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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.6 その豚に真珠は与えるべきか否か
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ロスト・イズ・パール(2)

「待ってよ、本城さん!」


 あんな風に俺のことを呼び出したくせに、自分は無視して勝手にスタスタと歩いて行ってしまう。

 なんで今日は、こんな仕打ちを受けてるんだろう。……なんて日だ。


「はぁ……やっと追いついた。酷いなぁ、まったくもう」


 ようやく本城さんに追いついたときには、ちょっとだけ呼吸が上がってしまっていた。マズい。そろそろ本当に運動しないと、体力が確実に落ちてきていると思う。


「いちいち文句が多い人ですね。そんなんだから、陽キャのくせに息が上がってるんですよ」


 そんな俺の隣を悠々と歩く本城さんは、先程までと違って、いつも通りの敬語口調だ。そうすぐにスイッチを切り替えられるのは、とても羨ましい限りだが、それに相手をするこちらの身にもなって頂きたいものである。


「う、うるさいな! それは今関係無いだろ!?」


「ありますよ、大有りです」


「じゃあ、何よ?」


「もし万が一、森の中から熊か何かが襲ってきたときに、身代わりになってもらうからに決まってるじゃないですか」


 顔色一つすら変えずに、本城さんが淡々とそんな恐ろしいことを口にしてみせる。


「……君は今、サラッと人殺そうとしたよね?」


「さぁ。気のせいじゃないですか? でも、本当に冗談抜きで熊が襲ってきたときは、きっと心強い先輩が助けてくれるって信じてますので。そのときは、お願いしますよ」


「自分だけ逃げる気か、こいつ……」


「当たり前じゃないですか」


「何が当たり前だって!?」


「あ、それから。茨城(いばらき)県では、ほとんど熊などの動物は生息していないらしいですよ。なので、基本的にそこら辺の心配は無いので、無駄に気を張らなくても大丈夫です」


 右手の人差し指を立てながら、彼女が告げた。そんな情報、県民である俺も初耳だ。


「はぁ!? おま、それ知ってて言っただろ!?」


「当たり前じゃないですか」


「ふざけんな! 当たり前言うな、当たり前と!!」


 そんな俺の必死な反論に、本城さんは反省の色を見せるどころか、楽しそうにクスクスと肩を揺らして笑っていた。






「……で。本城さん。これはどこに向かってるワケ?」


 当然だが、この辺の地理に俺は全くの無知だ。だがそれでも、一度通った道なら、なんとなくでも分かるはず。

 今、彼女と共に歩いている道は、そんな俺でも知らない、全くの未知な領域だった。


「決まってるでしょ。養豚場に行くんですよ」


 さも当然の如く、彼女がポツリと呟く。


「……え、真珠は?」


「真珠は、おじいちゃんが探してくれているので、そっちに任せます」


「……え、マジ?」


「マジです」


 ――えぇ……。さっきアレほど、おばちゃんから悲しいお話聞いたばっかじゃん! いいのかそれで!?


「……それよりも、心配なんですよ」


「心配って、何が?」


 俺が問うと、彼女は呆れたかのようにため息を吐いた。……いい加減、このため息には慣れてきたが、いくら心強い先輩でも、この態度を取られると度々心が抉られる。


「だって、考えてみてください。普通、豚が道端を歩いてることなんてありますか?」


「さぁ……山の中なら、あり得るんじゃないの? ほら、(いのしし)とかも山に出るし……」


「先輩はやっぱり、バカなんですね。バカを通り越して、大バカなんですか?」


 俺の言葉を遮って、彼女が告げた。


「……急に大バカと言われても困るんだが」


「はぁ。分かりました、教えてあげます」


 そうしていつもの如く、彼女は人差し指を立てて話を続ける。


「豚は本来、猪と同じ種族の生き物なんですよ。元々、豚なんて生き物は存在しません」


「……全然意味が分からないんだけど、と言うと?」


「だからですね。豚っていうのは、人間が猪を家畜化するために、品種改良して作った生き物なんですよ。だから、野生の豚なんてものは、まず存在しません」


「え……そうなの?」


 それはまた初耳だ。豚と猪なんて見た目も違うし、全く違う生き物だと思っていたが、そんな事実があったとは。


「そんなことも知らないで、今の今まで豚肉を食べて生きてきたんですか? ホント呆れますね。こんな人間に食べられてた豚さんに同情しますよ。今まで食べてきた豚さん達に、謝ってください」


「いや、別にそんな謝ることは無いでしょ……」


「はぁ? 何言ってるんですか? 私達は、他の生き物達から命を頂いているんですよ? それなのに、『謝ることは無いでしょ』ですって? はぁ……これだから陽キャは嫌いなんです。ホント、最低ですね」


 上目遣いで、彼女が冷たい視線でこちらを見る。やめて、そんな目されると胸が痛むから!


「わ、分かった! 分かったから! 悪かったよ! ごめんなさい!」


「それでいいんです。くれぐれも今後は、他の生き物を侮辱するような言動はしないことですね」


「……はいはい」


 ――……陽キャという生き物を侮辱するのは、許されるのか? ホント、つくづく都合の良い子だなぁ。


 何故だか俺は、そんな風に豚と猪に向けて、謎の謝罪をさせられたわけだが――結局は全て、本城さんに向けて謝ったような気もするのは、気のせいだろうか。






「……で。どうして養豚場なワケ?」


「……え。今の話を聞いて、まだ分かってないんですか?」


 すると今度は、大きく目を見開いて、わざとらしく驚いてみせる。

 ホント、演技が上手いせいなのか、一つ一つの表現が素晴らしくオーバーで感心する。


「悪かったな……」


「やっぱり先輩、幼稚園からやり直したほうが良いですよ。日本語のお勉強からやり直しましょ」


「うるせぇなぁ。そういうのいいから、早く教えてよ」


「はぁ。……いいですか? 豚が家畜の生き物だということは、前提的に誰かに飼われているということです。つまり、野生の豚がいることなんて、ゼロでは無いのかもしれませんが、それでもどこからか逃げ出した豚だということになるでしょう?


 要するに、野生だろうが家畜だろうが、元々は誰かが飼っていた豚だということです」


「……つまり、それを確認するために、養豚場に行くと?」


「そういうことです。もしかすると、昨日今日に逃げ出して、探している可能性だってあるんです。一応、確認したほうがいいかと思って。……真珠さえ無くならなければ、焦って取り乱すこともなく、保護できたのかもしれませんけど……」


「あー。涙目だったもんなぁ、君」


 そんな俺の一言にイラッとしたのか、咄嗟に彼女がこちらを向いて、ギラリと睨みつけてきた。あ、やっべ、怒らせちまった。この子怖い。


「仕方ないじゃないですか。……大切なモノだったんですよ。アレは」


 と、思ったら、今度は萎むように俯いてしまった。ホント、普段はクールぶってるくせに、よくコロコロと感情が変わる子だと思う。


「……お母さんから貰ったって言ってたっけ?」


「……えぇ」


 視線を地面に落として、トボトボと隣を歩いている。

 車一台もほとんど通らないような小道を歩いているからまだいいが、これがもし大通りだったら、すぐにでも事故に遭いそうな怖い歩き方だった。


「……本城さんのお母さんってさ。どういう人だったの?」


「……聞きたいんですか?」


「んー。まぁ、興味はあるなぁって思って」


「聞いてもどうせ、つまらないですよ? いいんですか?」


「いいよ別に。養豚場に着くまでだよ。どうせ、話すことも無いしね」


「……そうですか。じゃあ」


 そう告げると彼女は、一呼吸を置いてから、お母さんの話を俺に語り始めた。






「……よく、無茶する人でしたね」


「無茶?」


「えぇ。あんまり詳しくは言えませんが、とある団体のリーダーを務めてまして。もっと自分達の活動を広めたい、より良くしたいって言って、前のリーダーが脱退するときに、自分から立候補したんです。


 色んな仕事引き受けては、メンバーの管理から、場所の予約とか、打ち合わせとか、とにかく全部自分でやる人でした」


「へぇ、凄く活発な人だったんだね。誰かさんとは大違いだ」


「……話やめますよ?」


 そんな誰かさんに、咄嗟にギロリと睨まれてしまった。


「わ、悪かったよ」


「もう……。まぁそうですね、よく私が言ってる言葉だとは思いますが……。言っちゃえばウチのお母さんは、“陽キャ”だったんですよ。後先考えずに、自分のやりたいこと全部に突っ走って、失敗して、でも泣くのを我慢して、次の仕事をやるんです。


 当時私は、少し早い反抗期だったので……バカだなぁって思いながら、ずっと見ていました」


「少し早いって、何歳くらいよ?」


「んー、十歳とか、十一歳とかその辺でしたかね」


「いや、はやっ!?」


 十歳なんて、まだまだ小学生じゃないか。そういうのは、てっきりみんな中学生になってから来るもんだと思っていたが、そんなことは無かったらしい。

 もしかすると、そういうのは男女で差が出てくるものなのかもしれない。


「色々ありましたからね。……おかげで、私はよく家に一人で残されてましたよ。朝も夜も、学校に行くときも、家に帰るときも、基本いつも一人でした。


 酷いんですよ? 私の誕生日も忘れて、仕事に没頭して、二週間ぐらい経った後に『あれ、そういえば綾乃の誕生日って、もう過ぎちゃったっけ!?』とか言って焦って、物凄く遅れて誕生日を祝ってくれたりとか。


 あとは……家庭訪問の日だっていうのに、すっぽかして私と先生の二者面談になったりとかもありました。普通考えてみると、あり得ないですよね」


 そんな過去を思い出しながら、本城さんがクスッと笑う。それにつられて、思わず俺も笑ってしまった。


「……そんなお母さんから、中学一年生になる前に貰ったのが、真珠のネックレスだったんです。私、誕生日は二月なんですけど、やっぱり忘れられちゃってて。


 三月に入って、小学校の卒業式の少し前くらいに、久しぶりにお休みだったお母さんに伝えたんですよ。そしたら、なんて言ったと思います?」


「いや……どうだろ? 『お祝いしてなかったっけ?』とか?」


 俺がそう答えると、本城さんは首を横に振った。


「それがですね。『いつも遅れちゃってるお詫びに、今年で中学生になる綾乃には、とっておきのプレゼントを用意してあげるね』なんて言ったんです。いや、“とっておき”ってなんだよって、ワケ分かんないですよね」


「あははっ、それは確かに」


「でしょう? そしたらお母さんってば、私を置いて一人で出掛けちゃったんです。『一緒に来たら、楽しみが無くなっちゃうでしょ?』って言って、玄関の鍵を閉めるのも忘れて出て行っちゃうくらい、なんか楽しそうにしてました」


「それは……開いてるの気付いて良かったね……」


「ホントですよ、もう。それで、お昼過ぎに出掛けて、帰ってきたのは、夜の八時過ぎくらいだったかな。あんなこと言いながら、だいぶ“とっておき”を選ぶのに迷ったんだなぁって、笑っちゃいましたよね。……それでその時貰ったのが、そのネックレスでした」


「なるほどね……。そうだったんだ」


「えぇ。『せっかく中学生になるんだし、少しくらいオシャレに挑戦してみなよ?』って言って、凄く高いやつ買ってきちゃって。細かい値段は分かりませんけど、一万だか二万だか……。『真珠って、一粒だけでもこんなに高いんだねー』なんて、そんなことを笑って言ってた気がします。


 たかだか中学生になる前の娘に、そんな高いアクセサリーをプレゼントしちゃう辺り、やっぱり陽キャのおバカさんだったんだなぁって、今思い返すと思いますよね」


 苦笑いを浮かべながら、それでもちょっぴり楽しそうに、本城さんが告げた。


「そっか……。良いお母さんじゃん、それでも」


「……えぇ。大嫌いでしたけど、良い人だったとは思います」


「あはは……。大嫌いになっちゃうのも、そりゃ仕方ないね。きっと、俺だってなる」


「……でも。私にとっての家族は、お母さんしかいなかったから。……もっと親孝行しておけば良かったなって思います」


「そりゃ、誰だってきっとそう思うよ。でも、その時はまだ、本城さんは中学生だったんだし……。仕方ないって言うと、綺麗ごとだけどさ。どうしようも無かったんじゃない?」


「……そうかも、しれませんね」


 ふぅっと息を吐いて、彼女が空を見上げる。

 もしかすると、彼女は今――あの空の向こうにいるお母さんに向かって、何かを想っているのかもしれない。






「……でもやっぱり」


 ふと、唐突にポツリと、彼女が呟いた。


「ん?」


「……もう少し私が頑張っていれば、お母さんも認めてくれてたのかなぁって思って」


「認めて?」


 それは、どういう意味だろう。

 もう少し詳しく問おうと、俺が口を開いた瞬間――俺の言葉は、彼女の言葉に掻き消されてしまった。


「いえ、なんでも無いですよ。気にしないでください。独り言です」


「あ……うん。そっか、分かったよ」


「……さて。そんなことを話してたら、着きましたね」


 そうして――とある一つの建物の前にたどり着くと、彼女はその足を止めた。それに続いて、俺の足も立ち止まる。


「おー……ここかぁ」


 俺達二人の目の前には、三角屋根の大きな建物が一つ、その場所にそびえ立っていた。

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