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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.10 演劇の味を噛みしめて
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そのドアをアウトするかインするか

 それから二日後。ようやく水曜日となった今日は、久しぶりに本城さんと昼食を取れる日だ。


 前期の頃は当たり前のように毎日一緒にお昼を食べていたのに、後期ではそれが週三日にまで激減してしまう日々となる。

 彼女とのお昼が日課になってしまった今、残りの二日間はどうやってお昼を食べようか。早めに考えて、慣れておかないといけないだろう。

 どうせ彼女の前で弱音を吐けば、ああだこうだと皮肉を言われるんだ。そんな事態になる前に、早めに考えておかなければ。


 そんな考えを抱きながら、俺は今日もいつもの学食の自動ドアをくぐった。






「……なんですか、その顔。やけに嬉しそうですね」


 俺が席に着いてから数分後。少し遅れてやってきた彼女が、俺の向かいの席に座る。途端、気持ち悪いものを見るかのような目をして、こちらを覗いてきた。


「そんな顔してるか?」


「してますしてます。なんなら鏡でも出しましょうか?」


「……持ってんの?」


「持ってちゃ悪いですか?」


「あいや、そういうわけじゃないけど……」


 俺がそう告げると、「んー」と唸ってから彼女が両手をパンッと叩いた。


「……あ、分かった。“陰キャのくせに、鏡なんて持ってるんだ”って思ったんでしょ?」


「えっ、いやっ」


「ほら、図星だ。顔に書いてありますよ。“意外だな”って」


「あー……そう思っちゃう?」


「思っちゃうも何も、先輩がそう思っちゃってるんでしょ。私はそうかなって思っちゃっただけですよ」


「……いやまぁ、その通りなんだけどさ」


「ほらやっぱり。バレバレなんですよ、まったく」


 両手を腰に当てて、やれやれと彼女が呆れている。

 毎度の如く思うが、やはり俺が分かりやすいというよりは、彼女の勘が鋭すぎるというだけなのではないか?






「で、なんですか? 何か良いことでもあったんです?」


 そんな何も知らない彼女が、俺に理由を訊いてきた。


「いや……やっぱりなんだかんだ言ってても、本城さんとこうしてお昼食べられるのって、やっぱり楽しいなぁって思って」


「……はぁ? 何をまた気持ち悪いことを。落ち着いてください、疲れてるんですか?」


 眉をへの字にして、彼女が苦笑いを浮かべる。

 俺はただ本心を伝えただけなのに、どうしてそこまで言われなくてはいけないのだろうか。


「いやだって、昨日久しぶりに一人で食べたけど、やっぱりつまんなくて……」


「例えそうだったとしても、それは私なんかに言う言葉じゃないでしょう? もっと使うべき相手に、その言葉は使うことをおすすめします」


「そこまで言わなくたって……。そう思ったから俺は言っただけだし……」


「別に思うなとは言いませんよ。思想の自由とも言いますからね。ですが、それを口に出すとなると別です。先輩は陽キャなんだから、私なんかよりもその言葉を言うべき相手がいるんじゃないですか?」


「言うべき相手って言われてもなぁ……」


 そんなことを言われたって、本当に本心から純粋にそう思っただけなのに、どうしてそれを本城さんには言っちゃいけないのだろうか。

 彼女に言って、何かお互いに不自由が生じるわけでも無いのに。……やっぱりこの子の言うことは、俺には全く理解できない。


「はぁ。まぁいいですよ。私、お昼買ってきますから」


「あ、うん……いってらっしゃい」


 そうして、彼女は荷物を置いて学食のカウンターへと向かっていってしまった。再び、その場に一人きりとなる。


 ――使うべき相手って、誰のことだよ。全然意味が分からん。


 陰キャ心と言うべきか、乙女心と言うべきか、はたまた本城さん心と言うべきか。

 どちらにせよ、彼女が考えることを俺が理解できるようになるには、一体あとどのくらい親交を深めればいいのだろうと、そのときの俺は思った。






 そうして、紙袋を片手に彼女が席へと戻ってきた。

 その後は何も変わったことも無く、二人で他愛も無い会話をしながらハンバーガーを食べ始める。


「本城さんはさ、夏休みの間なにしてたの?」


 そんな薄っぺらい質問を投げてしまうほどに、俺達のこの時間はとても些細なものとなっていた。


「私ですか? 特に何もしていませんよ。ほとんど家にいましたし、大体ゲームするか、動画撮るか生放送するか寝るかです」


「……もうちょっと語れるようなエピソードは無いわけ?」


「うるさいですね、他人の過ごし方に文句言わないでくださいよ。デリカシー皆無なんですか?」


「え、えぇ? なんか、ごめん……」


「別に謝らないでくださいよ。それはそれで調子狂います」


「えぇ……」


 ――いや、じゃあ謝らせるなよ。


「……まぁ強いて言えば、この間先輩と美味丸へ行った次の日から三日間、東京に行ってましたね」


「東京? どこかに泊まったの?」


「えぇ。動画仲間の家に、私ともう二人の四人で」


「へぇ、女子会みたいなやつ?」


「そうですね。みんな年齢はバラバラですけど、普通にタメ語で話すくらいの仲です」


「そうなんだ、楽しそうだね」


 そんな簡単な返事とは裏腹に、一つの疑問が頭に浮かんだ。

 女の子、しかも陰キャでネット友達の集まりの女子会は、一体どんなことをするのだろうか。ネットを全く触らない俺にとって、全くの未開拓な領地に住む彼女の普段の姿は、想像すらできないものだった。


 ――とはいえ、どう聞けばいいんだ? 直接聞いたら気持ち悪がられそうだし、どうにか適当に話を流せればいいんだけど……いや、無理か。


 残念だが、俺にはそんなスキルは無い。デリカシースキルが皆無の俺は、仕方なくその疑問を洗練せずにそのまま本城さんへ投げつけた。


「そのさ、本城さんみたいな陰キャの女の子の集まりって、どんなことするの?」


 そんな俺の言葉を聞くや否や、顔を渋らせ彼女がこちらをジッと見つめている。まるで「マジか、あんた」と言わんばかりの表情だ。


「あの、もうちょっと聞き方ってのがあるでしょ。なんですか、陽キャだからって偉そうに」


「あぁ、いや! 別にそんなつもりは無いんだけど……」


「ホントですか? 先輩の様子を見る限り、前に話してから全然改心したようには見えないんですけど」


「う……」


「はぁ。先輩は根っからの陽キャですからねぇ。陰キャの気持ちなんてこれっぽっちも分からない男だし、しょうがないか」


「いやもう、ホントに、ごめんなさい。気を付けます……」


「はいはい、分かりました分かりました。分かったので一旦黙ってください。私のターンです」


「はい……」


 そうして、ハンバーガーをあむっとかじると、口元に手を添えながら彼女が話し始めた。






「そうですね……TRPG(ティーアールピージー)って知ってますか?」


「……何それ」


 またまた聞いたことの無い言葉だ。RPGならまだ意味はよく分からずとも聞き覚えがあるが、それと何が違うのだろうか。


「あぁ、やっぱり知らなかった。流石は陽キャですね」


「バカにしてないで教えてくれ」


「はいはい。翻訳すると、“テーブルトークロールプレイングゲーム”って意味です。どんなゲームかっていうと、自分でキャラクターを作って、そのキャラになり切って他のプレイヤーと話しながら、紙とペンとサイコロとかだけで物語を進めていくゲームなんです」


「……うん? 分かったような、分からないような……」


「んー、こればっかりは口で説明するよりも、実際にやるか動画を見てもらわないと分かりづらいですからねぇ……」


 残り少なくなったハンバーガーを片手に、うーんと唸りながら本城さんが天井を見上げる。

 あの彼女が説明に困るということは、それなりに複雑なゲームなのだろう。あまりよく分からないが、それだけは雰囲気でなんとなく分かった。


「えっと、じゃあ……ポ○モンは流石に知ってますよね? っていうか、知ってくれてなきゃ困るんですけど」


「ポ○モン? まぁ、ゲームは遊んだことないけど、ピ○チュウとかなら」


「あー、違う。その肝心のゲームの部分を知っててほしかったのに……あーもう」


「……えっと、じゃあもうそもそもゲームを遊ばない俺みたいな陽キャには、説明のしようがないということでよろしいですか?」


「そうですね、諦めてください」


「うぃっす……」


 諦めた微笑みを浮かべながら、キッパリと彼女に言われてしまった。

 こればっかりは、俺もどういうものかが分からないし、どうしようもないだろう。ここは大人しく、諦めることにしよう。


「まぁともかく。そのTPRGってゲームがとにかく時間掛かるんですよ。早くても一時間くらいで、長ければ数日掛かります」


「は、何それ。そんなに掛かるの?」


 数日とはまた、どういうことだ。普通にボードゲームを遊ぶだけなら、長くても一時間掛かるか掛からないか程度なのに、それが数日だなんてどれだけビッグスケールなゲームなんだ。


「掛かりますね。だから普段は通話を繋いでやるんですけど、その時はぶっ続けでみんなでやってました。私も先月から始めたばっかりなのであんまり分からない部分も多いですけど、結構面白かったですよ」


「へぇ……まぁ楽しかったのならよかったじゃない」


「えぇ、良い思い出になりましたね。それ以外だとマ○カーとか、ぷ○ぷよとか夜中寝るまでやってたりしましたよ。みんなでピザ食べながら」


「……楽しそうだけど、目が疲れそうだな」


「いや、そうでもない……あー、普段から慣れてないとそうかもしれないですね。私はそんなこと、あんまりありませんが」


「ふぅん……そうなんだ」


 なんだか、俺が普段から楽しいと思ってやっていることとは全く別次元の生活をしている彼女に、改めて圧倒される。

 同じ人間のはずなのに、どうして陽キャと陰キャというだけでこうも生き方が変わってくるのだろう。地球の熱帯と寒帯のように、全く違う文化が栄えているかのような感覚だ。

 彼女はいつもこうして、俺の知らない世界を教えてくれる。そんな彼女の興味深い話は、いつも本当に感慨深い。






「……で。聞くまでもありませんが、先輩はどんな夏休みをお過ごしで?」


 いつの間にか、ハンバーガーの最後の一口をペロリと平らげてしまっていた本城さんが、包み紙をクシャクシャに丸めながら問うた。


「あ、俺? そうだなぁ、先月は本城さんと一緒に出掛けたのと、お盆明けに高校の友達に会ったのと……先月はほとんどバイトとサークルだったからなぁ。本番終わってからは、サークルの友達と何回か映画見に行ったりとかしたくらいかな。あとはずっとバイト」


「へぇ、やっぱり陽キャじゃないですか。……そういえば、海に行ったってこの間言っていましたね」


「あぁ、まぁね。友達の車で海行って、そのあとゲーセンで遊んで、夜は女子と合流してみんなでご飯食べたくらい」


「……その集まり、どうせ陽キャしかいなかったでしょ?」


「えっ……」


 そう告げる彼女の顔を見て、俺はドキリとする。――彼女の顔つきが、一気に暗くなったのだ。まるで刃の鋭いナイフのような鋭い目つきで、こちらを見つめている。

 半年の付き合いの中、初めて見る彼女の表情に、思わず恐怖を覚えた。


「い、いや、どうなんだろ。誰が陽キャで、誰が陰キャなのかは分からないけど……。でも確かに、クラスの何人かは呼ばれてない奴もいた」


「はぁ。……当ててあげましょうか」


「え、当てるって?」


「用事があって来られなかった人は除いて、一度でもそこに呼ばれた人ですよ。大体は先輩の高校三年の時のクラスメイトでしょうが、何故か数人だけ他のクラスの男女も混ざってた。来た人は男子が十人近くで、女子は七、八人くらい。


 逆に呼ばれなかったのは、少しでもそのグループの中にいる誰かが嫌っていたり、疎遠にしたいと思ってる人達。クラスの三分の一くらいは、声すら掛けられてないんじゃないでしょうか」


「っ……だ、大体合ってると思う」


「でしょうね。どこの学校も、スクールカーストは基本こんな感じなんですよ。どうしてクラス分けというのは、上手い具合に陰キャと陽キャを分けるんでしょうね。褒めてあげたいぐらいですよ」


 そう告げると本城さんは、荷物をまとめてその場から立ち上がった。

 もうそんな時間かと腕時計で時間を確認してみる。……いつも解散する時間よりも、十分前を時計の針は指していた。


「あの、本城さん……?」


 その場で立ち上がったまま、ボーっと視線を落としている本城さん。その表情は、未だ暗いままだった。






「……ウチのところもね、集まってたみたいなんですよ。高校の時のクラスメイトで」


「え、そうなんだ? 行かなかったの?」


「……やっぱりバカですね、先輩は。今まで散々話してきたのに、全然理解ができないんだ」


 見たことのない、冷たい視線。ドラマや映画で見るような、世の中に絶望し切ったような悲しい表情だった。


「なっ、なんだよそれ……」


「お呼びじゃないってことですよ。そのくらい、察してください」


「っ……」


 俺の言葉を遮って、彼女が一言言い放つ。その言葉はあまりにも鋭く、一瞬にして俺の甘い考えを切り裂いた。


「……まぁ、呼ばれるわけが無いんですけどね。私なんかが。っていうか、例え呼ばれても行きませんし」


「そうなの……? 少しは会いたいなとか、思ったりしない?」


「するわけないじゃないですか、あんなクズ連中。……寧ろスッキリしましたよ。私はホントに、あのクラスの中では省かれてたんだなって。中途半端に距離を置かれるよりも、嫌われてるって分かったほうがいいじゃないですか」


「それは、そうなのかもしれないけど……」


「先輩はもっと、自分を誇ったほうがいいですよ。そういう集まりに呼ばれるだけ、先輩は求められてるってことなんですから」


「それは……」


 違う。……そう思ったはずなのに、どうにも言葉が思い浮かばない。


 俺だって、高校の友達がいてくれているだけで、それ以上でもそれ以下でもない存在だ。

 俺自身には影響力なんて無いし、言ってしまえば街灯に集まる虫のような存在に過ぎない。そんな俺に、それをどう誇れと言う?


 彼女のほうがよっぽど、人々に求められているはずじゃないか。

 友達の家に集まって、ゲームを楽しんで寝泊りする。バイトとサークルに明け暮れる俺なんかよりもよっぽど楽しそうな日々を送り、のうのうと生活している。

 俺よりも彼女のほうが、人間として優れているのは明らかなはずだ。――明らかなはずなのだ。


「……じゃあ私、早いですけどもう行きますね。また明日です、先輩」


「え、あ……。う、うん」


 俺が返事するよりも前に、彼女は背中を向けて歩き出してしまった。俺の言葉に振り向くことなく、早歩きでその場を立ち去ってしまう。


 ――違うよ、本城さん。陽キャが偉いとか、呼ばれるのを誇るとか、そんなんじゃないんだよ。本当は、君みたいな人のほうがよっぽど、みんなから羨まれるべきなんだ。……俺なんかよりも、よっぽど。


 そんな、なんとも言い難い感情を抱きながら、彼女の姿を見えなくなるまで眺め続ける。






 その時――俺の心の中にはいつの間にか、本城綾乃という人間に対して、激しい劣等感を抱いていることに初めて気が付いた。

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