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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.5 約束はテストの後で
25/123

どっちもどっち

 それから大体三十分弱。俺達は一冊の本を交互に見せ合いながら、なんとなく重要な点をまとめ終えることができた。あとは彼女が自分で、レポートとしてワードで仕上げればいいだけだ。


「……と、いう感じかな」


「ふぅん……」


 彼女は右手で、シャーペンをクルクルと回している。意外と、手先は器用のようだ。


「なるほど。先輩の話、説明下手すぎて八割くらい理解できませんでしたけど、なんとなく分かりましたよ」


「えっ!? 俺の説明、そんなに下手くそだった?」


「どうでしょうか。単に私の頭が優れすぎるだけで、先輩の言葉が理解できなかっただけかもしれませんが」


「それはそれでまた、酷い言われようだな……」


「少なくとも、先輩のお粗末なおつむよりは、世の中に貢献できるってことですよ」


「頭はそれでも、性格がそれじゃあなぁ……」


 そう言ってから、ハッと後悔する。思わず本音が出てしまった。次に一体何を言われるのか、意を決して身構える。


「大丈夫ですよ、先輩よりは上手くやりますから」


 しかし意外にも彼女は、特に何も触れないまま、いつもの仏頂面でスルーだった。なんだ、別に身構えなくたってよかったじゃないか。


「上手くねぇ……」


「えぇ。それに私、女ですしね」


「はぇ? 女だから、何……?」


 そう問うと、本城さんは面倒くさそうにため息だ。俺には全く以て、彼女が何を言いたいのかが分からない。


「な、なんだよ?」


「……先輩って、ホントに陽キャですか? 私よりは、少しくらい世間のことを知っていると思っていましたけど。……もしかして、冗談抜きでホントにバカなんですか?」


「バカなのは否定せんが、そこまで言われる筋合いはないぞ」


「そうですか。はぁ、分かりました。教えてあげましょう」


 そう言うと本城さんは、シャーペンを持ったまま右手の人差し指を立てた。


「前にも何度か言ったかもしれませんが、世の中は女性優遇が絶えません。男女平等なんて言葉とは程遠い、ディストピアなんです」


「はぁ。まぁ……」


「確かに、性的な目線で見てみると、女性というのは圧倒的に不遇で、不利で不利益が多いです。けれど、それさえを逆手に取ってしまえば、世の中は女性のほうが圧倒的に有利な世界なんですよ。ちょっと体を触らせてやるだけで成績は上がるわ、お金は貰えるわ、なんやら……。世の女性というのは、そんな“最終手段”を抱えて生活しています」


「……つまり、その“最終手段”を持っている限り、自分は生きていけるって?」


「まぁ、そういうことになりますね。よっぽどのことがない限り、体なんて売りませんが」


 シャーペンを持ったまま、彼女が腕を組む。その姿は、なんとなく艶めかしい。


 だがしかし、そんな彼女の言葉を聞いて、俺はぼんやりと危機感を覚えてしまった。

 自身を陰キャだと言い張る本城さんだ。そんな彼女なだけあって、どうしてもその言葉は危なっかしく感じる。


「でもなんか本城さんって、すぐにその“最終手段”を使いそうだよね」


「……どうして、そう思います?」


 怒りもせず、喜びもせず、ただただいつもの仏頂面で、彼女がこちらを見つめる。その目はなんだか、生というものを感じられないような目だった。


「いや、だって……本城さん、陰キャだからさ」


「……ぷっ」


 小さく、彼女が吹き出した。


「え。……なんで笑うの?」


「だって……やっぱり先輩って、バカなんだなぁって」


「は、え? 待って、全然分かんない」


 何がどう、どんな風に面白かったのだろうか。俺には一体全体、何が面白かったのかが分からない。


「『陰キャだからすぐに“最終手段”を使いそう』って、先輩は陰キャを何か、どこかのクソビッチと勘違いしていませんか? 私がそう易々と、素性も知らない陽キャの男共に体を売るとでもお思いで?」


「いや、そうじゃなくて。でも……」


 違う。言いたいことは、そうじゃない。けれど、どう言葉に表現すればいいのかが分からずに、しどろもどろになってしまう。


 ――今の世の中で生活することに、あんまり喜ばしく思ってない本城さんだから怖いんだ。どこかのタイミングで糸がプツンと切れちゃったら、全部がどうでもよくなっちゃいそうなんだよな……。それこそ死ぬことだって、躊躇いもなくしちゃいそうな……。


 綺麗なバラには棘がある。彼女という存在は、まるでそんな言葉を彷彿とさせる。綺麗なバラがその綺麗さを保ち続けるためには――やはり、何かしらの犠牲が必要なのだ。






「……本城さん」


 思わず、彼女の名を呼んだ。


「なんですか?」


 何も知らない本城さんが、面倒くさそうにこちらを見る。


「……もしいつか、辛いこととか、嫌なこととかあったらさ。なんでもいいから、俺に相談してくれていいからね?」


「っ……。なんですか、急に」


 彼女が大きく目を見開く。その顔は、「なんで今?」と言いたげだ。


「ううん、なんとなくそう思っただけ。特に意味は無いよ」


「全く意味が分かりませんし、気持ち悪いです。なに急に先輩ぶってるんですか? 自分が年上だからって、そうやって良い気になっているのも今の内です。次また急に変なことを言ったら、それこそストーカーとして通報しますからね? 覚悟しておいてくださいよ?」


 言葉自体は罵りのオンパレードだが、そんな言葉が吐き出されるスピードは、いつもよりも早口だ。

 照れ隠しなのか、本当にワケが分からなかったのかは定かではないが、焦っているのは目に見えて分かる。


「はいはい、分かったよ。悪かった。でもそのときは、この心強い先輩が、味方になってやるからさ」


「なに自分で言ってるんですか、気持ち悪い……」


「さっき本城さんだって、俺のことそう言ってたろ?」


「違います、先輩が自分で言っていたことを、私が繰り返し言っただけです。決して私の言葉ではないので、お間違いなく」


「え、いやいや、最初の言い出しっぺは俺じゃなくて……」


 そこまで言って、俺は言葉を詰まらせた。彼女が鋭い眼差しで、俺のことを見ていたのだ。これ以上口を開いたら、それこそ面倒なことになりそうだ。


「はぁ……なんでもないよ」


 唇を尖らせて、机に頬杖を立てている本城さん。そんな態度を見せる彼女のことを、俺には妙に可愛らしく見えてしまった。






「ところで先輩。ずっと一つ、気になっていたことがあるんです。聞いてもいいですか?」


「ん、どうしたの?」


 机の上にコロッとシャーペンを転ばせて、彼女が問うた。


「最近、全然サークルの勧誘してきませんけど、もういいんですか?」


「ん。……サークル、入る?」


「嫌です」


 自分から質問したくせに、その答えは相変わらずキッパリだ。


「おいおい、酷い奴だなぁ。自分から聞いておいてさ」


「私は一言も入るだなんて言っていません。ただ、もう諦めたのかと聞いただけです」


「諦めてはいないよ? けど……しつこく勧誘するのは、本城さんがちょっと、可哀想だなぁって思ってさ」


「今更ですか? やっぱり、バカの一つ覚えでお粗末な頭の脳筋な陽キャの先輩には、難しい問題でしたかね」


「君は今、たったの一言で俺のことを何回罵倒した?」


「はて、なんのことでしょうか。私はただ、事実を述べただけですよ」


「そうですか……。まぁでもさ。確かに今更だけど、あの時は何も知らないくせに、しつこく勧誘に来て悪かったよ。謝る」


「今更謝ったところで、私の時間と傷付いた心がどうにかなるとでも?」


 ――時間はともかくとして、ホントにアレで傷付いたのか? 君は。


「それは分かってるよ。それでもさ、あの時にしつこく勧誘してたからこそ、今こうしてなんだかんだ、友達になれたわけだろ? 結果オーライだよ」


「友達になれたところまではいいでしょう。ただそれが、私にとって喜ばしいことか、最悪なことか、どちらだと思って言ってます?」


「え、なに? 本城さんだって、嫌じゃないからこうして話してるんじゃないの?」


「違いますよ、勘違いしないでください。最初に言ったじゃないですか。『この体育会系の人達が作った、クソみたいな社会の中で生き長らえていくために、練習台になれ』って。それとも、もう忘れたんですか? 先輩のその頭は、お粗末な上に鳥頭なんですか? なんとも救いようのない頭してますね」


「言いたい放題だな、相変わらず……」


 どうしてイチ言っただけで、何百倍にもなって罵声が返ってくるんだ。この子の人を罵る言葉のレパートリーだけは、右に出る人はいないと思う。絶対に。






「じゃあさ。そんな本城さんに一つ、俺から良いことを教えてあげるよ」


「はい?」


 彼女が首を傾げた。


「一言に“友達”って言ってもさ、色んな形があると思うんだよ。ホントの兄弟みたいに仲が良い子もいれば、ケンカばっかりだけど、なんだかんだ一緒にいると安心できたりさ。友達の定義なんてものは無いし、こうじゃないと友達じゃないなんてことも無い。だから、その子達が友達だって思えば、きっとそれだけで“友達”なんだよ」


 ――どうだ! 俺は言ってやったぞ、本城さん! 参ったか!?


 思わず心の中で、俺はガッツポーズを決めた。


「……甘いですよ、先輩」


「……へ?」


 つかの間、本城さんの一言で、その挙げた手は下ろされてしまった。

 まるで叶うはずもない夢の話を子供に聞かされている親のような、呆れた表情で本城さんが言葉を続ける。


「それは両者が“友達”だと思っていなければ、成立しない話でしょう? 勝手に片方が自分達を友達だと言い切っていたところで、それはただの虚しい人です。その人の周りには、ホントは誰一人いない可能性だってあるんですよ?」


「それは……」


 まさに、「はい論破」と言わんばかりの表情だ。こちらを見下す彼女に、なんとも言えない感情を覚える。


「ダメですね、先輩は。そんな上っ面な言葉だけを信じて行動していちゃ、将来後悔しますよ。もっと物事の裏面を見て考えないと、絶対に痛い目を見ます。先輩なんか、尚更です」


「……なんか、うん。その通りな気がしてきた」


「でしょう? そんな社会の裏側を先輩に教えるためにも、私はこうやって話してあげているんです。感謝してください」


「うん、ありが……ちょっと待って!?」


 危うく、スルーするところだった。思わず座っていた椅子をガタッと倒して、その場に立ち上がる。


「な、なんですか急に。やっぱり、通報して欲しくなったんですか?」


「違う違う!」


「一度牢屋に入って、頭を冷やしたくなったとか」


「だから違うって! ちゃんと聞いてよ!」


 せっかく面白いこと言ったのに……と言いたげな顔で、彼女が「むぅ……」とぼやく。そんな可愛らしく美しいバラの花も、今この瞬間はどうでもいい。


「今さ……『そんな社会の裏側を先輩に教えるためにも』って言った?」


「え? えぇ、言いましたけど……」


 彼女がコクリと頷いた。


「それってつまりさ……本城さん、俺のこと心配してくれてるんだ?」


「……っ!」


 再び、彼女が大きく目を見開く。だが今度は先程と違って、後悔の念が垣間見えた。


「あーあー、そっかぁ。本城さんもなんだかんだ言って、俺のこと心配してくれてるんだなぁ」


「う、うるさいです! 黙ってください! いつまでも調子に乗ってると、本当に通報しますよ!?」


 珍しく顔をほんのり赤くさせて、彼女が叫んでみせる。やっぱり意外と、こういうところは彼女はアホっ子で可愛らしい。


「そうやって照れなくてもいいじゃん。俺は嬉しいよ?」


「私が嬉しくありません! ああもうっ、やだやだ! 嫌気が差したので、今日はこれで失礼します!」


 そう言うと、さっさと荷物をまとめ始めてしまった。この様子だと、追いかけたらそれこそ通報しかねないので、今日はこのまま帰らせてあげようと思う。……なんたって俺は、心強い先輩だからだ。


「分かったよ。気をつけて帰りな?」


「あなたは私の保護者ですか!? そんなこと、言われなくたって分かってます!」


 荷物を仕舞い終わったトートバッグを肩にかけて、彼女が立ち上がる。そのまま、さっさと席を立とうとしたときだった。


「……先輩」


「ん?」


 背を向けたまま、彼女がこちらをチラッと見た。


「その……今日は、ありがとうございました」


「え。あぁ、構わないよ。また何かあったら、言ってね」


「……失礼します。また明日です」


「うん、またね」


 ぶっきらぼうにそう言うと、本城さんは早歩きで学食を出て行ってしまった。再び、その場に一人きりになる。


 ――まぁ……強がってるだけで、やっぱり優しい子なんだよなぁ。何があったのか知らないけど、少しでも助けになってあげられるように、俺も頑張らないとな。


 倒してしまった椅子を直す。そのまま俺もリュックを背負うと、その日は学食を後にした。

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