友達として
「へぇ、山のおじいちゃんねぇ」
そうして、俺達は本城さんのおじいちゃん――もとい、本城さんの母方のお父さんである、山のおじいちゃんの家に上がらせてもらった。
彼の後ろを付いていきながら、本城さんがそんなことを告げる。
「綾乃ちゃんがこーんな小さい時から、そう呼ばれてるんだ。俺は山に住んでるから“山のおじいちゃん”、本城さんのほうは“海のおじいちゃん”って呼んでくれててなぁ」
山のおじいちゃんが、右手で自分の腰辺りを示す。
もちろん当たり前の話だが、本城さんにもそんな小さい頃があったんだなぁと、なんだかしみじみ思ってしまった。
「へぇ……。じゃあ本城さんは、父方のおじいちゃんと一緒に住んでたんだね」
「うん。……ただまぁ、あの人とは色々、ね」
「あ、あはは……」
本城さんがポツリと呟いたそんな言葉に、山のおじいちゃんが不思議そうに「うん?」と唸った。どうやら彼は、本城さんと海のおじいちゃんとの事情を知らないらしい。
あまり本人以外から余計なことを口にするのはよろしくないので、俺は適当に笑って誤魔化した。
「因みに、山のおじいちゃんのお名前は?」
「おぉ、そういえばまだだったね。俺は松金源二。まぁ、山のおじいちゃんでも、松金さんでも源二さんでも、好きなように呼んで」
「分かりました。じゃあ、源二さんって呼ばせてもらいますね」
「おう、よろしく。……で、二人には申し訳ねぇんだけどよ」
廊下を歩いて、一階の一番奥の部屋の前で立ち止まった山のおじいちゃんは、俺達二人を見て、妙に申し訳なさそうな表情で前置きを告げた。
「どうしたの、おじいちゃん?」
そんな彼に、本城さんが首を傾げる。
「いやぁ……。友達連れてくるとは聞いてたけど、まさか男の子だとは思わなかったからよ。一つの部屋しか、掃除してねぇんだわ。大丈夫け?」
「……え」
訛りが入ったその口調で、山のおじいちゃんが問う。
「それって、つまり……相部屋?」
一瞬、言葉の意味が分からなかった俺は、思わずそんなこと問い返した。
「まぁ、そうだなぁ……。もし嫌だったら、ウチの家内と綾乃ちゃんは寝てもらって、実君は俺と一緒でも構わねぇんだけど」
渋々そんな提案を出す彼の顔は、かなり苦そうな顔だ。
そりゃあ、いくら山のおじいちゃんだって、初対面の若い男と二人で寝るのは気まずいだろうし、気持ちも分かる。きっと俺だって、そんな顔をするだろう。
――本城さんは……、どうなのかな?
どうにも答えを出し切れなかった俺は、チラッと彼女を覗き見た。
彼女は右手を左肘に当てて、左手を口元に添えてボーっと考え込んでいた。きっと彼女も今、俺と同じ気持ちであるに違いない。
――まぁ……本城さんに申し訳ないし。ここは遠慮しとくか。
「俺は、源二さんとでも構いませんよ。本城さんには申し訳ないし」
「そうけぇ? 綾乃ちゃんは、大丈夫かい?」
山のおじいちゃんが問う。すると本城さんは、すぅっと息を吸って一言、そんなことを言い放った。
「……ううん、いいよ。私、村木君とでも平気だよ」
「……え」
思わず、素っ頓狂な声が出た。
村木……君? なんだ、そりゃ?
山のおじいちゃんに案内された部屋は、昔ながらの畳が敷かれた和室だった。
テレビなどの家具が置かれていて、正確には数えられないが、大体十畳くらいの、二人で過ごすには十分な広さがある部屋だ。
「……あの、本城さん」
背負っていたリュックを壁際に置いて、テーブルの前の座布団に座った彼女に問うた。
「さっきの、その……。“村木君”っていうのは、何?」
同じく俺も、リュックを壁際に置いて、彼女と向かい合う形で座布団に座る。
すると彼女は、先程見た山のおじいちゃんにそっくりな表情で、申し訳なさそうに告げてみせた。
「その……。まずは、先輩には謝らないといけませんね」
「謝るって、何を?」
思い詰めた様子で一つ息を吸うと、彼女はこちらと目を合わせて話し始めた。
「……私、小さい頃からずっと、友達はいつも日和しかいなかったんです。もちろん、一時期だけ仲良くなったりする子はいましたけど、それでもすぐに離れてしまうことがほとんどでした」
「……まぁ、君がいつも言ってることからして、それはなんとなく分かる気がするよ」
言った途端に、しまったと後悔する。また何か、余計なことを言われないかとヒヤヒヤしたが、どうやら今の彼女に、憎まれ口を言う気力は無いようで、顔色一つ変えずにそのまま言葉を続けた。
「以前にもチラッと話しましたが、むかし少しの間だけ、彼氏がいたこともあります。けれど、その人とはすぐに別れたし、そのことは日和と彼の友達以外、ほぼ誰も知らないでしょうね」
「つまり……俺が初めての男友達、っていう体ってこと?」
「……そういうことになります」
「なるほどね……」
だからここまで何も告げずに、無理やり俺のことを引っ張ってきたのだろう。本城さんが頑なに黙っていたのも納得だ。
「実はおじいちゃん、昔から地域の子供会とも関わってたりするんです。昔から、夏休みにこっちへ遊びに来る度に、いつも私のことを心配して、地域の子達と仲良くできるように、イベントへ連れて行ってくれたりしました。
……でもやっぱり私、昔からこの性格なので……。結局はその場限りの関係で終わってばっかりで、何も変わりませんでした」
「……そっか」
「だから私、おじいちゃんとおばあちゃんを、安心させたかったんです。私、こういうこと頼めるの、先輩しかいなかったから……。別に先輩が男だから、恋人の役をやれとは言いません。ただ、仲の良い友達として、今日と明日だけ付き合ってもらえませんか?」
柄にも無く、そんなことを彼女が俺に問うた。その目を見るに、どうやら話は本当のことらしい。
そんな彼女に、半ば頼られているのだという嬉しさが込み上げた反面、やっぱりいつもの本城さんなんだなと、どうしようもない呆れも湧いた。
――はぁ、ホント何も分かってないなぁ。まぁ、本城さんらしいけど。
「……あのさ」
「……なんですか?」
そんな無知の本城さんが、何事かと首を傾げる。
「それさ。友達として、ってのは、ちょっとおかしくない?」
「どういうことです?」
「だって……元々友達なんでしょ? 俺達。だったら、こんな回りくどいことしなくたって、別に言ってくれれば全然付き合うのにさ」
「えっ……」
プチトマトが数個入りそうなぐらい、ぽっかりと口を開けて、彼女が驚いている。やっぱり彼女は、そこら辺の感情には疎いらしい。
「友達っていうのはさ。ただ一緒に遊ぶだとか、一緒にいて楽しいだとか、そういう関係だけじゃないよ。他の人には頼み辛いようなことだって、お互いに“いいよ”って言い合えるのが、友達なんじゃないのかな」
「……じゃあ先輩は、今日の話を隠さずにお願いしても、一緒に来てくれましたか?」
「まぁね。……もう少し、強引に頼むのだけは、やめてほしいけど」
「それは……すみません」
視線を逸らしながら、ポツリと呟く。
なんだか最近は、こうして素直に謝られることが多くなってきた気がする。そんなにたくさん謝られても、こちらとしても気が狂うものだ。
「まぁ、いいよ。つまりじゃあ、今日と明日はさっきみたいに、タメ口で話したいってことでしょ?」
「えぇ、まぁ……」
「あははっ、なんだか新鮮だけど、別に構わないよ。なんなら普段からでも、全然タメ口で構わないんだけどね」
「それはなんだか、申し訳ないです。先輩には、敬語を使ってたほうが、こっちとしても気が楽です」
「そっか。まぁ、好きなほうでいいよ。本城さんが話しやすいほうでね」
「……分かりました、そうさせてもらいます」
薄っすらと静かな笑みを浮かべて、安心した様子を見せる。
つくづくこういう一面を見るに、やっぱり彼女は自分を表現するのが苦手な、陰キャの女の子なんだなぁと、可愛らしく思ってしまう自分がいた。
「えぇ、そうしてください。いつでもお待ちしています」
「……なんですか、それ? もしかして、私の真似ですか?」
そんな笑みはすぐさま引き去り、いつもの仏頂面がお目見えだ。ジトっとした目で、彼女がこちらを睨みつける。
「あ、バレた? 本城さんってば、いつも丁寧な敬語使うなぁって思ってさ。……中身の割に」
「あー、そういうこと言うんだー。酷い人ですね。褒めるのか貶すのか、どっちかにしてくださいよ」
「んーじゃあ、敬語だけは人一倍丁寧だなぁって」
「……気持ち悪い」
そんな俺のからかいが嫌だったのか、口元を尖らせて、ぶっきらぼうに告げた本城さんは、ぷいっと俺から目を逸らしては、ボーッと窓から見える外を眺めていた。
◇ ◇ ◇
「……あの、本城さん」
腰に手を当ててそれを見上げている、彼女に呼び掛ける。
普段とは違い、長い髪を後ろで一本に束ねているその姿は初めて見たが、なんだか妙に色気もあり新鮮で、何よりも可愛らしかった。
「どうしたの、村木君?」
惚けているのか、はたまた本当に分からないのか。定かでは無いが、いつもとは違いタメ口で話す彼女が、こちらを覗いた。
「……一応聞くよ? もしかして、今日本来の目的って……これ?」
これを見る限り、明らかにさっきの話なんて、後付け設定にしか見えてこない。絶対に、これを手伝わせたいがために、俺のことを呼んだんだ。絶対そうだ、そうに違いない。
「本来の目的って、酷いなぁ。でもまぁ、確かにこれを手伝って欲しいから、呼んだっていうのは事実」
――ほら! やっぱりそうなんじゃないか! なんて奴だこいつ!
「はぁ……お前なぁ……」
「おーい、二人とも。それじゃあ俺は、トラックの荷物置いてくっからー。片付けたらすぐ戻る」
俺達の後ろで、トラックの運転席に座りながら話を聞いていた、山のおじいちゃんが告げる。
「うんー、分かったー。じゃあ、先に荷物外へ持ってきちゃうねー」
「おーう、気を付けてなー」
「おじいちゃんもねー」
「あいよー」
本城さんが手を振りながら返事をすると、山のおじいちゃんが運転するトラックは、エンジン音を鳴らしながら、走って行ってしまった。二人、その場に取り残される。
「……さて。それじゃあ、始めよっか。……村木君」
最後、俺の名前を呼ぶ声だけ、ワントーン高い悪魔の声で可愛らしく微笑んでみせる。軍手をはめながら、束ねられた髪を楽しそうに揺らして、彼女はスタスタと中へ歩いて行ってしまった。
――はぁ。使わなくなった倉庫の整理なんて、一言も聞いてねぇっつーの。なんで俺が、こんな目に……。
後から聞いた話によると、山のおじいちゃんは普段、畑仕事をしながら、長年猟師としても働いているらしい。
今日は、もう既に使わなくなってから長年放置されていた、過去に猟師達が使っていた倉庫の整理をするんだそうだ。実にその倉庫の大きさ、ほぼファ◯リーマート一軒分。
「ほら、早く早くー。荷物多いんだから、さっさとやるよー」
そんな、いつまで経ってもその場に立ち尽くしていた俺を見兼ねて、本城さんがこちらに呼び掛ける。
アレほど敬語のほうが話しやすいと言っていたくせに、なんで今は二人きりなのにタメ口なんだ、まったくもう。
「はぁ……。後で絶対、昼飯でも奢らせてやる……」
相変わらず、一枚上手の本城さんにため息を吐くと、渋々俺は、倉庫の中へ侵入を試みた。




