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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.5 約束はテストの後で
27/123

本城さんのゲーム講座

「本城さん。今日は一つ、折り入って相談があるんだよ」


 テスト期間まで、残り二週間を切ったある日。いつもの如く昼休みに、なんの予定合わせもなく集まった本城さんに向かって、俺は一言告げた。


「はい? なんですか急に、らしくないですね。言っておきますけど、女ぐるみの相談は一切受け付けておりませんので」


 先に俺が座っていた席の向かいに、本城さんが座る。

 今日はどうやら、今夏初めての半袖をトップスに着てきたようだ。カラーはやっぱりグレー色だったが、袖口がレース使いの涼しげな服装だった。


「いやいや、流石にそんな相談じゃないよ。……あ、これ、いつもの。相談に乗ってもらうだけじゃ悪いからさ」


 そうして、ガサゴソと袋の中からいつものハンバーガーを取り出すと、一つを彼女へと手渡した。


「……あの、これは?」


 ぼんやりとそれを見つめながら、彼女が俺に問う。


「いやいや、見たら分かるでしょ。ハンバーガーだよ。今日は特別に、俺の奢り」


「……こんな風に改まって相談って言われると、なんか怖いんですけど。先輩、なに考えてるんですか? いつもだって先輩ってば、なに考えてるのか全然分かんないのに」


「え? でもこの間は、分かりやす過ぎるって言ってなかったっけ?」


 俺の記憶違いじゃなければ、確かそんな風なことを言っていたはずだ。それだと、言ってることの辻褄が合わなくなる。


「いや違うんですよ先輩……。あなたはいちいちバカ正直過ぎて、私の予想の斜め上なことばっかりだから、ワケが分からないんです。性格は丸っきり分かりやすいんですけど、どんな行動をするのかっていう面では、分かりやすさは最悪ですね」


「……それ、褒めてる? バカにしてる?」


「バカにしてますし、貶してます。もう一つついでに言うと、罵ってます」


「うわ、ぜんっぜんついでに言わなくていいし、そんなアンハッピーセットは要らないよ……」


「今ならブーブのオモチャも付いてきますけど、お付けしますか?」


「いや、要らねぇよ!?」


 思わずそう叫んでしまった俺を見て、相変わらず楽しそうに、彼女はクスクスと口元に手を添えて笑っていた。






「で。なんですか? 私に相談って」


 俺から受け取ったハンバーガーをあむっとかじりながら、彼女が問うた。


「あぁ、うん。実はさ」


 ハンバーガーの包み紙を開きながら、俺は言葉を続けた。


「テスト終わったらさ。何か、ゲーム買ってみようかなぁって思ってて」


「……は?」


 もぐもぐしていた彼女の口が静止した。


「いや、だから。テストが終わったら、人生で初めて、ゲーム買ってみようかなぁって思ってて」


 一口、ハンバーガーにかぶりつく。


「……先輩」


「ん?」


 ポツリと呟くと、物凄い勢いでもぐもぐしては、一気にゴクンと飲み込んだ。そそくさと右手の甲で口元を拭いて、彼女が続ける。


「先輩、バカですか?」


「……は?」


 今度は、俺のもぐもぐしていた口が静止した。なんだこれ、別にコントをやっているわけではないのに……。


「あの、バカって?」


「そのまんまでしょ。どうして陽キャのテンプレートである先輩が、神聖なる誇り高きゲームに手を出そうとしてるんですか」


 ――いやなんだ、神聖なる誇り高きゲームって。いくらなんでも大好き過ぎるだろ。


「え、ダメなの?」


「ダメに決まってるでしょ」


 キッパリと彼女が言い切った。――言い切りやがった。


 ――いやいやいやいや、今回に限ってはこの子、ホントに何言ってるんだ? ワケが分からんぞ?


「なんでよ」


「先輩が陽キャだからです」


「意味が分からないんですが」


「先輩のその、お粗末なおつむでよく考えてみてくださいよ。そして、自分がどれだけ愚かで情けないことをしようとしているのか、よーく考えて気付くべきです」


 よくもまぁ、そんな大口を叩けるものだ。普段だって口の悪さは一級品なのに、ゲームになるとそれ以上になるだなんて、そんな話聞いていないぞ。


 ――……まさか。


「……君はもしや、俺がゲームを始めたら、絶対『一緒にやろう』って言われると思ってそう言ってるだろ?」


「当たり前じゃないですか」


 いつもの仏頂面で、顔色一つ変えずに一言告げた。


 ――はぁ!? ふざけんな、この野郎!


 怒りを通り越して、思わず笑みがこぼれてしまう。だったら最初から、素直にそう言えばいいくせに、いちいち言葉が遠回し過ぎるんだ。


「だったら初めからそう言ってくれよ」


「だから言ってるじゃないですか。言葉の意味に変わりはありません」


「君はいつも、遠回し過ぎるんだよ」


「あら、失礼しちゃいますね。ストレートに直接言っちゃうと、いくら心強い先輩でもメンタルが壊れちゃうだろうなーって思って、わざと遠回しに言ってあげてるんですよ? 先輩を想って言ってあげてるんです。感謝してください」


「いつになくすんごい言い訳だな……」


「言い訳じゃありませんよ。単なる事実です」


「あー、はいはい……」


「なんか、いつになく適当に流してません?」


「君にだけは言われたくないよ」


 こんな話、いつまでも続けていたら、それこそ本当にメンタルがやられそうだ。こういうのは、いち早く退いておいたほうが無難である。






「で、一応聞いておきましょう。どうして先輩は急に、ゲームに手を出そうと思ってしまったんですか?」


 改めてハンバーガーをあむっとかじりながら、彼女が問うた。


 ――なんだよ、“思ってしまった”って。酷い奴だな。


「別にそんなの、簡単だよ。本城さんがそこまでハマるゲームって、実際に自分でやったら、どんな感じなんだろうなぁって思ってさ」


「……先輩」


「ん、なんだよ?」


「あのですね。今の世の中には、ソーシャルゲームというものがあります。知ってますか?」


「ソーシャルゲーム……。パズ○ラとか、モン○トみたいな、スマホでできるやつ?」


「そうです、それです」


 うんうんと、彼女が頷いた。


「うん。……それが、どうかしたの?」


「いえ、簡単な話です。まず先輩は、ソーシャルゲームから始めましょう」


「え。いや、あの……なんか面白そうなゲームないかなぁって思って、昨日の夜結構調べてたんだけど――」


「やっぱり先輩、バカですね」


 俺の言葉に被せて、呆れ気味に彼女が呟く。

 どうしてそれほど俺が愚かなのか、核心を教えてくれないと、いつまで経っても俺だって話が理解できないのに。きっと、自分が言いたい放題したいから、敢えて引き延ばしてるんだろうが。


「バカなのは分かったからさ……。どうして俺がバカだって思った理由を、教えて欲しいんだけど」


「そんなの、簡単な話でしょ。じゃあ、例えば先輩が、テスト終わりにプレ○テ4を買ったとしましょう。プレ○テ4は分かりますね?」


「う、うん。なんとなく……」


「なんとなく? はぁ、いちいち説明面倒なので、あとで自分で調べてください。いいですか?」


「あ、うん」


 ――あれ……なんか本城さん、口調がいつもより強いような……? なんだか少し、嫌な予感がしてきたぞ?


 そんな焦る俺を尻目に、彼女は両手をパンッと叩いて言葉を続ける。


「はい。じゃあ先輩が、プレ○テ4を買いました。一緒にゲームソフトも買いました。当然、遊びますよね? 遊ばなきゃ、損ですもんね?」


「そりゃあ……」


「でもね、先輩だったら、せっかく買ったゲームをまず遊ばない可能性だってあるから怖いんです。ゲームを遊ぶって感覚が、今まで体に染み付いてないんですから。もちろん、当然ですよね?」


「……言いたいことは分かる」


「はい、それがまず私が怖いところ一つ目ですね。じゃあ二つ目。買ったゲームを遊びました。難しくて、全然クリアできません。同じことばっかりで、段々飽きてきてしまいました。――これも、当然あり得ますよね?」


「……だな」


「はいこれ二つ目。三つ目です。そのまま結局、『ゲームってこんなもんなのかぁ。難しくて俺には無理だなぁ』って思ってしまいました。そう思ってしまったら最後、結局ゲームで遊ぶことはなくなりますよね?」


「……うん」


「その結果、どうなりますか? はい、先輩」


 手の平をこちらに向けて、彼女が問いただした。そんな、クイズ番組じゃあるまいし、何を考えているんだか。


「……金の無駄?」


「違う! もちろんそれもありますが、そんな甘ったるい答えじゃありません!」


 右手で机をバァン! と本城さんが叩いた。あまりにも唐突な甲高い音に、周囲からの視線を浴びる。当の本人は全く気付いていないようだが、これでは俺が彼女に怒られているみたいじゃないか。


 ――マズい、どんどん話がヒートアップしてきてる気がする。マジでヤバくなったら、止めないとダメだろこれ……。


「いいですか!? ゲームだって、もちろん人間が作っているんです! そんな人様が作ってくれたゲームを、先輩みたいな愚かな人間が『面白そうだなぁ、遊んでみよう』みたいな甘い考えで遊んで、そのままクリアできなくて飽きてしまうというのが、ゲーム開発者にとって、一番失礼に値することなんですよ!」


「あぁ……まぁ、確かに」


「ゲームというのは、とことん隅々まで遊んでこそ、ゲーム開発者へ感謝の気持ちを伝えられる一番の方法なんです! 『あれもやろう、これもやろう』『あーここクリアできない、もう無理他のゲームやろう』って積みゲー増やして、ホントに何様なんですか!? そんな無礼で愚かで情けない行為、私には到底理解できません! 買ったゲームは全てちゃんと隅々まで、食べカス一つ残さずに遊びきるのが、ゲーマーってものなんですよ! 分かりますか!?」


「わ、分かった! 分かったから! 俺が悪かったよ! 謝るから!」


 あかん。これ以上はダメだ。そろそろ本城さんを止めないと、他の人達からの視線が痛すぎる。未だに語り続けようとする本城さんを、俺は必死になだめた。

 未だ語り足りないようではあったが、俺の様子を見てようやく状況を理解してくれたのか、周囲をキョロキョロと見渡すと、ふぅっと一息を吐いた。






「はぁ……。思わず熱くなりました。気温も暑っ苦しいのに、ホント腹が立つ。あぁ、やだやだ」


 苛立ちを見せながら、本城さんがハンバーガーを一口かぶりついた。どうやら、落ち着いてはくれたらしい。


 ――あぁ……オタクの人って、趣味の話になると面倒くさいって聞くけど……こういうもんなんだなぁ。


 彼女にゲームについて、相談をしたことを少し悔やむ。こうなるのなら、黒澤辺りにでも相談したほうが、まだマシになったかもしれない。


「……それで? 結局、なんでソーシャルゲームがいいって?」


 改めて、彼女に問うた。


「あぁ……そうでしたね。結論から言うと、ソーシャルゲーム、いわゆるソシャゲですね。それらは、基本無料プレイが多いです。なので、今この瞬間からでも、簡単に手を出せるというところが最大の利点であり魅力です」


「まぁ、そうだね」


「なので、ゲームをほとんど触ったことがない先輩はまず、身近なところにあるゲームから触れましょう。コンシューマー……いや、プレ○テ4とかなんかは、もう少しゲームに慣れてきて、『楽しいな、もっと遊びたいな』って思い始めてきたら、買うことをおススメしますよ」


 右手の人差し指を立てながら、彼女が告げた。


「そっかぁ。じゃあさ、本城さんがオススメするソシャゲって、例えば何?」


「私ですか? ……残念ながら、私はソシャゲは遊んでないんですよ」


「え、そうなんだ。なんで?」


 そう問うと、彼女は一瞬言葉を詰まらせた。あまり答えたくはないという様子で、渋々彼女が口を開く。


「……ハマったら絶対、課金癖が付くからですよ。先輩なら、分かるでしょ?」


「あぁ……理解」


 そういえば以前に、彼女がゲームの買い過ぎで金欠になっていたことがあった。確かにこの子なら、万が一ソシャゲにハマってしまったら、それこそ家すらも売り払わなくてはならないくらいに遊び尽くしそうである。






「じゃあまぁ……ウチの妹にでも、あとで聞いてみようかな。前に話した時、スマホゲーム遊んでるって言ってたし」


「あれ……先輩って、妹さんがいらっしゃるんですか?」


 ふと、彼女がそんなことを問うた。そういえば、その話は今までしたことがなかった気がする。


「あぁ、うん。二つ下の妹で、いま高校三年生なんだよね」


「へぇ……。さぞ先輩と違って、可愛らしい妹さんなんでしょうね」


「……何故そんなことを君が言える?」


「兄妹って、大体そういうものでしょ。どっちかが大バカで、どっちかがマジメなんです。先輩達の場合は、明らかに先輩がバカでしょ」


「……なんも言えねぇ」


 こうやって、年下の女の子に簡単に言い包められてしまうのが、きっと俺の悪いところなんだと思う。それくらい、俺はただの脳筋野郎で、かつれっきとした大バカである。


「ま、いつか会ってみたいですね。会って、先輩の悪口でも言い合いたいです」


「あーそれは……」


 そこまで言って、思わず口をつぐんだ。危ない、彼女にその話をしたら、それこそ本当の意味で気持ち悪がられる。


「……どうしました?」


 途中で言葉を切らせた俺を見て、彼女が不思議そうにこちらを覗いた。


「あ、いや……なんでもない……」


「……先輩が気持ち悪いぐらいシスコンとか? それか、妹さんがブラコンだったりして。……まぁ、それはないか」


 ――おい、なんでいつもそうやって分かる? そしてサラッと悪口言ったなこいつ?


「……できればノーコメントにさせてくれ」


「そうですか。まぁ、いいです。もし今後、妹さんとご縁があったら聞いてみます」


「……そうしてくれ」


 もちろんできれば、そんなことは今後一切ないことを、俺はただただ祈るが。






「それじゃあ……そろそろ時間ですし、この辺にしましょうか」


 そう言うと、彼女は手の中で包み紙をクシャクシャと丸めた。


「あ、うん。今日はありがとね、本城さん」


「いえ、別に大丈夫です。ハンバーガー、ご馳走様でした」


 本城さんが立ち上がる。それに続いて、俺も椅子から立ち上がった。


「また何かあったら、言ってください。私が分かる範囲なら、先輩のそのお粗末なおつむに知識を叩きこんであげますので」


「……君は一日イチ悪口みたいなモットーでも持ってるのか……?」


「んなわけないでしょ、バカですか」


「はいバカです、ごめんなさい」


「それでいいんです。それじゃあ、今日は失礼します。また」


「はぁ……。あぁ、また明日ね」


 そんな、軽く手を振りながら立ち去る本城さんを見送って、彼女と今日は別れた。


 結局――今日も本城さんに散々悪口を言われながらも、なんだかんだ彼女との時間を楽しんでいた自分が、そこにはいた。

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