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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.1 本城さんってどんな人?
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本城さんは、食にうるさい

 次の日。再び俺は本城さんに会うため、彼女がいるであろういつもの学食へ向かっていた。


 ――さてと。本城さんはカフェオレが好きみたいだし、これ持ってけば少しは好印象持たれるだろ。待ってろよ、本城さん!


 学食の自動ドアをくぐり、迷うことなくいつもの場所へと向かう。いた、あそこだ! 今日もいつものように席に座る、本城さんの姿がその場所にあった。






「ほーんじょーさんっ!」


 今日はいつもよりもフランクに、気軽な感じで彼女に声をかけてみる。しかし彼女は、今日も耳にはイヤホンを付けており、こちらの言葉には無反応であった。


 ――ぐぅ、ただでさえ全シカトか……。けど今日は、こっちにも秘密兵器があるんだ。これで本城さんの尻尾を、ガッツリと掴んでやる!


「本城さん! ほらこれ、カフェオレが好きだって昨日言ってたから、買ってきたんだ。本城さんにあげるよ!」


 イヤホンを付けた本城さんにでも聞こえるように、少し大きめの声をあげながら、カフェオレのペットボトルを揺らしてみせる。すると“カフェオレ”という単語に反応したのか、本城さんはチラッとだけこちらを覗いてみせた。――だが。


「あれ、要らないの?」


 まるでおもちゃへの興味をなくした猫のように、ぷいっと顔を逸らされてしまった。おかしい。昨日はあれほどカフェオレを美味しそうに飲んでいたというのに、今日は何が違うんだ?

 そんな戸惑った様子の俺を見兼ねたのか、本城さんはふぅっと一息を吐くと、ゆっくりと耳からイヤホンを外した。


「そのカフェオレは、別に好きじゃないんですよね」


 今日の第一声が、まさかのそれだった。


「え。でもでも、昨日はカフェオレが好きだって……」


「私、ミルクとコーヒーが五対五の割合のカフェオレじゃないと、飲まない主義なんです。そのカフェオレは、ミルクが三でコーヒーが七でしょう? 苦いのは苦手なんですよね」


「あー……なるほど、ね」


 言われてみれば確かに、ミルクとコーヒーの比率は盲点だった。単にカフェオレと言っても、少しの比率の差で、いくらでも味は変わるのだ。今回は流石に、俺の失態である。


「ご、ごめんね。そこまで気を遣えなくて」


「いえ。別に私も、その件についてはお教えしていなかったので。気にしないでください」


「そ、そう……?」


 そう言うと彼女は、さっき外したイヤホンを仕舞いだした。どうやら、会話をしてくれる気はあるらしい。


「それで、何の用ですか。今日もまた、勧誘目的で?」


「あ、うん。そうだよ」


「相変わらずですね。そうやって、エサで私のことを釣ろうとしたのかもしれませんが、簡単には引っかかりませんよ。年下の女だからって、甘く見ないでください」


「いや別に、君を甘く見てるわけではないんだけども……」


 ――寧ろ、強敵過ぎて難航中だよ……。


 そうして彼女は、机の上に置かれていた紙袋の中から、昨日と同じハンバーガーを取り出した。ガサゴソと包み紙を開いて、中のハンバーガーとご対面する。






「そういえば先輩。ずっと気になってたんですけど、一つ聞いてもいいですか?」


 ふと突然、珍しく彼女がそんなことを告げた。


「ん、なに?」


「先輩って、いつも私に勧誘を迫ってくるとき、何も持ってないじゃないですか。お昼ご飯って、ちゃんと食べてるんですか?」


 そう言いながら、ハンバーガーをあむっと一口かじる。


「あぁ、まぁちょっとは食べてるよ」


「ホントですか? でもきっと、ほとんど食べられていませんよね。そのまま午後の講義受けて、大丈夫なのかなぁと思っていたんですよ」


「あれ、そうだったの?」


 意外だった。あの本城さんが他人のことを、ましてや俺のことを気にするだなんて。


「んー、まぁそうだなぁ。ここ一ヶ月はずっと、朝コンビニ寄って昼飯を買うようにしてるんだけど、結局時間がなくておにぎり一個とか、パン一個だけで次の講義は受けてるね」


「ダメですよ、それじゃ。お腹が空きっぱなしでまともに講義受けられないだろうし、サークルの時間もそのままじゃないですか?」


「確かにそうだけどさ、そこは頑張って我慢してるよ」


「何でですか? だったら私の勧誘しながら、食べちゃえばいいじゃないですか」


「いやいや! だってそれじゃあ、お願いする人の立場じゃないでしょ。人にお願いするときは、ちゃんと相手に敬意を払って――」


「バカバカしい」


「……え?」


 俺の言葉に被せて一言、本城さんが呟いた。その言葉の圧力に、思わず圧倒されてしまう。


「それだから陽キャは嫌いなんですよ。その体育会系のノリっていうんですか? 正直ウザいです、ムカつきます」


「え、え、えぇ!?」


 そう一言言い放つと、再び本城さんはハンバーガーをあむっとかじった。――いつもかじる量の、実に倍近くを口の中へ含んで。


「いいれふか! にんへん、お腹がへっはらちゃんほらべらきゃらめなんれふ! そうじゃないほ、力がでなふて死んでしまいまふ! (いいですか! 人間、お腹が減ったらちゃんと食べなきゃダメなんです! そうじゃないと、力が出なくて死んでしまいます!)」


 いつもよりもハンバーガーを多く含んだその口で、あの本城さんが俺を叱責する。半ば日本語には程遠い言葉ではあったが、言いたいことは大体理解できた。


「わ、分かった、分かったから! だからちゃんと、飲み込んでから話そ? な?」


 勢いを失うことを知らない本城さんに、思わず俺は止めに入った。そんな彼女は「んんーっ……!」と苛立ちを見せながら唸ると、ゴクンと口の中のものを一気に飲み込んだ。


「先輩、死にたいんですか?」


「へっ? なに、いきなり」


 口元を右手の甲で拭いながら、本城さんがポツリと告げる。


「いいですか。食べることは、生き物の抗えない性です。それを怠るということは、生を投げ捨てていることと同じです。しっかりと朝昼晩、満足のいく食事をしてこそ、一日を過ごせるというものですよ」


「まぁ、確かにそうだな……」


「そんなことも分からないんですか? 理解ができるようになるまで、幼稚園からやり直してきたらどうです?」


「何もそこまで言うか?」


「そこまで言ってあげないと、理解ができないほどのおつむを先輩がお持ちのようでしたから」


「……余計なお世話だ」


「はぁ……仕方ないですね。それじゃあ、特別に許してあげますよ」


 ため息を一つ吐きながら、本城さんが告げる。はて、急に何を言い出すのだろうか。


「許すって、何を?」


「だから、私の前で食事をすることです」


「……はい?」


 それはまた、急なお許しだ。別にわざわざ、彼女と一緒に昼ご飯を食べなくたっていいというのに。


「いやいや、なんかそれは悪いよ! だって、その……本城さん、体育会系というか、陽キャの人が苦手なんでしょ?」


 ――もしくは俺自身のことが嫌いか、だけども。


「確かに、先輩のことは苦手です。……ただ、今後のために多少は克服しなければいけない、とも考えています」


「克服……と言いますと?」


「そんなの、簡単な話じゃないですか。この先、この体育会系の人達が作った、クソみたいな社会の中で生き長らえていくためです」


「は、はぁ……」


 ハンバーガーの最後の一口を、本城さんが口へと運んだ。モグモグしながら、口元に手を添えて話を続ける。


「例えば私に、旦那ができたとしましょう。そうなるとわざわざ、面倒なことにこの社会の中へ買い物へ出なくてはならなくなります」


「まぁ……そうだな」


 ――随分と当たり前のことを、スケールの大きい話のように話すけど……。


「私一人ならいいんですよ。そんなの、ネットショッピングで全部済みますから。けれど、旦那ができたらそうもいかないでしょう? だから、そのときのための練習です」


「はぁ。……で、俺はその練習台と」


「そういうことです。だから先輩は特別に、私の前で昼食を取ることを許可します。……どうせ飽きるまで、ここに来るつもりなんでしょう? だったら文句を言われる前に、許可しておいたほうがいいですからね」


「そ、そう。それは……ありが、とう?」


「……ただし」


 ゴクリと飲み込むと、彼女は右手の甲で口元を拭いながら、左手の人差し指を一本立てた。


「始めのうちは、五分が限界です」


「……はい?」


 理解し難い言葉が聞こえた。


「聞こえませんでしたか? 五分が限界だと言ったんです」


「いや、あの……それじゃあほとんど食ってないのと変わらない気が……」


「大丈夫でしょ。先輩陽キャなんだし、なんとかなるかと」


「いや、君は陽キャをなんだと思ってるんだ……」






 ごちそうさまでしたと両手を合わせると、そのまま本城さんはゴミをまとめ始める。


「そうそう。お昼ご飯だったら、ここの学食のハンバーガーがオススメですよ。値段の割に、ボリューミーなので。あ、男の人だったら、ワンサイズ上もありますし」


「話を聞いてくれ……」


「いいじゃないですか、どうでもいいし」


「陽キャ云々はどうでもいいのか!?」


「はい。それからここのオムライスとか、学食の割には卵がふわふわで美味しいですよ。まぁ値段がちょっとするんで、毎日はなかなか頼めませんが」


 もはや聞く耳を持たずらしい。仕方なく、彼女の話に合わせていく。


「はぁ……そうなのか。でもさ、なんでここの学食なんだ? ウチの大学にある学食でも、ここって一番人気ないよな? 校門のほうにある学食のほうが、美味しいって結構評判だし」


 この大学の構内には、計三つの学食がある。その中でも、特にここの学食は一番遠いところにあり、なかなか人が入らないことで有名だ。言うほど広いわけでもなく、他二つに比べメニューも少ないので、そこがネックなのかもしれない。


「だって、おかしいと思いません?」


「おかしいって、何が?」


「どうしてみんな、あんなゴミ集積所みたいな場所にいられるんですか? あまりにも人が多過ぎて、見てるだけで吐き気がします」


「君にとって、人混みはゴミ集積所なのか……」


 確かに一番人気のある学食には、毎日人が溢れるほど集まっている。建物の中はもちろん、外に置かれているテーブル席まで、毎日満席状態だ。その分こちらの学食はそれなりに穏やかで、平和であることもまた事実である。


「あんな陽キャのパーティ会場みたいな場所、陰キャの私にはレベルが高すぎます。私は隅っこが好きですし、この静かな学食の、この席が一番落ち着くんです」


「ふぅん……そういうもんなのか」


 そんな彼女の気持ちは、正直俺にはあまり理解ができない。俺は人気の店なら入ってみたいと思うし、店内が盛り上がっているのなら、それだけ活気がいいということにもなるからだ。それはつまり、大方良い店だということを意味する。……まぁ、偶に羽目を外した、おかしな店にも遭遇するが。






「あ、この際だから先輩も、私みたいに陰キャになっちゃえばいいんですよ。そしたら先輩だって、私の気持ちも分かるようになりますって」


「俺が陰キャに? ……確かにその手は思いつかなかったな。俺も陰キャになれるかな?」


「いいえ? 思いませんが」


「思わないんかい……」


 とはいえ、確かにそれは名案だ。俺も彼女の気持ちが分かるようになれば、少しは勧誘しやすくなるのかもしれない。


 ――俺が陰キャになったとしたら、本城さんにとって居心地の悪くない人間になれるかもしれないな。……もしそうなったら、演劇サークルに入りやすくなれるのかも。


「なるほどね……。取り敢えずじゃあ、努力はしてみるよ」


「なに言ってるんですか。先輩には無理ですって」


「あぁ? なんで言い切れるんだよ?」


 自分で話を振ったくせに、その言葉を全否定されてしまった。本城さんよ、それはちょっと酷すぎやしないか……?


「だって先輩には、陰キャの素質がありませんから。先輩は先輩らしく、陽キャのままで生きるべきですって」


「いいだろ別に。俺の人生は、俺の人生だ!」


「出た出た。体育会系の、頑張ればなんとかなるやつ」


 呆れた様子で本城さんは、その場から立ち上がった。荷物をまとめながら、言葉を続ける。


「そんな考え方してるから、先輩は私なんかを誘おうと必死になるんです。もう少し、真面目に考えてみたらどうですか?」


 そう言うと本城さんは、いつもの仏頂面のまま俺の目の前まで歩み寄ってきた。突然の接近に、思わずドキリとしてしまう。


「な、なんだよ……?」


 すると彼女は、今までずっと俺が左手で持っていた、カフェオレのペットボトルを奪い取った。


「あ、おい? 要らないって言ってたんじゃあ……」


「要らないだなんて、私は一言も言っていませんよ? これは頂いておきます、タダですし。一応、私が頂くために買ってきてくださったものですから。そのご厚意には、感謝します」


 自分の顔にペットボトルを寄せながら、本城さんが告げた。アレほど好かないと言っていたくせに、何をちゃっかり頂いているんだか。


「お、おぉ……そう」


「それじゃあ、私は失礼します。先輩、早くしないとお昼ご飯の時間、無くなっちゃいますよ?」


「え? あ、あぁ、確かにそうだな」


「ですです。空腹で道端に倒れないよう、しっかりお昼ご飯は食べてくださいね」


「はいはい、分かったよ。なんかここのやつでも買ってみるわ」


「ぜひ。それでは、また」


 そう言って、本城さんは悠々と立ち去ってしまった。……結局、今日も彼女を勧誘することはできないまま。


 ――あれ……。そういえばなんか今日は、本城さんが学食を出ていく時間、いつもより早いような……。


 左腕に付けた、自身の腕時計で時間を確認する。時計の針が指している時間は、いつも本城さんと別れる時間よりも、十五分早かった。






 その後――。彼女からオススメされたハンバーガーは本当にボリューミーで、肉とトマトの旨味が絶妙にマッチされた絶品だった。


 ――あ、これヤバい。確かにハマるやつだ。


 そんな確信を持ちながら、五分もしないうちに早くも完食してしまう。……なんだかまるで、俺の全ての行動が彼女に見透かされているかのようで、複雑な感情を抱いてしまったのは言うまでもない。

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