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頑固親父の石頭を、お饅頭にする方法

「ホントに、いいの? 私、今日着替えくらいしか持ってきてないよ?」


 玄関先で、見送りに出てくれた日和に告げる。


「だからぁ、いいんだってぇー! こっちも晩ご飯作って待ってるからさぁ、思う存分おじいちゃんとケンカしてきなよぉ」


「ケンカするのが前提みたいな言い方やめてよ……」


「えー、でもどうせするんでしょー?」


「……多分」






 その後――もし家にいるのが辛かったら、戻ってきて泊まっていいと日和から言われてしまった。

 そんなことを言われると、本当に戻ってきて泊まりたくなってしまうじゃないか。だがそれは、最後の手段として取っておきたい所存だ。






「ほらほらぁ! じゃあ分かったら、さっさと行ってくるー! 早くしないと、日が暮れちゃうよー?」


「うん……。じゃあ、行ってくるね。家にいるのが無理そうだったら、あとで電話する」


「うんうん! 行ってらっしゃい!」


 そんな日和に手を振られながら、数歩だけ歩く。――なんだか胸に残る引っかかりがもどかしくて、再び後ろを振り向いた。


「日和」


「んー? どうしたの、綾乃ぉー?」


 彼女が不思議そうに、キョトンとした顔で首を傾げた。


「その……いつも、ありがとうね」


「えー? 何々、急にどうしたのさぁー、改まっちゃってー?」


「ううん。なんとなく、そう思っただけ。……行ってくるね」


「そっか! うん、行ってらっしゃーい!」


 改めて彼女に見送られながら、日和の家を一度後にする。半年ぶりに歩く地元を懐かしみながら、以前と代わり映えのない帰路を進む。

 今日の目的地に向かう私の足は、まるで行く末を拒むかのように重く感じた。



 ◇ ◇ ◇



 ――はぁ。来ちゃったなぁ。


 段々と日も落ちてきて、夏空もオレンジ色に染まり出す時間。目の前にそびえ立つ、忌々しい建物を見て、思わずため息を吐く。


 ――あー、やっぱりダメだ。この家見るだけでイライラしてくる。ぶっ壊したい。


 存在するだけで、ここまで人をイラつかせる建物はきっとそうそう無いだろう。ある意味、怒りたいときにはもってこいのパワースポットだ。


 ――ここが私のお父さんの実家だって言われてもなぁ。お父さんのことなんて私、全然分かんないし。……お父さんもあのクソジジイの血を継いでるって考えたら、なんかそれだけで寒気がする。


 生前の彼のことは、ほとんど知らない。昔、お母さんと暮らしていた家にも、自意識が芽生え始めた頃には既に彼の遺品はほとんど残っておらず、分からないことだらけだった。

 お母さんが生きていた頃に、何度か彼女に聞いてみたことはある。だがいずれも、恥ずかしがってまともな返事を聞いたことが無かった。


 ――『お母さんの尊敬する人』か。あの陽キャのお母さんが好きになった人なんだから、あんまり堅苦しい人じゃ無いとは思うけど……。


 知りたい。唐突に、そんな興味が湧いてしまった。――しかし、それについて問いただせるのは、当然今はもう彼しかいない。


 ――……入るか。


 ここに突っ立ったまま、考えていても話が進まない。あまり……どころか、全く以って気は進まないが、渋々玄関へと歩みを進めた。


 一瞬、ポケットに入れて持ってきた鍵で中に入ろうかと思った。

 しかし、今日は帰省するとは一言も彼に連絡していないのだから、急にドアを開けて入ればそれこそ大バカ野郎だ。

 益々嫌気が差したものの、仕方なく玄関のチャイムを押して鳴らした。






 チャイムを鳴らしてから数十秒。段々と家の中から足音が近付いてくる。半年ぶりに顔を合わせる彼に、思わず生唾を飲み込んだ。


「はーい、どちらさんで……っ」


 そう告げられながら、とうとう玄関のドアが開かれる。――久しぶりに合わさった顔に、お互いの体が固まった。


「……いや、その。……帰ってきた」


 こちらをまじまじと見つめる視線に耐えられずに、目を逸らしながらボソッと呟く。

 すると彼は、まるで呆れたようにため息を吐いた。


「……綾乃。帰ってくるなら、ちゃんと一つくらい連絡入れなさい。それが家族でも礼儀ってもんだ」


 その一言に、思わずイラっとした。帰ってきたらきたで、真っ先にそれだ。どうしていつもいつも、説教しか頭に無いのだろう。


「……連絡したらしたで、どうせ色々言われるし。面倒だったからしなかった」


「色々言われるような行動ばかりするから、俺だって色々言うんじゃないか。綾乃が真面目になってくれたら、俺だって……」


「そんなことよりさぁ! 早く中に入れてくれないかな? 私、帰ってきたんだけど。こんなとこでも説教なの?」


 いつまでも口うるさい彼に、思わず怒鳴ってしまった。無意識に力強く言ってしまったが、本心だっために後悔は無い。


「……まぁ、そうだな。中に入ろうか」


 何かを言いたげではあったが、特に何も告げずに彼はそのまま、家の中へと入っていってしまった。――せっかく帰ってきた私のことなど、それ以上興味も無い様子で。


 ――……“おかえり”の一言も無いのかよ、あのクソジジイ。ホント最低。


 イライラしながらも、一人で玄関のドアを閉めて、そのまま中へと入った。

 古めかしい和室の居間へと入る。どうやら彼は読書の途中だったようで、先程と違い老眼鏡を身に付け、座布団に座りながら本を読んでいた。


「……それで? なんで突然帰ってきたんだ? アレほど“もう帰らない”と言ってたじゃないか」


 本に視線を向けながら彼が告げる。一見、本を読みながら会話など、内容を理解できていなさそうだが、器用な彼はそれを平気でこなす人間だからもどかしい。


「いや、だって……。一応、お盆休みだし。何か言われる前に帰ったほうが、まだマシだと思ったから」


 荷物を置いて、彼と向かい合って座布団に座る。

 本当はもっと離れた場所にいたいが、それこそ何を言われるかなんて分からないので我慢だ。


「お盆休みだから帰るだなんて、随分と素直になったもんだな」


「別に。一応、お母さん達のお墓参りにも行きたいと思ってたし。ただ、それだけだから」


「……そうか」


 ポツリと一言告げると、彼はそのまま黙り込んでしまった。ただ黙々と本を読み進めており、どうやらこちらと話す気は無いらしい。


 ――……ホントに、興味無いんだな。なんなの、心配してるフリばっかして。結局は、面倒な孫を引き取っちゃったなぁぐらいにしか思ってないくせにさ。バカみたい。






「……ねぇさぁ」


「ん?」


 彼を呼び掛ける。すると彼は、チラッとだけこちらを覗いたものの、すぐに視線を本へと戻してしまった。


「その……なんか、ないわけ? 話とか」


「ないって、なんだ?」


「だから……久しぶりに帰ってきたんだから、何か困ったことはないかーとか」


「じゃあ、何か困ってることがあるのか?」


「それは……別に、無いけど」


「だろうな。お前はもう一人で家事でもなんでもできるんだから、何も心配なんてしてないよ」


「……じゃあ、仮に料理ができなかったとして。聞いたら教えてくれるわけ?」


「なんだ、俺なんかに聞くよりも、他で調べたほうがいいに決まってるじゃないか。今はテレビや本以外でも、調べる方法なんてたくさんあるだろうし。それに、今の若い男の胃袋の掴み方なんて、俺よりお前のほうが知ってるだろ?」


「……それは、そうかもしれないけど」


 ――違う、言いたいことはそうじゃない。


「お前はもう、独り立ちした立派な大人なんだから、気にすることなんて何も無いだろうに。……それともなんだ? 恋人の作り方でも知りたいのか?」


「……ホント最低。気持ち悪い、反吐が出る」


「そうかい。……まぁ、それも心配してないけどな」


「っ……」


 心配していない。その一言が、深く胸に突き刺さる。


 ――そっか……やっぱり私のことなんか、どうでもいいんだ。どうでもいいから、一緒に住み始めてすぐに、家事ができるようになるために私にさせて、自分が楽できるようにして。……それっぽっちの存在でしかないんだよね。


 改めて、自身の存在価値を思い知らされる。こんな自分なんて、いっそのこと消えてしまえばいいのにと思ってしまったのは、もうこれで何度目か。






「……じゃあ、話変わるけどさ。一つ、聞きたいんだけど」


「なんだい?」


「私のお父さんってさ……どんな人だった?」


「……達海(たつみ)のことか?」


 ふと、今の今までずっと本に集中していたくせに、お父さんの話題になった途端、こちらに視線を向けた。心做しか、驚いた顔をしている気がする。


 ――そう。孫よりも、息子が大事なんだ。……そりゃそうだよね。


「うん。思えばお母さんからも、ほとんど聞いたことないと思って。……あんたくらいにしかもう聞けないから」


「……そうか」


 短く告げると、彼は(しおり)を挟んでパタンと本を閉じた。どうやらやっと、面と向かって話をしてくれるらしい。


「……子供の頃から、目の前のことに真っ直ぐな奴だったよ」


「真っ直ぐ? そうなの?」


「あぁ。良く言えば努力家で、悪く言えば単純さ。一つのことばかり取り組んで、他は全くダメダメだった」


「へぇ……。仕事は、何やってたの?」


「っ……」


 私がそう聞くと、クソジジイの言葉が詰まった。一瞬、眉間がピクリと動いたような気もする。


「それは……お前が知る必要は無いよ」


「……は? 何それ、教えてくれないわけ?」


「知ったところで、どうにもならん。もうこの話は終わりだ」


 そう言うと彼は、老眼鏡を外してその場に立ち上がってしまった。どうやらこのまま、逃げるつもりらしい。


「意味分かんないし。なんなの、それ。子供が親のことを知りたいのは、当たり前なんじゃないの?」


「……そうかもな」


「そうかもなって……だったら尚更……!」


「世の中には、色んな事情があるんだよ。知ったって何の役にも立たないことは、知らないほうがいい」


 私の言葉を遮って彼が告げる。言いたいことは分からなくはないが、今はそういう状況では無い。


「わっけ分かんない! ホントその石頭、どうにかなんないわけ? お饅頭みたいに柔らかくなったほうが、あんたは絶対いいと思うよ」


「余計なお世話だよ。それを言うなら、綾乃だってお互い様だ」


「はぁ!? 私は別に、石頭なんかじゃ……」


 そんな私の言葉も気にせず、彼はタンスの中から財布と家の鍵を取り出した。そのまま、何も言わずに部屋を出て行こうとする。


「ちょっと、どこか行くの?」


「当たり前だろ? 急に帰ってくるもんだから、晩飯が一人分しかないから買ってくる」


「それは……悪かったけどさ」


「悪かったと思うなら、今後は気をつけること。いいね?」


 彼が問う。本当なら、ここで“はい”と言うべきなのだろうが、それを口にした時点で負けな気がしてしまって、思うように言葉にできなかった。

 そんなだんまりな私を見て、またも呆れたようにため息を吐くと、彼は無言のまま部屋を出ていってしまった。


 ――はぁ……。ホント、何やってんだろ。つくづくバカだな、私。


 いい加減、自分が嫌になってくる。こんなんだからいつまで経っても、人間カーストの底辺から抜け出せないんだ。いつまでもあんな奴に、期待するだけ無駄なんて分かってるはずなのに――。






「うっ……!」


「……え?」


 その時、急に玄関のほうから何かが聞こえた。


 ――え、何? あいつ、どうかしたの?


 咄嗟に立ち上がって、玄関へと向かう。

 するとそこには、その場にしゃがみ込んで、何かを苦しそうに(もだ)えているあのクソジジイの姿があった。


「ちょ、ちょっと!? どうしたの、大丈夫!?」


 急いで駆け寄って、彼の様子を伺う。どうやら胸が苦しいようで、ギュッと胸元を強く握りしめていた。


「はぁ……。大丈夫、年寄りにはよくあることだ……うぅ……」


「全然大丈夫じゃないでしょ! 待ってて、救急車呼ぶから……!」


 すぐにスマホを持ってこようと、立ち上がろうとする。――しかし、咄嗟に腕を掴まれて、それを止められてしまった。


「いい! 呼ばなくていいから! 心配しなくても、平気だ……」


「バカなの!? こんな時にもなって石頭なんて呆れた! ホント、頑固なクソジジイだね!?」


「クソでもなんでも……構わねぇよ。……はぁっ、だいぶ落ち着いた」


 ゆっくりと深呼吸をしながら、その場に立ち上がる。だいぶ心配だが、様子を見る限り、もう痛みは和らいだようだ。


「ふぅ……じゃあ、行ってくるわ」


「……は!? そのまま行くの?」


「当たり前だろ? 元々行くつもりだったんだから」


 まるで何事も無かったかのように振る舞うと、彼は玄関のドアを開けた。このまま行かれて、道端でくたばられたりでもしたら、それこそ面倒だ。


「……なら、私も行く」


「おいおい、この歳のおっさんと二人で買い物なんて、変な目で見られるだろ? 通報でもされたらどうする?」


「でも……!」


「心配しなくても、死にはしないさ。すぐ帰ってくるから、留守番頼んだよ。鍵、閉めといてくれ」


「え……ちょっと、おじいちゃん!?」


 そんな私の叫びも無視して、彼は足早に家を出ていってしまった。一人、ポツリと家の中に取り残される。


 ――ホント、なんなのあいつ……。ワケ分かんない、死にたいの? 死にたいんだったら、さっさと死んで楽になればいいのに。……バカ。


 嫌々とため息を吐きながら、玄関の鍵を閉める。――ふと、今更になって一つ、とても重要なことに気が付いた。


 ――あれ、私……今クソジジイのこと、おじいちゃんって……。


 いつだったか、もう口では絶対に“おじいちゃん”とは呼ばないと決めたはずなのに。

 咄嗟に口から出てしまった言葉に、思わず後悔を覚えては萎えてしまった。






 それから大体、三十分後。まるで何事も無かったかのように、クソジジイはレジ袋を片手に帰ってきた。

 どうやら今日は、焼き鮭となめろうを作るらしい。手伝おうかとも思ったが、そこで待っとけと言われ、断られてしまった。

 渋々居間で座布団に座って、彼の手料理が完成するのを待つ。


 ――それにしても、さっき苦しそうにしてたのは、ホントに大丈夫なのかな……?


 聞きたくても、なかなかプライドのせいで聞けずに、ずっとモヤモヤしたまま過ごしていた。

 だがどうせ、勇気を出して聞いたところで、彼は答えてはくれないだろう。石頭の頑固親父だ、そこら辺は数年間一緒に暮らしていたおかげで、大体分かる。


 様子を見る限り、今はもう何事も無いようだ。先程苦しんでいたのは、なんだったのだろうか。何か、重い病気を患ってたりでもしなければいいのだが――。


 一体どうしたものかと、ぼんやりとしながら考え込んでいたのもつかの間。ようやく台所から戻ってきた彼が机の上に置いたのは、久しぶりに見る彼の美味しそうな手料理達だった。

これにて、本章は終わりです。ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


さて。いよいよ次回は、皆さん待ちに待った八月末のお話です。

……え? 何かあったっけって? 忘れちゃった人は、ep.5の最終話を読み直してみてね!

果たして、二人はどうなってしまうのか……。お楽しみに!


【筆者のTwitterはこちら→@sho168ssdd】

詳しいお知らせやご質問などは、Twitterへどうぞ。小説家になろうのマイページにも、Twitterへのリンクを貼ってあります。

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