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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.6 その豚に真珠は与えるべきか否か
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ロスト・イズ・パール(1)

「それで? 失くした真珠って、どうしたんだよ?」


 つけ汁につけて、そうめんをすする本城さんに、山のおじいちゃんが問うた。


 本城さんが大好きだというおばちゃんのつけ汁は、鶏肉やネギが入った、醤油ベースの濃い味だった。具材だけだとちょっと素っ気ない気もするが、意外と鶏肉の油が良い味を出していて美味しい。確かにこれは、何度も食べたくなるような、癖になる美味しさだ。


「……中学一年生になる時に、お母さんからプレゼントで貰った、一粒の真珠のネックレス。せっかくお母さんの実家に来るんだから、付けて来ようと思って」


 アレだけ目を真っ赤にさせていたくせに、食にありつけた途端に、気が付きゃいつもの仏頂面だ。モグモグしながら本城さんは告げると、箸を持った右手で、首元に付けたチェーンをみんなに見せる。

 そういえば、先程まで胸元の襟のボタンは閉まっていた気がするが、今は一つ目のボタンが外されていて、何も付いていないネックレスのチェーンがハッキリと見えた。


 ――うーん。最初会った時は、珍しくネックレスしてるんだなぁぐらいにしか思ってなかったから、どんなのが付いてるのかは気にしてなかったなぁ……。


 ネックレスのチェーンを見るに、それ自体に目立った異変は無く、はたから見ればただのよくあるチェーンネックレスだ。

 つまり、真珠自体に穴が空いていて、チェーンに通すタイプでは無く、キーホルダーのように、真珠に付いた輪っかをチェーンに通すようなタイプだと思われる。


「んー、どこかで真珠のほうが切れて落としたとか、なんか無いの?」


 俺は、隣に座る本城さんに問うた。


「いや、その……」


 ザルに盛られたそうめんを箸で掴みながら、なんだか言いづらそうにしている。

 そんな言葉や表情とは裏腹に、そうめんを食べる手だけは、全く止まる気配を見せない。どうやら、食欲だけは別腹らしい。

 そんな本城さんは、もう一口そうめんを口に含むと、唐突にそんなことを告げてみせた。






「……さっきね。倉庫の前に、一匹の豚が歩いて来たの」


「……豚ぁ?」


 俺達三人の声が、思わず同時に重なった。


「うん。子供よりはちょっと大きいくらいの、中ぐらいの豚」


「はぁ、野生の豚なんて、聞いたこともねぇけどな」


 そう告げながら、俺の前に座る山のおじいちゃんがそうめんをすする。


「どこからか逃げ出したとかじゃないの? ほら、向こうの養豚場からとか」


 机の一角で、同じくそうめんをすするおばちゃんが告げた。


「でも、養豚場つったって、一番近くても車で十分くらい掛かっぺ」


「それはそうだけど、あり得ない距離じゃ無いでしょう? この辺は山とか森が多いんだし、その中を歩いてきたのかもよ」


「んー。まぁ、それはそうだけどよ……」


「……それで、その豚がどうかしたの?」


 そんな終わりの見えない二人の会話を、半ば強引に俺が終わらせて、話を戻した。


「うん。どこから来たんだろうなぁって思いながら、向こうから近付いてきてくれたからさ。可愛かったから、しゃがんでしばらく頭を撫でてたの。


 そしたらいきなり、私の胸に前足を乗せてきて、首元に顔を近付けだと思ったら、ネックレスを口で引っ張ってね。多分、真珠が珍しかったのかもしれないけど、ちょっとの間そうしてて。……それから、私には飽きちゃったのか、すぐに離れてスタスタ歩いて行っちゃった」


「――で、気付いたら首元に、真珠が無かったと」


「……うん」


 静かに一つ、本城さんがコクりと頷いた。


「まさか、その豚が真珠だけ食っちまったとかねぇだろうな?」


 盛られたそうめんを箸で取りながら、山のおじいちゃんが告げる。


「分かんない。もしかしたらと思って、倉庫の中と外をちょっと探してみたけど……そんなに一粒が大きいわけじゃないし、見つかんなかった」


「ふぅん……そうか……」


 渋い顔でおじいちゃんが呟く。せっかく美味しいそうめんを食べているはずなのに、その顔はまるで青汁でも飲んでいるかのようだ。






「……よし。なら、ちょっとみんなで探してみようか」


「え?」


 突然山のおじいちゃんはそんなことを告げると、お椀の中のつけ汁を一気に口の中にかき込んだ。「ごちそうさん」と力強い声で言うと、そのまま立ち上がって、台所へと持って行ってしまう。


「で、でもおじいちゃん。もしかしたら、ホントにその豚が食べちゃったかもしれないんだよ?」


 一人、勝手に行動へ移そうとしている山のおじいちゃんを見かねて、思わず本城さんが止めに入る。しかし、山のおじいちゃんはそんなことを気にもしない様子で、居間の扉を開いた。


「そんなの、探してみねぇと分かんねぇべ」


「それは、そうかもしれないけど……」


「……お母さんから貰った、大切なもんなんだろ?」


 ぼんやりと寂しそうに目を細めて、山のおじいちゃんが告げる。

 せっかく元気そうな表情に戻ってくれたと思っていたのに、その顔は先程と同じく、本城さんの悩んだ顔とそっくりな苦い顔だった。


「……うん」


「んじゃあ、探してみっぺ。俺は先に、倉庫のほうに行ってみっから。綾乃ちゃん達は、別んとこ探してみてよ」


「う、うん……分かった」


「おう。じゃあ、行ってくる」


 そうして、不器用な皮を被った笑みを小さく浮かべると、彼はそそくさと部屋を出て行ってしまった。

 そんな彼の後ろ姿に、なんとも言えないような様子で、本城さんはぼんやりと俯いてしまっていた。






「昔からよ、あの人があんな風にお節介を焼くのは」


 そんな中で、一人だけ問答無用でそうめんを口に運び続けていた、呑気なおばちゃんが口を開いた。その顔は、やれやれといった感じだ。


「そうね……今までは、綾乃ちゃんがまだ子供だと思ってたから、話題には出さないようにしてたんだけど……。そろそろあんたも、大人だもんね。せっかくだし少しくらい、こういうのは話しておいたほうがいいのかな。ちょうど、実君もいることだしね」


 手に持っていたお椀と箸を机の上に置いて、俺達二人とおばちゃんが向き合う。ふぅっと一つ息を吐くと、おばちゃんは前置きした話の続きを語り始めた。


「私ね、あの人とは、再婚なのよ。正確に言うと、私にとっては、初めての結婚だったんだけど……。あの人は、私が二人目なの」


「そう、だったの?」


 そんな彼女に続くように、本城さんも手に持っていたお椀とお箸を机に置いた。


「うん。あの人が初めて結婚した相手はね、事故で亡くなったらしいの。それも、あの人が運転する車で。お腹には、子供もいたみたいよ」


「子供が?」


 予想外のショッキングな言葉に、思わず俺の口から言葉が出た。


「……詳しいことは、私も分からないんだけど――奥さんが座る助手席のほうから、酔っぱらいが運転した車が突っ込んだらしくてね。あの人は軽傷だったんだけど、奥さんとお腹の子は即死。ついでに、相手の運転手も重体で、その後亡くなったらしいわ。


 目の前で奥さんが事故って血を流してるっていうのにさ、あの人どうしたんだって言ったと思う? ……まず奥さんを車の外に出して、近くにいた人に延命処置をお願いしたと思ったら、そのまま向こうの運転手のことも車から引っ張り出して、救急車が来るまでみんなで手当てをしてやったんだそうよ。でも、結局亡くなっちゃったらしいしね。


 一番近くにいたはずなのに、誰も助けられなかったって……そう、付き合ってた頃はずっと口癖のように嘆いてたなぁ」


「一番、近くに……」


 その一言を、本城さんが復唱する。俺にはよく分からなかったが、どうやらその山のおじいちゃんの一言が、彼女には印象深かったらしい。



『いや……もしかしたら、あの子はもう、誰かを失うってことを、怖がってるのかもしれないなぁって』



 そんな彼女を見て、思わず俺は先程の山のおじいちゃんの言葉を思い出した。


 ――本城さん……。やっぱり、お父さんとお母さんを亡くしてるから、そういうのが一番怖いんだろうなぁ。


 俺には、本当の意味で彼女の気持ちを理解することはできない。

 けれど――きっと()()()()()()、そんな彼女の気持ちを理解してやりたい、分かってやりたいと、自分は思ってしまうのかもしれない。


「……あんたのお母さん。まぁ、私達の娘でもあるけどね。理依(りえ)が亡くなった時も、あの人酷く落ち込んでたの。『また大切な家族を助けられなかった』って、あの人は何も悪くないのにね。


 綾乃ちゃんの前では、悲しませないように強がってたけど……きっと、一番泣くのを我慢してたのは、あの人だったんじゃないかなぁ」


 しみじみと語るおばちゃんが、小さなため息を吐く。そんな彼女の目頭が潤んでしまっていることに、不運にも俺は気付いてしまった。


「……昔から、優し過ぎるんだよ。おじいちゃんは」


「……そうね。私もあの人の、そんなところが好きで結婚したんだもの。優し過ぎて、無理し過ぎで、危なっかしくて。少しでも、力になってやりたいなって思って、私から付き合って欲しいって告白したんだもの。


 最初はあの人『もう結婚はうんざりだ』って言って、口も聞いてくれなかったのよ? イラッとしたから、お返しに八回も告白してやったよ。そしたらようやく向こうも折れてくれて、付き合ってくれたのよねぇ」


 ちょっぴり恥ずかしそうに昔話を語るおばちゃんに、隣の本城さんは、ジッと聞き入っていたようだった。女同士ということもあって、どこかしら共感できる部分もあったのかもしれない。

 対して男の俺はというと――そんなおばちゃんの強引な一面に、またも引いてしまったのは、紛れも無い事実である。


 ――うわぁ……源二さん、その時どう思ったんだろうなぁ……。すげぇ知りたい。仲良くなったら聞けるかな?






「……だから昔から、おじいちゃんは私のことを、いつも可愛がってくれてたんだ」


「そうねぇ。せめて綾乃ちゃんだけは、なんとしてでも助けてあげようと思ってるんだろうね。あんな風に、あんたに必死になってるのも無理ないよ」


「……そっか」


 ポツリと呟くと、咄嗟に本城さんはその場から立ち上がった。ふぅっと一息吐くと、改めておばちゃんと向かい直す。


「ごちそうさま。おばあちゃん、ごめん。私、真珠探してくるね」


 そう告げると本城さんは、くるりと背中をこちらへ向けて、そそくさと部屋を出ていこうとする。

 そんな彼女を見たおばちゃんが、一言「ちょっと待って」と呼び止めた。


「どうしたの?」


 振り向いて、不思議そうに見つめる本城さんの前に、彼女は立ち上がって、スタスタと歩いていった。二人が面と向かって、お互いに向き合う。


「……もしあんたに何かあったら、それこそあの人はどうなるか分かんないからね。この辺は高低差も激しくて危ないから、気を付けていってらっしゃい」


 おばちゃんがそう優しく告げると、本城さんの頭をポンポンと優しく叩いた。

 そんな彼女に、本城さんは嬉しそうに、俺が初めて見るような、無邪気な顔でクシャッと笑った。


「うん、分かった。ありがと」


 幸せそうにコクリと頷くと、そのまま彼女は部屋を出ようと扉に手を掛けた。






「……ほら、何してんの? 村木君も行くんだよ?」


「……へ?」


 せっかく箸で掴んだそうめんが、盛られたザルの上にポロっと落ちた。


「へ? じゃないでしょ。何言ってんの?」


 数秒前までの、幸せそうな表情は一体どこへやら。目の前に立つ彼女のその顔は、いつも通りの仏頂面だった。先程までのあの顔は、もしかすると幻覚だったのかもしれない。


「いや、話も一旦終わったし、俺はもう少し食ったら行こうかなと……」


「バカなの? そんなの、帰ってきたら食べればいいでしょ」


 いつもとは違い、タメ口の彼女の憎まれ口が耳を貫く。

 敬語での憎まれ口にはだいぶ耐性が付いてきたが、あいにくのところ、タメ口耐性は全くのゼロだ。そんな彼女のタメ口の罵りが、ストレートで綺麗に突き刺さった。


 ――やべぇ、慣れねぇ。なんか流石に気持ち悪りぃ……。


「いやでも、まだもう少し食いたいし、おばちゃんのそうめん美味いし……」


「あら。嬉しいこと言ってくれるねぇ」


 そんな俺の他愛も無い一言に、今度はおばちゃんが嬉しそうに、クシャッと笑ってみせる。笑って頂けるのはこちらとしても喜ばしいが、今俺が欲しい笑顔はその笑顔じゃない。


「いいから! 早くしないと、夜は廊下で寝かせるからね? 部屋に入れてやんないから」


「は、ちょ、ま、待て! 待てって!」


 そんな俺の言葉など気にも留めずに、彼女は扉の向こう側へ歩いて行ってしまった。まったく、相変わらず誰かさんと同じように、強引な奴だ。


「ふふっ、あんた達仲良いのね。綾乃ちゃんがあんなこと言うなんて、私知らなかったぁ」


 そんな俺の気持ちなど知らないおばちゃんは、楽しそうにニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「いや、まぁ、その……。はぁ。ごめん、おばちゃん。そうめん、帰ってきたら食べるね。行ってくるよ」


「あぁ、気を付けて行っておいで。……あ! それから」


 渋々立ち上がった俺を、またまたおばちゃんが呼び止めた。今度は俺の目の前に、彼女が歩み寄る。


「ん、どうしたの?」


「……夜、知らんぷりしとくから、綾乃ちゃんのこと、襲ってもいいのよ?」


「……は!?」


 聞きたくも無い言葉が、小声で耳を通ったせいで、反射的に思わず声が裏返った。


「ふふっ、冗談よ。実君、結構可愛いとこあるのね」


 そんな俺に、とうとう彼女が吹き出して笑ってみせる。そんな冗談は、今の俺にとって一番タブーな話だからやめてほしい。


 ――この様子じゃ、絶対冗談じゃなくて本気だよな。……うん。


「や、やめてよもう……。シャレになんないからさ……。じゃ、じゃあ、行ってくる!」


「いってらっしゃーい!」


 半ばおばちゃんから逃げるようにその部屋を出ると、俺は急いで本城さんの元へと向かった。






 ――はぁ。こんなことになるのなら、源二さんと一緒の部屋にすればよかった。やっぱり俺、勘違いされてるよなぁ……。


 既に玄関には、彼女の姿は無かった。玄関のドアを開いてみると、早くも家の前の道を歩き始めてしまっている、本城さんの背中を視認できた。


 ――いやいや……いくらなんでも、来いって言っておいてそれはねぇだろ。少しくらい待つってことできねぇのかあの子娘は……!?


 思わず苛立ちを覚えながらも、このまま置いていかれないよう、急ぎ玄関で靴を履く。


 自分からこの家に来ておいて、こんな文句を垂らすのはなんだが――やはり俺は、本城さん周りの女性陣はみんな、ちょっぴり苦手かもしれない。

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