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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.6 その豚に真珠は与えるべきか否か
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山のおじいちゃん登場

 駅前広場のベンチに座り、本城さんを待ち始めて二十分が経った。相変わらずまだ、彼女の姿は見当たらない。

 いい加減そろそろ、遅れるなら連絡の一つも来ていい頃合いだろうが、その一報すらもまだ俺の元には来ていなかった。


 ――遅いなぁ。もう乗る予定の電車の時間、とっくに過ぎちゃってるし、大丈夫なのかなぁ。


 流石にそろそろ、ここまで遅いと心配になる。ポケットからスマホを取り出すと、すぐに彼女の連絡先を表示させて、電話を掛けた。


 ――……出るのかな。


 と……そんな疑問を抱いたのもつかの間。意外にもその電話は、すぐに彼女のスマホへと繋がったらしく、スピーカーからはどこかの環境音が聞こえ始めた。


「あれ、もしもし?」


「もしもしー、じゃないですよ。どこほっつき歩いてるんですか?」


「……はい?」


 開口一番、いきなり苛立った様子の彼女の声が聞こえてきた。全く以て、彼女が怒っている意味が分からない。


「今何時だと思ってるんです? とっくに待ち合わせの時間過ぎてるんですけど」


「え、いや……それ、こっちのセリフなんだけど……」


 そう俺が告げると、益々彼女が苛立ちをあらわにしてみせる。ヤバいヤバい、何々? なんなのこの子?


「余計な戯言はよしてくださいよ。まず待ち合わせの時間に遅れるのなら、真っ先に謝罪が必要では?」


「……だからそれ、こっちのセリフ……」


「言い訳はいいんです! やっぱり陽キャの人って、先輩みたいなクズばっかりなんですか? つくづく呆れますね」


「……なんか、すみません」


 ――なんで俺が謝ってるんだろ……。もしかして俺、本城さんにハメられたのか? いや、まさか……。


「それでいいんですよ、まったく。……で。あなたは今どこにいるんですか? もうずっと待ってるんですけど」


 未だに苛立った様子で、そんなことを彼女が訊いてきた。


「いや、あの……待ち合わせ場所の、水戸駅の南口にいるんだけど……」


「……はい?」


 俺が一言そう告げると、先程までとは打って変わって、素っ頓狂な彼女の声が聞こえてきた。――それと同時に、俺はなんとなーく察する。


「だから、本城さんが待ち合わせ場所にした、水戸駅の南口にいるって。もう二十分前くらいから」


 そんな情報を付け加えると、スピーカーからは「あ」と、とても短い音が聞こえてきた。恐らく、彼女の口は今、ぽっかりと開いているに違いない。


「……本城さん、一応聞くね? 君いま、もしかして――駅の北口にいるでしょ?」


「……い、今からそっち行くんで、そこで動かずに待っててください!」


 焦った様子の彼女の声が聞こえると、途端にプツリと電話を切られてしまった。そんな彼女に、思わず吹き出して笑ってしまう。


 ――まったくもう……。変なとこアホっ子なんだよなぁ、本城さんてば……。


 マズい、こんなニヤニヤした顔を彼女に見られたら、絶対文句を言われるのだろうが、これは流石に笑うのを堪えろと言われるほうが難題だ。

 きっと自分は今、周囲を歩く人々に異質な目で見られているだろう。それでも、面白いものは面白いのだから仕方がない。


 そんな、相変わらず愛嬌のある後輩ちゃんを待つこと一分。ようやく、北口のほうから走ってきたであろう彼女の姿が見えた。






「おそーい。二十五分遅刻ー」


 珍しく、グレー色のそれなりに大きいリュックを背負いながら、息を切らせた様子の本城さんに向かって告げる。

 襟付きで無地のグレーなトップスにジーンズといった、カジュアルなファッション。胸元のボタンは全て閉められていて、ハッキリとは見えなかったが、首元にはこれまた珍しく、ネックレスらしきものを身に付けていた。


 そんな彼女は、こちらをギラリと睨みつけはしたものの、息を呑みながら嫌々と「はいはい、すみませんでした……」とぼやいた。


「もう、自分から南口に集合って言ったのに、なんで北口で待ってたワケ?」


「いや、だって、なんか……。まぁ、その……勘違い、してましたね。寝ぼけて」


 視線を泳がしながら、恥ずかしそうにボソボソと告げる。そんな彼女の頬は、夏場のくせにほんのり赤かった。


「なんでそこを勘違いするの……」


「いや……いつも他の子と水戸駅で待ち合わせするときは、大体北口なんですよ。今日は先輩とだったんで、南口のほうがいいかなぁって思って、こっちに指定したはずなんですけど……寝ぼけて、ましたね。完全に……」


 そんな、ほんのり赤くなった頰をポリポリと掻きながら、言い訳を述べる。

 まったく、それじゃあ完全に俺は、怒鳴られ損じゃないか。なんて奴だ、こいつは。


「そう。まぁ別にいいけど? てっきり、ちゃんと南口で待ってるのに怒られたから、ハメられたかと思ったよ」


「……すみません、でした」


 地面に視線を落としながら呟いてみせる。普段なら絶対に見られないような、彼女の申し訳なさそうな表情に、思わず再び吹き出して笑いそうになるのを、俺は必死に堪えていた。


「……まぁ、いいよ。勘違いは誰だってあるって。それより、早くホームに行こうか。次の電車って、何分かな?」


 俺が先に歩き出すと、その隣を猫のようにちょこちょこと彼女が付いてきた。彼女と並んで歩きながら、駅の改札口へと向かう。


「次は確か……八時三十五分に電車があったはずです」


 彼女に告げられて、左腕に付けた腕時計で時間を確認する。

 現在時刻、八時二十七分。まだほんの少し、余裕はありそうだ。


「そっか、じゃあ急がないとな。……まさかとは思うけど、寝ぼけて朝ご飯食べ忘れたとか言わないよね?」


「忘れては無いですけど、ちょっと急いだので、あんまり……」


「……お腹が減って力が出ないと」


「……まぁ」


「……まさかとは思うけど、寝ぼけて財布忘れたとか言わないよね?」


「ちょっと! どこまで私が寝坊助だと思ってるんですか!?」


「そりゃあ……自分で言った待ち合わせ場所を、自分で間違えるくらい」


「うるさいです! 黙ってください! ……あ、ちょっとそこのパン屋さんで、急いで朝ご飯買ってきますんで、ここで待っててください!」


「え。あ、うん。分かったよ」


 声を荒げながら本城さんは告げると、ちょうど通り掛かったパン屋へ、一人早歩きで入っていってしまった。


 相変わらず、マイペースなのに変わりはないが、以前に比べて、益々アホっ子度が増してきている気がする。

 いや、元々このくらい彼女はアホっ子で、俺が段々と仲良くなってきているからこそ、こうして彼女の素が見られるようになっているのかもしれないが。


 そうして……二個のチョココロネが入った袋を片手に戻ってきた本城さんと一緒に、改めて改札機で切符を買うと、俺達は今日の目的地である、友部駅へと向かった。



 ◇ ◇ ◇



 水戸駅から電車に乗ること二十分。電車では初めてここまで来たが、意外とすぐに、友部駅には到着した。


「いやぁ、意外と近いもんだなぁ」


 改札口を出て、駅の階段を降りながら、そんなことをぼやく。


「そうですけど、まだもう少し掛かりますよ」


 そんな俺の後ろを、相変わらずちょこちょこと付いてくる彼女が告げた。


「そうなの? バスかなんかに乗る?」


「……の、予定でしたけど。誰かさんがやらかしたせいで、乗れなくなりました」


「……はい?」


 思わず足取りを止めて振り返る。そんな後ろの猫ちゃんは、むず痒そうに苦笑いを浮かべて、地面に視線を落としていた。


「……ここ、八時代のバスを逃したら、夕方までバスが出ないんですよ」


「え。……つまり?」


「……ここから三、四十分くらい、歩きになりますね」


「マジかよおい……」


 そんな彼女に、呆れを抱くと同時に、納得もした。だから電車に乗ってる時も、何かを言いたそうにして、異様にもじもじしていたのか。

 てっきり、トイレを我慢しているだとか、俺と一緒にいて、恋人同士に見られるのが嫌だとか、はたまた陰キャの本城さんだから、人目につくのが嫌だとか、そんなことを色々考えてしまっていたが、もはやそれ以前のお話だったらしい。


「はぁ……まぁ、仕方ないか。散歩だと思えばいいんだよ。元はと言えば、本城さんだって、散歩しに行くって言ってたしね」


「……呆れないんですね」


 ふと、本城さんがそんなことを告げた。


「ん、まぁ。呆れてないって言えば嘘になるけど、可愛らしい後輩だなぁって思ってさ」


「……そうやって、すぐに陽キャは女を可愛い可愛いって言う。気持ち悪い」


「じゃあ、バカだなぁって言えばいいの?」


「……先輩に言われるのは、どっちも嫌ですよ。それより、さっさと行きますよ。本当なら、もう着いててもおかしくないんですからね」


 ぶっきらぼうに告げると、立ち止まっていた俺を通り過ぎて、スタスタと歩き始めてしまった。まったく、相変わらず素直じゃない子だ。


「はぁ……。はいはい、分かったよ」


 そんな飼い主の後ろを、今度は俺がちょこちょこと歩いて付いていった。






「ところでさ、本城さん」


 道中、先程買っていたチョココロネを、モグモグしながら歩いている彼女に、俺は問うた。


「なんですか?」


「今日は、本城さんのおじいちゃんのところに行く、とは聞いたけど……何するの?」


 いつだったか、夏休み中に、向こうから呼ばれたら行く、と言っていた用事。

 昨日の夜に、改めてLI◯Eで話した時には、今日の目的地について、そう教えてはくれたものの、そこに行って一体何をするのかについては、未だに教えられていなかった。


「それは、着いてからのお楽しみです」


 そして、やっぱり今日も頑なに、その中身については教えてくれないらしい。


「はぁ……そう言われると、嫌な気しかしないんだけど」


 ――『あのクソジジイと一緒にしないでください!』って、昨日は怒鳴られちゃったから、そのおじいちゃんじゃ無いんだろうけど……。ホント、誰なんだろう。


「大丈夫ですよ、悪いようには扱いませんって。ちゃんと一泊できるんですし、感謝してくださいよ」


「それはまぁ、そうなんだけど……なんだかなぁ……」


 いくら一泊させて頂けるのだとしてもだ。自分が呼ばれた理由を、当日のその瞬間まで知らされないというのは、いかがなものだろうか。

 これじゃあまるで、テレビのドッキリ番組か何かみたいじゃないか。


「いちいち文句が多いですね、もう少し黙ってられないんですか?」


 そんな俺の心配を知らない彼女は、早くも一つ目のチョココロネを平らげたようで、袋の中から二つ目のチョココロネを取り出した。


「相変わらず、お口だけは達者だな……」


「先輩が素直に従っていれば、私の口だって動きませんよ」


 そう言って、再びチョココロネに一口かぶり付く。


 ――じゃ無くても、モグモグ動いてるけどな。


「……分かった。じゃあ話題を変えて、今こうして俺達が歩いて向かう羽目になったことについて、色々お話してもいい?」


「うっ……だ、黙っててください!!」


 そう言って、ふんっと俺から視線を逸らすと、ツンとした表情で本城さんのほうが黙り込んでしまった。この様子じゃ、しばらく口を利いてくれないだろう。

 仕方ない。俺が今回なんのために呼ばれたのか、今それを知るのは諦めることにしよう。


 せめて、とてつもなく変なサプライズだけはされませんようにと祈りながら、俺達は黙々と、今日の目的地である、本城さんのおじいちゃん宅へと向かった。



 ◇ ◇ ◇



 友部駅から、徒歩約四十分。駅周辺の町並みは段々と消え、いつの間にか周りは山だらけになっていた。

 生まれた時から町中で育ってきたせいで、同じ県内なのに、ここまで田舎との格差があるのかと驚きながらも、未だに到着を告げない彼女の後ろを、まだかまだかと付いていく。


 そうして、しばらく続いた坂道を上り切った先で、ようやく彼女が一言「着いた、ここですよ」と、一軒の家を指差した。

 太陽の日差しに照らされて、額に馴染んだ汗を拭いながら、その建物を目にする。


「おぉー……。立派な家だなぁ」


 横幅だけでも、コンビニ一件とほぼ同じか、少し大きいぐらいで、二階建ての大きな一軒家。年季はそれなりに入っていそうだが、それでもかなり立派な家だ。

 建てた当初は、きっと相当な額が掛かったに違いない。


 本城さんは玄関へと向かうと、すぐ隣のインターホン鳴らした。最近ではあまり聞かなくなった、電子音では無いピンポーンという鐘のような音が、家の中から反響して聞こえてくる。

 それからすぐに足音が近付いてきては、玄関のドアを開いて、中から一人の男性が顔を覗かせた。


「おー、綾乃ちゃん。いらっしゃい、よく来たね」


「おじいちゃん、久しぶり。元気?」


「あぁ、まだまだ元気にやってるよ」


 口元には無精髭を生やし、のほほんとした優しそうな目付きとは裏腹に、肩幅が広く、ガッチリとした身体つきの、お髭が似合うジェントルマン。身長は俺よりも高く、百八十センチは優に超えているだろう。

 恐らく見た目的には六十代くらいだろうが、それでもいざ俺が戦いを挑んだら、この人には絶対に勝てないだろうと、彼を見て即座に感じた。


「それで……そっちの子は?」


 そんな彼が、本城さんの後ろに立っていた、俺のことを見て問うた。


「ほら、この人が電話で話してた、今日連れてきた私の友達」


「……え」


 口から短い音が出た。


 ――お、おぉ……! 本城さんが自ら、俺のことを友達と……。なんか、村木先輩嬉しい。


「……あー! そうなのけ。君が綾乃ちゃんの友達かぁ」


 不思議と彼がこちらを見て、少し驚いた素振りを見せる。

 もしかすると、まさか自分の孫娘が、男友達を連れてくるとは、思っていなかったのかもしれない。


「君、名前は?」


「あ、村木実と言います! 初めまして、よろしくお願いします!」


「おー、元気良いなぁ。よろしく、実君」


 そう言うと彼は、一歩前に出ては、俺に握手を求めてきた。そんな彼と、ガッチリと右手で握手を交わす。――優しそうな目とは裏腹に、その右手の握力を感じた瞬間、俺はこの人には絶対に逆らえないと、どこかの何かが確信した。

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