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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.10 演劇の味を噛みしめて
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世の中は理不尽で溢れている

「にしても、暑いな……」


 大学の後期が始まって、はや一週間が経った。日付も九月下旬となり、そろそろ肌寒さも出てきていい頃合いなのだが……未だに夏の残り香は、町中に漂っているようだ。


「そんなに暑いですか? 陽キャの人って、文字通り暑がりが多いんでしょうか?」


 そんな俺の向かいに座る彼女は、陰キャという文字通り涼しい表情をしてこちらを見つめている。


「いやいや……。どうしてそんな風に長袖を着ていられるのかが不思議だよ。なんでそんなに汗かかないの」


「知りませんよ、そんなの。体質としか言いようがないじゃないですか」


「体質ねぇ……。羨ましい、俺なんか動くとすぐ汗かくのに」


「あー、だからか。だから汗臭かったんですね」


「え、嘘、俺って汗臭い?」


「……実際にじゃなくて、性格がですよ。まぁ、あなたの性格自体は、夏でも冬でも汗臭いんでしょうがね」


「なんだよ……」






 二限が終わったお昼時。いつものように俺達は、いつもの席で昼食を取っていた。お互いの手元には、いつも通りハンバーガーも一緒だ。


「……そういえば先輩。私、ずっと前から思ってたんですけど」


 ゴクンと飲み込むと、本城さんが唐突にそんなことを呟いた。


「何?」


「私も人のこと言えませんけど、先輩って私がいない日も、毎日お昼にはこのハンバーガー食べてるんですか? よく飽きませんよね」


「あー、これ?」


 もう一口かぶりつこうと思っていた手を止めて、改めてハンバーガーを見つめ直す。

 そういえば確かに、気がつけば毎日にようにこのハンバーガーを食べているような気がする。


「まぁ、なんていうか……消去法?」


「消去法? というと?」


「んー、他にもここにはオムライスとかラーメンとかあるけどさ。うーん、良い言葉が思い浮かばないけど、言っちゃえば所詮学食のご飯じゃん?」


「……あの、全然意味が分からないんですけど」


「んーと、だからね? 良くも悪くも、中途半端な味っていうのかな。美味しいけど、同じ値段でもっと良い味を出すお店って、いくらでもあるよねって話。……分かるかな?」


「えっと、つまり……ラーメンを食べるならラーメン屋で食べるし、オムライスを食べるなら洋食屋で食べるよねってことです?」


「そうそう、そういうこと。だから、結局ハンバーガーに落ち着いちゃってるって感じ。ハンバーガーは味の良し悪しというよりは、そのお店独自の味って感じでしょ? そりゃあもちろん、マ○クとかモ○バーガーで食べたほうがいいのかもしれないけど、ラーメンとかに比べて良し悪しの差は出にくいだろうからね」


「ふぅん。先輩にしては、色々考えてるんですね。なんか意外」


「意外とはなんだ、意外とは。俺だって、好きな味も嫌いな味だってあるわ」


「いやだって、先輩陽キャだから。好き嫌いなんて無いのかなぁなんて」


「その偏見は、今までで一番の偏見な気がするぞ……?」


「……冗談ですよ。真に受けないでくださいよ、アホに見えますよ?」


「見えなくても、アホに見てるくせに」


「無論ですね」


「……この野郎」


 そう言うと、ふふんと得意げに微笑みながら、彼女は再びハンバーガーを口にした。

 悔しいが、今の俺には言い返す手立てもなく、泣く泣く同じようにハンバーガーにかぶりつくしか無かった。






「で、そういう本城さんはどうなんだよ?」


 質問に答えてやったのだから、今度はこちらが聞き返す番だ。一体どんな返事がくるのだろうと、ワクワクしながら彼女の言葉を待つ。


「え? そりゃあ、私が陰キャだからですよ」


「……はい?」


 思わず素っ頓狂な声が出る。

 意味が分からない。一体それは、どういう意味なのだろうか。


「あー、そっかぁ。陽キャの先輩には分からないよなぁ……。じゃあ、問題です。どうして陰キャの私は、いつもこの学食で毎回ハンバーガーを頼んでいるのでしょうか」


 本城さんは人差し指を立てながら問いを告げると、回答をどうぞと言わんばかりにこちらに右手を差し出した。

 そんなことをいきなり言われたって、分からないものは分からないのに。


「え、えぇっ!? ……えっと、ラーメンとかオムライスは、陽キャの食べ物だから……?」


「……はぁ。やっぱりダメだこの人、なんにも分かっていませんね」


 するとわざとらしく、右手を額に当ててやれやれとしてみせる。

 そんな風にオーバーに残念がってみせたって、どうせ俺が悔しがる姿が見たいだけなんだ。真に受けるな、受け流せ、俺。


「うるさいなぁ、いいから教えろよ?」


「はいはい、教えます教えます。いいですか?」


 そこで一旦言葉を詰めると、カフェオレのペットボトルを手に取り、一度水分補給をする。相変わらず幸せそうにカフェオレを流し込むと、蓋を閉めながら改めて言葉を続けた。


「あのですね、いちいちお皿を持っていくのが面倒だからですよ」


「……はい?」


 再び素っ頓狂な声が出る。


「考えてみてください。ラーメンやオムライスを食べたら、一度カウンター横に返しに行かなくちゃいけないじゃないですか。そのときには必ずと言っていいほど、中にいるおばさん達と何かしらの言葉を交わさなくちゃいけません」


「……え、うん」


「対してハンバーガーは、紙袋と包み紙を捨てればいいだけじゃないですか。いちいち誰かと言葉を交わす必要が無いんです。そうなったら、もうハンバーガー一択しかないじゃないですか」


「……え、そうだね」


「まぁ別に、ハンバーガー自体は嫌いではないので、全然構わないんですけどね」


「……え、待って。それ嫌なの?」


「嫌ですね」


「本気で言ってる?」


「本気で言ってますが」


「……おま、それはちょっとやべぇって」


 まさか、彼女の陰キャっぷりがそこまでとは思ってもいなかった。だから毎度の如くハンバーガーを選んでいたのだと思うと、色んな意味でゾッとする。


「だから言ってるじゃないですか。私はやべぇ奴なんですって」


「いやいやいや、だからってそこまで行くともう、人間嫌いっていうかなんていうか、対人恐怖症どころの話じゃないよね?」


「何度も言わせないでください。今更遅いんですよ。そんな人と友達になったって、今になって気付いたんですか?」


「そんなこと言われたって、分からないものは分からないんだし……」


 ということはつまり、ご飯を作ってくれた人々にお礼をするのが面倒だということを意味する。それはイコール、感謝の気持ちを抱いていないということなのではないか。そこまでいくと、流石の俺でもフォローはし切れない。


「……まぁ、代わりと言っちゃなんですがね」


 そんな俺の心配をよそに、彼女が最後の一口を放り込んだ。モグモグしながら、言葉を続ける。


「知らぬ間に、常連さんとして顔を覚えられちゃってますよ。だから、その時にお礼とか言ってるんで、多分大丈夫じゃないですかね」


「……あ、顔覚えられてるのね」


「当たり前じゃないですか。何回ここに通ってると思ってるんですか。流石に私だってお店の人達の顔は覚えたし、向こうだって私の顔を覚えるに決まってるじゃないですか」


「あー……うん。あははっ、そうね。それもそうだわ、うん」


 まったく、変な心配をして損した。ちゃんと考えれば、彼女はそんな性格じゃないと分かったはずだろう。

 ただわざわざ相手の元へ行く手間が面倒というだけで、感謝の気持ちを持たないほど彼女は野蛮な性格では無いと、今の俺なら分かるはずなのに。彼女の変な言い回しに、素に反応してしまった。


「さっきなんか、いつも買ってくれるからって五十円負けてくれましたよ。いやぁ、常連ってなってみるもんですね」


「はっ? ……いや待て待て待て。俺だって何度も通ってるのに、そんなことされたこと無いんだけど!?」


「知りませんよ。先輩のほうこそ、ちゃんとお礼伝えてますか? やっぱり陽キャだから、お店と客の関係としか思ってないんじゃないですか?」


「んなこたぁない! ちゃんといつも『ありがとうございます』って言ってるし、軽い世間話とかもしてるはずだぞ!?」


「んー……じゃあやっぱり私が、か弱い乙女だからですかね?」


 いつになくニヤニヤと笑みを浮かべながら、両手を胸の前で合わせて可愛らしく呟いてみせる。

 そんな顔をしたって、俺は納得できないぞ?


「はぁー……世の中って、やっぱり理不尽だ……」


「そうですよ。世の中は、理不尽なことで溢れかえっているんです。先輩が気付いていないだけで、たくさんね。そこんとこ、ちゃんとお勉強しておきましょうね」


「……君に言われると、とてつもなく怒りが湧いてくるんだけど、なんでだろうね」


「さぁ、どうしてでしょうか。分かりませんね」


 そうして彼女は、眠たそうにふわっと大欠伸だ。人の気も知らないで、よくもまぁそんなふうに余裕ぶっていられるものだと思う。






「……まぁでも。冗談じゃなくても、本当に世の中は理不尽なことだらけですからね。あんまり気に病み過ぎると、ホントに心まで病んじゃいますから、気を付けてくださいよ?」


「うん。……ん?」


 ――……本城さん?


 そう告げる彼女の表情は、先程までとは違い真剣そのものだった。それもただ、忠告として言っているわけでは無くて――何か強い憎しみを含んだような、酷く険しい表情をしていた。


「ねぇ本城さん。こんなこと聞くのもアレだけど……何かあった?」


「何かって、なんです?」


 そんな彼女の眉が、左右くっ付きそうなぐらいに急接近する。


「あいや、何も無いならいいんだよ。ごめんね、気にしないで」


「そうですか。ならいいんです、私は大丈夫ですから。……それより、もうそろそろ時間ですよ。先輩も早く食べて、教室行ったほうがいいですよ」


「あ、うん。そうだね……」


 本城さんはそう告げながら、先に荷物をまとめ始めてしまった。どうやら先に、次の教室へ向かってしまうらしい。


「それじゃあ先輩。私、先に行きますね。また明日です」


「うん。……またね」


 お互いに軽く手を振りながら、彼女は足早に学食を出て行ってしまう。

 心做しか、俺から逃げるようにも見えたが、それはきっと気のせいだろう。……というよりも、きっとそうだとそう願いたい。


 ――……まぁ、人間それぞれ色々あるってことだよなぁ……。


 椅子に深く座り込んで、ボーっと天井を見上げる。すると、ちょうど太陽が真上の天窓のところにいたおかげで、急激に目に入る光にビックリして思わず目をつむってしまった。

 早いところ、汗臭いほど理不尽な君の元気も穏やかになってくれることを願うよと心の中で唱えながら、俺はハンガーバーの最後の一口を含んだ。

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