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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.10 演劇の味を噛みしめて
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食べず嫌いの理由(1)

 次の日。今日は水曜日なので、いつものように本城さんと二人でお昼ご飯を食べられる日だ。

 二限目の講義が終わったと同時に、俺はいつもの場所を目指して教室を出た。


 ――そういえば、俺達ってなんで一緒に昼飯食べるようになったんだっけ。


 廊下を歩きながら、ポツリとそんな疑問が浮かぶ。

 初めは単純に、俺が彼女をサークルへ誘っては断られるだけの、友達とは程遠い関係だった。それが今では、偶に二人で休日に会うような間柄だ。


 ――確か最初は、本城さんから食べようって言ってきたんだったよな……?



『その、今度から、そっちの席でお昼食べませんか? 今のままじゃ、話づらいし』



 ――……なんであの時、本城さんは俺と一緒に昼飯食べようって思ったんだろ。


 それ以前はアレほど俺のことを虫のように突っぱねていたのに、一体何を思ったのだろう。

 そうなるような特別な出来事は無かったはずだし、だからと言ってあの本城さんが簡単に折れただけとも考え辛い。


 ――それ以前に、わざわざ連絡先交換しようだなんて思わないだろうし……。



『じゃあこうしましょう。今、雨降ってるじゃないですか。そのままじゃずぶ濡れになっちゃいますし、そこにある傘をお貸しします。ただその代わり、何か私にお返ししてください。だからその連絡を取るために、連絡先を交換しましょう。……それなら、いいですよね?』



 ――あの時だって、傘を貸すだけでよかったはずなのに。どうしてわざわざ、連絡先を交換しようと思ったんだろ。


 ダメだ、分からない。俺には女の子が、陰キャが、本城さんが、何を考えているのかいくら悩んでも分からない。一体どんな感情を持って、彼女は俺のことを友達だと言っているのだろう。……何故友達になろうと思ったのだろう。

 またその逆も然りだ。どうして俺はこんなにも、本城さんのことに必死なのだろう。初めはサークルへ誘うためだけに会っていたはずなのに、どうして今はこんなにも彼女のことで胸が痛んでしまうのだろう。……何故サークルへ誘おうと、あんなにも必死になったのだろうか。


 ――俺は……俺にとって、本城さんは……。


 彼女は()()であって、()()ではない。そんなことは、自分が一番よく分かっている。分かっているはずなのだ。それなのに――。


「……急ぐか」


 周囲を歩く人々に聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな呟きを、ポツリと産み落とす。

 今日もきっと、彼女はあの場所にいるのだろう。少しでも長く話すためにも、俺は早歩きで構内を進んだ。






「いたいた、本城さん」


 人気の少ない学食の隅っこ。数人用の四角いテーブルの一角に、彼女は今日も座っていた。

 一体何を考えているのか全く分からないような表情で、片手に食べ掛けのハンバーガーを持ちながら、いつものようにスマホをいじっている。そんな彼女に、今日も今日とて声を掛けた。……が。


「……あの、本城さん?」


 どうしたのだろう? 彼女へ声を掛けても、こちらに気付くことなく微動だにしない。まるで俺の存在が、空気になってしまったかのような。


 ――なんだこれ、前にも似たようなことがあった気がするぞ? ……俺が鳥頭だからって、同じ手口を使ってるのかこいつ?


 例えそうなのだとしたら、今日はその手には乗らない。目の前の椅子に座りながら、嫌味の如く彼女へ呼び掛けてやった。


「おーい、本城さーん? 今日はイヤホンしてないくせに、なんでシカトしてるのかなぁー?」


 すると彼女は、わざとらしく今の一言で気付いたような素振りを見せた。


「あら、先輩じゃないですか。奇遇ですね」


 同時に、長い髪を艶めかしく右耳に掛けてみせる。


「何言ってんだか。これが奇遇だと思うなら、きっとそれは記憶喪失か何かだよ」


「そうでしょうか? じゃあもしかしたら、私は記憶喪失なのかもしれませんね」


「よく言うよ……どうせ前にやったことをもう一回やってやろうって魂胆(こんたん)だろ?」


「あら、よく覚えてるじゃないですか。鳥頭のくせに」


「……怒るぞ?」


「どうぞ。こんな学食で怒れるのならば」


「……昼飯買ってくる」


「行ってらっしゃいです」


 まるで悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、スマホを持った手を振ってみせる。何か一言言ってやりたいところだが、俺にはそんな語彙力も気力も無い。

 渋々椅子から立ち上がると、俺はいつものハンバーガーを買うために、学食のカウンターへと向かった。






 いつもの学食、いつもの席で、いつものハンバーガーを片手に、いつものように本城さんと二人の状況。

 いつもならここで、くだらない話題をどちらかが投げて、それについて語り合うのだろう。それを三、四十分続けるという時間を、行為を、空間を、今まで何度も繰り返してきた。


 だが今日は違う。今日は、そんな“いつも通り”を貫くつもりは無い。俺だって本当ならば、何事も無い平和な時間を繰り返したいとも思う。

 けれど――そんな“いつも通り”を繰り返せば繰り返すほど、開けずに閉じたままになった扉は錆びて朽ちていく。それをお互い見ないフリして、その錆の落とし方を忘れてしまう。そしていつしか、存在すらをも忘れてしまうだろう。

 そんな一生開かない扉に見向きもしないまま、お互いにそれを察し合って生きていくだけの関係。……俺は、そんな関係にはなりたくない。

 知りたいのだ、彼女のことが。先輩として、友達として、そして村木実として、どうしても。


「……先輩? 食べないんですか?」


 椅子に座ったままずっと、ボーっとしていた俺を不信に思ったのか、本城さんがこちらを覗いてきた。


「あ、うん。ちょっとね。……本城さん」


 目の前の彼女に呼び掛ける。彼女は無言のままこちらを向いて、俺の言葉を待っていた。


「その……今日はさ、聞きたいことがあるんだ」


「聞きたいこと?」


「うん。単刀直入に言ってもいいかな?」


「? なんですか?」


 不思議そうに首を傾げながら、ハンバーガーの包みをめくる。――そして、ハンバーガーを咥えようとしていた手が、その瞬間静止した。


「……聞いたんだ、君のこと。――君の、お母さんのことも」


「っ……!?」


 彼女の口から、短い声のようなものが発せられる。

 まるで静止画のようにピクリとも動かなくなった彼女に、俺は言葉を続けた。


「昔、よく演劇館で舞台をやってた劇団ACT(アクト)の三代目リーダー、本城理依さん。……君の、お母さんのことだよね?」


「……どこで、聞いたんですか」


 まるで駆動部分が錆びてしまった人形のように、そっと腕を下ろしながら彼女が問う。同時に視線も次第に落ち、前髪が垂れてこちらからは表情が見えなくなってしまった。


「美味丸の桐野さんから。ちょうど昨日のお昼に、一人で食べに行ったんだ。そこで、偶々その話になってね」


「……だから、嫌だったんですよ。あそこに行くのは。あのおじさん、昔からお母さんと知り合いみたいだったから」


 小さく掠れた声で彼女が呟く。その言葉の意味も、以前美味丸へ行くことを拒んでいたことも、今の俺ならハッキリと分かる。


「そうだったんだね、ごめん。でも、聞いちゃったからにはどうしようもなくて。……詳しいことは、本城さんから直接聞いたほうがいいって言われて、そのくらいしか桐野さんからは聞けなかったんだ」


「そう、ですか……」


 そう短く言うと、彼女はそれきり黙り込んでしまった。どうやらまだ、だいぶ動揺しているみたいだ。

 だからと言って、今はこちらから急かすわけにもいかない。俺は彼女が口を開いてくれるまで、しばらくの間待っていた。






「……話さなきゃ、ダメですか?」


 数分ほど静寂が続いたのち、とうとう手の中にあったハンバーガーを机に置いて彼女が問うた。


「そりゃあ、聞きたいよ。本城さんのお母さんが劇団のリーダーだったってことは、きっと本城さんも昔は演劇に色々関わってたんだろうしね。


 けど……前にも言ったけど、それは話したくなったらで構わない。無理に追及する気も無いし、なんだったら話さなくてもいい」


「……先輩は、何を考えているんですか? どうしてこの話の流れで、聞こうとしないんですか」


 ようやく垂れていた前髪を分けて、彼女の表情が露わになる。その顔はいつにも増して、額にシワが寄っていた。


「え? だって、嫌なことを強引にしろって言われたら嫌でしょ。そんなの、当たり前のことじゃん」


「それはそうですけど……」


「それじゃあ、話す?」


「………」


 そう問い掛けてみると、彼女は見事にだんまりしてしまった。最初から話したくないのなら、素直にそう言えばいいのに。


「でしょ? 別に、無理に話してもらおうとは思ってないよ。だから、本城さんが話したいなって思うタイミングで……」


「いつかは……いつか先輩には、話さなきゃなとは思ってます」


 俺の言葉に被せては、突然彼女がそう告げてみせた。

 その一言からは、不思議と色々な意味がこもっているような気がしてしまって、なんだか複雑な感情を抱いてしまった。


「“俺には”って……どうして俺? 他の人じゃダメなの? 日和ちゃんとかさ」


「あの子は別に、特別演劇に興味があるわけでは無いですから。この話は、先輩みたいに演劇に関わってる人じゃないと、どうしようもないと思うんです。それに……」


「……それに?」


「……()()、先輩には話しておきたいんです。そうじゃないと先輩、いつまでも私の演技が上手いだなんて勘違いし続けちゃうから」


「え、いやいや何言ってんの? 本城さんの演技は、十分上手かったと思うよ。前に何度も言ったけど、本城さんならメインヒロイン役とかだって……」


「ダメなんです、あんな演技じゃ」


 キッパリと言い切ってみせては、こちらから視線を逸らしてしまう。……その表情は今にも泣き出してしまいそうな、とても脆い顔だった。


「何か、本城さんをそう思わせる理由があるの?」


「理由、というか。……約束したんです。お母さんと」


「約束?」


「それなのに、全然その約束を守れなくて……。約束を守れないのに無視してやっちゃうなんて、そんなこと許されるわけ無いじゃないですか。私には、舞台の上で演技をする資格なんて無いんですよ。


 先輩が思ってるほど、私の演技は上手くありませんし、そんな大役が任されるはずが無いんです。無理なんですよ、そんなの。――それ以上はもう、情けなくて今は話したくないです。……すみません」


 そこまで言うと本城さんは、机の上に置いたハンバーガーを再び手に取っては思いっきりかぶりついてみせた。

 食欲が残っていることもあるのだろうが、または「もうこの話は終わりです」という意味も含まれているのだろうか?

 ここで更なる追及をしたって、もう何の意味も無いだろう。この続きは、また時間が経ってからということにして、諦めたほうがお互いのためだ。


「そっか。本城さんがそう言うなら、今はそこまでにしておくよ。でもまた、気が向いたら話してほしい。……いい、かな?」


「……えぇ」


 口元に手を添えながら、彼女はコクリと頷いた。


 ――約束、か……。


 そこまで本城さんの人生に大きく影響を与え続けており、それほどまでに彼女を悩ませているというお母さんとの約束。それは一体、どんな内容なのだろう。

 劇団のリーダーだったお母さんとの約束事だ。その全貌はきっと、全くの赤の他人である俺には想像すらつかないものなのかもしれない。






「分かった。じゃあその話は、今日はもういいよ。でもさ、他にも本城さんに聞いてみたいなってことがあるんだ。いいかな?」


「……話はいいんですけど、先輩。せっかくハンバーガー買ったのに、それもう冷めちゃいますよ? 時間もあんまり無いんですし、食べながら話したらどうですか?」


「え、あっ」


 こちらに指を指しながら、そんな風に指摘をする本城さん。未だに表情こそ硬いものの、やっぱり食欲には勝てないらしく、口元をモグモグさせながら告げてみせた。


「ははっ、なんか変なの。だいぶ前にも、こんな風に本城さんに言われたことがあったよね」


「そうでしたっけ。覚えてませんね」


「お、おやおやぁ? 本城さんにも、俺の鳥頭がうつっちゃったかなぁ?」


「あら、失礼しちゃいますね。私は大事なことはちゃんと覚えてますから。先輩みたいに、大事なことも全て忘れちゃうようなお粗末な頭はしていません」


「ん、待て。それだと俺との会話は、どうでもいいって言ってるのか?」


「当たり前じゃないですか」


「何が当たり前だって? えぇ?」


「さぁ。他の人に聞いてみたらどうでしょうか?」


「……この野郎」


 さっきまで重苦しい会話をしていたくせに、そうやってすぐに人をおちょくりやがって。

 やっぱりこの子が考えることは俺には全く分からないなと、改めて実感した瞬間だった。






「まったく……。まぁいいや。それより、聞きたいことなんだけどさ」


 彼女に指摘された通り、ハンバーガーを一口かぶりつきながら言葉を続ける。


「本城さんはさ。その、お母さんとの約束とか色々あったはずなのに、どうしてサークルの体験入部に来てくれたのさ?」


「……そのことですか。まぁそのくらいなら、先輩には話してもいいかもしれませんね」


 俺と同じように、口元に手を添えながら彼女が言う。


「分かりました。じゃあ、話しますよ。……一応、理由は二つあります」


 そう口にしながら、彼女はいつもとは違い片手で二本の指をこちらに向けて立ててみせた。

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