさん栗を食べてもらって、栗好きになってもらおうという誰かの企みとか?」
何かを思いついたように本城さんが呟く。
「いやいや、それこそどういう企みだよ」
「アレですね、いわゆる栗ハラスメント……いや、マロンハラスメントですよ」
「……略してマロハラ?」
「そう、それです……。ふふっ、マロンハラスメントって何……?」
「いや、自分で笑うなよ」
ジワジワと笑う本城さんにつられて、見ているこっちも笑いがこみ上げてきた。“マロンハラスメント”という何とも言えないパワーワードに、二人して笑ってしまった。
「意味分かんないって。そもそも俺、元から栗好きだし」
「ん。先輩、栗好きなんですか?」
ふと、落ち着きを取り戻した本城さんが尋ねてくる。
「うん、そうだよ。実家にいた時とか、よく母さんが栗ご飯を作ってくれたりしてたんだよね」
「へぇ……なんか意外。村木先輩って、栗好きなイメージ全然無いです」
「まぁ、栗が好きって人もあんまり見ないからなぁ。取れるのもこの時期くらいだし、結構珍しいのかもね」
「でも私も前の家にいた時、よくクソジジイと栗ご飯とか作ってましたよ」
「お。おじいちゃんと? 本城さんも栗好きなの?」
久しぶりに彼女の口から出てきたクソジジイこと、彼女のもう一人のおじいちゃん――通称海のおじいちゃんとの話題に、思わず興味を惹かれてしまう。
「嫌いではないですが……まぁ普通です。私よりも、クソジジイのほうが好きでしたね。まぁあの人は栗好きというよりも、単にお酒のおつまみとして食べる甘栗と、栗ご飯が好きなだけでしたけど。スイーツとか甘いものは、てんでダメでしたから」
「あー、そうなんだね」
「ホント……二人しか家にいないってのに、知り合いから毎年大量に栗を貰ってくるんですよ。おかげで処理するのが大変でした。ずっと甘栗と栗ご飯だと飽きるし、レシピ調べてスイーツ作ってみても私しか食べないし……」
「あはは……」
両腕を組んで、なんだか気難しそうに話してみせる。どうやら以前から聞いているように、よっぽど彼へは根に持っているらしい。
「まったく、これこそまさに“マロンハラスメント”ですね。今度あの人のこと訴えてみようかな」
「それで訴えて、通っただけでも世界的ニュースになる気がするよ……」
「はぁ。……もうやめましょうか、この話。なんかイライラしてきました」
「あ、うん。そうだね……戻そうか」
そう告げると、手元にあったカフェオレのペットボトルを手に取りガブ飲みしてみせた。この様子だと、これ以上続けると俺にまで被害が及びそうなので、彼女の言う通り話題を変えておこう。
「えっと……なんで栗を置かれているのかって話だっけ?」
「そうですね、そんな話です」
「そっか。とは言っても、結局分からないからなぁ……」
「何か、手掛かりみたいなのは無いんですか? 例えばその周りに、何かが落ちてたとか」
「んー、それがあんまりまだ探してなくてさ。昨日はもう一度何かあったら探せばいいやって深追いしなかったし、今朝は時間が無かったから……」
「そうですか……」
そう言うと彼女は、右手の握り拳を口元に添えて「うーん」と唸ってみせる。その顔はいつもの冗談ではなく、まさしく真剣な表情だ。
「村木先輩。今日ってバイトはお休みの日でしたよね?」
「え? あぁ、そうだね。金曜日だし、今日明日って休みだけど」
「だったらちょっと、放課後二人で探してみません? どうせ明日はお休みだし、多少帰りが遅くなっても私は大丈夫なので」
「え、いいの? でも俺、今日は四限まで講義入ってるんだけど」
「構いませんよ。私は三限までですけど、どうせバスなんで時間掛かりますから。先輩が帰ってくるまで、適当に周りを探しておきます」
「マジで……?」
まさかあの本城さんが、ここまで言ってくれるとは。出会った当初はアレだけ嫌われていたというのに、いつの間にか友達としてここまで距離が縮まっていたらしい。
――なんか、変な気分ではあるけど……まぁ嬉しくはあるよな。
一体何が彼女をそうさせたのかは分からない。だがとにもかくにも、友達の俺としてはとても嬉しい限りだ。
「そっか……じゃあ、お言葉に甘えて。ごめんね、ありがとう」
「いえ、気にしないでください。私が個人的にそうしたいと思っただけなので」
「うん。……あ、じゃあ家の鍵渡しておくよ。適当に部屋の中に荷物置いてもらって構わないから」
ポケットの中から、野球ボールのストラップが付いた家の鍵を取り出して、それを本城さんへと手渡そうとする。
「え、いいんですか? そんなことしたら、もしかしたら部屋の中漁られるかもしれませんよ?」
それを見た彼女が、「本当にいいのか?」という顔でこちらを見つめてきた。
「まさか。本城さんはそんなことしないでしょ。ちゃんと信頼してるから渡すんだよ。そうじゃなかったら、こんなこと言わないよ」
「っ……。あー、もう。村木先輩って、やっぱりそういうところありますよね。やだやだ」
「え、何?」
本城さんは一瞬だけ目を丸くさせると、やれやれと呆れては体を横に向けてしまった。どうして急にそんなことを言われてしまうのか、俺には全く分からない。
「『え、何?』じゃないですよ。そうやって、数々の女を陥れてきたんだろうなぁって思っただけです」
「はぁ……? 何、突然。意味分かんないけど」
「分かんなくて結構ですよ、もう。逆にその極めて鈍感なところは、女から嫌われる一番の原因なんでしょうけどね」
「さっきから何言ってんだ……?」
「なんでもないですよ。ただの独り言です。……まぁ、鍵はありがたく受け取っておきます。先輩が帰ってきたら返しますね」
そう言うと、ようやく彼女は俺から家の鍵を受け取った。それを、ズボンのポケットへと入れる。
「さて、そろそろ行きましょうか。もうすぐ時間ですよ」
机の上のゴミをまとめながら、彼女が立ち上がる。自分の腕時計を見てみると、確かに時計は三限目開始の十分前を指していた。
「お、ホントだ。そろそろ行こうか」
「それじゃあ、私は行きますね。また後で」
「うん、また後で。わざわざありがとうね」
立ち去ろうとする彼女へ告げる。するとピタッと歩みを止め、改めてこちらを向いた。
「それさっきも言いましたけど、別に私がそうしたいからしてるだけですから。お礼を言われるようなことは、何もしてませんよ」
「そう? それでも嬉しかったから、俺は言ったんだけど」
「……まぁ、なら良かったです。とにかく、鍵は預かりましたから。……先輩がいない間、ついでにエロ本でも探しておきますね」
「おいおい、そんなの俺持ってなんか……あ」
大丈夫、そんなものは一冊も持ってなんかいない。……そう思った矢先、突如先日のあのやり取りが脳裏へ蘇ってくる。
――あれ、そういえば俺この間黒澤から……。
その瞬間、ゾクリと凍るような寒気が背筋を走った。
「あ、ちょ、いや、待って……!」
咄嗟に彼女を止めようと、待てと右手を出して声を上げる。しかし彼女はそんな俺を見て、ニヤニヤしながら手を振ると、逃げるように立ち去ってしまった。同時に、ドッと冷や汗が噴き出てくる。
――マズい、この間黒澤から強引に借りさせられた同人誌、ちゃんと隠してあったよな? ……あれ、隠したっけ? あ、普通に引き出しの中に入れただけのような気もする。……どっちだっけ、忘れた。
やらかした。ただその一言に尽きる。あんな刺激物のような本を彼女に見られでもしたら、ひとたまりも無い。俺の性癖でも何でもないものを好みとして勘違いされてしまったら、今後一生バカにされ続けてしまうだろう。そんなこと、考えただけで寒気がする。
どうか俺が家へ着くまで、エロ本が見つかりませんように。不本意に渡されたエロ本で、勝手に俺のイメージを決めつけられませんように……。そんなことを、彼女の通った道をぼんやりと見つめながら祈る。
その後。家へ帰宅するまでの間、黒澤から不本意に渡された同人誌のことで、ずっと頭がいっぱいだったことは言うまでもない。




