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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.1 本城さんってどんな人?
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本城さんは、人前に出るのが苦手

「おーい、本城さーん」


 次の日。言うまでもないが、今日も俺は本城さんの元へと向かった。いつもの如く、学食の隅っこでスマホと睨めっこをしている彼女へ呼びかける。そんな彼女もまた、今日も耳にはイヤホンを付けていた。


 ――また無視か……。どうせ俺のことを困らせようとしてるんだろうけど、流石に今日はそうはいかないぞ。


「こら、無視しない。どうせ聞こえてるんでしょ?」


 そうして今日は、彼女の耳から両方のイヤホンを外してやった。相変わらずイヤホンからは、大音量の音楽が流れている。すると彼女は、不服そうな顔を浮かべながら、ジトーっとした目でこちらを見上げてきた。


「なぁんだ、今日は焦らないんだ。つまらないですね」


「つまらないとはなんだ、つまらないとは。流石に三日間も同じことをされたら分かるでしょ」


「へぇ、先輩も少しは学べるんですね。見直しましたよ」


 そんなことをぼやきながら、俺の手から本城さんがイヤホンを奪い取った。その様子は、明らかに皮肉が入り混じっているそれだ。


「先輩をバカにするなよ。言っておくが、俺は君より一年長く生きてるぞ」


「私より一年長く生きている割には、勧誘のうたい文句は、毎日一向に変わっておりませんが?」


「うぐっ……。それはまた別の話だ、別の!」


 そう言って逃げるように、数人用テーブル前に置かれた椅子を一台取ると、俺は本城さんが座る横に並べた。


「……なんですか、座るんですか?」


「え? ……ダメなの?」


「……先輩。確かに私は昨日、私の前で昼食を取ることを許可しました。ですが、そんなに私に近付いて座っていいとは、一言も言っていません」


「は……」


 なんだそれは。確かにそうとは言わなかったかもしれないが、それはズルいじゃないか。


「それはつまり、立ち食いをしろと?」


「そうは言ってません。ただ、まだ出会って一ヶ月ちょっとの私達が、こんなにも近い距離間で座り、食事をするのはあまりにも早すぎると言いたいんです」


「は、はぁ……」


 なんとも複雑な理論だ。女心なのか、コミュ障からなのか、彼女の考えることはつくづくよく分からない。

 別に食事くらい、一緒に座りながら食べたっていいじゃないか。なんだって、距離感をそんなに気にするんだ?


「つまり、離れたところで食えと」


「そういうことです。ほら、そっちの席が空いてますし。そこでいいじゃないですか」


 すると本城さんは、自分が座る席から一つ空けて、向こう側にある空いた席を指差した。


「……あの、それじゃあ本城さんと話せないんだけど」


「別に構わないでしょ。どうせ話題は同じなんですし、するだけ無駄でしょう?」


「いちいち君の反論も、変わらないもんだな」


「だから、何度も言ってるじゃないですか。新しい会話を繰り広げたいのなら、新しいうたい文句を持ってきてくださいって。それなら私も、少しは話に付き合ってあげますよ。もちろん、サークルに入るわけではありませんが」


「あっそう……。まぁいいや。取り敢えず、昼飯買ってくる」


「どうぞ。そのまま、帰ってこなくて結構です」


「一言余計だ」


 はぁっと息を漏らして立ち上がると、俺は学食のカウンターへと向かった。

 特に何が食べたいわけでもなかったので、取り敢えず昨日と同じハンバーガーを注文する。その場で数分程待ってから紙袋を受け取ると、再び彼女の元へと戻った。






「お待たせ」


「別に待ってません。帰ってください」


 いつの間にか袋からハンバーガーを取り出して、本城さんは先にモグモグしていた。口元に手を添えながら、本城さんが俺を一瞥(いちべつ)する。


「いちいち冷たいな、まったく」


「勘違いしているのなら言っておきますが、私は毎日この時間、地獄の時間を送っているんです。誰のせいだと思ってるんですか?」


「地獄って、そんなに嫌?」


「当たり前じゃないですか。私だって嫌じゃなかったら、こんなに冷たく接しません」


「寧ろ本城さんって、それが普段の態度だと思ってるんだけど違うの?」


「先輩には、デリカシーってものがないんですか? 普段からこんな態度だとしたら、どれだけ私のイメージ最悪なんですか。何振り構わず、相手が誰だろうとこの態度を取っていたら、私は今頃こんな大学に通っていませんよ」


 ――え、いやでも、体験入部のとき、結構態度悪かったような……。


「……そうなの?」


「そうなんです。人を第一印象だけで、勝手にイメージ決めつけないでください、反吐が出ます」


「はぁ……悪かったよ」


 ――反吐が出るとはなんだ、反吐が出るとは。君もいちいち、発言を選んでくれよ。こっちだって、ショックなんだから……。


 しかし、そんなことを彼女に向けて言えるはずもなく、泣く泣くその言葉を俺は飲み込んだ。






「……まぁそれはもういいや。それよりも本城さんって、どうしてそんなに演劇が嫌なのさ?」


 袋の中から、包み紙に包まれたハンバーガーを取り出した。紙を剥きながら、本城さんへと問う。


「そんなこと聞いて、何になるんですか? 聞くだけ無駄ですよ」


「でもさ。一度はサークルに来てくれたんだし、ほんのちょっとでも興味を持っててくれたんだよね? だからきっと、過去に何か演劇をしてて、嫌なことでもあったのかなぁって思ってさ。演技も凄く上手かったし」


「……まぁ、確かに嫌なことはありましたね」


「おほっ! ……えっ、あったの?」


 ハンバーガーを一口含んだ瞬間、本城さんがその言葉を口にした。驚きで思わず吹き出しそうになるのを、必死に堪える。


「ありましたよ。それはもう、トラウマになるようなことがね。……今となっては、ただの笑い話ですが」


「はぁ。それって、どんな?」


「……なんで先輩に話さなくちゃいけないんですか。話したらどうせ、それを弱みとして使おうとか考えてるんじゃないですか?」


 ツンとした表情で突っぱねると、彼女は置いてあったカフェオレのペットボトルを手に取った。


「別にそんな目的では使わないよ。原因が分かれば、本城さんの助けになれるかもしれないでしょ?」


「……はぁ? 先輩いま、私のことを助けるって言いました?」


 キャップを外して、カフェオレを飲もうとする寸前、呆れた様子で彼女が一言告げた。


「え、うん。言ったけど」


「バカですか? どうしてわざわざ私のことを、助けるだなんてあなたは言えるんですか」


「どうしてって……。困ってることがあるのなら、助けてあげたいって思うものでしょ?」


「……ぷっ。やっぱり先輩、バカですね」


 すると突然、本城さんが吹き出して笑った。一体どうして笑われてしまったのか、俺には全く分からない。


「な、なんで笑うのさ……」


「言葉の通りです。先輩がバカだからですよ。……いや、もはやバカを通り越して、変人ですね」


「そんなこと……人を助けたいって思うだけなのに、どうしてそう思うの?」


「簡単な話でしょ、さっきも言いましたし。出会って一ヶ月しかない上に、勧誘する側とされる側でしかない関係のあなたが、どうしてわざわざ私のことを助けたいだなんて思えるんですか。正直、先輩はおかしいですよ」


 いつもの仏頂面で、本城さんが淡々を言葉を並べる。挙句には変人扱い、頭のおかしい人扱いをされてしまうだなんて、よほど俺とは考えが違うようだ。


「……ホントに君は、そう思う?」


 カフェオレを一口含む彼女へ問うた。


「えぇ、思いますね。少なくとも私は、過去に先輩みたいな変人と出会ったことはありません」


「そう。……それなら俺は、変人でもいいや」


「……は?」


 ペットボトルのキャップを閉めるや否や、彼女は目を丸くさせた。


「だって、俺が本城さんの演技を凄いと思ったのは、ホントのことだから。今の君が演劇することにわだかまりがあるのなら、少しでも俺は力になりたいと思ってる。――あの日ウチに来てくれたってことは、きっと心のどこかでまだ、演劇をしたいって思ってくれてるはずだって、俺は信じてるから」


 そう言い終えたと同時に、思わずハッとする。目の前の彼女が、目を丸くさせてジッと俺のことを見つめていたからだ。一体自分は、何を臭いことを言っているのだろうと、恥ずかしくなって視線を落としてしまった。


「あー……あの、本城、さん……?」


「……やっぱりバカだ」


「へ?」


 彼女がポツリと告げた。


「やっぱりあなた、バカですよ。こんな陰キャでつまらない私なんかに、そこまで必死になるだなんて。もしかして、サークルの勧誘以外にも何か裏があるんですか?」


「は、はぁ? ないよそんなの。もし何か別の目的があるのなら、それこそもっと違ううたい文句でも考えてくるもんなんじゃないの?」


「……確かに、それもそうですね」


 静かに一言そう言うと、彼女は途端こちらへ体ごと向けた。表情はいつもと同じ仏頂面のままであったが――瞳の奥に潜んでいる何かが、先程までとは明らかに違うような、そんな感じがした。


「分かりました、なら信じましょう。そこまであなたが変人だというのならね」


「えっ。……あ、うん。ありがとう……?」


「えぇ」


 俺の言葉に雑な返事を向けると、彼女は再び体ごと正面を向いてしまった。ハンバーガーを一口運び、モグモグタイムへと入ってしまう。


「ねぇ、聞かせてくれないかな? 君がどうして、演劇をするのが嫌になった理由」


 一瞬、また無視されてしまうのではないかと心配したが、彼女はこちらをチラッと見ると、口元を抑えながらこう言った。


「……少しだけ、待っていてください。これを食べ終わったらお話しますから。……先輩だってそれ、早く食べないと冷めちゃいますよ?」


「あっ? あぁ……確かにそうだな」


 そういえばすっかり、自分の手元にあるハンバーガーの存在を忘れてしまっていた。どうやら彼女も話してくれる気分になってくれたようだし、それまでに俺も食べておこう。

 それからしばらくの間、お互いに無言のままハンバーガーにかぶりついていた。はたから見ればきっと、異様な光景であることに違いない。周りからの視線が少し気になりはしたが、彼女が口を開いてくれるようになるまでの間、俺はジッとその時間を耐え忍んでいた。






「ふぅ……ごちそうさまでした」


 ようやく完食したようで、本城さんは両手を合わせると、いつものようにゴミをまとめ始めていた。対して俺も残り一口であったので、急いでそれを口に中へと放り込む。


「……一体どんな顔して食べてるんですか、変な顔」


「ふぇ?」


「頬っぺた膨らませて……リスじゃないんですから」


「な、なんふぁよ、うるふぁいな!」


 そんなことを言われて、思わず自棄になり口の中にあったものを一気に飲み込んでしまった。おかげで咄嗟にむせてしまい、自らの胸をドンドンと叩く。


「何してるんですか、まったく……。大丈夫ですか?」


「けほっ……。あ、うん、平気だよ……けほっ……」


 そんな咳き込んでいる俺に呆れたのか、本城さんは一つため息を吐いた。


「それで……。もう、話してくれるんだよね?」


 ようやく咳が止まったので、改めて俺は彼女に問うた。すると彼女はこちらを見て無言で頷くと、続けて口を開く。


「じゃあいいしょうか? ……二つあります。AかBか、どちらか選んでください。どちらか一つだけ、話してあげましょう」


「え。じゃあ……び、Bで」


「分かりました。……小学五年生の時です。詳しいことは覚えてませんが、学校行事で演劇をすることになったんです。そんな中どうしてか私は、みんなから女主人公に抜擢されて、演じることになりました」


 一度ゴクリと生唾を飲み込んだ様子で、そのまま彼女が続ける。


「けれど本番になって、あまりにも緊張し過ぎてしまった私は、舞台の最中にセリフが飛んでしまったんです。もちろん小学生の演劇なんてたかが知れていますので、誰も助け舟など出してくれずに、とうとう恥ずかしくなって私は泣いてしまいました」


 そこまで言うと、段々こちらと目を合わせるのが嫌になってしまったのか、俺からそっと視線を逸らしてしまった。


「当然そのまま続けられるはずもなく、演劇は中断。改めて台本を読み直して泣く泣く再開はしましたが、それはもう地獄でしたね。最後の最後にもらった観客からの大きな拍手は、もはや悪意の塊にしか聞こえませんでした。――それ以来人前での演技ものには、関わらないようになったんです」


 すると突然、本城さんがその場に立ち上がった。少しだけ恥ずかしそうにして、窓の外へと視線を向けている。俺はそんな彼女へかける言葉も見当たらないまま、ただただジッと見守っていた。


「確かに、演技をすることは好きです。この世で一番大嫌いな自分のことを忘れられて、自分以外の誰かになれる唯一の時間だから。……それならばと思って、声優になってみようかと思った時期もありましたが、それは家族に反対されたおかげでなしになりました。結局周りに流されるがまま、この大学へ通うことになったんです」


「そう……」


「そうして入学式の日、偶々演劇サークルが部員募集しているのを見かけて、興味本位で入ってみたんです。けど色々と考えた結果、やっぱり入部はやめました。私は、先輩みたいに……強く、ないんです」


 ぼんやりと窓の外を見つめながら、弱々しく彼女が語る。彼女が今この瞬間、何を考えているのか。それはこの横顔を見ているだけでは分からない。もしかすると、そんな彼女のミステリアスなところに俺は、惹きつけられてしまっているのかもしれない。


「……つまらない話をお聞かせしてしまいましたね。忘れてください」


「いや、そんな……」


 すると彼女は、そそくさと荷物をまとめるとカバンを手に取った。どうやらそろそろ、行ってしまうらしい。


「ありがとうね、聞かせてくれて。ホントなら、あんまり人に言いたくない話だっただろうし」


「いいんです、気にしないでください。……それから」


 ふと、数秒の間なにかを考えるように視線を落とすと、再び俺を見ながら彼女が告げる。


「その……勧誘は別に、これからも来てもらっていいです。もしかしたら、先輩のうたい文句次第では、私の気持ちも変わるかもしれないので。あくまでも、先輩のうたい文句次第ですが」


「ん、そう……?」


 最後の一言は余計な気がするが、どうやらなんだかんだ言いながらも、少なからず俺の言葉は本城さんへ届いていたようだ。それはきっと微量ではあるのだろうが、「塵も積もれば山となる」だ。本人がそう仰るのならば、これからもとことん通い続けてやろうと思う。


「そっか。じゃあ、本城さんがサークルに入りたいって思えるようなうたい文句を言えるように、俺も頑張るよ」


「……まぁ、それなりに期待していますよ。先輩」


「あぁ、そうしててくれ」


 そんな彼女の言葉に、喜ぶ気持ちが浮かぶ反面。彼女が言っていたもう一つの原因とは一体なんなのか、俺はずっと気がかりだった。


 ――トラウマか……。もう一つは一体なんなんだろう。気になるけど、きっとすぐには聞けないよな……。


 二つの選択肢を与えた時点で、今は片方しか話す気がないのは明白だ。もっと深掘りするためには、今以上に時間を費やす必要があるだろう。今はただ、諦めるしかない。






「じゃあ私、次も講義なので。そろそろ行きますね」


「うん、分かったよ」


 一言告げると、彼女は俺を通り過ぎて出口へ向かおうとする。……数歩だけ歩くと、唐突にピタッと立ち止まって、彼女がこちらを振り向いた。


「……それでは、また」


「え。あ、あぁ、またね!」


 そんな彼女へ、精一杯の笑顔を送る。相変わらずの仏頂面だが、そんな俺の返事に答えるようコクりと頷くと、そのまま去って行ってしまった。


 ――……難しいな、本城さんって。


 一体どうすれば、彼女ともっと距離を縮められるのだろう。彼女の背中を見送る俺の頭の中は、ただそのことだけでいっぱいに満たされてしまっていた。

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