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帰省して、家出する

 数日後。あの日ルナに言われてから、あの一言がずっと心に引っかかっていた。

 アレほど帰省はしないと固く決めていたはずだったのに、どうしてこんなにももどかしさを覚えるのだろう。

 もう二度と、クソジジイの顔は見たくなかったはずなのに。改めてそう思うと、まるで生理のときのような、当たりどころの無い苛立ちが募った。



『うん。――きっとアヤちゃんと二人で口喧嘩するだけでも、おじいちゃんは嬉しいと思うよ』



 ――何が嬉しいだよ。どうせ子供の私に口喧嘩で勝って、優越感に浸りだけなくせに。ホント、ワケ分かんない。


 ようやく動画編集もひと段落つき、ゲーミングチェアに背を任せて、天井を見上げる。


 ――バカみたい。なんで老害って、あんなに自己中なんだろ。自分達が偉いみたいにしてさ、勘違いし過ぎなんだっての。



『――綾乃ちゃん。……いや、綾乃。これからは、俺と家族だ。おっさん二人と二人暮らしは嫌かもしれないけど、ごめんな。よろしく』



 ――……あの時、ちょっとでも期待した私がバカだった。こんなことなら、山のおじいちゃんのところに行ってれば、私だって変わってたかもしれないのに。


 どうしてあの時、海のおじいちゃんを選んでしまったのだろうか。こんな未来になると分かっていれば、選択肢を間違えずに、もう少しマシな人生を送っていたかもしれないのに。


 ――あいつには、“思いやり”ってのが足りないんだよ。“思いやり”の欠片も無い、人間のク……っ。



『友達との距離感っていうのは、時間じゃなくて、どれだけ相手を知ろうとして接するのかが大事だと思うんだ』



『もっと見方を変えることができれば、きっとその人の良いところが見えてくるものなんじゃないかなって、俺は思うよ』



 ――……“思いやり”と、“捉え方”、か。


 以前に、彼から言われた言葉。大体のセリフは受け流してしまっているせいで覚えていないが、そんな彼の陽キャらしい言葉は、ぼんやりと脳裏に残っている。


 ――……私は、先輩みたいに強く無いんだよ。そんなこと言われたって、性格の悪い私に“思いやり”なんか……。



『普段は結構生意気なくせに、意外とみんなが見てない部分を見てくれてて、結構助かってるし。あとたまーに見せる優しさとかさ』



『もし万が一のことがあったら、きっとおじいちゃん寂しいよ。だからせめて、顔だけでも出してあげな?』



 ――私は……。


 思わず歯をギリッと噛み締める。ダメだ、早くこのむしゃくしゃする気持ちをどうにかしないと、自分がどうにかなってしまいそうだ。


「……お母さん」


 先日、失くしたと思って家に置きっぱなしにしてしまった、真珠のネックレス。

 新しいチェーンと一緒に買った、机の上に置かれたネックレススタンドに、以前間違えてしまった何も付いていないチェーンと、二本だけ掛けられている。それを手に取り、胸元でギュッと握りしめる。


「……ごめん、お母さん。またちょっとだけ、力を貸してね」


 想いを込めてネックレスに告げると、そのままそれを首に回す。今度こそしっかり真珠が付いたネックレスを身に付けたことを確認すると、よしっと口に出して椅子から立ち上がった。

 パソコンに表示された、現在時刻を確認する。現在時刻、午後二時三十六分。――今から行けば、余裕で間に合いそうだ。



 ◇ ◇ ◇



「……それでー? 今日はどうしたのさぁ、綾乃ぉー?」


 部屋に入るなり、目の前の彼女が問うた。

 実家住みのくせに、その格好は白Tシャツ一枚に短パンという姿で、汗のせいで薄っすらと中のブラジャーも透けて見えていた。――父や弟もいるくせに、その格好は如何なものかと思うが。


「その、うん。突然来ちゃってごめん……」


「いやいやぁ、全然大丈夫だよぉー。私と綾乃の仲じゃーん?」


「……うん、ありがと。日和」


 勉強机の横に置かれた、茶色い丸テーブルを挟んで、向かい合ってクッションに座る。

 久々にこの部屋に来たが、あまり目立って催しは変わっていないらしい。


 あの後、勢いで家を出てはきたものの、どうにも彼の家に赴く勇気が出ずに、立ち往生してしまった。

 このままでは明らかに時間の無駄だと感じ、思い切って地元にいる唯一の友達である、日和の家に押し掛けてしまったという次第だ。






「それでそれでぇー? 悩める綾乃ちゃんは、今日は一体どんなご相談かなぁ?」


 数ヶ月ぶりに顔を合わせた日和が、机に頬杖を突いてニヤニヤしながら問うた。心做しか、以前よりも髪が伸びていて、少しエロい。


「……ほら、お盆休みだから。一応、帰ってきたんだけど……」


「あぁー、やっぱりだぁ。おじいちゃんと顔合わせるの嫌なんでしょー?」


「えっ……分かるの?」


「分かるのーって、今更何言ってんのさぁ? 高校生のとき、何回その話されたと思ってるのぉ?」


「それは……うん。そうかも」


 言われてみれば、高校生の時に何度も日和の家に来ては、彼の愚痴ばかり言っていた。耳にタコができるほど話を聞いていた彼女だ、流石にバレバレなのも仕方がない。


「いやぁ、綾乃も頑固だねぇ。そういうところが、おじいちゃんとそっくりなんじゃないのー?」


「やめて。あんな奴と一緒にされたくない」


「そうは言ったってさぁ、一応血は繋がってるんだし。綾乃のお父さんのお父さんでしょー?」


「事実はそうかもしれないけど、私にはお父さんなんていなかったも同然だもん。私が生まれてすぐに、交通事故で亡くなったらしいし。……急に男の人と一緒に住むなんて、私にはやっぱり無理だったんだよ」


「うーん。……悩める乙女は難しいものだねぇ。私にはお父さんもおじいちゃんも弟もいるし、全然分かんないや。ごめんねぇ」


「別に。同情を求めてるわけじゃないから。寧ろ気にしないで」






 私がそう告げるなり、会話はバッサリと途切れてしまった。一体何を話せばいいのかと、部屋の中をキョロキョロを見回す。


「ん……おー、入れ入れー」


 ふと、そんな私達を助けるかのように、突然部屋の扉がノックされた。相変わらず自由な日和が、そんな風に入室を許可する。


「……あれ、綾乃さん。お久しぶりです」


(みつる)君。久しぶり、元気?」


「はい。それなりには」


「そっか、良かった」


 部屋に入ってきたのは、日和の弟の満君だった。

 幼稚園の頃から日和とは付き合いがあることから、当然彼とも幼い頃から顔見知りだ。昔はちょくちょく一緒に遊んだこともあったのだが――いつからか口調は敬語になり、先輩として見られるようになってしまった。

 あまり敬語を使われるのは好きでは無いのだが、どうしても敬語じゃないと気が狂うと以前言われてしまい、今では彼との距離感がイマイチよく分からない状態になってしまっている。


「……それより、姉ちゃん。昨日貸したスマホの充電器、どこやったの?」


 私との挨拶が終わった途端、彼の顔つきがパッと変わった。どうやらまた、姉弟で揉めごとが起こりそうな予感だ。


「充電器ー? ……あ、洗面所に挿しっぱなしかもー?」


「はぁ? そんなとこで充電してたのかよ」


「うん、お風呂入るついでにー」


「ついでにーじゃなくて。湿ってぶっ壊れるだろ?」


「えぇー? 一回くらい大丈夫でしょー?」


「それが積み重なるからぶっ壊れるんだって言ってんの。もう洗面所で充電すんなよな?」


「はいはーい、満は細かいなぁ」


「姉ちゃんが適当過ぎるだけだろ」


「違いますぅー、私は自由に生きてるだけですぅー」


「どっちも一緒なんだよなぁ……はぁ」


 やれやれと大きなため息を吐くと、そのまま満君は部屋を出て行ってしまった。――昔から彼とは何度も苦労話をしているが、日和の適当さにはいつも頭を悩まされるものだ。

 それを一番身近な姉弟である彼にとっては一体、どのような想いでいつも一緒にいるのだろうか。兄弟のいない私にとっては、本当の意味でそれは分からなかった。






「……それでぇー? 綾乃は結局、今日は帰っちゃうのー?」


 彼がいなくなったタイミングで、日和が元の話へと戻した。あまり気乗りはしないが、今日の本題はそれである。


「分かんない。……どうしようかなって、今も迷ってる」


「じゃあ、今日はウチに泊まってくー? 久々に二人でランデブーしちゃうー?」


「……何、ランデブーって。変な意味に聞こえるからやめて」


「あはっ! もぉー、冗談だよぉー。でもでも、そうじゃなくても、泊まってくなら歓迎するよー?」


「それは……なんか、申し訳ないし。いつも日和の家に泊まってばっかりで、あんまりお返しできたことも無いし」


「そう言ってー、高校生の頃は、何回泊まってたのさぁー? 綾乃以外ウチに泊まったこと無いのにさー、綾乃だけで多分、三十とか四十回くらいー?」


「……そんなに泊まったっけ、私」


「泊まったよぉー! 泊まったぁー! いっつも『クソジジイとケンカして帰りたくないから泊めて』って言って、ウチに寝泊りしてたじゃーん!」


 私のセリフの部分だけ声色を変えて話す。わざとなのか本気なのかは分からないが、その声は申し訳ないが全く似ていないと思う。


「それは、そうだけど……」


「もぉー、今更なんだよぉー。私だっていっつも綾乃に色々迷惑掛けてるしぃ、そのお返しだと思って、泊まってくれちゃえばいいのだよぉー!」


 両手で彼女が机をバンバンする。そんな風に言われると、こちらもどんな返事をすればいいのかが分からなくなるじゃないか。


「迷惑って……。別に私は、何も気にしてない。っていうか、寧ろ私のほうが迷惑掛けてるし……」


「だぁーかぁーらぁー! そういうとこなのぉー! 気にしない気にしない! 私だって、なーんとも思ってなんか無いんだからぁー。寧ろ私、綾乃と一緒にいられて楽しいし、嬉しいよぉー?」


「っ……。日和……」






「うぉい、姉ちゃん!」


 なんだか部屋の中が変な空気になってきたその瞬間、今度はノック無しで再び部屋のドアが開かれた。

 中に入ってきたのは、先程と同じく満君だ。何やら、ちょっぴり苛立っているようにも見える。――まぁ、理由は大体想像つくが。


「うわぁ、満! いま私達、二人きりで大事な大事なガールズトークしてるんだから、そうやって急に入ってくるのはダメだってぇー!」


「はぁ? 大事な話……? それはそうかもしれないけどさ、それよりも風呂場探したけど、どこにも充電器ねぇんだけど! やっぱり、姉ちゃんの部屋じゃねぇの?」


「えぇー? うーん、そんなこと無いと思うんだけどなぁ……」


 そう言って、日和がその場から立ち上がる。「んー?」と唸りながら、ベッドの周りを探し始めた。


「枕の下とか、ベッドの下とかにあったりしないの?」


 充電器を探し回っている彼女に、そんな助言を投げてみる。……しかし、彼女の表情は一向に明るくならない。


「はぁ。……待って、私も探す……いった!?」


 どうにも見つからなさそうだったので、協力するために仕方なく立ち上がろうと体を動かしたとき、唐突にお尻に痛みを感じた。何か、硬い物の上に乗っかってしまったみたいだ。


「もう、何?」


 一体何を下敷きにしてしまったんだろう。何事かと、座っていたクッションを動かした。


「……あ。あったよ、日和」


「え! どこどこぉ!?」


「このクッションの下。アダプタにケーブル挿しっぱなしで落ちてたよ。……なんでこんなところにあるのかは疑問だけど」


 ほら、と彼女にそれを手渡す。すると、「わぁー! 充電器あったよ満ー!」と嬉しそうに彼女が告げてみせた。――おかしいな、見つけたのは私のはずなんだけど。


「姉ちゃんが見つけたんじゃないだろ? ったく、なんでクッションの下にあるんだよ……」


 やれやれといった様子で、彼が充電器を受け取る。どうやらその疑問は、私だけのものではないらしい。


「あー、んー、多分ねぇー。昨日、クッションの上で寝たからじゃないかなぁー?」


「は? 何それ、ベッドで寝てねぇの?」


「うん! だってほらぁー、ベッドの上だと暑いじゃん? 床に寝たほうがひんやりして冷たいしー、そういえばスマホも充電しながら寝た気がするから、多分乗っかっちゃったんじゃないかなぁ。あははっ!」


「いや、なんも面白くねぇから、姉ちゃん……」


 彼がはぁっと、大きなため息を吐く。


 ――いやぁ、うん。ホントそれな。


 敢えて言葉には出さなかったが、彼の言葉には激しく同意である。

 しかしそれでも、やっぱりとことんマイペースな日和は、一人だけ楽しそうに大きな声で、満君と話していた。

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