表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.9 風邪色花火は不器用に咲いた
50/123

本城さんへのご報告

 八月もいつの間にか、残り二週間を切った。お盆休みも過ぎ、楽しみだった高校時代の仲間達との時間も、気が付けばあっという間に過ぎ去ってしまった。

 あとは、九月の頭に控えるサークルの本番に向けて、最終調整をするだけ。それさえ終われば、ようやく残りの夏休みを、のんびり過ごせることだろう――と、そんな風に考えていた時期も俺にはあった。






 ――あー……完全にやらかしたなこれ。クッソ、調子乗った……。


 夕方の四時過ぎ。ようやく実家から一人暮らしの部屋へ帰ってきては、真っ先に体温計を手に取り脇に挟んだ。しばらくして、ピピッと音が鳴ってから取り出し、画面を確認する。……それと同時に、身体的にも、感情的にも寒気がした。


 ――三十八度三分……。あー、海から戻った後、調子乗って上着着てなかったからかなぁ……。頭いてぇ。


 これは完全に、自業自得だ。まさか真夏に熱を出すとは、なかなか思うまい。ジメジメとした部屋の暑さと相まって、額には既に汗が滲んでいた。


 ――はぁ。実家だと茜にお節介焼かれると思って、嘘吐いて帰ってきちゃったけど……。まさか本当に熱があるなんて思わねぇだろ……。帰ってこないほうがよかったか……?


 事実が分かったと同時に、突然頭がグラッとした。痛みに思わず、頭を抱える。


 ――……やべぇな、熱なんて中学以来出してないのに……。サークルも、バイトだってあるのに、なんでこんなタイミングで熱出るかなぁ……。


 痛む頭を抱えながら、なんとかベッドまでたどり着く。座っていることすら耐えられずに、着替えずにそのまま横になってしまった。


 ――あー……。これ、横になってるほうが痛いやつだ。ダメだ、座ってるほうがいいかも。


 頭を枕に任せて、しばらくボーっとしてみたものの、なんだか立っていたときよりも痛む気がする。重い頭を上げて、仕方なくベッドの上に座り込んだ。






 ――そういえば……ポストに入ってたやつ、まだ見てねぇ。取り敢えず確認しとかないと……。


 怠い体を動かして、机の上に置いたままの、ポストに入っていた手紙達を手にする。

 数日間家を空けてしまったおかげで、ポストにはそれなりに色んなものが溜まってしまっていた。だが特にこれといって重要そうなものも無く、適当にパラパラとチラシや手紙をめくっていった。


 ――……あ。大学から来てる。成績のやつかな?


 その中で、チラシの間に挟まっていた茶封筒の手紙は、大学からのものだった。一体何のお知らせだろうと、痛む頭に耐えながら手紙を開く。


 ――お、やっぱり単位の成績表だ。どれどれ……え、マジか! あの『著作権法』もギリギリ単位取れてるじゃん! よかったぁ……。


 科目ごとに単位が貰える点数は、六十点以上だ。それ以下は単位未取得となり、再履修が必要となってしまう。

 今回俺が受けた『著作権法』の点数は、ギリギリの六十二点だった。


 ――いやぁ、危なかったなぁ。あの時諦めて、テスト勉強しないで家に帰らなくて良かったな。これもきっと、本城さんのおかげ……あれ、本城さん?


 一緒に著作権法の勉強をした彼女の名前が浮かんだ瞬間、俺の中に何かが引っかかった。何か一つ、とても大事なことを忘れてしまっているような――。


 ――……あ、そうだった! お祭り!


 しばらく頭の中で考えた末、ようやく俺の鳥頭が、その約束を思い出した。それと同時に、一気に二つの疑問が浮かび上がる。


 ――いや待て待て。まず、単位を落とさずに取れてるのか? 例え取れてたとしても、お祭りっていつだ……?


 まず一番不安だった『著作権法』の単位は取れた。だが、それ以外の科目はどうだ? 他にもいくつか、落としていないか不安な科目がある。まだ油断はできないところだ。

 それに、彼女と約束していたお祭りというのは、一体いつ行われるのだろうか。不運にも、俺が今こんな状態だ。熱が下がらないうちに行われるのだとしたら、それこそとんだ災難である。もしそうなったら、一体彼女になんて言われてしまうのか――考えただけで恐ろしい。


 一先ず、一つ一つ確認していこう。まずは単位を確認しようと、再び成績表に目を通す。


 ――『地域社会論』は七十六点。『社会心理学』は八十二点……おぉ、怖かったやつも結構取れてる。あとは……『経済学』六十九点……あれ?


 おかしい、そんなはずは……。もう一度、一番上から順々に受けた講義を眺めていく。


 ――……嘘やん。こんなときに限って、一つも単位落とさないとか、奇跡としか言いようが……。


 一年生の時は、前期も後期も一つか二つずつ、単位を落としてしまっていた。周りの人達も、大体似たような成績だったために、今回初めて単位を落とさなかったという事実に、自分が今一番驚いていた。


 ――となると……取り敢えず、本城さんとお祭りに行く権利は貰えたわけだけど。問題は……。


 一旦成績表をベッドの上に置いて、先に他のチラシも確認しておこう。――そう思った矢先。


 ――あ、これもしかして、お祭りのチラシかな? ちょうど良かった、えっと……。


 まだ見ていなかったチラシの後ろに、偶々夏祭りのチラシが入っていた。スマホで調べる手間が省けてラッキーに思いながら、お祭りの日付を確認する。


「……え、明日?」


 それを見た途端、辛い頭痛すらも吹き飛ばして、思わず俺は絶句した。






「先輩じゃないですか。どうしたんですか、急に電話なんて」


 少し出るのに時間が掛かるかと思っていたけれど、意外にも早く彼女は電話に出てくれた。スピーカーからは、いつもの気怠い彼女の声が聞こえてくる。


「いやぁ、その……なんていうんだろ」


 一体、どこから話せばいいのだろうか。熱が出てしまったことから? 単位のこと? お祭りのこと? よくよく考えてみれば、話の切り出し方が難しい。どうしたものかと、言葉を詰まらせてしまった。


「……なんか先輩、鼻声ですね。風邪ですか?」


 ふと、そんなことを考えている間に、先に彼女が話を切り出してきた。そういえば以前も、声の調子で眠たいことを当てられた気がする。


「あー、うん。そうみたいで」


「夏風邪ですか。お盆も過ぎましたし、これから段々気温も下がってきますから、気を付けてくださいよ?」


「あ……うん。ありがとう……」


 ――いやぁ……もう熱出てるんだよなぁ、残念ながら……。


 そんな彼女の優しさに、今日ばかりは申し訳なく感じてしまう。そんなことを先に言われてしまったら、もう熱があるなんて言いづらくなってしまったじゃないか。


「……で。何の御用です? まさか、私と世間話するために電話したんじゃないですよね?」


「い、いや。そうじゃないよ。ちゃんと、用はあるんだけど……」


「……あ、単位落としました?」


「え?」


 思わず、素っ頓狂な声が出た。


「成績表ですよ。先輩のところにも届いたでしょう? そろそろ、その話もされるんじゃないかと思ってましたが、それでしたか」


「あー……。覚えてたの? その話」


「当たり前じゃないですか。何せ、私が言い出した話ですし。言い出しっぺが忘れるなんて、まさかそんなことはあり得ませんからね」


「まぁ……うん。そうだね」


 まさか、自分が話そうとしていた話題を、彼女が次々と進めていってしまっている。このまま彼女のペースで話すことになると、それこそマズいことになりそうだ。


「……で。落としたんですか?」


「……何を?」


「……あの、単位の話をしてるのに、なんで『何を?』って私が聞き返されなきゃいけないんですか。バカですか?」


「あいや、その……」


 ダメだ、怠さと頭痛で頭が回っていないのが、自分でも分かる。今日に限っては、自分も何をしでかすか分からないかもしれない。


「はぁ……。なんか先輩、今日調子悪いんですか? 風邪もひいてるみたいだし」


「そ、そんなことは無いよ。普通だよ……」


「……もしかして先輩、熱あります?」


「……え」


 唐突に彼女が問うた。なんだか急に、声色も少し変わったような気もする。


「え、じゃなくて。熱あるのかって聞いてるんです」


「あいや、その……」


 なんでだ、なんでそうやって、いつもすぐに俺のことはバレてしまうんだ。

 単に俺が分かりやすいだけなのか、はたまた彼女の察する力が強いのか。どちらにせよ、彼女の嘘を見抜く能力は、やっぱりかなりズバ抜けていると思う。


「どうなんですか?」


 彼女が言い当てては、俺に真実を迫る。この様子じゃもう、嘘を貫き通せる気もしない。早いとこ本当のことを言ったほうが、身のためかもしれない。


「いや、まぁ……。少しだけ」


「少しって、いくつですか?」


「……三十八度ちょっと」


「……あの、それ完全に夏風邪じゃないですか。何しでかしたんですか?」


「しでかしたっていうか……。この間、友達みんなで海に行ったんだけど、多分それで」


「あー、ホントバカですね。きっと、海から出ても体拭かなくて、上着も着ずにそのままでいたんでしょ?」


「うぐっ……なんでそこまで……」


「海に行って数日後に熱が出る理由なんて、すぐに分かるでしょ。そりゃ、何かに刺されて熱が出たとかはあるかもしれませんが、そうじゃないのならほぼほぼ一択です。っていうか、クラゲとかに刺されたのなら、すぐに病院行きですしね」


「はぁ……」


 相変わらず、いくつかの情報だけで事実を組み合わせられるこの子の能力は、もはや才能だと思う。探偵にでもなったらいいのではなかろうか。






「……で? 一旦その話は置いておきましょう。肝心なのは、先輩が単位を落としたのか、全部取れたのかです」


 そんな俺のおバカ話は一旦置かれてしまい、改めて単位の話へと彼女が戻した。こうなってしまった以上、最後まで彼女の手の平で話すことはもはや、風邪をひいた鳥頭の俺でも分かる。


「あぁ、うん。……嘘に聞こえるかもしれないけどさ。全部、取れたよ」


「……それはアレですか? 熱があっても、私とお祭りに行きたいっていう陽キャの意地ですか?」


「は、はぁ……?」


 なんでだ、どうしてそうなるんだ。そんな嘘、今吐いたところでどうにもならないと、君も分かっているくせに。


「違うよ、ちゃんと全部取れたんだって」


「本当ですかねぇ? 熱のあるぼんやりとした頭で見たから、見間違えてるだけだったりして」


「本当だって! 信じてくれよ! なんだったら、LI○Eで写真も送るけど?」


「……いや、それはいいですよ。面倒ですしね」


 そう告げると、彼女は面倒くさそうにため息だ。ため息を吐きたいのはこっちだというのに、一体なんだっていうんだ。


「……先輩。行く予定だったお祭りがいつか、知ってます?」


「知ってるよ。明日でしょ?」


「そうですね。……熱、あるんですよね?」


「……まぁ」


「当然、行けませんよね?」


「……そうだね」


「……もう、仕方ないですね。先輩のくせに、世話が焼ける」


「は。いや、なに突然……」


 急に何を言いだすんだ。そんなワケの分からないセリフに、ツッコもうとしたとき。――思わず俺は、自分の耳を疑った。


「……先輩。家、どこですか?」


「……はい?」


 理解し難い言葉が聞こえた。


「聞こえませんでしたか? 家はどこにあるんだと聞いたんです」


「いや、あの……。え、来るの?」


「当たり前じゃないですか。だって先輩、単位取れたんでしょ?」


「取れたけど……え?」


「……だから、言ったじゃないですか。言い出しっぺは私なんだから、先輩が頑張った分、それ相応の配慮をしてあげるだけですよ。何度も言わせないでください」


 そんな風に告げる彼女は、告げ終わるなりいつもの如く、眠たそうに大欠伸をしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ