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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.6 その豚に真珠は与えるべきか否か
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豚の行方(2)

「ちょっと、本城さん! 待ってよ!」


 T字に別れた道の前で、立ち止まった本城さんにようやく追いつく。

 まったく、なんだっていうんだ。いくら俺のほうが数十秒遅れで走り出したとはいえ、陰キャの女の子に、陽キャの男の俺がギリギリで追いつけないだなんて、そんな話聞いていない。もしかしたら意外と、この子運動できるんじゃないか?


「あぁ、やっと追いついた……」


「余計な口出しはいいんですよ。それより、どっちに行ったと思います?」


 T字路の両方の道をキョロキョロと眺めながら、本城さんが問うた。


「あぁ……? 何、見失っちゃったの?」


「仕方ないじゃないですか。私のことに気付いて、走り出しちゃったんですよ」


「君が焦って、何も考えずに走り出すからだろ?」


「あぁもう! そういうのは、あとにしてくださいよ! 今は、あの豚さんがどっちに行ったかを考えてください!」


 柄にも無く取り乱した様子で、本城さんが怒鳴ってみせる。どうやら今は、冗談が通じるような状況では無いらしい。


「はぁ……。はいはい、分かりましたよ」


 ――って言われもなぁ。そんなの手掛かりがあるわけじゃあるまいし……。


 右の道は、山へと繋がる草がかなり生い茂った道。その先は道が整備されておらず、雑草が伸び放題になっていた。もしこっちへ逃げてしまっていたら、かなり探すのに苦労するだろう。

 対して左の道は、大きな畑が連なっており、ずーっと向こうの先まで、どこもかしこも茶色い風景だ。こちらに逃げていたとしても、保護はかなり厳しいと思われる。


 ――流石は田舎ってところだなぁ。どっちに転んでも、面倒になりそうな……。






「……ん」


 一瞬、視界の中で何かが動いた気がする。


「どうしました?」


「いや……。気のせいか?」


 右側の道の奥。乱暴に生い茂る、雑草の中。一瞬、風で動いたのかとも思ったが、今はそこまで強い風は吹いていない。……恐らく中に、何かがいる。


「……あ、ワンちゃんですね」


 隣の本城さんがポツリと告げた。

 草むらの中から出てきたのは、一匹の大きな犬だった。犬種にはあまり詳しくはないが、恐らく中型犬の種類だとは思われる。頭と背中は茶色い毛並みで、お腹の部分だけ白色の犬だった。


 ――……もしかして。


 自分達を見つけるや否や、ワンちゃんはその場で立ち止まって、こちらをジッと見つめていた。どうやら、警戒されているらしい。


「もしかしたら、あの子も迷子なんですかね?」


 何も知らない様子の本城さんが、そんなことを呟く。


「……いや、違うと思う」


「え?」


「よく見てみて。首輪をしてないし、多分野犬じゃないかな」


「……ホントだ。じゃあ、誰にも飼われてないワンちゃんってことですよね。誰かが保護してくれたらいいんですけど……」


 ――いや……。今は、そんなことを言ってる場合じゃない。


「……本城さん。あの子とあんまり目を合わせないで」


 彼女にだけ聞こえるような、小声で告げる。


「え? なんですか、急に」


「いいから。この場から動かないようにして、あの犬がいなくなるまでジッとしてて」


「でも、豚さんが……」


「それは後で! 今は、あの犬を刺激しないようにするほうが先!」


「そうは言ってたって、こうしてる間にも、あの子に何かあったら……」


「もし野犬に噛まれたりしたら、病気になる可能性だってあるんだよ!? 下手したら、死ぬ可能性だってある。あの豚のことも気になるけど、今は動かないほうがいい!」


「むぅ……分かりましたよ」


 どうやら、渋々だが彼女も納得してくれたみたいだ。あのまま取り乱した状態で刺激して、野犬に襲われるようなことにならなくてホッとする。豚を見失って、一度立ち止まったことが、不幸中の幸いだろう。


 ジッとその場で立ち止まりながら、横目でワンちゃんが立ち去るのを待つ。ワンちゃんはしばらくの間、俺達のことをジッと見つめては、辺りをキョロキョロと見回していた。

 そして、その場で待つこと数分。俺達に飽きたのか、それとも襲ってこないと判断したのかは定かでは無いが、スタスタと再び茂みの中へと歩いて行ってしまった。






「……ふぅ。行ったみたいだね」


 特に何事も起こらずに、一安心だ。ホッと一息吐いたのもつかの間――心配性の本城さんが、先程のワンちゃんと同じように、再びキョロキョロと辺りを見渡してみせる。


「でも、ホントにどこ行っちゃったんでしょうか。きっとお腹も空いてるだろうし、早く保護してお家に帰してやりたいのに……」


「……そうだなぁ。早く見つけてあげないとね」


 ――お腹も空いてる、ね。やっぱり優しいな、本城さんは。


 普通の人なら、たかだか豚一匹に……と思うだけで終わってしまうだろう。彼女の良いところは、そんな動物一匹でさえ見過ごすことのできない、純粋な優しさを持っているところだ。


「先輩、ここから二手に分かれませんか? 私は右に行きますから、先輩は左をお願いします」


 ふと、唐突に彼女がそんな提案を持ちだしてきた。……しかし、その提案はあまりにもナンセンスである。


「何? わざわざ自分から、山の中に行くって言ってるの?」


「そうですよ、何か?」


 いつも以上に険しくなった仏頂面で、彼女がこちらを見る。

 せっかく心の中で彼女を褒めたばかりだったのに。その判断は、あまりにもバカらしくて呆れてしまった。


「……今の君一人で、山の中に行かせるわけにはいかないね」


「いいじゃないですか、私が言ってるんですから。別に、なんの文句も無いでしょう?」


「いいや、あるね」


「……なんですか」


 彼女がギュッと眉をひそめた。


「まず、山の中に女の子一人で行かせるには、あまりにも危険すぎる。今は手ぶらだし、何も身を守る物を持って無いのは、死にに行くようなもんだよ」


「大丈夫ですよ、別に死にはしませんからね」


 ――何も分かってねぇな、こいつ。


「……もう一つ。君はさっき、野犬に出くわしたくせに呑気に動こうとしてた。的確な対処も知らないまま、噛まれに行こうとしてたのと同じだよ」


「それは確かにそうかもしれませんけど、その話はもう終わったでしょう? 何を今更」


「バカ野郎。山の近くをうろついてたってことは、山の中に住んでる可能性が高いってことだよ。つまり、中に入ったらまた、野犬に出くわす可能性が高い。そんなとき、何も対処できなきゃ、それだって死ににいくようなもんでしょ」


「じゃあ、今教えてくださいよ。こんなこと話してる間にも、あの豚さんがどこかに行っちゃってるかもしれないんですよ?」


「……いいや、教える必要は無いね」


「はぁ? なんですかそれ……」


 そんな彼女の言葉を無視して、俺は右の道へと歩き始めた。……一向に付いて来ない彼女を見兼ねて、後ろを振り向く。


()()()行けばいいだけだよ。多分、向こうには行ってないだろうからね」


 そんな俺の言葉に、彼女は口をぽっかりと開けて驚いていた。






「ねぇ、先輩」


 段々と足元が悪くなってきた、山の入り口。俺の後ろを歩く本城さんが、俺を呼んだ。


「ん?」


「……なんで、向こうには行ってないと分ったんですか?」


「んー。別に、分かっては無いよ?」


「へ?」


 彼女の素っ頓狂な声が聞こえた。


「ほら、本城さん言ってたじゃない。豚は元々、猪だったんだって。だったら豚だってきっと、住み着くなら山の中なんじゃないかなぁって思ってさ」


「……ってことはもしかして、根拠は無いんですか?」


「まぁね」


「まぁねって……はぁ。こんなことなら、私が向こうに行けばよかったです」


 ため息を吐きながら、彼女は呆れてしまっていた。


「……あとさ、こっちに行くって言ったのには、もう一つあるよ」


「……なんですか?」


「いやさ。あのまま本城さんを放っておいたら、きっと焦って無我夢中になって、あの豚の二の舞になっちゃいそうだなぁって思ってね」


「……なんですか、それ」


「だって本城さんってば、豚を見つけるなり、急に走り出すんだもん。絶対周りが見えてなかったし、あのままにしておいたら、このまま帰ってこないんじゃないかなぁ、なんて思っちゃってさ」


「別に……先輩にそんな心配されなくたって……」


「『いなくなったら、寂しいって思ってくれますか?』って言ってたのは……誰だよ?」


「っ……」


 ハッとした様子で、彼女が言葉を詰まらせる。


「言っただろ? 俺達は友達なんだから、本城さんのことを心配するのは当たり前なんだよ。……そんな簡単なことも理解できないなんて、幼稚園児なの?」


「っ! だ、黙ってくださいよ! こういうときだけ調子に乗って! 生意気です!」


「普段から生意気なことばっかり言われてる、俺の身にもなってくれよ」


「……それは」


「……あのさ。別にもう、君の昔がどうだったとか、君の性格がどうだとか、そういうのはどうでもいいんだよね。ただ友達だから、一緒にいて楽しい。ただ友達だから、相手に何かを頼んだり、頼まれたりもする。ただ友達だから、相手のことを心配するし、ただ友達だから、いなくなったら寂しくなる。きっとそんな、単純なことなんだよ。


 ……陽キャとか、陰キャとか、例えそういうのが人間関係の中にあったとしたって、そういうのはどっちだろうが、根本は変わらないんじゃないのかな?」


「……そうなん、ですかね?」


「多分ね。俺は最近そう思ってるよ」


 俺の真後ろを歩いているせいで、ハッキリと彼女が今どんな表情をしているのかは分からない。けれど、後ろをチラッと覗いた限りでは、彼女はぼんやりと俯いたまま歩いているのが分かった。






「……先輩。私……」


 彼女が何かを告げようと、改めて俺のことを呼ぶ。――しかし、その言葉は刹那、瞬く間に存在を抹消された。


「っ! しっ! 静かに!」


 咄嗟に目の前に見えたものに気付いて、足を立ち止まらせる。後ろを歩く本城さんにも、その場で立ち止まれと右手で合図した。


「……野犬の群れかな。やっぱりいたね」


 俺達が歩く道の少し先を、数匹の犬が横切って走って行った。先程の犬種とは違い、真っ黒な毛並みの大きな体をした犬達だった。

 あの様子だと、先程のように気安く見逃してくれるような感じでは無さそうだ。


「うわぁ……たくさんいますね」


「うん。あんまり音を立てないように行こう。……慎重にね」


 丁度近くに落ちていた、手頃なサイズの太い木の枝を手に取る。あくまでも護身用にだが、持っていないよりはマシだ。

 身を低くして、ゆっくりと犬達が走って行った場所まで進む。木々に隠れながら、徐々にその後ろ姿へ近付いていった。


「……何か、みんなで食べてるのかな?」


 ようやく、その群れが集まっている様子が見える場所まで来た。しかし、何を囲んでいるのかまでは見えずに、何をしているのかはよく分からない。


「……先輩」


「うん?」


 彼女に呼ばれて、後ろを振り向く。……そんな彼女の顔は、何故か今にも泣き出しそうだった。


「……もしかしてなんですけど、あの子達が食べてるのって……」


「……あっ」


 ハッとして、再び犬達の群れの様子を見てみる。……全貌は見えないが、犬達が囲んでいるものの大きさを想定するに、確かにそれらしい大きさだ。


「そんな……。やっぱり、私が助けてあげられなかったから……」


 いつになく弱々しい声で、彼女が呟く。そんな風に言われると、こっちにも辛い気持ちがうつるじゃないか。


「……まだ、そうと決まったわけじゃ無いよ」


「でも……わっ!」


 突然本城さんが、その場で足を滑らせて尻もちをついてしまった。足元を見てみるに、どうやら湿った葉っぱが残っていたらしい。……それと同時に、血の気が引いた。


「……やべぇな、気付かれた」


 今の今まで、囲んでいた何かに夢中になっていた犬達が全員、こちらに向かって吠えながら威嚇の体勢をとっていた。――その背後には、予想していた通りのものが、地面に横たわったまま。


「そんな……私のせいで……」


 目の前の景気が相当ショックだったのか、本城さんは尻もちをついたまま、動けずに固まってしまっていた。このままでは、相当マズい。


「ほ、本城さん……! 今はそれよりも、早く逃げないとマズいって!」


「でも、でも……私が……っ!」


 彼女が大きく目を見開いてハッとする。咄嗟に振り向くと、とうとう一匹の犬がこちらへ向かってきてしまっていた。


 ――やっべ!


「本城さん! 走っちゃダメ! 背中を向けないでゆっくり下がって!」


 得たばかりの不慣れな知識を、彼女に向かって叫ぶ。しかし、どうやら腰が抜けてしまったようで、立ち上がれずに右手だけで体を引きずらせながら、ゆっくり下がっていた。


「本城さん! 落ち着いて! ゆっくりでいいから!」


「そんなこと言ったって! ……っ! 先輩、前!」


「っ! ……うおっ!?」


 一瞬の出来事に、咄嗟に手に持っていた木の棒を盾にする。……ギリギリセーフ。いつの間にか俺の目の前にまで走ってきていた犬に、噛みつかれるところだった。

 木の棒を噛みつかせることで、間一髪のところで身を守ることができた。流石は犬だ。棒を手に持っているだけでも、その歯の力がいかに強いのかが伝わってくる。


「やべぇな……。どうしよこれ……」


 襲われたのが一匹ならまだ良かった。だが後ろには、不運にもまだ数匹の犬達が待機している。これ以上他の犬達に襲われてしまったら、確実にやられてしまうだろう。今はまだ、下手に攻撃することはできない。


 ――……いや、もうそれしかねぇよな。


「……本城さん! さっきも言ったけど、背中を見せないでゆっくりと下がって! ある程度距離を取ったら、走ってそのまま誰でもいいから助けを呼んできて!」


「えっ。で、でも! 先輩は……!?」


「俺はいいから! とにかく早く!」


「……わ、分かりましたよ! でも、でも絶対、無茶しないでくださいね!」


 震えた足で、木を助けにしてようやく本城さんが立ち上がる。だがあの様子じゃ、まともには走れないかもしれない。


「分かってる……っ!?」


 彼女に返事をした瞬間、俺は目の前の出来事を疑った。――噛みつかれていた木の棒が、見事にポキッと折れてしまったのだ。


「ぐっ! こいつ、いいから咥えとけって!」


 咄嗟に、手元にあったもう一本の木の棒を掴み、今度はそれを噛みつかせる。先程よりも木の棒は細く、かなり心許なかったが、何もしないよりはマシだろう。

 だがこれ以上はもう、周りには何も役に立ちそうなものは無い。


「先輩!?」


 それを見ていた本城さんが、助けようとこちらへ近付こうとする。


「来るなって! 早く行け!」


「でも!」


「いいから早く!」


 木の棒に噛みつく犬は、いつこれを離して襲ってくるか分からない。早いところ、彼女だけでも逃げてもらわなきゃ困る。


 ――クッソ……。こういうとき、何か大きな音が出せる物があれば……っ!


「う、嘘だろ!?」


 不運というものは、どうして連続して起こるものか。とうとう奥でずっとこちらに吠え続けていた群れが、全員でこちらに走ってきたのだ。

 これ以上はもう、身を守るような物も、手段も無い。季節も夏で半袖だし、腕を噛ませることもできない。……もう、諦めるしかないのか。


「先輩!!」


「クッソ! 向こう行けバカ野郎ぉ!!」


 思わず自棄になり、犬達に向かって思い切り叫んだ。そう叫んだところで、何か状況が変わるわけでは無い。

 だがそれでも、ほんの少しでも、何かが変わることを悲痛な思いで神に祈って。――それと同時に、その場にいた全員が体をビクッとさせた。


「……え?」


 俺と本城さんの声が重なる。驚いた野犬達は、逃げるようにその場から走り去ってしまった。


 ――何が……起こったんだ?


 突如として、山の中に聞き慣れないような甲高い音が響き渡った。それはどこか――銃声にも近いような、耳が痛くなるほどの音だ。

 一体何が起こったのか、しばらくの間理解ができずに、二人揃ってボーっと走り去っていく犬達を見つめてしまっていた。






「二人とも! 大丈夫か!?」


 突如、どこからか声が聞こえた。聞き覚えのある声に、思わず耳を疑う。


「っ! おじいちゃん!?」


 本城さんが叫ぶ。その視線の先には、俺達の見慣れた顔が一つあった。――その手に持っていたものを見た瞬間、一体何が起こったのかを全て把握する。


「源二さん!? どうしてここに?」


「それは後だ。……それより実君、どこか噛まれてはないかい?」


 咄嗟に山のおじいちゃんが俺の元へ駆け寄っては、俺の体を確認する。


「え。あ、あはは……。なんとか、無事だよ」


「良かった。綾乃ちゃんも、無事だね?」


「う、うん……。平気……」


 コクりと彼女が頷いた。


「そうかそうか、良かった。……詳しいことは後で聞くけど、二人が山の中に入ったのは多分……()()だろ?」


 そう言って、山のおじいちゃんが例のものを視線に捉える。


「っ! そうだった!」


「あ? お、おい! 本城さん!」


 思い出したように彼女は走り出すと、()()のほうへ向かっていってしまった。すぐに俺と山のおじいちゃんも、彼女のことを追い掛ける。


「っ……。あ、あぁ……」


 目の前にたどり着くなり、再びショックを受けた様子で、その場に膝をついてしまった。……無理もないだろう。


「ごめんね……。もっと早く私が、あなたのことを助けてあげられてたら……。こんなとこで、死ななくて済んだのに……。もしかしたら、私が一番近くにいたはずなのに……ごめんね……」


 目の前のそれに、とうとう彼女が涙を流す。

 そこに横たわっていたのは紛れも無く――先程俺達が見かけた一匹の豚が、無残にも腹と首を食いちぎられてしまった姿だった。

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