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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.10 演劇の味を噛みしめて
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再会の味は味噌ラーメン(3)

「ご馳走様でした!」


「あいよ、ありがとうな!」


 俺達が食べ終わった皿を、桐野さんが回収する。すっかり満腹になった俺達――もとい、本城さんはひたすらボーっと俺達二人の会話を聞いているだけだったが、食後の休憩がてらに再び彼との雑談に耽っていた。


「そっかぁ。二人とも大学生なのかぁ、わけぇなぁ」


「あはは……」


 そんな取り留めの無い彼の一言に、なんて返せばいいか分からず適当に笑って返す。


「そうなると、アレだろ? お前ら、まだ夏休みなんだっぺ?」


「そうですね。来週いっぱいで、もうすぐ終わっちゃいますけど」


「はぁー、羨ましいこった。二人とも、遊べるうちに遊んどけ? 社会に出たら友達とも予定が全然合わなくなって、ずっと家で暇つぶし生活になっちまうからな」


「あー、よく言いますね。自分はサークルとバイトをしてるので、なかなか自分の時間って少ないんですけど……。それでも、休みの日なんかはよく友達と遊びに行ったりしてます」


「おー、そうけそうけ。綾乃ちゃんは、どうなんだ?」


「……えっ? 私、ですか?」


 ラーメンを食べ終わった後も、ぼんやりと俺達の会話を聞き続けていた彼女に、突然彼が話題を振った。あまりにも急な無茶ぶりに、彼女が口をあわあわとさせて焦っている。……あ、これアレだ。コミュ障発揮してるやつだ。


「あー、まぁその。よく友達とゲームしてるんだよね。この子、ゲームが大好きだから」


「はっ……。あぁ、えっと、まぁ、はい。そうですね……」


 咄嗟にフォローとして告げた俺の言葉に、素っ頓狂な声で驚きながらも小さく彼女が頷く。……告げ終わった途端、なんだか彼女に睨まれたような気がする。


「そっかぁ……そうだよなぁ。やっぱり今の若い子達って、ゲームするよなぁ。そりゃあ客足も少なくなるわけだ」


 そんな俺達を尻目に、意外な方向へと彼が話題を変換させた。

 てっきりゲームについての話題になるかとも思ったが――よくよく考えてみると、桐野さんからはまるで俺と同じニオイがする気がする。そう、誰かさん風に言えば、“天然記念物”ってやつだ。まぁ、あくまで俺の予想だが。






「こんなこと聞くのも、申し訳ないですけど……お客さん、少ないんですか?」


 あまり店主にとっては喜ばしくない質問なのだろうが、せっかく彼のほうから話題を出してくれたので、俺はその話題に乗っかった。


「あぁ。特に夏休みとか、学生の長期休みはな。ウチの周りにはあんまり会社とかねぇし、昼休みのサラリーマンとかはほとんど来ねぇんだ。逆に、よく大学生くらいの兄ちゃん姉ちゃんは通ってくれてるな。


 あとはもう、昔からの常連さんが偶に来てくれるくらいで、昼は見ての通りすっからかんだよ。夕方から夜にかけてなら、会社終わりの人らもそれなりに来てくれるんだけどな」


「そうなんですか……なかなか難しいですね」


「まぁなぁ。だから、今日は二人が来てくれて嬉しかったんだ。よかったらまた、食べにきてくれや」


 そう言うと、店主の桐野さんは言葉の通り、嬉しそうにニッと笑ってみせた。まるでその笑顔一つに、彼の人柄全てが詰まれているかのような、そんな笑顔だった。


 ――そうは言ってるけど、きっと桐野さんはこのお店で働くのが楽しいんだろうな。そうじゃなきゃ、こんな風に笑ってられないもんね。……なんかいいな、そういうの。


「はい! またぜひ、食べにきますね。……もちろん、本城さんも一緒に!」


「……え?」


 そんな俺の一言に、またもぼんやりと話を聞いていた様子の彼女がハッとした。まんまるとした彼女の目が、俺のことを見つめてくる。


「え? 来るでしょ? ラーメン美味しかったし」


「いや、それはそうですけど……」


 そこまで言うと、彼女は物憂げな様子でもごもごと口を動かしていた。……彼女のことだ、今言わんとしていることは、もうこの俺には手に取るように分かる。だがここは先輩として、そうはさせないぞ。


「……何よ? 嫌なの?」


「……別に。嫌じゃ、無いですけど……」


「ならいいじゃん。また来ようよ? ね?」


「むぅ……分かりましたよ、もう」


「お、嬉しいねぇ。またぜひ、二人で来てくれよな!」


 今は二人きりじゃないからだろう。いつものように俺を言い包めることができずに口籠る彼女は、渋々その首を縦に振った。

 そんな彼女の返事に、何も知らない桐野さんがまたも嬉しそうにニコニコと笑顔を見せる。


 対して俺はと言うと――珍しく見事に彼女のことを言い包めてやったという優越感に浸っていたのもつかの間、桐野さんが背を向けた瞬間に、これでもかというほどの鋭い目つきで、本城さんにギロリと睨まれてしまった。






「さてと……それじゃあ、そろそろお暇しようか。時間もいいしね」


 お昼ご飯も食べ終わり、ちょうどいい頃合いとなった。そろそろ帰ろうかと、二人して席を立ち上がる。


「そうそう、最後に聞きたかったんだけどよ」


 三人でレジの前へと移動して、キーを打ちながら彼が告げる。一体何事だろうと、財布をポケットから取り出しながら黙々と彼の言葉を待った。


「二人は、付き合ってんのか?」


「……は?」


 俺と本城さんの声が重なる。それと同時に、ハッと後悔の念に駆られた。

 よくよく考えてみれば、どうして俺は今日、本城さんと一緒に、しかも二人きりで、この店へとやってきてしまったのだろうか。もっとよく考えてみれば、すぐに分かったことじゃないか。

 更には、彼が本城さんのお母さんと知り合いで、豪快な性格だときた。そんな彼に、そんな疑問を抱かれるのは当然じゃないか。

 今更ながらそんなことに気が付くと、感情という概念のどこかから、恥ずかしさが一気にこみ上げた。


「いやいや、そんなんじゃないです!」


「いいや、そんなんじゃないですから!」


 再び本城さんとの言葉が被り、お互いに顔を見合わせる。またもやお互いに、同じ行動をしてしまったことにドキリとする。


「だっ、大体今日ここに連れてきたのは、先輩じゃないですか! 私はただ、奢ってくれるって言うから来ただけですからね!?」


「なっ!? そういう本城さんだって、この店に来ると分かってたのに結局自分から店に先入ったじゃん! 俺は別の店でもいいよって言ったよね!?」


「だってそれは、先輩がここに行きたいんだろうなぁって思ったからでしょう!? 奢ってもらうのに、わざわざ私のワガママで別の店に行くだなんて、都合の良い女だなぁってなりませんか!?」


「だったらそもそも、昨日の夜電話した時点で断ればよかったじゃん!」


「バカですか? 私は今日ここに来るまでの途中で気付いたんです。電話じゃただ『奢ってあげるよ』としか言わなかったじゃないですか! そんなの、誰が分かるっていうんですか!? 超能力者ですか!?」


「わははははっ! おめぇら仲良いなぁ」


「どこが!?」


 この度三度目となる二人の言葉が、美味丸の店内に甲高く響き渡った。



 ◇ ◇ ◇



「……いつまでふて腐れてんの」


 帰り道。まだ昼下がりだが、この後は特にどこかへ行くような話はしていない。

 恐らくはこのまま、今日は解散になることだろう。――だが美味丸を出てから、本城さんは俺と話したくないのか、ずっと俺の二歩後ろを歩いてはふくれっ面をしていた。


「……だって、付き合ってもないただの友達の先輩と恋人に間違われるなんて、これ以上ない屈辱ですよ」


「そんなに俺と恋人に間違われることが嫌か」


「嫌です、気持ち悪いです、反吐が出ます、近寄らないでください、ストーカーとして訴えますから」


「相変わらず、言いたい放題だな……」


 はぁっとため息を吐く。そりゃあ、彼女の気持ちも分からなくはないが、そこまで言わなくたっていいじゃないか。そんなに言われると、いくら陽キャの俺だってへこむ。






「でもまぁ、良い人だったね。……奥さんの冗談はビックリしたけど」


「……まぁ、そうですね」


 一先ず話題を変えようと、彼の話題を提供する。するとその餌に食いついたのか、ようやくいつも通りの本城さんが表に出てきてくれた。


「本城さんはさ、お母さんが桐野さんと知り合いだったって知ってたの?」


「いえ、初耳でした。昔はそんな話、聞いたこともありませんでしたし」


「そうなんだ。……ねぇ、一つ聞きたいんだけど」


「なんですか?」


 体の半分を後ろに向けて、彼女の顔を見る。すると俺と視線が合った途端、彼女はぷいっとそっぽを向いてしまった。まったく、可愛くない奴である。


「さっき店に入る前にさ。ここにはあんまり来たくないって言ったとき、理由は色々だって言ってたでしょ? アレってさ、桐野さんに昔の話をされるのが嫌だったの?」


「……どうして、そう思います?」


「え? だって、本城さんは陰キャだしさ。あんまり昔の話はされたくないのかなーって思って。……違う?」


「……二割正解です」


「に、二割か……。うーん、あとはなんだろうなぁ……」


「無駄ですよ。先輩のそのお粗末なおつむで考えたところで、絶対に答えは出てきませんから」


「そんなこと言ってもさ。考えてみないと何も分からないじゃん」


「はぁ。やっぱり考え方は陽キャなんですね、相変わらず。例え分かったとしたって、先輩には関係の無いことです。何度も言ってるじゃないですか」


「関係はあるよ」


「は……?」


 俺の一言に、本城さんが顔を上げる。ぽっかりと口を開けたその顔は、“ワケが分からない”と言いたげだ。


「だって俺達、友達だろ? 辛いことがあるなら、一人で抱え込むのは良くないよ。誰かに話しちゃったほうが、楽になることもあるもんだよ」


「……またそうやって、“友達”って言葉を乱用するんですね。相変わらず、あなたは陽キャ気質が抜けませんね」


「な、別にいいだろ? ……俺に友達って言われるの、もしかしてそんなに嫌なの?」


「いえ、それは違うんですけど……」


 ポツリと呟くと、唐突に彼女の歩幅が小さくなった。ゆっくりと歩き始める彼女に、焦りながらも合わせる。


「……恥ずかしいんです」


「え?」


「その、今まであんまり“友達”だとか、言われたことなかったから。慣れてない、と言いますか……」


 もじもじしながら、細々と彼女が告げる。そんな様子を見て俺は、思わず嬉々として笑ってしまった。


「ふぅん……」


「……なんですか、その気持ち悪い顔は」


「いやぁ? 本城さんも段々、陽キャの階段を上っているのかなぁと思いまして」


「はぁ? 誰がそんな、うざったいクズみたいなパリピ集団の仲間入りをしたと?」


 気弱な表情から豹変して、一気に顔を強張らせる。

 仮面を被ってるわけじゃないのに、そんな風にコロコロ表情変える彼女は、表情豊かだなぁとつくづく思う。


「うわ、ひっでぇ言われよう……」


「まったく、勘違いしないでくださいよ。先輩が最初に言ったんじゃないですか」


「俺が? ……何を?」


 そう問うと、今度は面倒くさそうにため息だ。

 以前に俺は、彼女に何か言っていただろうか? ……ヤバい、なんにも覚えてない。


「……はぁ。ホントに鳥頭ですね。何も覚えてないとか、若年性アルツハイマーなんですか? 一度病院に行ってみてはどうです?」


「余計なお世話だ。はよ話せって」


「はいはい、言います言います。どうせ今言ったことも忘れちゃうんだから、今後も言うことになるんでしょうけどね」


 そう言うと、 今の今までゆっくり歩いていた歩幅を早めて、スタスタと彼女が俺を追い抜いた。

 こちらを振り向いて、右手の人差し指を立てながら一言告げる。






「いいですか。私は先輩の“仲間”になった覚えも、なるつもりもさらさらありません。私はただ、先輩と“友達”なだけです。それ以上でも、それ以下でもありませんから。そこんとこ、勘違いしないように」


「っ……」


 俺が思わずハッとすると、本城さんは小さく息を吐きながら前を向いてしまった。

 さっさと歩き出してしまうその背中を、しばらくまじまじと見つめてしまう。


 ――そうだよな。本城さんは“陰キャ”で、俺は“陽キャ”なんだ。今のあの子がこっちの世界に来るなんてこと、あったら天変地異よりも問題だよな。


 そう。向こうの世界の人間が、簡単にこっちの世界へと踏み出すなんてことはできないのだ。

 元からお互いの考えにすれ違いを多く起こしている両者が、簡単に相手を理解できるはずなんて無いのだから。


 ――俺も陰キャになればとか言ってたけど……やっぱり難しいのかなぁ。


 本城さんと半年間過ごしていて、改めてそう思える。

 初めは彼女の気持ちを理解するためにそんなことを言ってしまったが、やはり彼女がしつこく言うように、それはその通りな気がする。あまりにも無謀な発言に、今更ながら後悔を覚えた。

 けれど――俺は一人だけ、自分とは全くの真逆の世界へと勇気を出して足を踏み込んだ人物を知っている。


 ――……まぁ、色々考えたって仕方ないよな。俺と本城さんは“友達”なんだ。ただ、それだけだよな。


「ったく……本城さん、待ってよ!」


 そんな彼女の背中を急いで追いかける。


「……なんですか、またそんなに気持ち悪い顔でニコニコして。可愛い可愛い女の子のスカートの中でも見えましたか?」


 彼女が再び振り向いて、こちらを覗き見た。


「はぁ!? なんでそうなるんだよ?」


「先輩が男だからです」


「いやあの、男だからラッキースケベでしかニコニコしないとか、思わないでくれるかな」


「知りませんよ、そんなの。私女ですし。大体ね、男っていうのは――」


 そんな言葉を告げながら歩く彼女にようやく追いつく。

 俺と並んで歩く隣には、俺の友達である本城さんの仏頂面があった。

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