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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.5 約束はテストの後で
26/123

飼い主は猫に似る

「先輩って、猫好きですか?」


 開口一番に、そんな言葉を彼女が俺に投げかける。


「え。なに、突然?」


「いや、好きなのかなぁと思って」


「……あの、話の趣旨が見当たらないんだけど」


 いつもの学食、いつもの席で、いつものように俺達は向かい合って座っていた。お互いの手には、いつものハンバーガーも一緒だ。


「そのままですよ。ただ単に、猫が好きなのかを知りたいだけです」


「はぁ。まぁ、好きっちゃ好きだけど」


「例えば?」


「え。……例えばって?」


「……はぁ」


 え、え、え。なんで今、俺は彼女にため息を吐かれてしまったんだ? 全然意味が分からないぞ?


「あの……本城、さん?」


「……普通、例えばって聞いたら、猫の種類の話でしょう? どうしてそんな簡単なことが分からないんですか?」


「あぁ……種類の話ね。なるほど、理解……」


 逆に、どうして「例えば?」と聞いただけで、全ての人間が趣旨を理解できると思っているのだろうか。その理由を聞いてやりたいぐらいだが、そんなことで言い合っていたら、話の本題にいつまで経っても入れないので、今回に限っては見過ごしてやろうと思う。


「で。何の種類が好きなんです?」


「いや、具体的に何が好きかって言われると……特にそういうの、詳しくないからさ」


「え、陽キャの人って、そういうの詳しくないんですか?」


 出た。いつもの本城節。どうしてそんなことを、当たり前と思い込んでいるのだろう。陰キャの子の考えは、つくづく意味不明だ。


「うん、全然知らない」


「……はぁ。ホント、つくづく会話になりませんね。呆れます」


 ――どっちがだ。


「じゃあいいです、教えてあげます。……と言っても、ネットで調べればこんな風に、簡単に出てきますけどね」


 そう言うと、彼女が自身のスマホをこちらへ見せてきた。

 画面にはたくさんの猫の名前と一緒に、それぞれの写真が載せてあった。猫好きな人から見れば、まさに幸せいっぱいのパラダイスだ。


「おー、割といっぱいいるもんなんだなぁ」


「でしょう? 私は特に、その中でもシャム猫がお気に入りなんです」


 人差し指で画面を動かして、シャム猫と呼ばれる猫の画面を表示させる。

 てっきり本城さんのことだから、きっとまたグレー色の毛並みをした猫が好きなんだろう。……そう思っていたのだが、そんなシャム猫は綺麗な黒色の顔と、白色の身体が特徴的で、何より青色の瞳が美しい猫だった。


 ――あれ、グレー色の猫じゃないんだ。なんか、ちょっと意外。


「へぇ、よく映画とかで見るけど、これがシャム猫って言うんだね」


「えぇ。ただシャム猫は、非常に飼うのが難しいと言われています」


「ん、そうなの?」


「はい。シャム猫は悪戯(いたずら)好きで、とても気分屋なんです。それから警戒心が強くて、なかなか懐きづらいのも特徴です。その代わり、懐いた相手にはずっと寄り添ってくれるような、愛らしい猫なんですよ」


「へ、へぇ……」


 ――なんだそれ、自分のことを言ってるのかなこの子は?


 今の言葉を、そのままそっくり本城さんの性格に当てはめても、全く違和感がない。まさに、本城さんそのものだ。


「じゃあ、将来飼いたいなぁなんて思ってたりするの?」


「そうですね……飼いたいのは山々なんですが、一つだけ難点がありましてね」


 そう言うと彼女は、気難しそうに口元に手を添えて「うーん」と唸った。


「いま住んでる部屋は、幸いにもペット禁制ではないので、もし飼うとなった場合は喜んで飼えるんですけど……シャム猫の鳴き声って、割と大きいらしいんですよ。だからアパート暮らしとかだと、他の部屋の人に迷惑になったりするらしいんですよね。なので、もし飼うとなったら一戸建てを買うとか、周りに人がいない部屋を借りるとか、少し考えなきゃいけないかもしれないんですよ」


「あー、そうなんだ」


「はい。それから私ってほら、ネットで活動してるでしょう? もしかしたら今後、住んでる場所がバレる可能性だってあるので、一つの家に何年もいる、なんてことが難しいと思うんですよね。だからこの先、飼えるぐらいのお金を持つようになっても、厳しいんじゃないかなぁって思ってます」


「そうなんだ……それは仕方ないね……」


 ハンバーガーをあむっとかじって、彼女がもぐもぐする。その表情はなんとなく悔しそうで、物欲しそうだ。よっぽど、そんなシャム猫を飼ってみたいらしい。


 ――確かにまぁ……本城さんって、ちょっと猫っぽいよな。猫好きなのも分かる気がする。


 猫は気に入った相手にしかなびかない。そんな話を聞いたことがある。彼女も同じで、きっと今まで認めてきた相手にしか、自分を見せてこなかったことだろう。その中でも、今でも数少ない友達として残っているのがきっと、日和ちゃんの存在だ。


 ――ん。そうなると俺って、やっぱりどう思われてるんだ?


 まさか本城さんに限って、懐いているとは到底思えない。けれども、ほんの少しでもその気があるからこそ、こうして一緒にいてくれてるのではないか?


 ――いや、つったって……。この子が、なぁ……?


 無理だ。一言目に、その言葉が浮かぶ。

 万が一、何かの手違いが起こり、本城さんに懐かれてデレデレされるところを想像してみると――それはあまりにもグロテスクで、背筋がゾッと凍る光景だった。






「……先輩?」


 口元に手を添えながら、彼女がこちらを覗いてきた。マズい、何か変な顔でもしてしまっていたのだろうか。


「えっ、何?」


「いえ。なんか、ボーっとしてるなぁと思って。考えごとですか?」


「あぁ、まぁ……。ちょっとね……」


「ふぅん……」


 ゴクンと飲み込んで、彼女が口元を右手の甲で拭う。


「……なんか最近、先輩ちょっと変わりました?」


「え。なに、突然?」


 この子は一体、急に何を言いだすんだ。本当に、考えが読めない子だと思う。


「なんだろう……前に比べて、だいぶ丸くなったっていうか……堂々としていた感じが、抜けてきている気がして」


「……そうかぁ?」


 そんなこと、全く自覚がない。俺は今も昔もそんなに変わってはいないと思うし、彼女の言う通り、まだまだ全然陽キャの人間だと思う。


「……あ、もしかして」


 ふと、天井を見上げながら、本城さんがポツリと呟いた。


「先輩、私の性格、うつりましたか?」


「……なにそれ、どういう意味?」


「よく言うじゃないですか。一緒にいる人の性格はうつるって」


「あー、まぁ……」


 確かによく、家族や恋人の性格や癖はうつりやすいと聞く。いつの間にか、それらが習慣化してきてしまうんだそうだ。

 と、なると……さしずめ俺は、飼い猫に性格が似てきてるってところか。……いやいや、普通逆じゃね? なんでそうなるんだ?


「いいですね、良い傾向だと思いますよ」


 うんうんと、わざとらしく彼女が頷いてみせる。


「何が?」


「だって先輩、気合いで陰キャになるだとか、戯言ほざいてたじゃないですか」


「いや戯言と言うな、ほざいてたとか言うんじゃない」


「戯言じゃないですか。陽キャの人間が、こちら側の世界に来られると、まだ本気で思っているんですか?」


「あぁ、思ってるよ」


「……はぁ。ダメだこの人、やっぱり根はまだまだ陽キャですね。陰キャの素質なんて、これっぽっちもない」


「じゃあ逆に陰キャの場合、こういう質問にどういう返事をするのかが知りたいね」


「陰キャの場合ですか? そうですね……。『人の性格なんてそうそう変わらないし、好みなんて以ての外。何より生きてきた世界が違うんだから、ちょっとこっちの世界に踏み出しただけで、嫌気が差して結局戻るでしょ』みたいな感じじゃないですか? まぁ、八割私の主観ですがね」


「いや、ほぼ君の主観じゃん」


「いいんですよ。多分みんな、そう思ってますから」


「その根拠と自信はどこから来るの?」


「だって私、根っからの陰キャですから」


「……はぁ」


 自分の意見を一方的に、一貫して変えようともしない。こんなんじゃ、話のしようがないじゃないか。

 陰キャの人って、本当にみんなこんな感じなのか?


「あ、今『面倒くさい女だな』って思ったでしょ?」


 そんな俺の気持ちを察したのか、こちらを指差して彼女が問うた。

 こんなこと、いちいち反応されるだけ面倒なのに、一体わざとなのか天然なのか。――もちろん、彼女に至っては全くの不明だ。


「……思ったって言ったらどうするのさ」


「別にどうも? 私はただ、大嫌いな陽キャの先輩には、それなりの対応をさせてもらっているだけですので。当然の反応だろうなって思っただけですよ」


「……日和ちゃんには、こんな風な態度取らないんだ?」


「当たり前じゃないですか。先輩だからこそ、こんな風な態度なんです。この私が、陽キャ如きに簡単になびくと思わないことですね」


「……悪かったよ」


 どこからどう見たって、その性格、その言葉、全て取ってもまさにシャム猫。本城さんがシャム猫を気に入るのも、余裕で理解できすぎて寧ろ辛い。

 もし将来、彼女がシャム猫を飼うようなことがあれば――それはもう、重々気を付けて接するようにしなければならないだろう。彼女にも、そのシャム猫にも。






「あ、そうそう。先輩にピッタリの猫がいるんですよ。今、見せてあげますね」


 そう言って、俺に見えないようにスマホを操作し始める。

 ついさっきまで罵りまくっていたくせに、コロっと変わって今度はそれだ。あまりにも気分屋過ぎて、こちらもついていくのに一苦労である。


「ほら、この子」


「……何これ」


 画面に映る、茶色と白が混じった毛並みの体。三角に尖った形の鼻に、キュッとした顎と口。体つきもふてぶてしく大柄で、まるでドスンとした効果音が聞こえてきそうな見た目の猫だ。


「エキゾチックショートヘアっていう種類の猫です。どうです? ブサ可愛いでしょ?」


「……君は俺を、なんだと思ってるんだ?」


「ただの陽キャです、いつも言ってるでしょ」


「それはそうだけど……」


「でもこの子も、割と結構可愛いんですよ? 大人しくて、人懐っこくて、何より寝顔がブサイクで。ほら」


 再び画面を操作してから、こちらに画像を見せてくる。


「……ぶっ、何これ」


 それを見て思わず吹き出してしまった。


「可愛いでしょ? 一時期可愛すぎて、待ち受けにしてたくらいなんですよ」


「これは……確かに可愛いな。愛嬌もあって」


「でしょでしょ? 先輩なら、きっと気に入るだろうなぁって思って」


「そうだなぁ……」


 エキ……なんちゃらショートヘア。初見は俺のことをバカにしているのかと思ってしまったが、これは確かに可愛い。寝顔も愛らしくて、まるで我が子を見ているかのような、守ってやりたくなる表情だ。


 ――あれ、意外と本城さんのチョイス、好きだなぁ。……なんか、悔しい。


 普段から一日に何十、何百と憎まれ口を叩いてくるくせに、こういうときだけちゃっかりと優しさを垣間見せてくるのだから、憎むに憎み切れない。――そんなんだから、俺も嫌うに嫌い切れなくて、こうして一緒にいられてしまうんだと思う。






「本城さんってもしかして、人の好き嫌いとかすぐに分かる人?」


「んー……いや、ただ先輩が分かりやすいだけじゃないですか?」


「え、そう?」


 そんなこと、生まれて初めて言われた。昔から俺は、どちらかと言えば「なに考えてるのかよく分からない」とばかり言われ続けてきた男だから、なんだか新鮮な気持ちだ。


「そうですよ。だって私、未だに日和の好き好みが曖昧過ぎて、把握し切れてませんもん。あの子って極度の気分屋だから、すぐに好き嫌い変わるんです」


「あー……まぁ、あの子は分かる。うん」


 確かにあの子は、一日経てば好きだったものも嫌いになっていそうだ。下手すりゃ、たった十分でも飽きて嫌いになってそうである。


「でも、それでもさ。俺って、そんなに分かりやすい?」


「えぇ、分かりやすいです。バカみたいに、分かりやす過ぎます。……分かりやす過ぎて、全然裏が読めないくらい」


「――え? 何?」


 最後の一言だけ、ボソッと呟かれたせいで聞き取れなかった。裏がなんちゃらとは言っていた気がする。


「なんでもないです、気にしないでください」


 しかし、せっかく聞き返したというのに、彼女にそう言われてしまった。そんな風に内緒にされると、何を言われたのかが異様に気になる。


「あ、そう。ならいいけど……」


「……それより、もうすぐ時間ですよ? そろそろ出ましょうか」


 彼女に告げられて、時間を腕時計で確認する。……本当だ。もう三限目が始まる、十分前になっていた。そろそろ、ここを出なければ。


「ん……あ、ホントだ。じゃあ、そろそろ行こっか」


 すると彼女は、残っていたハンバーガーを一気に口に咥えて、包み紙をクシャクシャと丸めた。

 まるで猫どころか、ハムスターのように頰を大きくさせてもぐもぐしながら、バッグを肩にかけて立ち上がる。


「ほれびゃあ、わらひはこの上なほで(それじゃあ、私はこの上なので)」


「……ちゃんと飲み込んでから話しなさい」


「ん……。っ、はぁ。私、この上なので」


「はいよ。それじゃあ、また明日ね」


「ええ、また明日です」


 そう言って、彼女はトコトコと一人で階段を上がって行ってしまった。――まるで、気ままに走り去る可愛らしい猫のように。


 ――変に子供っぽいところもあるんだよなぁ、本城さんって。これじゃあ、ホントに俺が本城さんを飼ってるみたいだな。


 憎まれ口要素は百二十パーセントなのに、不思議と愛嬌のある本城さん。そんな彼女は、今では俺の中で、シャム猫やエキ……なんちゃらショートヘアの猫みたいに、不思議と守ってやりたくなるような、そんな存在だった。


 ――さて、じゃあ俺も行くか。


 座っていた椅子を直し、ハンバーガーの包み紙をゴミ箱へポイっと投げ捨てる。見事綺麗にゴミ箱へインしたところを見てスカッとすると、半ば浮かれ気分のまま、俺は学食を出た。






 ――……待てよ?


 学食のエントランスを出た途端に、ハッとした。俺は今まで、一体何を錯覚していたんだ?


 ――俺にピッタリの猫がいるって、それって……俺のほうが、本城さんに飼われてないか?


 そう。今までの俺達二人の関係をよくよく考えてみると、良いように扱われて飼われているのはもしかして――いつもイジメられてばっかりな、俺のほうなのかもしれない。

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