表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.6 その豚に真珠は与えるべきか否か
34/123

お母さんっ子、おばあちゃん譲り

 作業を始めてから、数時間。いつの間にか、空腹を忘れて作業していたこともあって、時間は午後二時を回っていた。






「こんくらいでいいべ。後は俺がやっとくよ」


 山のおじいちゃんと一緒に、古いタンスを外に止まった、トラックの荷台の上に乗せる。

 ようやくこれで、ある程度倉庫の中を片付けることができた。後は、本などの資料や、猟をするときに使う簡単な罠など、一人でも片付けられるような物だけだ。


「ふぅ……終わったぁ」


 途中、山のおじいちゃんが持ってきてくれた、首に巻いたタオルで汗を拭う。


「いやぁ、ありがとう実君。おかげで助かったよ」


「あ、いえいえ、お力になれたようで良かったです」


「ああ。綾乃ちゃんも、ありがとうねー」


 倉庫の中で、ホウキを掃いている本城さんに、山のおじいちゃんが呼び掛ける。彼の言葉に気付いた彼女はこちらを見ると、「大丈夫だよー!」と手を振りながら一声掛けた。


「さて。仕事もしたし、腹も減ったな。そろそろ戻っぺ」


 手にはめた軍手を外しながら、山のおじいちゃんが告げる。


「そうですね。時間ももう……二時過ぎちゃってるし、戻りましょうか」


 腕時計を見て、時間を確認する。何時から作業を始めたのかはあまり覚えていないが、恐らく三、四時間くらいはずっと荷物整理をしていたと思う。


「綾乃ちゃーん、掃くのもそんくらいでいいぞー? 後はやっとくから」


「んー? ううん、もう少しだけ掃除してから行くー。おじいちゃん達は、先に戻っててー」


 意外にもあの本城さんが、そんなことを口にしてみせた。案外「ご飯だー!」みたいなことを言って、光の速さで戻るのかとも思ったけれど、割とこういう仕事は好きらしい。


「そうけ? じゃあ、鍵渡しとくから、先行ってっぞー? ……あ、今日はばあちゃんが、綾乃ちゃんが好きなそうめん作ってくれるって言ってたぞ?」


 そうして、彼は本城さんの元に近付くと、ポケットの中から鍵を取り出しては、彼女に手渡した。


「ホント!? わー、分かった! なるべく早く戻るねー!」


「おう、んじゃあ、早めに来いよー?」






 そんな二人の会話が終わり、山のおじいちゃんが「んじゃ、行くべ」と告げた。ガッチリとした彼の大きい背中の後ろを、俺は付いていく。

 山のおじいちゃん宅から、少し離れた場所に倉庫はあった。そのため、数分ほど移動に時間が掛かる。ちょっとばかし歩くのには気が引けたが、それほど急な坂道では無いことが幸いだ。


「いやぁ、悪いね。実君。わざわざ手伝いに来てくれて」


 後ろを歩く俺を覗いて、山のおじいちゃんが告げた。


「あぁ、大丈夫ですよ。力仕事のほうが、俺は性に合ってますんで」


 ――というより、騙されて来たんだけどな。


「ははっ、そうかい。……しっかし、まさか綾乃ちゃんが、男の子を連れてくるとは驚いた」


「あぁ、やっぱりそうですよね。最初会った時、驚かれてるなぁって思いましたし」


「まぁなぁ。……あの子、小さい頃からほとんど一人でいることが多かったんだ。根っからのお母さんっ子でね。友達も全然作ろうとしないで、ずっとお母さんと一緒にいたんだよ」


「へぇ……そうだったんですか」


 それはまた初耳だ。確かに陽キャはおろか、色んな人間に対して、かなりひん曲がった偏見を持っていたのも、それならなんとなく頷ける。


「優しい子なんだけど、人見知りが激しい子でね。幼稚園の頃に、父親を事故で亡くしてから、急に大人しくなったみたいで。そこからしばらくは、俺ですら怖がられちゃって、困ったもんだったよ。仕事柄、昔から体がデケェもんでな。それが一層、怖く感じさせちまったのかもしれないね」


 そう告げる彼の横顔は、なんだか寂しそうに見えた。

 体が大きいだとか、そんなことを言ってはいるけれど、彼だってやっぱり、根は優しい人なんだと思う。当時の彼女を救い切ることができなかったと、ずっと後悔しているのかもしれない。


「中学生の頃には、今度はお母さんも病気で亡くしちまってな。お葬式の日の夜は、ずっと一人で、お母さんの前で泣いてたよ。相当、ショックだったんだろうね。


 それから、綾乃ちゃんを誰が預かろうか、みんなで話し合ったんだ。もちろん、ウチでもよければ預かりたいとは思ったんだけど、元々綾乃ちゃん達は那珂湊のほうに住んでたからな。例え友達じゃなくとも、全く知らない人達と一緒の学校に通わせるのは、あの時の綾乃ちゃんには、なんだか申し訳なくてね。


 そんな時に、本城さん……あいや、綾乃ちゃん風に言えば、“海のおじいちゃん”が、引き取ると言ってくれたんだ。それなら苗字も変わることが無かったし、今まで通りのまま生活しやすいのもあっただろうからね」


「……そうだったんですね」


「でもみんな、ちょっとばかし驚いたよ。いや、本城さんが悪い人だって言ってるわけじゃないんだ。だけど、あの人は何年か前に奥さんを亡くして、一人で暮らしてたから。大丈夫かと少し心配したけど、なんとか上手くやってくれてるみたいで、良かったよ」


「あ……そうですね、なら良かったです……」


 思わず、真実を告げようとした口を強引に閉じた。

 どうやらやはり、彼は本城さんと海のおじいちゃんの、本当の事情を知らないらしい。言ったって、俺も詳しく知っているわけでは無いが、それでもこのまま、彼に勘違いをさせたままなのも、なんだか申し訳ない気持ちになった。


「……だからまぁ、綾乃ちゃんが男友達を連れてきてくれて、ホントに驚いたよ。だけど、そろそろ綾乃ちゃんも大人になるし……そういう歳になったんだなって、なんだか感慨深いね」


 彼のそんな話を聞きながら歩くこと数分。ようやく、山のおじいちゃん宅の前にたどり着いた。


「……でも」


 ポツリと空に呟くと、急に彼の足取りが止まった。一体何事かと、後ろを歩いていた俺の足も、思わずその場で立ち止まる。


「どうしました?」


「いや……もしかしたら、あの子はもう、誰かを失うってことを、怖がってるのかもしれないなぁって」


 広々とした青空に向かって、彼がボソッとぼやいた。そんな彼の気難しそうな表情に、なんとも言い難いもどかしさを覚える。


 ――っ……そうだよな。言ったって本城さんは、源二さんの孫娘なわけだし。……実の娘のお母さんも、病気で亡くしてるんだもんな。親より早く娘に旅立たれて、孫娘もそんな境遇で……そりゃあ、複雑な気持ちにもなるよな……。


「……そうかも、しれないですね」


「……はぁ、年寄りの悪い癖だ。悪いね、色々聞きたくもねぇ話を聞かせちまって」


 途端に振り向いて、彼がニッと笑ってみせる。――その笑顔が、皮を被った笑顔だというのは、すぐに俺でも分かった。


「あ、いえ。全然そんな……」


 全然そんなことは無いと、俺が告げようとしたとき、彼が一歩こちらに歩み寄って、ポンッと肩に右手を乗せた。長年を知る彼の右手が、どれだけ大きい手の平なのかが、それだけでもしっかりと感じられた。


「ま、もう綾乃ちゃんには君がいる。俺が悲しむこたぁねぇよな。……綾乃ちゃんを、これからもよろしくな」


「え。……あ、はい! 任せてください!」


 咄嗟に俺が返事をすると、今度こそ彼は嬉しそうに、嘘偽りない笑顔でニッと笑ってみせた。そんな彼の表情に、こちらもホッとする。


「……さて、早く中に入っぺ。飯だ飯」


「あ、はい! そうですね!」


 しんみりとした空気から逃げるように、彼はスタスタと玄関へ歩いて行ってしまった。そんな急ぎ足な彼の後ろを、いつもの歩幅で付いていく。


 ――……待てよ?


 ふと、今度は俺の足取りが急に止まった。


 ――……俺、何か勘違いされてないか? 別に俺、本城さんと付き合ってないぞ?


 じんわり、じんわりと、不安の汗が滲み出る。

 もしこのまま、俺が別の女性と結婚するとなったら、それこそ彼にとっての期待を、裏切ることになるのではないのか? それだと本当に、あの彼に殺され兼ねないのではないか? ――そう思った途端、急に俺の足がこの家の中に入ることを拒んだ。


 一体、どのタイミングで弁解をするべきか――はたまた、本城さんと同じように、俺も彼に嘘を吐くべきか。

 不安のため息を漏らしながら、渋々俺は、山のおじいちゃん宅の中へと入った。






「あらま! 綾乃ちゃんのお友達!?」


 自分の部屋に行くから、先に座って待っててくれと言われて、山のおじいちゃんに通された居間には、またまた初めて見る顔がいた。そんな彼女が、やっぱり驚いた表情で俺を見る。


「あはは……どうも、こんにちは」


 使い古された様子の、長方形の机の前に置かれた、朱色の座布団の上に座る。


「やだまぁ、てっきり女の子が来るかと思って、そんなに量作らなかったぁ」


 台所で作業をしながら告げる彼女の手元には、既に茹で上がったであろうそうめんが、大きなザルいっぱいに盛られていた。けれどもやっぱり、彼女が言う通り、男二人が混ざって食べるには、少し物足りない気がする。


「あぁ、大丈夫ですよ。ご無理なさらず」


「あーほら、若いのにそんなこと言わないのー。待ってて、今もう少し茹でるから」


「え。あ、あはは……。すみません、わざわざ」


 どうやら、田舎のおばあちゃんらしく、お節介が強い人らしい。申し訳なかったが、今は彼女の言葉に甘えさせて頂こう。


「えー? それで? お兄ちゃん、名前は?」


「あ、すみません、遅れました。村木実です」


「実君ね。わざわざ来てくれてどうもー」


「いえいえ、大丈夫ですよ」


「私は松金多恵子(たえこ)って言います。気軽におばちゃんって呼んでちょうだい」


 左目には泣きボクロがあり、白髪交じりではあるが、それでも綺麗な長い黒髪を、一本にして結んでいた。流石は本城さんのおばあちゃんと言うべきなのか、身長も彼女に劣らず、それなりに高い。恐らく、百六十センチ以上はあるはずだ。

 そして何より、顔のパーツ一つ一つが、本城さんに激似である。笑顔や悩んだ表情はおじいちゃん譲りで、容姿はおばあちゃん譲りなのかもしれない。


「あー……おばちゃんだとなんだか申し訳ないので、多恵子さんって……」


「こら、若いのに遠慮しないの。こっちがそれでいいって言ってるんだから、お言葉に甘える」


 シンクの水を流して、何かを作業しながら彼女が告げる。


「え、あー……分かりました。じゃあ、そう呼ばせて頂きますね」


「そ。それから、あんまり堅苦しくしないでちょうだい。こっちの気が狂っちゃう」


「あ、ごめんなさい。そういうつもりは」


「そういうところを言ってんの。もっと実家だと思って、のんびりしてちょうだいな。あんまり敬語使わなくていいし、気を遣われ過ぎるのも好きじゃないの。ね?」


「あ、はぁ……」


 ――やべぇ、メチャクチャ強引。どこかの誰かさんそっくりじゃん……。


 今の一連のやり取りだけで、まさしく彼女こそが、本城さんのおばあちゃんだと確信ができた。まさか、あの本城さんの強引さが、ここから来ているとは思わなんだ。

 こうも強引にああだこうだと言われて、なかなか否定しづらい雰囲気にできるのは、彼女や本城さんの強みなのかもしれない。


「じゃ、じゃあ、そうさせてもらいま……あいや、そうさせてもらうね」


「うん、それでよろしい」


 うんうんと頷きながら、彼女が告げる。

 悪い人では無さそうだが、今後彼女と仲良くなるためには、誰かさんと同じように、ちょっとばかし時間が掛かりそうな気がする。






「おー、何話してんだ?」


 ふと、そのタイミングで、ようやく戻ってきた山のおじいちゃんが、居間へと入ってきた。そのまま、机を挟んだ向かいの座布団に彼が座る。


「ほら、堅苦しいのは無しにしてって話よ」


「あー、いつものか。悪いね、実君。あの人、若い子にはいつもそうなんだ。気にしないで」


 彼が親指を立てて、彼女のことを指し示す。そんな彼の表情は、ちょっぴり苦笑いだ。


「何よー。あんただっていつも、『敬語は好かねぇよなぁ』って話してるくせにー」


「それはそうだけどよ、そういうのは段階ってもんがあんだろ? 人と仲良くなるまでに、いきなり敬語は無しだって言われても、困るだろ。なぁ?」


「え。あ、あはは……」


 ――源二さぁぁぁん! それ俺に振らないでぇぇぇっ!


 どういう表情で返事をすればいいか分からずに、思わず笑みを作ってその場をしのぐ。そんなことを言われたら、一体どっちの味方に付けばいいのか、分からないじゃないか。


「でも子供って、いきなり馴れ馴れしくして仲良くなるじゃない? アレはどうなのよ」


「それは子供達の中の社会だろ? 大人とはまた違うべ」


「えー、そういうもんなの? 同じ人間なのに?」


「それ言っちまったら、男と女だって社会は違うべよ。若者とジジババだって社会は違うし、大人と子供の社会も違う。住んでるところが違えば違うし、国も変われば全く違う。そういうもんだっぺ」


「うーん……。やぁねぇ」


 そんな、おばちゃんと山のおじいちゃんの謎の論争は、おばちゃんの「やぁねぇ」の一言で幕を閉じた。どうにも自分は中に入りづらい内容だったがために、早めに話題が尽きてくれてホッとする。


 ――うん。なんだかやっぱり、おばちゃんから本城さんと同じニオイがする。そんな気がする。


 言葉で表現するのには、なんとも表現し難いが――偏見持ちというか、自分の世界を持っているというか、なんというか……。とにかく本城さんは、ちゃんとおばちゃんの血を受け継いでいるというのが、しっかりと伝わった。






「それで? 綾乃ちゃんは、どうしたの?」


 おばちゃんが束になったそうめんを、アツアツの鍋の中に放りながら告げた。


「あぁ。倉庫の中もう少し掃除してから来るんだと」


「あらそうなの。良い子ねぇ、綾乃ちゃんは」


「ははっ、だなぁ。流石、ウチの孫だ」


「ねー」


 先程とは打って変わって、楽しそうにそんな会話を繰り広げてみせる。

 ケンカもありつつ、すれ違いもありつつ、こんな風に楽しく過ごせる夫婦――。そんな二人を見て、なんだか羨ましく感じてしまった。


「……あら、帰ってきたんじゃない?」


 噂をすればなんとやらだ。唐突におばちゃんが、そんなことを告げてみせた。みんなで一緒になって、玄関のほうに耳を澄ませてみる。……確かに向こうから物音が聞こえた。


「ホントだ。んじゃあ、そろそろ飯にすっかぁ」


 そう言うと、山のおじいちゃんはその場から立ち上がった。どうやら、食事の準備をするらしい。


「あ、何か手伝いま……て、手伝おうか?」


「あぁ、いいよいいよ。実君は、座ってて」


「あ……うん、分かったよ」


 そんな彼の言葉に甘えて、一度立ち上がった腰を再び下ろそうとした瞬間、居間の扉がガラッと開かれた。――扉の前に立っていたそれに、一同の会話が一斉に途切れた。


 ぼんやりとした目を真っ赤にさせて、何度も鼻を(すす)っている。見たことも無いそんな表情に、思わず俺は言葉を失った。


「……本城、さん?」


「……失くしました」


「え?」


「失くしたんです。……真珠」


 先程までのタメ口設定など忘れた様子で、いつもの敬語で話す本城さんがポツリと、そんな言葉を口にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ