兄のお節介
「それでそれで? お兄ちゃんが気になってる、可愛い可愛い女の子について、話を聞かせてもらおうか」
いつの間にか俺の膝枕には飽きたのか、今度は俺のベッドの上にうつ伏せに寝転びながら、気まぐれな茜が問うた。
「なんでお前は、俺が片想いしていること前提で話すんだ」
茜が占領してしまっている、ベッドの端に座りながらぼやく。
「え、だっているんでしょ? 気になってる子」
「気になってるっていうか……。最近よく話す女の子はいるけどさ」
「おー! どんな子どんな子?」
「どんな子って言われてもなぁ……」
――よくよく考えてみると、本城さんって、どんな人なんだろう。普段から憎たらしくて、憎まれ口ばっかり叩かれてるから、素の本城さんをほとんど知らないんだよなぁ。
いざ説明しろと言われると、どんな風に説明すればいいのかが分からない。彼女の素性もまだまだ謎ばかりで、ほとんどこちらが一方的に友達と言い切っている状態だ。
――それに、この間お見舞いに行ってから、まだ学食へ顔出しに来てくれてないし。もしかしたら、今度こそ本当に縁を切られたのかもしれないしなぁ……。
とは言え、今更になって茜へ秘密にしてしまえば、それこそ勝手にガールフレンドと暫定されてしまうだろう。気は乗らないが、ここは説明するしかあるまい。
「一つ歳下の子なんだけどさ。普段から憎まれ口ばっかりで、口は悪いし、俺のこと見下してくるし、言いたい放題言ってくるような子なんだよね」
「……お兄ちゃん。それって、大学でイジメられてるの? 大丈夫それ?」
茜が心配そうにこちらを見つめてきた。そりゃあ当然の反応である。
「いや、別にイジメられてるわけじゃないんだけどさ……。なんだろう、説明が難しいんだけども……」
それから俺は、本城さんとの関係性を茜に話した。
「ふぅん……。それはまた、面白い関係だねぇ」
両脚を交互にバタバタと動かしながら、茜が告げた。
「話を聞く限りじゃ、その子はよっぽどの陰キャなんだろうね。お兄ちゃんが陽キャだ陽キャだって言われて、バカにされるのも分かるよ」
「はぁ。その子に会うまでは、今まで全然そんなこと気にしたことなかったんだけどさ。やっぱり陽キャと陰キャって、そんなに違うものなのかな」
「そりゃあそうだよ。陰キャからすれば、陽キャは別次元に生きてるようなものだからね」
「そういうもんなのかな?」
「そういうもんだよ。ずっと陽キャの世界で生きてきたお兄ちゃんには、分からないかもだけどね」
そんな風に告げる茜の表情は、何故かニヤニヤ顔だ。今の会話の中に、ニヤついてしまう要素は一ミリもなかったような気がするのだが。
「……なんでニヤニヤしてんの?」
「んー? だって、そんな風に扱われてもなお猛アタックするあたり、お兄ちゃんも本気なんだなぁって思ってさ」
「いや、だからな? 俺はただ、演劇サークルに入って欲しいわけであって、特にその子を女の子として特別視してるわけではないんだぞ?」
俺がそう言うと、今度はため息を吐かれてしまった。一体全体、何がどういうわけなのか。俺にはサッパリわからない。
「ホント、お兄ちゃんって鳥頭で疎い陽キャの男だね。聞いてて呆れる」
「なんだよもう、陽キャ陽キャって。そういう茜だって、どちらかと言えば陽キャの部類だろ? テニス部なんだし」
「確かに私、テニス部入ってるけどさ。でも私はお兄ちゃんと違って、スマホゲームとかもするし。お兄ちゃん譲りもあって、昔からアニメとかマンガも好きだからさ。運動部の男の子とも話すけど、帰宅部とか、インドア系の部活に入ってる女の子とも、男の子とも話すよ?」
「つまり……陽キャと陰キャの中間の人だと」
「んーまぁ、多分?」
「なるほどなぁ……」
確かにそれなら納得だ。運動部周りの奴らとばかり絡んでいた俺と違って、向こう側の世界を知っている茜なら、陰キャのこともある程度分かるのだろう。
ましてや、本城さんと同じ女の子でもある茜なら、なんとなく本城さんの気持ちも分かるかもしれない。
「それならさ、その子が俺のことをどう思ってるとか、なんとなく分かったりするの?」
「え。……分かるけど、言わないよ?」
「え、なんでよ?」
せっかく聞いてみようと思っていた矢先で、出鼻を挫かれてしまった。どうしてわざわざ、分かっていることを隠す必要があるのか。
「だってー、それはお兄ちゃんが自分で気付かないと。初めから、答えが分かりながらマンガを読むなんて、つまんないでしょ? それと一緒」
「俺、ネタバレはオーケー派なんだけど……」
「いいから! そういうことにしておく!」
眉を細めて、ギラリと睨みつけられてしまった。この様子じゃ、このまま追及しても面倒なことになりそうだ。
「はぁ……そうですか、分かりましたよ」
「それでよろしい」
そう言うと茜は、俺の枕に顔を押し付けて、脚をバタバタとさせた。きっとまた、「お兄ちゃんの匂いだー!」とかなんとかいって、嗅いでいるのだろう。
――はぁ。結局本城さんの気持ちは、分からず仕舞いか。
やはり……女の子の生態というのは、まったくもって謎である。
「……ところで茜」
「んー? なーにー?」
枕から顔を上げた茜がこちらを見る。
「そういう茜はさ、どうなんだよ」
「どうって?」
「ほら、その……。彼氏とかさ。さっき、他に好きな人はいるって言ってたし」
「彼氏ー? いるよ?」
「は!? いるの!?」
サラッと言ってのける茜の言葉に、思わず叫んでしまった。その声量に、叫んでから思わず後悔する。
「お兄ちゃん、うるさい。他の部屋の人の迷惑ー」
そしてそれを、茜にも指摘されてしまった。
「わ、悪かったよ……」
「もう。妹に彼氏がいるってだけで、そんなに驚く?」
「いや、だってさ……。そんなの俺、知らなかったし」
「言ってなかったんだっけ? もう今の彼氏と付き合って、一年半だよ?」
「そ、そんなに長いのか……」
「うん。何回か家にも連れてきてたし、お母さんも知ってるよ。……あーでも確か、連れてきたときにはいつも、お兄ちゃんはバイトで家にいなかったかも」
「はぁ……左様ですか」
つまり、去年俺がまだ実家に住んでいた時には既に、茜には彼氏がいたということだ。それを一年以上気が付かなかった俺は、やはり女の子や恋愛には疎いということなのかもしれない。
「……茜。予め言っておくが、ノーコメントでいいからな?」
「ノーコメントでいいって?」
「いや……いい。分からないならいい」
「んー? ……もうエッチしたのかって話?」
「あぁ……せめて茜からその言葉は、聞きたくなかった……」
「えー何々、なんの話? 言ってくれなきゃ分かんないよ」
「いや……うん。ホントにいいから、何も言うな。忘れてくれ」
「ふーん……。変なの」
兄の気も知らない茜が、よく分からないと言いたげに首を傾げる。まったくこの子は、もう少し兄としての俺の気持ちを理解してほしいものだ。
「でもまぁ、茜に彼氏がいるとはなぁ。お前、結構強がりでワガママだから、彼氏のこと悩ませてるんじゃないの?」
「あー! お兄ちゃんまでそう言う。それこないだ、友達にも言われたよ。別に私、ワガママじゃないもん」
茜がふて腐れて、口を尖らせる。
「よく言えたもんだな。さっきは『好きな人にはワガママなのだー』なんて言ってたくせに」
「それはあくまでお兄ちゃんに対してでしょ? 彼氏には私、ちゃんとした女の子でやってるもん」
「『ちゃんとした女の子でやってる』とはまた、小悪魔だなぁ。その言葉、彼氏さんに聞かせてやりたいよ」
「別にいいもん。ホントにワガママじゃないし」
「……俺が高校で進路選んでる時に、東京の専門学校の話したら、『地元にすればいいのに』って耳にタコができるほど言ってたのは誰だよ」
「な! べ、別に、お父さん達のこと考えたら、わざわざ東京で高いお金使わなくても、地元で済ませればいいのになって思っただけ!」
「なに驚いてるんだよ」
「別に驚いてないもん!」
「本音は?」
「それが本音!」
「嘘吐け。結局地元から少し離れた大学に行くってなったとき、結構嬉しそうだったぞ」
「んんーーっ!!」
顔を真っ赤にして、俺の枕を掴んでペチペチとベッドに叩きつけている。一体どこの何歳児なんだこの子は。
「いい加減素直になりなさい。そんなとこで強がったって、バレバレなんだからな?」
「……だって、お兄ちゃんと一緒にいたかったんだもん」
枕に顔を伏せながら、恥ずかしそうにチラッとこちらを覗いている。
「の割には、彼氏作ってるけどな」
「だから、彼氏とお兄ちゃんの“好き”は違うもん。彼氏にだって、お兄ちゃんのこと大好きだって話、いつもしてるし」
「え。……マジで?」
「マジで」
そうなってくると、また話は違ってくる。この子はまた、調子に乗ると簡単に口を割る性格だから不安だ。
「お前……変な話してないよな?」
「私が小六の時まで、一緒にお風呂入ってた話はした」
「はぁ!? お前それしたのか!?」
「したよ? 『思春期初めの茜の裸見て、お兄ちゃん興奮してなかった?』って笑って言ってた」
「はぁ……。マジでお前ふざけんな……」
何をまた余計なことを……。もし今後その彼氏と会ったときに、どういう顔をすればいいんだ。
「あの時だって、やめろって言ってるのに、お前が素っ裸になってどこも隠さずに、強引に風呂に入ってきてただけだからな? 俺からは一言も、一緒に入ろうだなんて言ってないからな?」
よく両親が家を空けて、二人きりで夜を過ごすことになった日は、決まって俺が入る風呂に茜が一緒に入ってきていた。それを見計らって、茜が入った後に俺が入ろうとすると、わざわざ風呂に入らずにずっと俺が先に入るのを待つ上に、急かしてくるからまた厄介だった。
別々で寝るようになったことをきっかけに、ようやくそれは無くなりはしたが、まさかこんなところで掘り起こされるとは。
「別に、そこまで言わなくてもいいじゃん。私は今だって、お兄ちゃんと一緒にお風呂入っても全然いいよ?」
「やめろ、俺が嫌だ」
「ひどっ! 世間の男性が憧れる、JKの裸見たくないの? もう今年で私、JK卒業なんだよ? 見るなら今のうちだよ?」
「例え茜の裸を見られたとして、俺になんの得がある? 兄妹同士だし、その先があるわけでもあるまいし」
「あー……。やっぱり男の子って、お風呂のその先が重要なんだ。勉強になるねぇ」
「いや、勉強すんなし……。しかも話はそこじゃないだろって……」
「えへへー」
てへぺろと言わんばかりに、茜は可愛らしく笑ってみせた。
「とにかく。今後彼氏には、変な話は吹き込まないこと。いい?」
「えー」
「えー、じゃないの。もしこの先、茜がその子と結婚したとして、義理の兄となる俺の気持ちを考えてください」
「んー、そういう話って、やっぱりされたくない?」
「当たり前。だから、よく頭撫でてる話とかもするなよな?」
「あ、それもうしてる」
「……他はもうしないこと。いい?」
「はぁい」
つまらなさそうに、唇を尖らせて返事をする。
きっと茜にとっては、「私、お兄ちゃんがこれくらい大好きだよ」アピールだったのだろうが、それらが全て反動で俺にダメージが跳ね返ってくるのだから、今後はもう話さないことを願う。
「で。まぁ、話を戻すとだよ。そういうところも含めて、やっぱり茜はワガママだってわけだ」
「むー、またワガママだって言うー」
頭を両手に乗せて、うつ伏せから仰向けに茜が体勢を変える。
「そうふて腐れんなよ。でも、そういうところが、茜の良いところなんじゃないの? ある意味、茜らしいしね」
「ん……そう、かな?」
「あぁ。確かに茜はワガママで面倒くさいけど、俺は嫌いじゃないよ」
「じゃあ……好き?」
「え。……まぁ、どちらかと言えば」
「ホント!?」
咄嗟にガバッと起き上がって、茜が顔を近づけた。その顔は、なんだかとても嬉しそうだ。
「そ、そんなに喜ぶか?」
「えへへ、だってー。なんだかんだ言ってても、お兄ちゃんも私のこと、好きでいてくれてるんだなぁって思ってー」
「……まぁ、兄妹だし。昔から一緒にいるからね」
「もー、お兄ちゃんも素直じゃないなぁ。普段から突っぱねないで、素直にそう言えばいいのにー。このー、このー」
茜が人差し指で、俺の頬を突いてきた。やはりこうも素直に言葉にしてみると、どうも照れ臭いものだ。
「まさか分かってるだろうけど、兄妹としての話だぞ?」
「分かってますよー、もー。……あー! さてはお兄ちゃんも私と同じ、シスコンだなー?」
「シスコン? ……俺が?」
「だって、私のこと好きじゃなかったら、私のワガママなんて、絶対聞いてくれないでしょ?」
「それは……そうかもしれない」
そんなこと、今まで思ったことも、気にしたこともなかった。ただただブラコンである妹の相手を、仕方なくしているだけの大変な兄貴だと思い込んでいたが、もしかすると俺もそっち側の人間なのだろうか。……なかなかに信じ難い事実だが。
「えへへ、そっかそっかぁ。私達、相思相愛だったのかぁ。なんか今、すっごく嬉しい」
ユラユラと体を揺らしながら、満面の笑みで茜が告げる。よっぽど俺に好かれていたことが嬉しいらしい。
――もしかしたら、彼氏ができたときよりも喜んでるんじゃないか? こいつ。
「……でも、流石に風呂には入らんぞ?」
「えー! そこは譲ってくれないのー!? 今、せっかく二人きりなんだよ?」
「バカ野郎。そういうのは、彼氏と入りなさい。せっかく相手がいるんだから」
「こないだ彼氏とは入ったもん」
「……そういう話は、兄貴にはしないでください」
「え、なんで? 別にいいじゃん、兄妹なんだし」
「兄妹だからこそ、俺の心が耐えられん……」
「えー、何それ。変なの」
脚の間に手を挟んで、ベッドにちょこんと座る茜が、不思議そうに首を傾げる。
シスコンというのは、妹がどこまで進展しているのかを聞いても、果たして耐えられる人種になるのだろうか? はたまた、俺がシスコンだからこそ、そんな話は耐えられないのだろうか?
どちらにせよ、俺は実の妹の恋愛発展事情を、不可抗力に知ってしまったわけである。
そんなこんなで、何故か妹との距離感が妙に縮まってしまった、とある休日の出来事であった。
短いですがこれにて、本章は終わりです。ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
次回はなんと、いよいよあの子の素性が分かるかも……?
お楽しみに!
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